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米が食いたい!  作者: 月湖畔
2 エピソード
12/28

過去と、あいつと、焼きそばと。

ほんのり前回とつながっています。

「おまえたちは仲が良いな」




金子が作った不出来なカレーを善行がリメイクした。

もちろん善行がつくったモンは美味いわけで。

こいつのことだから俺に気を使ったんだと思う。

そういうところ、マジで尊敬する。


で、再生したカレーうどんをふたりで食ってたら横で見ていた金子が言った。

揃ってうどん食っただけでその感想が出るかふつう。


仲いい、か。そう見えるんだろうか。

実際は、多分違う。

俺が勝手に善行にくっついてるだけだ。

善行は『いいヤツ』だから。





俺が善行を初めて知ったのは小学生の高学年に上がった頃。

地区の少年野球クラブに入会していた時だった。

隣の地区との練習試合で、対戦チームにいたのが善行だった。

今でも長身イケメンと囃し立てられているが、この頃から女子の黄色い声を浴びていた。

当時の俺は人と関わるのが得意ではなく、どっちかといえば陰キャな方だった。

野球もそんなに好きじゃなくて、両親に無理矢理入れられた。

でも中学卒業まで続けた。

善行がいたからだ。


練習試合のことは今となってはあまり覚えてない。

善行がいたってことは、あいつ自身目立ってたから覚えていたけど、どんなプレーをしてたかまではさすがに記憶してない。

俺が試合に出てたのも1ゲーム、しかもフルじゃないし。

小学校卒業するまでにこのチームと対戦したのは県予選含めても3回か4回程度。

2年通ったクラブだったけど結局スタメンにもレギュラーにもなれなかった。

だから野球は辞めるつもりだった。


中学校は小学校より広い範囲の地区が集まっている。

だから同じ中学に善行がいた。

クラスは違ったけど、入学式で見かけた。イケメンオーラ?っつーのが出てた。

中学にもなれば色恋に敏感な女子が増えて、善行の注目は客観的にもすごかったと思う。

それを全部スルーできる善行もすごかったけど。

善行に惹かれるのは女子だけじゃない。俺もだった。

善行が野球部に入部すると聞いて、辞めるはずだった野球に中学時代の青春を捧げた。


少年野球クラブは見かけただけ、喋ったこともなかった。

だけど、


「知ってる。クラブで試合したことあるだろ?」


あいつにとっても俺は『初めまして』の相手じゃなかった。

すげぇ嬉しかった。

夏の大会に出る前にはお互い名前で呼び合う仲になった。

同期のチームメートみんなともだけど。あの頃ってクラスより部活のチームメートと固まってたな。

友達として、チームメートとして、けっこう近くにいたと思う。





中2の夏、だったと思う。チームメートと部活帰りにコンビニに行った。

暑かったしアイスを買っていこうという話になった。

男が5・6人コンビニに寄って買い食いするだけだがけっこう喧しかったと思う。

今も時々見かける光景だ。懐かしいなあと思うより、うるせえな、と思ってしまう。

俺は早々に一番安いソーダ味の棒アイスを選んだ。俺の定番だ。

ダチの一人がアイスより飲み物の気分とか言って新製品のパックジュースを手に取った。

善行はなんだったかな、忘れた。

コンビニの外で一斉に開封する。アイスは溶けるしな。

で、飲み物を選んだヤツが突然吹き出した。

「なんだこれマッズ」

とか言って爆笑していた。

どれどれと味見をする仲間たちも、そいつと同様に大笑いをした。

俺にもパックジュースが回ってきた、けれどこれは飲めなかった。

みんなが笑う程不味いジュースは気になるけど、こればかりは仕方がない。

