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米が食いたい!  作者: 月湖畔
2 エピソード
10/28

家庭の味はカレー 前編

ほんのり前回とつながっていますが読まなくても進めます。

数日前、真澄先輩が高田に弁当を作ってもらったらしい。

実物は見ていないが、朝食が作られていたのでその日だと思う。

そもそも、弁当を作ることになったのは、先輩の会社に社員食堂がないので俺たちが羨ましい、からだったらしい。

いや、それより前に食事が寂しいと言っていた、だったか。

とにかく、食事に不満があるらしい。




「というわけで、今日はカレーを作ろう」

「なにが『というわけ』ですか」

スーパーマーケットの帰り道、途中で一緒になった小石川に宣言した。

今は急ぎの案件もなく、定時に帰ることができたので簡単なものでも作りたくなった。

気分はカレーで、初めはインスタントで済まそうとしていた。

カレーの棚に行くとパウチのレトルトカレーはもちろん、カレーのルーもあった。

何気なくルーの箱を手に取り、裏を見てみると作り方が書いてあった。

タマネギ、ニンジン、ジャガイモを切って肉と一緒に煮込んでルーを入れれば完成。

とても簡単な料理だ。

学生時代の調理自習でもそんな手順で作っていた気がする。

ほとんど同じ班のメンバーが作っていて覚えていないが。

カレーを作るぞ、と意気込み、レトルトカレーから手作りカレーに変更し、タマネギとニンジンと肉を購入した。

ジャガイモは、まだあるからな、生丸が買ってきたやつが。

料理をするには一つ問題があった。

手先が不器用すぎて単独での調理を禁止されていた。

しでかしたあれやこれやを鑑みると、誰か監修していればいれば良い。

そこでちょうどよく出会した小石川。

巻き込もう!と瞬時に算段がついた。


「つまりカレーが食いたい、ってことですよね」

「そうだな」

歩くたびガサガサとビニール袋が音を立てる。

エコバッグなんてものは持っていないので有料で袋をもらった。

なんだかもったいない気がする。

「エコバッグ、買った方がよかったか」

「いらないでしょう、スーパーいかないんだから」

どうせ家に置きっぱなしにして宝の持ち腐れになる、と言い切られた。

否定したいが、できる材料がない。

毎日の買い物はコンビニで事足りるしな。


帰宅した家は真っ暗で誰もいない。

一人を除いて働いている。

「生丸はいないみたいだな」

「またパチンコか女の人のところですかね」

パチンコなら帰ってくるが、女性の元へ行っているなら食事は不要になる。

「多めに作っておけばいいだろう」

カレーは量が調節できる。

俺と小石川、真澄先輩、高田も夜食をとるだろうし、生丸もあれば食べるだろう。

それに二日目のカレーも美味い。




部屋着に着替えてさっそく始める。

「大きな鍋はあっただろうか」

普段、台所は高田の持ち場になっている。

どこに何が収納されているかわからない。

俺が買った家なのに。俺が家主なのに。

「足元の、その棚じゃないっすか?」

「ん?ここか」

コンロ下の扉を開ける。

フライパンと鍋が揃えて収められていた。

「あった」

一番大きな両手持ちの鍋を取り出す。

ラーメン屋の寸胴を小さくしたような深鍋だ。

これならたっぷり作っても二日目の朝も余裕で食える。

「おれも手伝いますよ」

「じゃあ、米を炊いてくれ」

カレーにはライスが鉄板だ。

炊くには時間がかかるので先に進めておかなければ。

こちらはカレーを作っていこう。

まずは、肉か?野菜、を炒めればいいのか?

タマネギ、でいいのか?

「金子先輩、作り方見てください」

「そうだな」

カレールーのパッケージの裏面に作り方が書いてあるんだった。




『タマネギがしんなりするまで一口大に切った具材を炒める』


「一口大……?」

炒める工程になっているんだが、切る工程はどこにいった?

