まわるシーフード
コンコンとノックが聞こえる。
返事はしなかった。
深夜だし、寝てると思うだろう。
「返事くらいしろよ」
予想を裏切りそいつの侵入してきた。
暗かった部屋にあかりが灯される。
「ただいま」
「……おかえり」
十数年来の友人は俺に遠慮がない。
お互い様だけど。
「ほら」
ビニール袋が放って寄越される。
コンビニの袋だ。
中にはペットボトルの水と梅のおにぎり。
途端に腹が鳴った。
……エスパーかよ。
せっかくなのでもらっておこう。
うずくまっていた体制から上半身を起こし、マットに座り直す。
「おまえ、バカだな」
「へーへー」
「言えばいいじゃないか」
「向こうは知らなくても俺が気をつけてりゃいいじゃねーか」
「……小石川には、言っておいた」
「放っとけばいいのに」
「困るのはお前と、後処理する俺たちなんだぞ」
確かに、他人の吐瀉物など処理したくない。
それは迷惑だな。
俺にもプライドってもんがある。
仕方ない事情にしても弱みを見せるとかしたくない。
家族以外で知っているのは善行だけ。
いや、家族もどうだろう。母親だけかもしれない。
ガキの頃から打ち明けてない事だったんだ。大人になって言える分けない。
食べれないとわかって、洋食は意図的に避けてきた。
食に興味がないように見せて他人と食事をする機会も極力断った。
この家に転がり込んでからも善行が作ったもの以外は口にしないようにした。
金子たちが料理するように見えないので、あとで聞いてぎょっとしたヤツあるけど。
小石川たちがピザが食べたいと言い出した時、外に行けばいいかと思っていた。
小石川が俺を苦手にしているのは気づいていたから、声をかけられるなんて思っていなかったんだ。
あいつらがやたらテンション高めに注文していたから興味がわいた。
結局、あいつが買ってきたものはことごとく食えなかったんだけれども。
ポテトも、口まで持っていったが匂いで気づいて戻した。危なかった。
まさかバターがかかっているとは思わなかった。ポテトと言ったら塩だろ。
というわけで食いっぱぐれて、善行の好意をありがたく受けとっている。
持つべきものは心配性な友人だ。
「小石川が気にしただろうから一言言っとけよ」
「お前が怒るなよ」
「お前が言わないからだろ」
明日のフォローが面倒くさそうだ。
「すみませんでしたっ!」
夜、リビングでくつろいでいた俺に、帰ってきたばかりの小石川が勢い良く頭を下げた。
これは予想外。
「アレルギーって知らなくて、俺……すみません!」
「別にお前が悪いわけじゃねーだろ」
食べれない、と伝えたわけじゃないんだから。
あ、もしかして殴られるとでも思ってんのか。
地味にショックだ。
こいつに暴力ふるったことないはずなんだけどなあ。
ちょっと強引に肩組んだり軽く肩パンしたりパシりに使ったくらいしか覚えがないんだけど。
「お詫びといってはなんですが、週末飯おごらせてください」
「え、いい。いらねー」
「でも……!」
「俺からも奢らせてくれ」
金子まで言い出しやがった。
こいつは自分が納得するまで意見を変えない。
頑固さはこの家ナンバー1だ。
誰か梃子持ってきてくれ。
2人に迫られて頷くしかなかった。
平日の回転寿司は混んでいる。
週末の回転寿司はもっと混んでいる。
待ち合い席では家族連れ、大人数の学生がごった返している。
走り回る子供をぼんやり見ながら整理番号が呼ばれるのを待っていた。
母親、スマホ見てないで子供注意しろよ。
小石川と金子がどうしても、というので来てやったのに。
本人不在とはどういうことだ。
チャットにもう来ているというメッセージを流すと、残業で少し遅れるという返事が来た。
しかも2人とも!
騒がしいし待たされるしタバコ吸えないし帰っていいよな?!
