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米が食いたい!  作者: 月湖畔
2 エピソード
13/28

過去と、お前と、焼きそばパンと。

前回の対になるお話。

冷めたカレーはドロッとするどころか、おたまで掬った痕が消えずに形を保ったまま。

どれだけルーを入れたんだ。片栗粉でも入れたのか?

5人分で作ったであろう分量以上に鍋に残っている。

4人食って鍋半分あるってことは明日も問答無用にカレーじゃん。

ジャガイモ入ってるから早めに処理しないと足が速いし。

金子は俺がリメイクしたカレーを食べたがっているから朝は出すとしてもきっと余る。

袋詰めして冷凍するか。


とりあえず生煮えらしい具を取り出す。

煮込んでもいいけど光熱費を考えると個別でレンジ加熱した方が早い。

肉はレンジよりトースターかな。

ジャガイモ、ニンジン、うわっタマネギブロックのままじゃん。根元切ってないし。炒めた時バラせよ。てか、炒めてない可能性もあるのが怖い。

肉もデカいし。ちゃんと焼け!中まで火を通せ!

食って死ぬことはないけど、どうせなら美味い方がいい。

こんなツッコミどころがあるカレーは初めてだ。

余計なものをいれていないのになんでこうなる!?

……牛乳が入ってなかっただけでもマシか。

冷蔵庫とゴミ箱(分別覚えろ)を確認したので多分大丈夫だろう。

アレルギー持ちの健吾に食わせられないからな。




中学でつるんでいた健吾とは高校で距離が空いた気がする。

なんでか知らねえけど、高校入学式前に髪を明るい茶色に染めた。

野球やってたから年中短髪だったのに、伸ばすようになって夏は襟足あたりでまとめていた。

似合わないとは言わないけど、違和感ありまくりだった。

チャラそうな奴らとつるむようになって喋る機会が減った。

俺も俺で、高校でできた友人とつるむようになった。


最大の接点だった野球を辞めた。俺も健吾も。

俺は、自分でプレーするのも嫌いじゃないけど、どちらかといえば、野球観戦のが好きだ。

適度な運動はいいけど、高校の部活となると大会出場を目指すスポ魂のイメージがあったのでちょっと遠慮したかった。

進学した学校も県大会常連で力入れているみたいだった。

たぶん健吾も同じような理由だと思う。そんなに運動好きじゃないヤツだし。




初めて彼女ができたのは1年の11月。

同じクラスで、学園祭の準備を通して仲良くなったコだった。

告白はあっちから。かわいいな、と思っていたからOKした。

期末テストの勉強とか、クリスマスとか一緒に過ごした。

年を越して、バレンタイン少し前に別れた。


「高田くんって、私のこと好きじゃないよね?」


彼女の別れの言葉が理解できなかった。

昨日まで「善行くん」と呼ばれていたのに、「高田くん」と呼ばれたことが地味にショックだった。


何事も動じなさそうと言われるけど、表面に出にくいだけで感情がないわけじゃない。

もちろん突然の別れに傷ついている。

この傷を誰にも見られたくない。ひとりでそっと癒したかった。

元カノは同じクラスなので嫌でも視界に入る。だから、休み時間はそっと教室から逃げた。

彼女と付き合い始めたことも別れたことも、誰にも言っていないのにいつの間にか誰もが知っていた。彼女が言いふらしている風でもないのに不思議だった。

どうも俺は目立つらしい。その所為で噂が回るのが早いのだと友人に分析された。




学校は広いけれど、人目がないところは限られている。

教室はもちろん、廊下もトイレも人がいる。

部活に入っていなかったから部室のような部外者が入れないセーフティールームもない。

特別教室は授業以外担当教官によって施錠されている。

逃げ場所を求めて階段を上がっていき、見つけたのが屋上だ。


冬の屋上は風が冷たく強くて肌に当たると突き刺さるように痛い。

その所為か人が来ない。

内鍵だから室内からなら誰でも開けられる。立ち入り禁止でもない。

しばらくの避難所になりそうだ。




「善行じゃん」


風よけに凭れていた壁の向こうから現れたのは健吾だった。

中学の頃は毎日のように顔を合わせていたから、懐かしい気さえする。

半年経ってもチャラそうな見た目は慣れないけれど。

そんなチャラい見た目のソイツはそのまま俺の隣に座った。


「…………用、だったか?」

「ん?昼飯食いに来ただけだけど?」


掲げてみせるのは購買で買ったであろう無地の袋。

そういえば、人目を避ける場所を探していて弁当のことを忘れていた。

今教室に戻って注目が集まるのも食いっぱぐれるのも嫌だな。

なんでこんな面倒くせえことになったんだ。


「ほら」


健吾が放って寄越してきたのは、焼きそばパンだった。

え?これ、お前が買ったのか?