一口大に切った、とあるから具材を切ればいいのだろうけれど、ちょうどいい一口大のサイズがわからない。

どう切ればいいんだ。

とりあえずたてに半分、断面を下にしてさらに半分にする。

「大きくないっスか?」

「そうか?」

小石川が言うので、さらに半分に切る。8等分になった。

蕎麦屋のカレーはこれくらいの大きさだったと記憶している。

タマネギはたっぷりのが美味いと聞くから2つ分切った。

他の具材も切っていく。

ニンジン1本を縦に半分横4等分に、ジャガイモ4つを4等分に、肉をサイコロ状に。

「えー……大きい……」

「大きい方が食べ応えあるだろう」

大学の学食で食べていたカレーは大きめな具がごろごろ入っていた。

咀嚼が多いほど満腹感を得られ満足度が高いとされている。

だからこのカレーも具が大きいことで満足感が得られるはずだ。

けして切ることが難しかったわけではない。

「肉って……これ牛肉、しかもステーキ用じゃないですか!?」

「美味そうだろう」

美味い料理にはいい食材を使わないとな。

この切った具材たちを炒めるんだな。

炒める……?ということは、フライパンだろうか。

パッケージのイラストは鍋の絵が描かれているんだが。

「鍋でいいんじゃないンすか」

「そうか」

ここは小石川の意見を採用しよう。

具材を全て鍋に放り込む。

鍋の半分ほど具で埋まった。

食べごたえのあるカレーができそうだ。

炒めるために火をつけて加熱する。

「先輩。混ぜないと焦げますよ」

「そうか」

菜箸で鍋の中をかき回す。

油を引かなかった所為かタマネギが鍋底にくっつく。

タマネギがしんなりする前に焦げそうだ。

火が強いのだろうか。

でも火が強い方が早くできるだろうな。

真澄先輩が帰ってくる前に仕上げてしまいたい。

「いい匂いですね」

「ああ」

野菜と一緒に炒めている肉から食欲が唆られる匂いがする。

これは期待以上のものができる予感がする。

「先輩の家は牛肉だったんですね」

「小石川の家は豚肉だったのか」

「こっち地元なんで。西日本は牛肉のカレーが主流なんだってテレビでやってましたよ。名古屋あたりで分かれるんですって」

「なるほど。うちの母は神戸出身だ」

「高田先輩のカレーは牛肉3豚肉6、時々チキンカレーでしたね」

うちの料理自慢はなんとなくの味の記憶となんとなくの作り方でだいたいものが作れる。

しかも美味い。

いつだったか、インドカレーにハマりかけた時はスパイスを買ってきて自作していた。

一緒に食卓に並んだタンドリーチキンも美味かった。

「豚肉のが安いんだそうだ。翌日がカレーだとわかっていた時は俺が牛肉を買っていた」

「……そうだったんですね」

まんべんなくカレーが絡んでいてくしゃっとなった豚肉も美味いんだが、やはり実家で食べていたカレーと比べて物足りなさを感じてしまう。

普段食べてたのは薄切りだったけれど、特別な日はブロック肉のカレーだった。

「今日買ってきた肉はステーキ用って書いてませんでした?」

「食い甲斐があった方が嬉しくないか?」

「そうかもしれませんネ」

話している間にタマネギの表面が白く透き通ってきた。

疎らだが、だいたい火が通ったようだ。

次の工程に取り掛かる。

そういえば『しんなり』とはどの程度なのだろうな。




『水を入れて煮込む』


「……煮込む」

分量はパッケージ裏に書かれているが、具も多いし、水も多めでいいだろう。

きっちり分量を守るだけが美味い飯とは限らないと学んだ。

具材が被るくらいの水、とあるが、被るとはどれくらいだ?

煮込んでいる間に蒸発してしまう分を計算しているのだろうか?

カレールーも多めにすればバランス取れる、か。

「小石川、水をくれ」

「はいはい」

小石川はボウルに水を入れて鍋に注いでいく。

じゅわ、っと音を立てて具が水に沈んでいく。

これにカレールーを入れればカレーだ。

ルーを入れるのは次の工程にあるので、このまま15分ほど煮込む。

弱火~中火と書いてあるが、強火で煮込んだ方が早くできるのではないか?