「遅くなってすまん」
「やっと来たかよ……」
先に到着したのは金子だった。
紺のスラックスに綿のシャツ、こざっぱりとした普段着を身につけている。
私服OKな事務所なのでわざわざ堅苦しいスーツは着ないそうだ。
しかし、重そうな大きな鞄が仕事帰りだと窺わせる。
「帰り際にリテイクを喰らってしまってな」
「お忙しいようで」
「簡単に済んでよかった」
定職に就いていない俺には無縁な世界だ。
同じゼミを取っていたのに、専攻に準じた職に就いたのは金子だけ。
小石川と真澄ちゃんも分類的には同じだけれど、2人とも営業職。
まったくの畑違いな事をしている善行。
これで共通点あげろ、って言われたら無理ゲーでしかない。
ポンとチャイムが鳴り、整理番号の表示が変わる。
数字からして次の次だ。30分以内には案内されるだろう。
「回転寿司か。久しぶりだ」
「俺もだわ」
「入社してすぐの頃、会社の先輩につれられて以来だな」
「俺は、高校ん時のダチと来た時」
「高田とか?」
「ぅんにゃ。高校の時は、善行とツルんでなかったし。そもそもあいつと飯に行った事ないんじゃねーかな」
「そうなのか」
中学の頃が一番べったりだった。
部活もあったし、食事と言えば弁当だった。
長い事トモダチやってるけど、遊び目的で一緒に出かけた事ない気がする。
一緒暮らし始めて買い物の荷物持ちに同行させられた事はあるけれど。
「小石川からチャットきた」
「終わったと?」
「今から出るから30分くらいで着くんだと」
「遅刻だな」
「おまえもな」
「俺は間に合っただろう」
「ホームルームには遅刻してますぅ」
「講義に間に合えばセーフだ」
ドヤる金子は放っておいて小石川宛に急げとチャットスタンプを送る。
続けて金子が腹減ったスタンプを重ねる。
すると、小石川から土下座スタンプが返ってきた。
またポンとチャイムが鳴り、整理番号が更新される。
騒いでいた子供たちと母親が、席へ案内されていった。
空いた席に同年代くらいのカップルが座る。
俺たちが案内されたのはさらに15分後だった。
パチンコの開店も待った事がないのに、すげー待った。
案内された席はボックス席。
テーブルを挟んで向かい合うようになっている。
あとでもう一人くると店員に伝えた。
とりあえず金子と向かい合わせに座る。
金子がせっせと茶をつくる、自分の分だけ。
いいけど。
喉が渇いたので俺も茶を入れる。
備え付けの茶入れから粉を移して湯を注ぐ。
……ちょっと薄い。それが醍醐味、でもある。少し足そう。
タッチパネルがあるな。
これで何か頼むか。
瓶だけどビールあんじゃん。
ビールと、つまみに枝豆とゲソ揚げを……
「……奢りでいいんだよな?」
アルコールは別とかないよな?
一応確認。小心者なもんで。
「もちろん。好きなだけ食ってくれ」
「アルコールも?」
「いいぞ。俺も飲もう」
ビールとハイボールとつまみを注文した。
飲み物は店員がすぐに運んできた。
少し遅れてつまみが注文レーンでやってくる。
俺がガキの時はこんなんじゃなかった。便利になったなあ。
「遅くなりました!」
乾杯一歩手前で小石川が滑り込んできた。
肩が上下してるところを見ると、駅から走ってきたんだろうな。
「おつかれー!」
「お疲れさん」
カチンと俺と金子がグラスを合わせる。
おい、ジョッキなんだから力の加減しろ。
「ズルいっ!俺も飲みます!」
ささっとパネルを操作してチューハイを注文する。
「なんか、慣れてるな」
「たまに昼にくるんで」
時間が限られている昼休みにオールセルフな回転寿司は重宝できるらしい。
また子連れ主婦とシニアのパーセンテージが夜の比ではないらしい。
3人分の飲み物が揃ったところで、再度乾杯する。
爽やかに通り抜けるのど越しを楽しみながら一気に飲み干した。
片手で握り込める小さなグラスでは一度あおればすぐ空になる。
苦みが美味いなんて子供の頃は思いもしなかった。
「寿司屋に来たんだ寿司を食べよう」
「ですね。あ、玉子取って下さい」
通常レーンから玉子群が流れてきた。
遅れてきた小石川は外側に座っているので取りにくい位置。
もちろん金子側に。知ってたけどさ!
