みんなで作るハンバーグ
お久しぶりの「家飯」更新です。
金子視点
仕事から帰ってテレビをつけるとどの局もバラエティ番組がやっている。
ニュースでも音楽でもドラマでも、なんでも見るけれど、日中は職場に缶詰で図面とにらめっこが大半なので、今時の流行を知るのはもっぱらテレビの情報。
一番手っ取り早いのが朝と昼の情報番組。
ニュースと流行情報を軽快に教えてくれる。
新聞を取っていないのでどうしてもテレビでの情報収集が主になる。
スマホも見ないこともないが、目が痛くてつらい。
まだ老眼という歳でもないのだけれど。
夜になるとバラエティ番組がメイン。
中でも好きなのが旅企画。
旅番組は昼から夕方にかけての放送が多いが、録画してまで観る程ではない。
路線バスやローカル電車に乗って適当な駅で降りてぶらぶらと地域を紹介するロケも、自然の中をひたすら歩き回るアスレチックなものも、世界の観光地巡りも好きだ。
長期旅行に行くことが難しい。時間的にも金銭的にも。
テレビで旅気分が味わえるなら安いものだ。
特に、名産や名物グルメを見るのが好きだ。
観光地に限らず食事所を紹介するグルメ番組も好き。
やはり、食べることに興味があるからだろう。
学生時代はさほど気にしなかった。
栄養がとれればいいとさえ思っていた。
食事が楽しいと思い始めたのは就職して家を買ったあたりくらいだ。
引っ越し翌々日には一人暮らしではなかった。
高田が移り住んできたわけだが、あの日のことは今でも覚えている。
いつもクールな高田の荒げた声を聞いたのは初めてだった。
あれからよく、本当によく怒られるようになった。
小石川曰く、あいつの地雷をよく踏むらしい。
あまりに毎日怒られるものだから小石川を同居に誘った。
来てくれてありがとう、小石川。
誰もいない家でテレビの音だけが居間に響く。
みんな帰りが遅い。
一緒に住んでいても同じ時間を共有することは稀。
朝も顔を合わすことがない同居人もいる。
構わないけれど、皆で夕飯を共にしたい日があってもいいと思う。
アルコール不足を感じさせない冷蔵庫を開ける。
伝説の生き物がプリントされている缶が常備されている。同じ銘柄の発泡酒との割合は3:6で発泡酒のが多い。
時々アルファベットのロゴの銀缶が占める時もある。
残りの1割は酎ハイ。隠れ甘党の好みだ。
アルコールの気分でもないのでミネラルウォーターのボトルを掴む。
なんとなく疲れている感覚がある。
それが肉体的になのか精神的になのかわからない。
先ほどから不意にため息が漏れる。
そんな時にアルコールを取ろうものなら確実に悪い酔い方をして明日に支障が出る。
水の他に冷蔵庫からタッパーをひとつ取り出す。
昨日高田が作った夕食の残りだ。
1日経ってまだあるなら食べてもいいだろう。
コンビニで買ってきた弁当と一緒に電子レンジで温める。
疲労感とともに食欲もわかないのでうどんにした。
温まった夕食を持って居間まで運んだ。
テレビの目の前を陣取ってふたを開ける。
出汁の匂いとともに湯気が顔に当たった。眼鏡が曇る。
テレビのリモコンを弄る。
情報番組をみても頭に入ってこない。
ドラマは続き物でストーリーがわからない。
動物も、見る気分ではない。
スポーツもやっていない。
BSは、野球のナイター中継がやってるようだ。見れないが。
……有料チャンネルに入った方がいいかもしれない。
地上波に戻してお笑い芸人がMCのバラエティを映す。
芸人メインの番組多くなったな。いや、見ない日はないな。
バラエティで体を張ったり、情報番組のコメンテーターをしていたり、前職を活かした工場潜入ロケをしていたり、大学受験やボディビルダーに挑戦と企画も様々。
仕事の幅が広いというのか。
俺自身が専門分野に特化しているからか、マルチで活躍している人たちはすごいな、という感想が浮かぶ。
ずるずるとうどんをすする。
タッパーから取り分けたきんぴらごぼうを租借する。
美味い。どちらも美味いが、物足りない。
肉がない。肉は細胞を作る必要な栄養素が含まれている。
元気になりたいなら肉を食え、と言われているが、今足りないのはそういうものではない。
「ただいまっス」
「おかえり」
小石川が帰ってきた。
帰宅の順はだいたいいつも同じ。
俺、小石川、真澄先輩、高田の順。
1人は仕事が不定期かつ留守がちで読めない。
高田が早番の時は俺より先に帰っている時が多い。週に1回あるかないかだが。
