#7-2.二人目のおともだち
「さて、ついたぞ。この先にあるバルコニーで、姫様がお待ちになっている」
結構歩いたり階段を上ったりした先にあった、つきあたりの扉で、トーマスさんがぴたり、足を止める。
「バルコニーでお茶会か」
「今日は風も涼しいし、いい雰囲気になりそうだね」
一応、お姫様(自称)のお茶会という事で、ドクさんもレナさんも顔をほころばせながら衣服を整えなおしていた。
私も、髪とか変なところがないか手鏡でチェックする。うん、問題ない。
服はいつも通りだけど、さすがにドレスとか余所行きの服とかは持ってない初級者なので許してほしいと思う。
ドクさん達も普段着だし。レナさんなんて腰に剣差してるし。
「準備はいいか?」
「ああ、問題ないぜ」
「構わないよ」
「おっけーです」
三人が三人、トーマスさんの問いに笑って答え――そうして、トーマスさんがドアノブに手をかける。
「失礼します。姫様、お客人をお連れいたしました――」
扉を開きながらにかけられる声。
扉が全開になって、トーマスさんがまず入り、続いて私たちが足を踏み入れると――バルコニーから、ざあ、と涼やかな風が舞い込んでいた。
「……」
広いバルコニーの中心。外の風景がよく見える位置にテーブルと椅子があって、バケツ兜の、とてもよく目立つお姫様が一人で腰掛けていた。
さわさわと、兜から伸びる長い金髪が風で揺れていて――穏やかな風景。
どこか様になっていて、妙な緊張が走ってしまう。
「姫様……?」
だけれど、いつまでも反応のないバケツ姫に、トーマスさんは首を傾げながら近づく。
てっきり気づいていてあえて無言のままなのかと思ったけれど、どうやら違うみたいで。
「……姫様? 姫様っ、姫様ーっ」
どんどん近づき、バケツ姫の耳元まで近づいて声をかけるも――全く動かず。
「――すぅ」
代わりに聞こえてきたのは、なんとも幸せそうな息づかい。
「あれ、寝てる……?」
まさかの展開過ぎた。まさか寝てるとは思わなかった。私の緊張を返してほしい。
「お茶の準備はしてあるみたいだけど……なんか、待たせすぎちゃったのかな?」
「そうかもしれんな。なんか悪いことしたな」
とりあえず、と、バケツ姫を囲んで全員、その様子を伺う。
トーマスさんが名前を呼んでも起きないし……かと言って揺すって起こすのもちょっとかわいそうな気がする。
それにしても、さらさらと揺れる髪は本当に長くて――同じ金髪だからか、現実の私とも、髪色とかが似通ってる気がする。
「――んん」
しばし皆でバケツ姫を鑑賞する会になっていたのだけれど、やがてバケツ兜がぐら、と揺れ、バケツ姫の頭が動く。
手で目元をこしこしとこすろうとして――兜にそれを阻まれていた。なんだかシュール。
「……私、寝てしまって――はっ!?」
そうして、わずかの間ぼんやりした後、何かに突き動かされたようにびく、と、飛び跳ねる。
「姫様……」
そうして、ようやくトーマスさんが困ったようにバケツ姫に声をかけた。
「あ、ああっ!? と、トーマスっ、皆さんがいらしたなら、そう声かけしていただかないと――その、こ、困ってしまいますっ!!」
「いえ、何度もお声かけしたのですが……申し訳ございません」
「あうあう……と、とりあえず皆さま、よくお越しに――どうぞ、椅子におかけください! あ、そうだクッキー! クッキーを焼いたのです!! ちょっとお待ちに――きゃっ」
「姫様っ!?」
私たちがいる事に気が動転しているのか、バケツ姫はあたふたとコミカルな動きをしながら席から離れようとして、転倒してしまう。
やっぱりあのバケツ兜、視覚をかなり制限されちゃってるんじゃないかなあって思う。日常的につけてるのは危ない気がする。
「大丈夫か?」
そうして、すぐに駆け寄ろうとしたトーマスさんより先に、目の前で倒れたバケツ姫をドクさんが抱き起す。
「あ……す、すみません。私としたことが……?」
「どうかしたか?」
バケツ兜がなければそれなりに格好いい場面だった気がする。
恋愛映画の一場面みたいな。でも、バケツ兜が台無しすぎた。
「いえあの……サクヤさんは解るのですが、貴方やそちらの銀髪の方は……?」
「ああすまんな紹介が遅れた。俺はドク。サクヤのギルドのサブマスターだ。そっちの銀髪はうちのギルドのマスターだ」
「レナックスだよ。よろしくね、バケツ姫」
どうやらバケツ姫は、見覚えのないドクさんやレナさんを不思議がっていたらしいけれど。
二人ともそんなに気にした様子もなく、普通に自己紹介を始める。
バケツ兜、あんまり気にならないのかな。