「お子ちゃま〜」
「何から食べたっていいじゃないですか」
「そうだぞ。醤油取ってくれ」
醤油は給湯ボタンを挟んで俺の手前。素直に取って渡す。
金子はイカを取った。
俺も何か食べようか。
マグロの赤身がきた。群衆になっているから流したばかりとみた。
「おれもマグロ下さい」
「ん」
マグロ2皿、レーンから抜く。
「醤油皿いるか?」
「いらね」
金子は醤油は別皿に入れてつけて食べる派らしい。
俺は直掛け派。だって面倒くさいじゃん。
箸で一貫ずつ口に運ぶ。
ん、ビンゴ!刺身はまだ瑞々しいし酢飯が固くない、作りたてだ。
群衆の抜けが少ないし、このあたりの席はレーンの上流ぽいな。
2貫目を咀嚼しながらビールで流す。
もう1瓶頼むかな。
「エビ、来ないな」
「注文すればいいんじゃなですか」
「なるほど」
金子がタッチパネルでエビを注文する。
エビと一口に言っても種類が豊富なので迷う様は端から見たら面白い。
焼きチーズとか天ぷらとかあるのか。
その中でスタンダードなボイルエビを選んだ。
「俺、中トロとビール」
「俺も中トロ食べたいっス」
「わかった」
メニューを追加して発注する。
注文したあとも、金子は興味深そうにタッチパネルを操作している。
小石川もあれこれ勧めている。
外で飯なんて、いつもひとりだったから、なんとなく楽しい。
実家にいてもすれ違いばかりで、揃って外食なんて行った記憶がない。
仲悪いわけじゃないんだけど、タイミングが最悪に合わないんだよな。
飯なんて空腹を満たすためのもんだったけど、気の置けないヤツと食うのも悪くないって知ってる。
たまにだったら、こいつらと外に飯食いにくるのもいいな。
タッチパネルに注文品到着の表示が出た。
一歩遅れてビールも到着。
1本目のビールの中身をすべてグラスに移す。
すでに気が抜けてぬるくなっているのでさっさと飲んでしまう。
あと中トロ。ちゃんと1皿ずつきた。
脂がのっていて美味い。想像よりずっと濃厚だ。
肉よりくどくないけど、次はさっぱりしたもんがいいな。
青魚……ものによっては脂っぽいか。
イワシとかサバよりヒラメとか……
「あ、えんがわ」
「注文します?」
「ぉん」
「俺もタコもらおうか」
「はいはい。俺はサーモン、と」
あ、今のページアナゴがあったな。
握りじゃなくてアナゴだけでほしい。1本まるごとで。
「いくらも注文してくれ」
「いーくーらっ。はい、確定」
えんがわが到着した。
ちょっと醤油をたらして1貫つまむ。
このコリコリとした歯ごたえに淡白な身と間に挟まれたシソがいいバランスを取っている。
美味い。握りの中で2位3位を争うやつだ。
1位はマグロ固定は絶対としてな。
ふと、金子に目をやった。
タコといくらの軍艦を平らげ、レーンからイカを取っている。
いや、イカ食っただろう。何度でも食べていいけどさ。
「……金子って、魚食ってなくね?」
「そういえば、そうですね。嫌いでした?」
またやってしまったと小石川が眉を下げる。
店を決めたのは小石川だったしな。
でも、金子も賛同してたし、前にも行った事あったみたいだし。
魚嫌いだから寿司屋に来ちゃいけないルールもないし。
魚以外にも食べれるものあるんだから問題はないとは思う。
ちょっとトラウマにさせちまったかもしれない。
「いや、昼に刺身定食べたから今はいいだけだ」
「イカやエビはいいのかよ」
「美味いじゃないか、イカとエビ!」
「……好きなんですね」
「うん!」
そういや、ピザの時もシーフードって騒いでたな。
小石川と顔を合わせて、なんとなく頷き合った。
『なんで寿司屋来るのわかってて刺身を食べるんだ』と。
「ウニ食おウニ」
「奢りだからって遠慮ないですね、いいけど」
「俺はカニを食うぞ」
「足一本のやつなら俺も」
「俺も食べます」
「次はマグロユッケもらおう。軍艦といえばこれだろう」
「ネギトロだろ?」
「ネギトロは巻き寿司だろう」
「そりゃ鉄火だろ」
「ネギトロと鉄火は違うぞ?」
「どっちも一緒ですよ、マグロなんだから」
「「部位が違う」」
「……仲良しかよ」
「ラーメン食いたい」
「カレーありますよ」
「うどんだろ。あさり出汁のうどん」
思い思いに好きなだけ注文して、食べて、会話が弾んだ。
すげー待ったけど回転寿司も楽しいじゃん。
ピロンとスマホが鳴った。
音からしてチャット。
3人とも同時に鳴ったから、善行か真澄ちゃんからのメッセージがきたんだろう。
「蝦名さんからですね」
一番最初に取り出したのは小石川。