飯は自炊をしないので高田が早く帰ってこないともっぱら弁当。
小石川の手にもコンビニ弁当が入った袋が握られている。
俺も作りたい気持ちはある。知識と技術が気持ちに伴っていないだけで。
計算して思い描くのは得意なんだがな。図面にならおこせる。
『100%牛肉を使ったハンバーグです。歯ごたえを残した粗挽き肉と数種類のスパイスが食欲をそそる逸品です』
ハンバーグ芸人が一発ギャグを叫んでいる。
鉄板の上で跳ねる油が舐めるようなアングルでテレビ画面に映し出される。
鉄板の端のアップからどんどんとハンバーグ全体が姿を現す。
塊の真ん中にナイフを入れ、ほんのり赤みがある断面から、透明な脂の滝が溢れ出てくる。
映像にリンクされている音。ジュワジュワと熱を伝えてくる。
「美味そうっスね」
小石川が言った。
そうだ。美味しそうだ。
脂が辛い、とか、胃にもたれそう、ではない。
「うん。美味そうだ」
ハンバーグが食べたい。
そう思ったら唐突に食欲がわいてきた。
我ながら視覚の誘惑に弱い。
明日のランチに定食屋に行ってもいいが、ここはあいつに頼もう。
「ハンバーグだぁ? 無理」
間髪入れず高田に断られた。
せっかく帰りを遅くまで待っていたのに、なんて仕打ちだ。
「肉捏ねるのめんどくせえし、手に匂いがついたら取れないし。こちとら接客業だっつーの」
「でも食べたくないか?」
「全然」
すげなく否定されるが諦めるわけにはいかない。
飯は大勢で食べた方が美味いと気づいた。
5人で定職屋に行くことは、きっと叶わない。時間的に。
「ならば俺が作ろう。作り方を教えてくれ!」
高田が作りたくないというなら俺が手になればいいではないか。
以前と同じように、教えてもらいながら作れば美味くできる自信がある。
講師次第だが、その講師の眉間には盛大に皺が寄せられている。
「クソめんどくさそうなこと言ってくんなよ」
「じゃあ作ってくれ。材料は揃えておく」
「ヤダっつってんだろ」
会話が堂々巡りしている。
先に嫌気が差したのは高田だった。
おもむろにスマホを取り出し、しばらく操作する。
レシピを調べるのなら自分でも出来る。
しかし、レシピだけではダメなのだ。
講師が監視ていないと正しいハンバーグが出来る気がしない。
ピコンと音がした。高田のスマホからだ。
さらに操作を続ける。
今度は俺のスマホがピコンと鳴った。
「今度の日曜の料理教室に申し込んだから、そこに行け。詳細は送っといたから」
「料理教室?」
自分のスマホを確認する。
シェアハウスのグループチャットに連絡先と地図が送られていた。
内容は、
「ハンバーグ?」
「基礎から学んでこいよ、基礎から」
「おう! 美味いもの作ってくるからな!」
「そこは期待してない」
基礎はすべての土台。応用すればなんでも作れる。
日曜が楽しみだ。
待ちに待った日曜日。
食材はすべて用意されているらしいので、参加費とエプロンを持って指定された場所へ向かった。
この日の為にエプロンを購入した。
紺色で腰からの布が巻きスカートのようになるちょっと良いやつ。
何事も形からだ。気合いが入る。
料理教室が開催されるのは駅前の商業施設内にあるレンタルキッチンスタジオ。
調理台は全部で6つ。
調理台はシステムキッチンになっていて、流し台とコンロの他、ミニ冷蔵庫とオーブンまで設置されている。
料理教室にはちょうどいいタイプ。
うちの会社に受注されるモデルにもよく利用されるメーカーだ。確か真澄先輩の会社もここだったはず。
スタジオ全体が白と赤でかわいらしいカントリー調でまとまっている。
前面に大きなモニターがあるのでうしろまで見られるな。
フロアの半分がキッチンスタジオだから水回りは……
おっと、仕事モードになっていたな。
「こんにちは。参加者さんですか?」
「あ、はい」
振り返ると男がいた。
俺より少し若い。二十歳くらいか。
エプロンをしているのでこの男も参加者だろう。
しかし、
「高田の縁者か?」
顔がそっくりだ。雰囲気がやや違う。
顰め面をしているわけでもないし、怒っている空気もない。
無表情。感情が見えない。
「善行の弟の光明といいます。兄がお世話になっています」
声も似ている。なんとなく親近感が持てる。
光明か。なんとなく、「名前負けしていないか?」と言いたくなる。
初対面の相手に言うには失礼すぎるので止めておこう。
「ハンバーグを所望されたとか」
「よく知っているな」
「まあ、聞いたんで」
なるほど。高田のスマホの相手は弟くんだったのか。