「お前だけ飲まないとかナシだぞ」

「ノリ悪いな」

「いいから飲んでみろって」

ダチたちは無理矢理飲ませようとした。

一瞬の逡巡があったと思う。

流れに乗って飲んで病院行きか、空気を悪くしても断るか。

「やめろよ」

迫り来るパックジュースを善行が取り上げて止めてくれた。

「おまえら、虐めになってるぞ」

「だってよー」

中学になってマシになってきたとはいえ、元々陽キャなノリが苦手な根暗な俺だ。当てられる的になりやすい。こいつらの悪ノリしがちなのも仕方ないかもしれない。

「うわっ、ホントにマズいな」

善行はそのままパックに口をつけて飲んだ。

中身はチョコミントラテ。一部で話題になったが一般受けしないという、今では製造中止の幻の一品。

「もう少し甘みを利かせてアイスにしたら美味いかもしれねーけど」

善行の謎の特技が笑いを誘ったらしくまたみんなで笑った。

その特技は現在でも遺憾なく発揮されている、正に今だけど。




正直、善行に助けられてばかりだ。

感謝を伝えても

「困ってるダチ助けるのは当然だろ?」

とこれまたイケメンな答えが返ってくる。

なので礼を言う時は軽いノリで伝えるようにしている。

助けられて当然とは思ってないけど、重すぎるとあいつ照れて受け取ってくれないからさ。

そのノリが長い所為か他のヤツにも同じ対応しちまう。

小石川あたりはめっちゃ不満そうな顔をする。おもしれーから改めない。








「はぁ〜、うまかった」

どうも何かに熱中すると食うことを忘れる。

あんまり食事に気を使ってない、つーか食うことに興味が薄い。

人より食いもんに気をつけなければなんねーのも面倒だし。

だから善行の飯は安心して食える。

「それはよかった」

ドヤ顔で答えるのは金子。お前に言ったんじゃねーけどな。

こいつも面白いヤツで、下手に隠し事をしないので付き合いやすい。

大学のゼミからだから、この家の中では善行の次に長い。

薄っぺらい人付き合いばっかしてたから、長く付き合える相手はこの家に住んでる奴らだけだ。

「片付けは俺がやっとくから風呂入れば?」

作ってもらったんだから礼にこれくらいはさせてほしい。

……おい、労おうってのに疑いの目を向けんな。

「後でいい。まず食えないっていうカレーをどうにかする」

「食えなくない。食いづらいだけだ」

変なところにプライド持ってくるなよ。独自の論点面白すぎだろ。

「んじゃ、俺先に入るわ」

「どんぶり洗ってからなら許す」

そっちはやらせるのかよ。ま、いいけど。


シンクとコンロは調理台挟んで並んでいるから善行と横並びで立つことになった。

こうしているとあれ思い出すな。

思い出すけど、カレーの匂いが気になるわー。

皿洗い用のスポンジはフローラルで泡まみれだけど、カレーの匂いには敵わない。

突然「フッ」と善行が笑った。


「なんだよ」

「いや、思い出した」

善行も思い出したのか。笑う程のことじゃねーんだけど。

「思い出し笑いするヤツはムッツリなんだぜー?」

「古いな。根拠がないから立証できないヤツだろ」

「善行がムッツリなのは合ってんだろーが」

「違う……とも言い切れない」

「だろ?」

昔にからかったら即否定されてたな。大人になったもんだ。


女に限って言えば、善行はけっこうそうだ。

言い寄ってくる女は両手に抱えきれないほどいた時もあったけれど、いつも面倒くさいの一言で切っていた。けれどなんやかんや特定に相手は切れずにいたんだから、こいつ割と女好きだったりする。

それか博愛主義者か。

この家に来てから女の影がないので、枯れちまったのかと一応心配している。

まだピチピチの20代だぞー?


