#6-3.ラムのお城のお姫様
そこの男が言うように、我々ミリタリー・バランスはリーシア周辺各地でサバゲーを楽しむ同好の士が集まったギルドであった。
平地や森林マップはもちろんの事、ダンジョン奥深くや廃墟など、あらゆるマップを駆け巡り、同志らとともに心行くまでゲームを楽しんでいた――つもりだった。あの日までは。
その日、私たちはいつものように仲間たちと棒切れを片手に、ラムの街をフィールドとして遊んでいた。
「はははっ、見つけたぞ、ばきゅーんばきゅーん!!」
「ぐぁっ、やーらーれーたー!!」
「おのれっ、喰らえっ、ズキューン!」
「ぐほっ――た、例え我らが倒れようとも、すぐに後続部隊がお前らを――がくっ」
「ふはははっ、この地区は俺たちのもんだっ! 旗を立てろ! 狼煙を上げーい!!」
「おい馬鹿っ、まだどこに敵が潜んでるか解らんのだ、目立つようなことは――」
「……ターンッ(物陰に潜みながら)」
「ぐはっ……ま、まさかスナイパーがいた、とは――」
「お、おのれぇっ、敵スナイパーを探せぇぇぇっ、血祭りにあげろぉぉぉっ!!!」
街は広く、モンスターもさほどの脅威でもなく。
時として邪魔するモンスターを蹴散らしながらも、ゲームは白熱し、ついに防衛側の拠点であるところの、街の中央、古城内部での激戦が始まろうとした、その時であった――
「おいマスター、大変だ、ゲームどころじゃねぇ、すごいの見ちまったよ!」
攻撃に参加しようとしていた私は、防衛側に回っていたはずの同志たちの様子がおかしい事に気づき、攻撃をやめ、ギルドとしてその『すごいの』を確認しようとした。
聞けば、古城のボス『黒騎士バルバス・バウ』と、何者かが一騎打ちを繰り広げているというではないか。
まともに立ち向かえばただでは済まない化け物相手に、いったいどんな酔狂か、と、興味が向いたのもある。
危ないようなら加勢・救援くらいはしてやろうというつもりもあった。
私たちは、その現場に急行したのだ。
「――えやぁっ!!!」
『グバァァァァァッ!!』
――その時の光景は、今でも忘れられぬ。
流れるような長い金髪が揺れ、美しいその面立ちはわずかに汗ばみ。
ドレス姿の、華奢にすら映るそのプレイヤーは、長剣を片手に『黒騎士』と渡り合っていた。
『負けるモノかっ! こんな、こんな小娘如きに――っ!!』
空気を押しつぶすような鈍い音とともに、黒騎士の、私の二倍はあろうかという大剣が、彼女に襲い掛かった。
目にもとまらぬ速さだ。振り上げて、降ろしきるまでの瞬間が目で追えぬほどのすさまじい剣撃であった。
「まだまだぁっ!」
だが、彼女はそれを先読みしてか、全身を使っての薙ぎ払いによって長剣の腹ではじき返し、二歩、三歩と後ろに飛んだかと思えば、剣を頭上に構え、何事か呟く。
「――パニッシュメント!!」
薄緑のドレスが風圧にはためき――剣が、黒騎士に向け、振り下ろされる。
直後である、風向きが変わり、光の刃が、彼女の背後から黒騎士に向け一斉に放たれていったのだ。
『ギャァァァッ!! み、認めぬっ、我は認めぬぅぅぅぅぅっ!!!』
全身を切り刻まれ、たまらず仰け反った黒騎士。
だが、すぐに姿勢を建て直し、赤馬の腹を蹴り、一気に駆け出す。
大剣を前に突き出し、そのまま轢き殺すか突き殺すか、いずれにしても、その速度はすさまじく、すぐに彼女との距離は縮まる。
「あっ……」
このままじゃ危ない、とは思ったが、声なんて咄嗟に出るはずもなく、だ。
ただただ、彼女が悲惨なことになるのを見たくなくて、だが、目を背ける暇すらなかった。
『心剣レプレキア――』
『これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
黒騎士の突撃。彼女は剣を自分の正眼に構え――目を閉じた。
黒騎士の剣先が、彼女の胸目掛け繰り出される。
ああ、もう駄目だ――そう思った瞬間、ソレは起きた。
『――バニシング・アトリビュート――』
大剣は彼女を貫くことなく。
彼女は剣を上へと投げ――いつの間にか、黒騎士の背後にいたのだ。
『馬鹿なっ、確かにこの剣に――あぁっ!?』
『消え去りなさい、悪よ!!』
中空、黒騎士の真後ろに迫っていた彼女は、空中にて落ちてきた剣をキャッチし、その勢いのまま、長剣を横薙ぎに振り――振り向いた黒騎士を、鎧ごと切断していた。
『ギャァァァッ!!! ぐぁっ、ぎぃっ!? あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
聞くに堪えぬ断末魔と共に黒騎士の半身は落馬し、のたうち回りながら馬とともに消えていった。
彼女は肩で息をしていたが――傷一つ受けた様子もなく、やがて清々しげに背を向け、離れようとしたのだ。
「すげぇ……」
「黒騎士を単騎狩りって、何やったらあんな事できるんだよ……?」
「ていうかあんなスキル見たことないぞ? マスター?」