「今日はよろしくお願いします。ハンバーグは定番なんで、なんとかなりますよ」
「そうなのか。よろしく頼む」
紙を一枚手渡された。
材料と作り方が書かれている。今日のメニューのようだ。
紙を見ながら作れということだろうか。
わざわざ料理教室に来たのにこれはない。
「もう始まりますね。俺たちの台はこっちです」
弟くんの案内で指定位置に着く。
同じ台には女性が二人いた。一緒に作るメンバーか。
「よろしくおねがいしまーす」
「お願いします」
「どうも」
料理教室というのは主婦のイメージがあったけれど、若い人も多いんだな。
よく見ると他の台も似たり寄ったりで、20代から30代前半くらいの男女ばかりだ。
結婚前に料理を習うのは昔の風習かと思っていたけれど、今でも多いようだ。男性も料理が出来なくてはいけない時代だしな。
女性がいるなら失敗することも少ないだろう。
「やったぁイケメン」
「来てよかった~」
なにやら女性たちが喜んでいる。
高田の弟だ。顔はいい。無表情だけど。
ミステリアス男子というのも流行のひとつだし、彼女たちには魅力的に見えるのだろう。
ほどなくして講師らしき女性が入ってきた。
確実に年上だが、いかにも出来る女性な雰囲気を纏っていて、若々しい。
目力があるせいか実年齢が不明だ。
そして、隣の弟くんとすごく似ている。
つまり高田家の血縁者だと一目で分かる。
「フードコーディネーターの高田です。よろしくお願いします」
ハキハキとした張りがある声はよく通る。
成人した子供がいる女性には見えない。
高田女史の合図でハンバーグ作りが始まった。
「山村でーす」
「磯村です」
同じ台の女性メンバーと自己紹介をする。
挨拶は大事だ。
ビジネスに置いても、印象を決めるとても重要な役割がある。
円滑な作業の為にも印象を良くしておかなければならない。
「まずはタマネギを切ります」
「はーい」
弟くんの指示で山村さんが返事をする。
タマネギをみじん切りに。高田に睨まれながら刻んだな。
「刻んだタマネギは、生でも炒めてもどちらでも、好みな方で」
「そうなのか?」
レシピには炒めると書いてあるが、好みでいいのか。
それぞれの家庭の味があるように、調理過程もいくつもあるのだな。
「うちは炒めます」
「じゃあ、フライパンを出して」
テーブルの引き出しからフライパンと小さな鍋を取り出す。
鍋に水を張り、2つをコンロにセットして火をつけた。
熱したフライパンに油を引いてタマネギを炒めた。
ジュウジュウ音を立てながらタマネギの色が変わっていく。
「痛めている間にひき肉の準備をしましょう。肉は冷蔵庫に入ってます」
弟くんの指示でボウルにパック詰めされていたひき肉を入れる。
「牛肉か?」
「合挽です。割合は好みでしょうから家で試して下さい。今日は牛豚5:5です」
「高田くんが先生みたーい」
山村さんが冗談っぽく指摘した。
確かに、講師のように的確に指示をしてくれている。
「はい。今日は母の補助で来ています」
「え……?」
「えーっと、参加者じゃ……」
「ないですね」
山村さんの表情が固まった。
何か不味いことでもあるのだろうか。
講師に直接手ほどきを受けれるのならラッキーじゃないか。
「ちょっと」
「知らなかったのよ」
山村さんと磯村さんがこそこそと内緒話を始めてしまった。
不測の事態なのだろうか。
ちらりとこちらを見て、はぁ、と息を吐く。
ちょっと、失礼じゃないか。
確かに料理音痴と言われるけれど、監視されながらなら食べられるものは作れる。
「炒めたタマネギは冷まします。熱いままでは肉の脂が溶けてしまうので」
「ふむふむ」
「この鍋は?」
「ゆで卵を作るんです、時間がかかるので。タマネギは置いておいて、先に肉を捏ねましょう。他人の口に入るので、ビニール手袋を忘れずに」
「了解した」
言われた通り、ビニール手袋を両手に装着する。少し小さい。
「肉と一緒に調味料とつなぎも入れます」
「つなぎ?」
「肉だけだと焼いた時に割れてしまうので、卵や牛乳に浸したパン粉を入れて肉のつながりを強くします」
「牛乳……」
あの家で手作りハンバーグを食べたことがなかった。
臭いだの面倒くさいだの言っていたが、本当の理由はこれじゃないのか。
「牛乳苦手でした?」
「いや、俺じゃない」
「? ……あぁ、あの人か」
幼馴染みなら、家族も知り合いか。
生丸がアレルギー持ちであることを知っているらしい。