テーブルの上に置いて、3人で眺めた。
『ちょっと!なんで誰もいないの!?』
『まわる寿司?私を除け者してイイもの食べてるじゃない』
『おなか空いた〜』
『寂しいんだけど』
『どの店?駅前?』
『まだいる?』
次々に送られてくるメッセージにちょっと引き気味になった。
メッセージを送るごとにスタンプつけるとか女子か。
……半分女子か。
『今から行く』
「……今から来るってよ」
「ですね」
「時間の制限があったんじゃないか?」
席に案内されてからすでに1時間20分経過していた。
2時間の制限があるから、急いできても20分、残り時間は20分程度。
「大丈夫じゃね?」
宣言通り真澄ちゃんが来た。
5分かかったか、というくらいの早さで。
遠くないけど、早すぎないか。
「もう!行くなら行くって言ってよ!」
「だって会わねーもん」
「文明の利器とか使って!」
「家で話してたからわざわざスマホで言う事でもないし」
朝一番早く出る真澄ちゃんと、昼前に起きる俺では生活リズムが違うだろう。
週中は俺が家に帰ってなかったこともあって話す機会がまったくなかった。
小石川と金子にとっては、俺に詫びいれるための食事だから、敢えて声をかけなかったのかもしれない。忘れてたけど。
「でも、もう時間あまりないですよ」
「そんなに食べないからヘーキよ」
タブレットで希望の寿司を次々選んでいく。
しばらくして品物が到着する。
納豆軍艦、カニカマ軍艦、イカオクラ軍艦、数の子軍艦……
軍艦ばっかかよ。
納豆なんてなんで寿司にしたんだろう。
臭いしネバネバ糸引くし、そもそも腐ってんじゃん。なんで食べようと思った日本人!
「美味しいのに。ほら、ケンくん、あーん」
「っわ!こっち向けんな!」
的確に嫌がらせしやがって!
大人しく食えないのかよ。
「よくそんな腐ったもん食えるっすね」
「好きなんだからいいでしょ」
確かに人の好き嫌いに口を出す気はない。
でも、こっちが嫌いなものを無理矢理食わせようってなら別だ。
毎日冷蔵庫を開けると納豆のパックが必ずあるとか、喧嘩売ってるとしか思えない所行じゃないか。
全部真澄ちゃんのだっていうんだから黙ってるだけで。
ガチで怒らせると怖いんだよな。しつこいし。
口では勝てないから面倒くさい。
「じゃあ次はデザート頼もうかな」
「ちょっと待って下さい先輩」
「もう、時間です」
伝票に示されている時間から1時間55分強。
席を譲らないといけない。
一般家庭の夕飯時を過ぎた夜分だというのに客足が途絶えず、未だ待ち合い席に座れない程人が待っている。
それに俺たちは、締めの麺食ったあたりで、飽きてた。
だからもう帰りたい。
「デザートはコンビニで買いましょう」
「はいはい」
3人同時にほっと息を吐いた。
小石川がタッチパネルから『会計』を選んで確定を押す。
なんだかちょっと、疲れた。
レジ横に冷蔵ショーケースが設置されていた。
上部が開いた、上から取っていくやつ。
中には鮨詰が並んでいた。
色んな種類が入っている1〜2人前のものやお子様向けのメニューの小振りなもの。
注文すれば大人数向けのものも用意できるらしい。
いくつかすでに袋に包まれているので、テイクアウトの予約分も置いてあるんだろう。
真ん中あたりの1人前寿司パックを手に取った。
マグロとサーモンの2色で構成されたやつ。
「まだ食べるの?」
「おぉ、善行に」
夜食を食ったり食わなかったりするヤツだけど、一人だけ仲間はずれは良くない気がして。
友人のよしみでな。この前のおにぎりの借りを返すだけだけどな。
てか、なんで小石川は変な顔してんだよ。
「自分で払うっつーの」
「いえいえ、一緒に払っちゃいます」
お言葉に甘えて一緒に清算してもらう。
食うの好きだから夜食に食うだろうけど、もし余ったら俺の朝昼兼用飯になる。
奢ってくれるっつーんだから、いいか。
帰りは真澄ちゃんの車で。早いわけだよな。
途中コンビニに寄っていく。
回転寿司屋から徒歩でもすぐの距離なのだけれども。
車を走らせて5分。歩くと30分が5分。
いいな、車。
家は暗かった。
家人はここにほとんど揃っているので当然と言えば当然。
善行から金子とシェアハウスすると聞いてノリで押し掛けた。
全員社会人なのですれ違いは当然で。
他人と暮らすんだからストレスはもちろんあって。
でも、来てよかったと思ってる。
金子が鍵を開け順に入っていく。
「ただいま」
アンチ納豆な文がありますが、納豆好きです。
穴子食べたいって文がありますが、穴子食べれません。