「ちょっと買いすぎたし、それやるよ」


自分はおにぎりを食い始めた。

俺も、焼きそばパンを食った。

突き返したところでコイツは受け取らない。

しばらくお互い無言だった。


コッペパンに挟まれた焼きそばは、麺がぶよぶよだし野菜はカスみたいだしソース濃いし、絶対俺が作った方が巧くできる。けど、美味かった。


「これもやるよ」


さらに寄越したのはコーヒー牛乳。

これは、さすがにわかる。


「サンキュー」


焼きそばパンもコーヒー牛乳も、俺に買ってきてくれたものだ。


「別に。間違えて買っただけ」

「嘘付け」


牛乳アレルギー持ちの健吾が、間違えたとしてもパンやミルク系の飲み物を買うわけがない。

食べるだけで蕁麻疹が出て息が苦しくなるって言ってたじゃないか。

食えないものが多くて羨ましそうにしていた。周りが勧めても体の大事を取って拒否してきたじゃないか。

わざわざ、俺がここにいることを知って買ってきたのかよ。




「ちゃんと、好きだったんだけどな」

「…………ふーん」

「振られた」


気の置けない相手になら本音をさらけ出せる。

高校でできた友人たちも、それなりに仲がいいとは思う。

でも、こんな弱いところを見せられるのは、学校では健吾だけだ。

情けない姿を見せても、健吾は絶対変わらない確信がある。




「おまえは考え過ぎ」

「……は?」

「高校生で彼氏だ彼女だ作りたがるのは当然だろ。本当の恋がしたいとかドラマの見過ぎだっつーの。イケメン彼氏なんて飾りだ飾り。ステータス!SNSで『いいね』もらうのと一緒なんだよ」


飾り?ステータス?

見栄の為の道具だって言いたいのかよ。

俺の価値は見た目しかないのかよ。


昔から見た目のことは言われてきた。

小さい頃は「お母さんにそっくりで〜」と言われて、なんとなく嬉しかった。でも、小学校にあがってから少し煩わしいものになった。

好きでこの顔に生まれたわけじゃないのに、皆が皆顔を褒める。

まるで顔以外にいいところがないように。


初めてできた彼女も、見た目から好きになってくれたようだった。

OKした理由が俺も一緒だったから文句は言えないが、一緒にいれば見た目以外も好きになると思っていた。

今までと違う対人関係を築いたことで少し浮かれていたところはある。すぐに距離を縮めるのは苦手だから少しずつ寄り添っていければと考えていた。

交際期間は3ヶ月、距離は変わらなかった。

いい子だとは思う。

彼女が求めるものと俺があげられるものが違った。だからこの結果だ。


「いい加減なこと言ってんじゃねえよ!」


生まれて初めて、他人に怒鳴った。


確かに彼女がいたらいいな、とは思っていた。

かわいい女の子から好意を寄せられて嬉しかった。

だから、好意には好意で返したかった。

それを他人に否定される覚えはない。


「言う。なんにも知らない第三者で、お前のダチだから、俺は」

「…………おれ?」

「善行の良さは見た目だけじゃないだろ、ってこと。カノジョも見る目がねえなあ」

「なんだ……それ……」

「だからー、振られたっつーから慰めようと……」

「なぐさめ……られてねーよ、全然……」


脱力した。気が抜けた。

自分でも気がつかないほど緊張していたらしい。

一番見た目を気にしていたのは俺だったと気づいた。

やっかみを受けることも少なくなかったし、明らかに見た目重視で言い寄ってくる女子が多かった所為もあると思う。

野球やってる時は男友達と一緒にいることが多かったけど、野球から離れると『友達』として付き合えるヤツが減った気がする。


「なあ……なんでお前、俺のダチやってんの?」

「はあ?あー……」


健吾は言いにくそうに目線をせわしなく動かして、下を向いた。


「ダチ、なんて考えてなるもんじゃなくねえ?」


健吾は出会ってからずっと友達だった。

高校に上がって、付き合いが減っても肩を並べて話せる友人だ。

あっけらかんとした答えがいっそ清々しい。


「俺、お前のこと好きだわ」

「ーーーー……悪ぃ、俺女専門なんだわ」

「バーカ」


やっと、笑えた。




その後も健吾とは特別つるむこともなく、時々屋上で一緒に飯食うくらいで、つかず離れずといった距離を保っていた。

大学は、志望校聞かれたとき、また一緒なんだろうなって思ったくらいで互いに干渉はしなかった。

いざ、大学で会って真相を聞いてみると、

「寂しがるかと思って。俺のこと好きなんだろ?」

とからかわれた。

友人として、気が置ける仲として好意があるのは嘘じゃないので否定しないでおいた。

気を許せる友人がいるありがたさを知っているからな。

あいつがどう受けとったかは知らない。




あのあと交際申し込みが相次ぎ、何度も何度も断るのが面倒になってきたので何人かと付き合った。もちろん二股三股なんてしてない。

友人たちは羨ましいって言ってたけど、正直振られてばかりだ。こちらが二股かけられていた時もある。

大学3年の半ばから長く付き合っていた彼女とは同棲を経て、去年浮気されて別れた。

捨て台詞を吐いて出て行った相手を思い返すのは、あまり気分のいいものじゃない。

ついため息の一つも吐きたくなる。




「明日焼きそばならさ」


どんぶりを片付けていた健吾がにたにたと笑っている。

こういう笑い方をするときは俺をからかいたい時だ。


「パン買ってきてやるよ、コッペパン」

「いらん」


人の傷口に塩を塗りたいなら作らねえから。

それに、コッペパンよりバターロールのが好きだしな。

カレーは翌日の夜にはなくなりました。

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