#8-1.ハードティーパーティー
しばし、静かな時間が流れる。
バケツ姫の用意してくれたお茶はかなりの逸品だったし、クッキーもナッツ入りやコーヒー味、茶葉の入ったのとかがあって見るも食べるも楽しめる素敵な代物だった。
ゲーム内でもお菓子を作る事ができるのは知っていたけれど、ここまで手の込んだものが用意できるっていうのはすごいと思う。
「美味いな、このクッキー」
ドクさんは、さっきからコーヒー味のクッキーばかり食べている。
紅茶にはあんまり手を付けず、ひたすら食べてる感じ。
「本当、中々のものだね」
「そうですね」
私たちもついつい手が伸びてしまう。
最初、一人分ずつ小皿に五枚入っていただけだったクッキーは、今では大皿に山になってテーブルの中心に置かれていた。
「よくこんな沢山焼いたね……」
「もしかしたら、一人くらい沢山食べる方がいらっしゃるのでは、と思ったので、つい焼きすぎてしまいました。ですが正解でしたわね」
「あの、私もエミリオさんもマルタさんも、そんなに食べる方じゃないですからね?」
私自身と二人の名誉のためにフォローだけは入れておく。
「ふぅ……プリエラ連れて来たら山ごと消えてたな」
「ああ、プリエラならこれ位食べてたかもね」
流石に山ほどの量は一度に食べる気はないのか、それとも食べ飽きたのか、ドクさんは手を止めて、未だ残る色とりどりのクッキーを眺めていた。
「プリエラ……さん?」
「うちのギルドのメンバーでな。甘いものに目がないんだ。いや、ぶっちゃけ食べられるものなら何でも喰いまくるよな」
「食欲魔人だからね。前に鍋パーティー開いた時も肉ばかり食べてたし」
「食べてましたね、そういえば……」
マルタさんの持ち込んだお肉中心の鍋パーティー。
確かにあの時はプリエラさん、お肉ばかりたくさん食べてたなあって思い出した。
私やラムネ君にも巻き添えが来たけど、食べきれない分はプリエラさんが食べてた感じ。
周りに煽られたのもあったんだろうけど、ドクさんや一浪さんより食べてた辺り、本当に食欲がすごいのかもしれない。
「ふふっ……でしたら、是非次はその『プリエラさん』もご招待したいですわ。こうしてお茶ができる相手が増えるのは、とてもうれしい事ですもの」
そっとバケツ兜をずらし、縁を手で持ち上げて器用に紅茶を飲むバケツ姫。
きっと兜がなければすごく様になってる仕草なんだろうけど……やっぱり兜が残念というかなんというか。
「その兜、やっぱ不便じゃねぇか? 外したいとは思わんのか? 記憶喪失の元になってる可能性もあるし」
呪われた兜、というだけでも厄介だけれど、こうして外せないものが物理的に顔を覆っているというのは、中々に不便な気がする。
お風呂の時とかどうしてるんだろう、とか、すごく気になる。
「そうですわね……慣れはしたものの、何かと不便ですわ。できる事ならすぐにでも取りたいのですが、生憎、どうすれば外せるのかも皆目見当が――」
「呪いの装備なら、ハイプリエステスに頼めば大体は解呪できると思うがな。俺の知り合いにいるから、連れて行ってやろうか?」
「んん……」
ドクさんの申し出に、バケツ姫はどこか困ったように口元に指をあて、考え込んでしまう。
「そのハイプリエステスの方は、遠い場所にしかいないのですよね……?」
「ああ、まあ。そりゃ、リーシアにしかいないからな。あいつは基本的にリーシアからは離れないから、会いたいなら直接あちらに出向くしかないな」
そういえば私もマタ・ハリに呪いをかけられた時に助けてもらったけれど、ハイプリエステス様はそういう事が出来る人なんだとか。
プリーストやプリエステスが数人がかりで解呪する呪いも、ハイプリエステス様一人で解決してしまう辺り、さすがは最上位職というか。
「やはり、そうなりますか……」
だけれど、バケツ姫の声のトーンはどこか抑えめ。
何か迷ってるのか、それとも困ってるのか……仕草も込みで、素直に喜んでるようには見えなかった。
「何か問題があるのか? ああ、ナイツの奴らがやかましいとかそういう――」
思い当りといえば、やっぱりナイツの人たちがうるさく言うからなのかな、とは私も思ったけれど。
でも、バケツ姫は首を横にふるふると振って否定。からんころんと兜が揺れる。
「トーマス達は、私を無理に止めたりはしないでしょうが……私は、ここから離れることができない、と、なんとなく、そう思うのです」
「離れることができない?」
「ええ。漠然と、なのですが……離れてはいけないような、そんな気がして」
少しくぐもったような声。はっきりと断定できない何かに、バケツ姫も説明しにくさを感じているのかもしれない。
ドクさんもちょっと困ったように眉を下げ、クッキーをかじる。
パキリという小気味よい音と共に口に放り込まれるクッキー。
「そうなると……何人かプリを連れてきて解呪する位しかなくなるか」
もごもごとクッキーをもしゃりながら案を出すドクさん。
だけれど、今度はバケツ姫の傍に控えるトーマスさんが首を横に振る。