「牛乳じゃなくてもいいし、パン粉も米粉をつかったものもあるので、代用可能です」
「なるほど。覚えておこう」
帰りに米粉のパン粉を買っていこう。
食事は皆で取った方が断然美味いからな。
「肉を捏ねる時は素早く。手の温度でも肉の脂が溶けてしまいます」
「うっ、冷たー」
「粘りが出るまで混ぜます」
「粘土みたいでおもしろいかも」
女性たちは持ち直したようで再び作業に参加した。
一生懸命捏ねている。
女性たちの手は小さく指が細いので、なかなか混ざりにくいようだ。
変わってあげたいが、手が温かい。脂が溶けてしまいそうだ。
「疲れたー。交替交替」
「お願いします。手が凍りそう」
「うん。任された」
「冷めたタマネギも投入します」
グチャグチャになったボウルの中にタマネギが入れられる。
炒めたタマネギの匂いは食欲をそそる。
全部混ざり合うようにボウルの底から返すように捏ねていく。
「さすが男の手」
「私達がやるより早いですね」
「けっこう力がいるな」
磯村さんが言った通り、肉に熱が取られて凍りそうだ。
ねちねち音を立てて混ざっていく肉に粘りが出てきた。
「これくらいか?」
「そうですね。いい感じです」
弟くんからOKを貰ったので、ボウルから手を引き抜く。
手だけでいいから風呂に入りたい。
「タネを四等分に分けて、成形しましょう。平たい円型して下さい。丸まったら中の空気を抜くため、両手でキャッチボールします。空気が入ったままだと焼く時割れやすくなるんで」
それぞれ成形していく。
その間に、弟くんはフライパンをふたつ並べて火をつける。
準備が終わったら、さっさと自分の分の肉玉を丸めた。
手際が良い。
そういえば、卵を茹でていたな。いつ使うんだ?添え物か?
「できたら焼いていきます。フライパン1つに2つずつ、並べます」
油を引いたフライパンに肉玉をフライパンに置く。
熱されたフライパンがジュワッと音を立てて、周囲の油が跳ねた。
「焼くと膨らむので中心を指で窪ませます」
パチパチと油が跳ねるフライパンに躊躇なく手を近づけ、肉の中心にあとを付ける。
熱くないのだろうか。
「熱いので注意して下さい」
熱いのか。
さてと、自分の肉玉を弟くんの隣に並べる。
投げるようになってしまったのは許してほしい。
油が踊り狂う中、ちょいっと肉の中心を凹ませた。
隣のフライパンでも女性2人が油に苦戦しながら焼いていく。
「つぎは、付け合わせを作ります」
「つけあわせ?」
ハンバーグだけではないらしい。
レシピの紙を覗き込むと、ハンバーグの横に、ポテトサラダのレシピもあった。
ジャガイモをふかして、マヨネーズで和える。簡単そうだ。
しかし、2口あるコンロは埋まっている。
「まずジャガイモの皮を剥いて、小さく切ります」
「どれくらい?」
「まず横に半分、さらに縦に切って、2センチ幅くらい、ですかね」
「はーい」
完全に弟くんが講師だ。
高田母の教えがなくても進んでいく。
包丁の扱いは女性に任せた。
もたもたしながらもジャガイモの表面が削がれていく。
「切ったら耐熱ボウルに」
刻まれたジャガイモはボウルに入れられ、上からラップを被せられた。
足元のレンジに投入する。
「レンジで柔らかくします。熱いうちに潰してゆで卵と調味料で味を整えます」
ゆで卵はここか。
レシピには書かれていないが、確かに高田が作るポテトサラダにはゆで卵が入っていた。高田家の味だったのか。
調味料はマヨネーズとは書かれているが、他は……ソースとか。
「うちは砂糖入ってた!」
「ブラックペッパー入れると美味しいですよ」
「その辺はお好みで。一応キュウリとハムとコーンとタマネギがありますよ」
「タマネギは必須だろう」
「生タマネギは抜いてほしいんだけど」
「タマネギのないポテトサラダはポテトサラダじゃない!」
「滑らかなのにジャリってするのはなしよ。変に甘くなるし」
「それを言うなら砂糖はあり得ない」
「はぁ!? 食べてから言いなさいよ」
「2人は白熱してるのでこっちでキュウリ切っちゃいましょう」
「じゃあハム切りますね」
結局、タマネギ入りのものと、タマネギ抜き砂糖入りのもの2種類のポテトサラダ作った。
ポテトサラダを作っている間にハンバーグも焼けた。
両面こんがり、いい肉色だ。
空気を抜いたはずだが少し膨らんでいるように見える。
自分が作ったにしては上出来で、美味そうだ。
皿にとりわけ、サラダを添える。
皿に飾ると店で出てくる料理のようだ。
金が取れるのでは?