少し強めにして10分煮込もうか。

「よし」

「できるまで飲みますか」

「いいな。つまみはあるか?」

今日はカレーを作るための材料しか買っていない。

小石川は冷蔵庫を開けて首を傾げる。

「蝦名さんの豆腐はあります……冷凍庫に、あっ、つくねありますね」

「レンジでチンのやつだな」

冷凍食品も馬鹿にできないほど美味い。

そして、真澄先輩の豆腐に手を出す勇気はない。


レンチンつくねを片手にごくごくと350の缶酎ハイを飲み干したところで、時計の針が10分程進んでいるのを確認した。

ストップウォッチは使っていない。

以前高田に言われた。俺は細か過ぎるらしい。

高田曰く「店に出すもんじゃねーんだから、だいたいでいいんだよ家庭料理なんて。その日の味覚によっても好みとか変わるしな」

らしいので、家庭料理らしくざっくりとしたスケジュールでカレーを作っている。

あまりに拙かったら小石川が止めるだろう。

「よし、次だ」




『カレーのルーを入れる』


「箱の分量より多く水を入れたから、ルーも多めのがいいだろう」

「3分の2、ってとこっスかね」

野菜が浸るくらいまで入れた水はもちろん計っていない。

とろみがつくまでルーを入れればカレーの完成だ。

煮込んでいる鍋の蓋をあけるともわもわとこもっていた湯気が立ち上がった。

野菜の甘みを感じる匂いだ。

パッケージからルーを出す。

製氷器のような形だ、初めて見る。

真ん中に切れ目があり2つに分けられるようになっている。

1つでパッケージの分量分らしい。

上のシートをはがして現れる、板チョコのようなものがルーだな。

鼻に近づけて匂いを嗅いでみる。

スパイシーで食欲をそそる、濃いカレーの匂いだ。

お湯に溶かすのだから当然か。

とりあえずセパレートした1つ分を鍋に投下した。

「ちょ、先輩!大きすぎじゃないっスか?割って割って!」

「割る?」

ああ、そうか。その為の小分けブロックだったのか。

しかし入れてしまったものは仕方がない。

「スープの中でかき混ぜれば溶けるだろう」

ぐるぐると鍋の中をかきまわす。

だんだんスープの色が変わってきた。

これは、カレーだ!

色も匂いもカレーそのものだ。

だが、

「ゆるく、ないか?」

「とろみがつかないですね」

お玉でひとすくいし、少し上から鍋に落としてみたが、さらさらとしている。

カレーはカレーだが、これではスープだ。

ご飯にかけるカレーライスこそ家庭の味。あのカレーが食べたいのだ。

「ルーを足してみるか」

未開封の半分を開けて鍋に投下する。今度はブロックごとに割るのを忘れない。

9つあった小ブロックを6つ入れたあたりでやっととろみがついた。

このカレールーには旨味が詰まっていると見た。

3つだけ残すのもなんだし、全て入れてしまおう。

「カレーっぽい!」

小石川のテンションが高めだ。

カレーとは大人を童心に戻す特別な料理なのだな。

同じような見た目と具材のシチューとはまた違う、日本の家庭料理の一角を担う、老若男女を虜にする食べ物だ。

そういえば、この家でシチューは出てきたことないな。


「そうだ、忘れていた」

「何をです?」

材料と一緒に買ってきたものがあった。

「これだ」

袋から取り出したもの、それは

「チョコ、すか?」

「うん」

以前見たテレビ番組で、カレーの隠し味に板チョコを入れるとコクが出て味がまとまる、とあった。

そのままでも充分美味いだろうけれど、これは試す価値があるだろう。

高田は絶対許してくれないからな。

自分で作ったものだから文句あるまい。

「止めましょう!余計なことしたら高田先輩に怒られますよ!」

「俺が責任を持つ」

「食材もったいないじゃないスか!」

「不味い前提で言うんじゃない。テレビで言っていたんだ間違いない」

「テレビ通りに作って失敗したのは誰っすか!」

「…………俺だな」

「でしょ!?今回は、止めましょう。今回は様子を見て次回試せば良いじゃないですか、ねっ?!」

小石川が必死で止めてくるので止めた。

間違いないと思うのだがな。

冷蔵庫にチョコレートをしまったところで炊飯器からご飯が炊けた知らせが鳴った。

次回オチへ続きます。

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