「私もだ……だが、強さもそうだが――あれは……あの方、は――」
我々は、見惚れてしまっていた。
強く、ただひたすらに強く――そして何より――そのお姿は、美しかったのだ。
それと同時に何か、気品のような、カリスマめいたものを感じてしまっていた。
一瞬で、惹きつけられてしまっていた。
まるで、テンプテーションにでも掛けられてしまったかのようだった。
「あのっ、待ってください!!」
我らがその場から離れようとしていた彼女を追いかけていたのは、もはや必然と言えるだろう。
我々は、彼女をそのまま見失いたくなかった。
今、ここでしか、この機会にしか、話すことはできないのではないか。
そんな気がしてしまったのだ。そんな予感がしたのだ。
だから、勇気をもって話しかけようと、後ろから声をかけた。
「――?」
そうして、彼女は私達に気づき、振り向く。振り向いたのだ。
「――っ!?」
「えっ!?」
「うぉっ!」
気が付けば私達は――跪いていた。
その顔を見る間もなく。彼女の声を聞くまでもなく、地に伏し、頭を垂れ、傅いてしまっていたのだ。
誰一人、例外は居なかった。皆、当然のことのように、同じように恭順を示してしまっていたのだ。
「……? どうしたのですか? 私に何か?」
その声は、鈴のように透き通った、優し気なものであった。
先ほどまで黒騎士相手に向けていた戦声などではなく、外見相応の、品のよさそうな言葉遣いであった。
「――是非に、我らを貴方の下に」
気が付けば、そんなことを言っていた。
口走ったのではない。ただ、乞うてしまったのだ。
乞わずにはいられなかった。
現実世界を、ただ言われるままに生き、上も下もなく安穏とした中を生きていた日々に、うんざりとしていた。
『えむえむおー』は戦いなどとは無縁の世界では得られないような快感を私たちに教えてくれたが――それでも満たされぬ『何か』が、私たちを漠然と苦しめていたのだ。
ソレを、彼女は満たしてくれていた。
私たちの前に立つ彼女こそが、我らを苦しみから解放してくださる、唯一の方なのだと、我らは無意識のまま、受け入れていたに違いない。
「私は、貴方がたの事を何も知りませんが……?」
「それでも良いのです。どうか、お傍に置いていただきたい。貴方の、その力になれれば、と――」
後ろに同じように傅いていた同志らは、何も言わなかった。
言わずとも解る。彼らもやはり、私と同じ気持ちだったのだ。
見れば、女というよりは少女。まるで自分の娘のような、そんな年頃の娘だ。
だが、年齢差など感じさせぬほどに――彼女は、我らの主として、威厳に満ちていたのだ。
「――そうですか。解りました」
彼女も、私の申し出を拒んだりせず。
その美しい、切れ目の碧眼を細め、長剣の平を私の肩へと当て――我らは願い通り、彼女の――姫様の『騎士』となった。
「――それが、あの方との出会いだ。仕えるべき君主と出会い、『これこそが我らがこのゲーム世界に立った真なる意味なのだ』と気づき、我らは姫様に仕えるため、それに相応しい格好をする為、全員がガーディアンへと転職した」
「そのついでにギルドも解散したのか……」
ちょっと長い話だったけれど、トーマスさんのお話は中々にロマンチックだった。
「あの方は、古城を『私のお城』と言い、自分の城を汚すモンスターを駆逐して回っているのだと言っていたが……当然、一人で狩りきれるはずもなく、いつ終るともしれぬ戦いを続けるつもりであった――」
「お前らがラムの街を占拠してるのもそういう理由からか……?」
「うむ……だが、我らには、どうしてもあの方の言っていることが妄言だとは思えなかったのだ。あの方の力になりたかった」
何か、悪いものが落ちたように、トーマスさんは大きくため息をつき、背を向ける。
「いろいろ思うところもあるかもしれん。だが……偶然とはいえ、出会ったのだ。できれば、君たちとも友好的な関係を結べれば、と、こうして出向いたのだが――」
最後の方、小声でそんなことを言いながら、頬をぽりぽりと掻く。
昨日出会って、なんとなく怖い人、嫌な人だと思っていた。
今日たまり場に現れて、正直近づかれるのが怖くて仕方なかった。
だけれど……なんとなく「この人は不器用なだけなんじゃ」とか、そんな印象を抱いてしまった。
人って、本当にわかんない。
見ればドクさんもレナさんも、なんとなくいい感じに口元を緩めていた。
私もそんな表情なのかもしれない。解らないけど、でも。
ちょっとだけ安心してしまった自分が、確かにここにいた。
-Tips-
パニッシュメント(スキル)
上位の攻勢奇跡。
天に祈りをささげることにより具現化し、祈りをささげた者の後方に発生、
高速で目標に向け追尾・直進し、その身をいくつもの光の刃で切り刻んでゆく。
非常に高い殺傷性能と追尾機能を持っており、魔法と異なり耐性と関係なしにダメージを与える為、とても使い勝手がいい奇跡である。