それは置いといて、善行も同じことを思い出していたらしい。

中学・高校合わせて6年間、同じ学校に通っていたけれど一度も同じクラスにならなかった。

最大の接点だった野球は高校に上がってお互い辞めた。

俺が高校デビューしたっつーのもあるけど、中学でいい成績を残せず熱が冷めたことと、やっぱ向いてなかったと悟ったからだ。

後輩にレギュラー先を越されるとかいい例だ。


そいつは事業団に呼ばれる腕があったし、まあ、そんなヤツと比べられたくないっつー話だ。

妬んでるわけじゃねーけど、ちょっと悔しいのと、やっぱりなっつー諦め。

その話を善行から聞いた時の感想だ。

けして「よかったな」「すげーな」「おめでとう」とか浮かばなかった。

ま、根が陰湿だからな。

善行も淡々と「中学時代のチームメートから聞いた」という前置きをつけて知らせてくれた。

俺だってチームメートだったけどそんな連絡来なかった。

そンくらい、だいたいのヤツにとっての俺との距離感。もういろいろ諦めがついた。


善行は別。昔から今と同じ距離感で付き合ってる。

ハイパーマイペースに見えて、コイツなりに気を使ってる。それがさりげなくて居心地がいい。

適度な距離感?ズカズカ入り込むわけではないけど完全放置もしない。

他人に無関心に見えて懐に入れた身内は大事にする。

俺がコイツの身内かってーと、この家に住むの許容してんだから多分身内。

身内判定されたのは、多分中3の部活を引退した直後くらい。




中3っつーと受験生だ。勉強第一の時期真っ只中。

春には第一志望を絞って、夏休み明けには部活を引退して完全受験体制になってるわけだ。

ちゃんとしてるヤツなんかはもっと前からやってるけど。

中3の初夏の俺はぼんやり「あっこらへん狙うか」程度にしか絞ってなかった。

『高校に行く』ことだけは決まってた。

志望校は自分の学力にあってればいい。無理しないトコ、って考えてた。

夏休みの終わりくらいにあったオープンスクール。

たまたま日程が善行と被った。

部活一緒だから引退した日も一緒だし空いてる日も似てくるもんだ。

善行は回る学校をもう決めていて俺はそれについていくことにした。

3日かけてついて回って、善行の反応で第一志望が読めた。


どうせなら一緒の高校に行こう。


自分でもちょっと女々しいと思ったけど、いまいち決めらんないので便乗みたいに志望校を決定した。

オープンスクールの3日目は朝からの1件だったので昼前に解散。だったが、最寄り駅についたところで盛大に腹が鳴った。

善行ともうひとりダチの視線が俺に突き刺さった。恥ずかしくて今でも覚えてる。

うちの親は共働きで、夏休み中の息子の昼食など用意しない。小遣いでなんとかしろという感じだった。

寝坊して朝食をとり忘れ、財布を忘れ、交通費にもらったICカードが今降りて残り50円かそこら。ファーストフードはもとよりコンビニおにぎりすら買えない。

さっさと帰って出かけ直そうと思っていた。


「俺んち来るか?」


善行に誘われた。

ダチは帰るっつーから俺だけついていった。

駅から家まで歩く距離は、俺んちより善行の家はその半分の近さだ。

空腹も限界でその魅力的な提案に飛びついた。


通された善行んちのダイニングはきれいに整頓されていた。

モデルハウス並とかじゃなく、雑然としているうちと比べてだが。

皿やカップはきちんと棚に仕舞われていて、直掛け調味料は置き場が決まっていて使いやすいようにテーブルの端に並べられている。生活感のあるきれいさだ。

こういう家で育ったから今の善行があるんだなって思う。

家族は留守にしているらしく、12時を回った時点で俺と善行の2人だった。


「じゃあ、やるか」

「は?」


何をやるんだ?

と、思う間もなく、善行は冷蔵庫から食材を出して調理台に並べた。


「焼きそばでいいか?」


答える前に善行はキャベツを刻み始めていた。

ざくざく切られていくキャベツが目の荒いザルに積まれていく。


「ん」

「ん?」


こんもりキャベツのザルを渡された。


「働かざるもの食うべからず」


洗えということらしい。

さっと水洗いすると今度はモヤシの入ったザルを渡され、それも洗う。


「ピーマン食える?」


ガキ扱いされてんのかと思ったけど素直に頷いておいた。

中坊ん時はそんなに好きじゃなかったけど、今ではめっちゃ好きになった。

特にピーマンの肉詰めと青椒肉絲とナスとの煮浸し!ビールのつまみに最高!