「写真を撮ってもいいか?」
「あ、わたしも撮る~」
スマートフォンを取り出し、パシャリと1枚。
山村さんと磯村さんは連写で何枚も撮っていた。
SNSにあげるのだろう。
自慢したくなって、グループチャットに写真を投稿した。
日曜でも忙しいんだな。誰も既読がつかない。
あ、1つついた。そして、コメントなし。既読無視か。
他の台のチームも続々作り終わっていく。
どこの台も男女2人組なんだな。和気藹々としている。
「みなさんお疲れ様でした。出来た所から試食して下さい」
高田講師から食事の許可が下りた。
温かいうちに食べられる。
目の前のハンバーグはまだ湯気が立ち上がっている。
テレビで見たハンバーグは鉄板に乗っていて、肉汁が滴る度にジュウジュウ跳ね上がっていた。
それだけで美味しそうだったが。
自分で作ったせいかこっちの方が何倍も美味しそうに見える。
手を合わせて箸を持つ。
「いただきます」
まずメインのハンバーグに箸を入れた。
真っ直ぐ真ん中を割く。
割れた所から透明な肉汁がじわじわと流れた。
ソースはシンプルにデミグラス。
ハンバーグを焼いたフライパンで、弟くんがさらっと作っていた。既製品を温めただけらしいが。
一口に割った欠片にソースを絡めて口に運ぶ。
「ンまい」
噛み応えとは違う硬さはあるし、プロ特製と思い違いもできないありふれた味。
だけど、特別に美味かった。
「うん、おいしー」
「ポテトサラダも美味しいよ」
女性たちも歓喜の声をあげている。
初めて料理で失敗しなかった。
「どうでしたか?」
弟くんが横から訊ねてきた。
無表情から読み取れない言葉の意味を自分の都合の良い方へ解釈する。
「来てよかった。礼を言う」
「そうですか」
弟くんは僅かに笑った。
「ひぇっ、イケメンの微笑み」
「激レアSSR……」
女性たちが小さな悲鳴を上げた。
弟くんの微笑みに色めきだったようだ。
イケメンが笑うのは女性を喜ばせるのはわかる。
身近で見ると、効果がすごい。
「今日はハズレだったけど、一応連絡先聞いてもいい?」
山村さんがスマホを見せびらかす。
連絡先を交換するのはやぶさかではない。だが、
「なぜだ?」
「なぜって……あんた、今日何しに来たのよ?」
「ハンバーグ作りを学びに来たんだが」
「…………あっそ」
山村さんはそれ以上何も言わなくなった。
なんだったのだろう。
世間話をしながらきれいに平らげた。
4人分で作ったので持って帰る分はない。
また今度作ってやろう。
初めての料理教室は大成功だ。
ーー駅前のショッピングビルのメンズファッションフロア。
日曜は客足が増える。
アルバイトの数も平日の倍となっている。
フロアの対応はアルバイトに任せて高田善行は事務所兼バックヤードで事務仕事に精を出していた。
ふと壁にかかっている時計を見た。
正午をいくらか過ぎた頃だった。
アルバイトに休憩を取らせる時間だ。
そして料理教室が始まる時間だ。
「あ、料理教室婚パって言うの忘れたかも」
まあいいか、光明に丸投げしておこう、と仕事に意識を戻した。
最後の1カットは高田視点になっています。