「なるほど……サクヤさんのギルドの。ええ、よろしくお願いいたしますわ。それで……エミリオさんとマルタさんは?」
「あの、今日はちょっと、近場にいないようで、待っててもいなかったので、私だけ来ることになったんですが……」
「それだけでは寂しいかと思い、私の独断でこの二人にも来ていただくよう、お願いした次第でございます」
どうやってドクさん達の事を説明しよう、と思ったところで、トーマスさんが横から追加で答えてくれる。
なんとなく話しにくい雰囲気があったので助かるのだけれど、突然だったのでちょっとびっくりしてしまった。
見ると、トーマスさん、ちょっとどや顔してるように感じる。表情見えないけど。
「そうだったのですか……その、突然の思い付きだったので、無理を言ってしまってごめんなさい。本当ならもうちょっと時期を開けるべきだったのでしょうが――私、お友達ができたのがうれしくて、つい」
ドクさんから離れながら、申し訳なさそうにそんな事を言うバケツ姫。
確かに急で驚いたけど、トーマスさんの登場はちょっと怖かったけど、でも、今はそんなに気にはしていないのだけれど。
だって、ドクさんもレナさんも、どこか楽しげに口元を緩めてる。
私もちょっとほんわかしたし――友達?
「あの、お友達って――」
「私、ずっとお友達が欲しかったのです!! トーマス達ともそのように接せられたらと思ったのですが『畏れ多い』と断られてしまって……」
いや、なんか急すぎないですか? 友達って。友達って。
「おーよかったなーサクヤ。エミリオに続いてお友達ゲットか」
「しかもこれだけの規模のギルドのマスターだ。やるね」
ニコニコ顔のドクさん達。トーマスさんもこほん、と息をつきながらも、それを止める様子はない。
「えっ、で、でも、あの――」
確かにお茶しにきたけれど。友達って、こんな簡単にできていいものなの?
もっとこう、いろいろあって少しずつ仲良くなっていくものなんじゃ?
エミリオさんの時もそうだけど唐突すぎない?
「どうぞよろしくお願いしますねサクヤさん!! 名前も思い出せない私ですが!!」
「ふぇっ!? あ、は、はい……」
そして勢いに流される私。情けないなあ。私、このままでいいんだろうか。
人に好意を抱かれるのは嫌じゃないけど、その好意と向き合えない自分がなんか……ちょっと自己嫌悪。
-Tips-
クラスアップ/クラスチェンジ/クラスダウン(概念)
冒険者は、ある程度その職業において熟達し、職業ごとの条件を満たすことにより、
より上位の職に就くことが可能である。
これを『クラスアップ』という。
また、現在の職業から別の職業へと転職することも可能で、こちらは『クラスチェンジ』と呼ばれる。
例として以下のようなものがクラスチェンジである。
1.マジシャンだったプレイヤーがウォーロックに転職する
2.ソードマスターだったプレイヤーが戦士に転職する
3.プリエステスだったプレイヤーがガードに転職し、その後プリエステスに再転職する
4.ハンターだったプレイヤーが商人に転職する
原則として下位職から別系統の上位職にいきなりクラスチェンジすることは不可能であるが、
3のようにもともと上位職に就いていた者が下位職を経て元の職に戻る場合、
職業ごとの条件を満たせれば直接上位職へクラスチェンジすることが可能である。
稀なケースとして、一旦上位職に就いた者が基本に立ち返る為・あるいは同系統別クラス(魔法職系におけるマジシャンとウォーロックのような)に就くため敢えて上位職から下位職へと降りるプレイヤーも存在しており、こちらは『クラスダウン』と呼ばれる。
クラスアップと異なりクラスダウンするために必要な条件などは存在せず、どちらかといえば変則的なクラスチェンジの一種であるといえる。
クラスチェンジ・クラスダウン共に前職の知識や鍛錬の結果得られた身体能力などはそのまま残るが、スキル・奇跡の発動や装備品は職業群固定のものであり、現在就いている職業とそのクラスの下位職のものだけが使用可能である。
ただし、使用できないだけで、それそのものの知識は残っている為、プレイヤー本人が忘れない限りは元の職に就いた際、自然と扱えるようになっている。
尚、クラスアップ・クラスチェンジ・クラスダウンは、いずれもそれが発生した際には統一規格の装備品や衣服・肌着以外はすべて解除される為、装備品の下に衣服や肌着などをつけていない場合、一時的なりとも全裸になってしまう為注意が必要である(当然全裸で街を歩くと犯罪行為となる)。