この家に来てから全部善行に作ってもらったもんだけどな。


大きめのフライパンで肉を焼いていく。

両面に火が通ったところで野菜をドカドカ入れていった。

ジャッジャッと炒められていく野菜たち。

音を聞いただけでも美味そうで腹が鳴った。

塩こしょうを振ってささっとかき混ぜ、袋入りの中華そばを2つ入れた。


「…………」

「な、なに?」


無言で見つめられ、戸惑った。

善行は何事もなかったようにさらに麺を2つ追加する。

野菜の上で麺をほぐし、蓋をして火を弱めた。


視線の意味は特になかった。

中学生男子の胃袋は麺1つで足りるか考えていたらしい。

残ったら夕飯か、家族の誰かが食べるだろうとのことだった。

全然食うけど。


隣のコンロに平たいフライパンを出して火にかける。

冷蔵庫から卵を2つ出し、手際よく目玉焼きを作った。


「使った道具洗っといて」


コンロの前とシンクの前、調理台を挟んだ隣同士で昼食の準備と片付け。

口数が多くない善行とは、無言でも居心地が悪いと感じたことはない。

もちろん話題があれば長話だってする。

初めて訪れた友人宅、しかも並んで作業している。

会話の糸口がないわけではない。

でもなんとなく、話すことなく洗い物に集中した。


目玉焼きができたら焼きそばの仕上げだ。

野菜の水分で蒸し焼きされた麺と具材を底から混ぜ合わせ、ソースを回しかけ、お好み焼きのソースを少々加えた。

どろっと濃いめのソースが焦げる匂いは食欲を倍増させる。

皿に盛った麺に鰹節をまぶし目玉焼きを乗せた。


できたてほかほかの焼きそばを早速頂く。

空腹もピークだ。

正直なところ、善行の家で焼きそばを作るのと、一度家に帰ってコンビニで飯を買うのとさほど時間は変わらない。

でも、ここに来てよかったと思ってる。


「うっま!」

「口に合ったか?」

「美味いって!うちのかーちゃんより美味い」

「……口に入れ過ぎだ。喉に詰まるぞ」


照れたのか視線を外し、グラスに注いだ麦茶を出してくれる。

それを一気の飲み干した。

再び箸を動かす。

野菜の固さもいい。甘みがあるし、シャキシャキ感も残っている。

祭りとかで買うヤツはダラっとしたキャベツがちょびっとしか入ってないからこれは満足だ。

ソースの濃さもちょうどいい。鰹節もよく合っている。

目玉焼きは半熟で、目玉を割るととろっとした黄身があふれ、麺と絡めて食べると濃厚さが増して美味さが倍になる。


「おまえ料理できたんだな」

「野菜切って、炒めて、ソースで味付けしただけだろ」

「すげー手際よかったじゃん」

「よく作るからな」

「あと何作れんの?」

「あー……餃子包んだり?」

「餃子!いいじゃん。好き」

「冬は鍋もの、おでんとか……グラタンとか作るな」

「中3男子のバリエーションじゃねーよ」


善行の母親がフードコーディネーターの資格を持っており、月に2度料理教室の講師に呼ばれているそうだ。

その準備に駆り出されたり、休日に家での料理を手伝ったりと日頃からやっているらしい。

本人も嫌いではないので自然と技術向上していったという。

『男も料理できないと結婚できないか嫁に愛想つかれるのよ』とこどもの頃から言われてきたと聞いて、幼い息子に言う言葉じゃないよなと、今でもすげー母親だと思っている。

何度か会ってるけど、パワフルだ。歳より若く見えるし。

あと美人!善行の母親、って感じの美人。性格逆だけど。




あれが好きこれが食えない、あれ作れるこれ食ってみたいなど話が尽きなかった。もちろん箸は止まらない。

食事に興味が薄い俺がおかわりまでした。

すげー腹減ってたってのもあるけど、善行の飯が気に入った。

すっかり胃袋掴まれちゃって、大人になっても付きまとってるわけだ。


さて、洗い物も終わったし風呂入って寝ましょうかね。






「健吾」

「なによ?」

「明日、早番だから飯作ろうと思うけど、何食いたい?」

そりゃ決まってるっしょ。

「焼きそば」

「……言うと思った」

次回は高田視点の焼きそば。

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