「生憎とその手段は既に試している。五人ほどに頼んだのだが、ダメだったよ。因みにエレナクリスタルも効果はなかった」
「それはまた……まあ、私たちで考えつくようなことは、すでに試しているか」
レナさんも苦笑いしながら紅茶を啜る。
どうやらお手上げらしい。私も何か言いたいけれど、哀しいほど解らない分野過ぎて参加できない。哀しい。
もっと勉強が必要なのだろうか。呪いについて勉強、してみようかなあ。
「でも、この城から離れられないってなると結構面倒だな。買い物とかも自分じゃできないって事だろ?」
「そうなりますね。記憶を失う前の私、一体どうしていたんでしょう……?」
なんともいえない雰囲気のまま、話ばかりが進んでいく。
「お召し物は元から姫様ご自身の私物として城のクローゼットにあったのだが、それ以外の日用品は、我らが街まで出張って買い集めている次第だ」
話しながら不意に、トーマスさんがバルコニーの外を見る。
私たちも釣られて視線を向けると……バケツ兜の騎士たちが十名ほど、手押し車を押して引いて、何やら運び込んでいるのが見えた。
「なるほど、あんな感じに買いに行ってるんですね」
「徒歩でか。マジかよ、すげぇ根性だな」
人数もいるし、全員最上位職ともなれば腕前には問題ないのだろうけれど……それでも、一日や二日で近くの街まで行ける距離じゃない気がする。
遠足というか、ちょっとした遠征状態。
「ナイツのみんなにはいつも頭の下がる思いです……」
どこか申し訳なさそうに、バルコニーの下の騎士たちに小さく手を振るバケツ姫。
「おぉぉぉぉぉっ!? 姫様っ、姫様ぁぁぁぁっ!!」
「姫様だっ! 姫様、ばんざーいっ!! ばんざーい!!」
「帰ってきた……帰って来たんだ。うぐっ、な、長かった――うぉぉぉぉぉっ!! 姫様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
バケツ姫に気付いたらしく、騎士たちが一斉に歓声を上げる。
本当、この人たちの忠誠心ってすごいなあって思わされる。
「私としては、この廃墟となった街を、少しでも住みよくできれば、と思うのですが……何分、廃墟マップなもので」
カップを片手に、荒れ果てた街並みを眺めながら、バケツ姫が静かに語る。
ところどころ、騎士たちが巡回していたり、モンスターがうろついていたり、正直とても人が住めるような環境ではない気がするのだけれど……バケツ姫の言葉は、どこか、辛そうにも聞こえて。
「モンスターの出現を抑えられれば、後は街の状態やアピール次第で変わってくる可能性もあるが……いかんせん、廃墟マップだもんなあ」
「こればかりはちょっとね……」
ドクさんもレナさんも『どうにかしてあげたいけど無理』というのが本当のところらしく、居心地悪そうに視線をさまよわせていた。
「我らも古城内部のモンスターの討伐は定期的に行っているが……自然とリスポーンする街の魔物まではどうにも、な」
ところどころバケツ騎士たちがモンスターと戦っているのも見えるけれど、そんなのは一部でしかなくて。
そもそも、倒した先からリスポーンするのだから、とてもじゃないけど『モンスターのいない状態』なんて作り出せっこないのだ。
トーマスさん達は頑張ってるのかもしれないけれど、どちらかというと不毛というか、終わりの見えない頑張りに思えてしまう。
-Tips-
調理システム(概念)
「えむえむおー」世界内では、プレイヤー自身が食材を用いて調理・菓子作成などをする事が可能である。
現実世界レゼボアでは比較的珍しい調理スキルであるが、ゲーム世界においてはプレイヤーの多くが初期状態で最低限度の調理スキルとその知識を獲得しており、料金さえ支払えば材料持ち寄りで宿や食堂などの施設で調理場を借りることができる為、自由にこれを行うことが可能である。
現実世界レゼボア以外にも、他世界の食材やゲーム特有の食材なども存在し、そのレシピ数は無限の可能性を秘めていると言われている。
プレイヤーの中にはこれを極めんと料理道を突き進む者もいるほどで、タウンワーカーとしても料理人の需要は非常に高いため、料理教室などで学ぶ者も多い。
そのほか、錬金術などとも密接に関係しており、近年ではこれらの技術によって本来食べられないもの(毒が含まれる物質・鉱石・精神体由来の物質など)を食材として取り扱う事も可能になり、創意工夫が一部でなされている。
こういった食材は一般にはゲテモノ扱いされていたり生薬の一種として貴重品扱いになっている為、希少であるが、中には食べるだけでなぜか傷が回復したり、力がみなぎるといった特殊効果が発生するものも存在し、稀に冒険の役に立つこともある。
尚、調理や菓子作成に関しては純粋にプレイヤー本人のセンスや技量、食材の品質、調理手法などが完成品の品質や味に直結する他、不味い食品を食べ続けることによってメンタルダメージを受けたり、食中毒によって死に至る事もある為、作る側も食べる側も注意が必要である。




