#5-2.バケツ兜を被ったお姫様
「――お待ちなさい!」
だけれど、今すぐにでも戦闘に突入してしまいそうな私たちは、男たちの後ろから聞こえてきた、どこか聞き覚えがあるような女の人の声に、ぴた、と、止まってしまう。
なぜだろう。声がした瞬間、妙な違和感を感じたような、そんな不思議な感覚。
男たちの列を分け、奥から歩いてきたのは――やっぱりバケツ兜を被った、薄緑のドレス姿の女の人……だと思う。顔が隠れてるせいでよくわからない。
なんかすごくシュールな格好なのだけれど、列になったバケツ頭の人たちは皆彼女中心に立ち、守るように構えている。
「――姫様っ」
マルタさんと睨みあっていた大男が、私たちに背を向けその女の人の前に傅く。
バケツ頭がバケツ頭に傅くのってすごくシュール!!
というか姫様って。姫様って。確かにドレス着てるけど。バケツ頭が台無しすぎる!
「この方々は悪意あってクリスタルを持ち去ろうとした訳ではないのでしょう。何か必要があって集めていたように見受けられます」
「そ、そうなのでしょうか……?」
「恐らくは。違いますか?」
どういう確信があってか解らないけれど、どうやら大男さんよりは話が通じる人なのか、優しげな声で問うてくる。
「まあ、大体あってるわね。運営さんに頼まれてきたのよ」
「急ぎで必要だからって言われて来ただけだしねー」
マルタさんもエミリオさんも「今だ」とばかりにその問いに乗っかる。
「ほら見なさい。ダメですよトーマス。早合点して暴力に訴えるのはいけない事です」
「で、ですが姫様。一刻も早くクリスタルを集めねば、姫様の呪いも――」
「私のことは後で構いません。運営さんが必要としているという事は、それだけ重大な事が起きているのかもしれませんし――」
何やら勝手に話が進んで行ってしまう。
楽でいいけれど、なんとなく聞き捨てならない単語が出てきた気がする。
「……呪い?」
マルタさんがとってもタイミングよく声に出してくれていた。気になってたので助かる。
「ええ……そんなに大したことではないのですが、周りの者が大騒ぎしてしまいまして――すみませんでした」
からん、と乾いた音を立てながら、バケツ兜をぐらぐら揺らしてお姫様は頭を下げてくる。
「姫様っ!? 何も姫様がそのようなことをなさらずとも!!」
「いいのですトーマス。私が貴方がたの主君であるならば。貴方がたの起こした問題は、すべて私の責任ですから」
「……あー」
三人、顔を見合わせてしまう。
バケツ頭の人たちには悪いのだけれど、なんというか、すごくお芝居じみてて「痛いなあこれ」という、複雑な気持ちになってしまう。
さっきの使命云々の時もそうだったけど、この女の人を姫呼ばわりして騎士ごっこのつもりなのかな? と。
そう考えると、トーマスと呼ばれてる人が変に尊大なのとか、この人たちがみんな同じ格好なのもなんとなく頷ける気がする。
「まあ、とりあえず、クリスタルを集めるのを邪魔しないでくれればそれでいいわ。問題ないんでしょう?」
「それだけでは私の気が収まりません。トーマス、私たちの集めたクリスタルを、この方々に全部渡しなさい」
びし、と、傅いたままのトーマスさんに強烈な命令を出すお姫様。
なんていうか、やっぱりバケツ兜がすごく残念でシュール。
「そ、そんな……せっかく集めたものを、よろしいのですか姫様……?」
「クリスタルはいつでも採取できますが、この方々は急いでいるのです。その足止めをしてしまったのですから、これ位は当然ですわ」
言ってることはすごくありがたいんだけど、極端すぎるような……でも、本当にくれるのならすごく助かる。
実際こうやってる間にも運営さんはやきもきしてるかもしれないし、私たちだっていつまでもログインしていられる訳でもないし。
「くぅ……わかりました。こちらになります」
トーマスさん、すごく悔しげに後ろに並んでた人の一人からアイテム袋を受け取り、それをそのままお姫様に差し出す。
「ありがとう……さあ、冒険者の方々、どうぞお受け取りください。たったの二十個ほどしかありませんが……」
「二十は……さすがに多いわねえ。半分でいいわよ」
「いいえ。全部どうぞ。後々何の役に立つかわかりませんし、もしかしたら価格も上がり必要とする方も増えるかもしれませんので――」
一応値上がりについては考慮していたあたり、この人たちも必要以上に集めていたんじゃ、なんて邪推してしまいそうになるけれど。
「まあ、くれるというなら……」
とりあえず、マルタさんは受け取る方向で決まったらしかった。
「本来ならばこのような場ではなく、城内のしかるべき場所で休息などしてもらい、お茶の時間など設けたいところですが――」
「流石にそこまでやられると悪いわよ。私も大人げなかったわ。ちょっと、狩場の独占とかには敏感になっててね」
お姫様の低姿勢にマルタさんも毒気を抜かれたのか、トーマスさんに向けていた危険な雰囲気はどこかに消え去っていた。
ポリポリと頬を掻きながら、どこか居心地悪そうにしている。
「そうですか……あの、せめてお名前など伺ってもよろしいですか?」
お姫様の表情はバケツ兜の所為でよくわからないけれど、マルタさんの態度にどこか残念そうに声のテンションが下がる。
「私はマルタ」
「あの、サクヤと言います」
「私はエミリオ。お姫様はなんていう名前なの?」
とりあえず聞かれた以上は、と、特に隠す理由もないので名乗る。
エミリオさんがついでにお姫様の名前も聞いてくれたのだけれど、ここでトーマスさんがぎろ、とこちらを睨んでくる。
「姫様になんと気安い――っ!!」
うん、やっぱりこの人は面倒くさい人な気がする。
「トーマス、良いのですよ名前くらい……と言っても、今の私には名前らしい名前も……」
そんなトーマスさんを叱りながらも、お姫様も少し困った様子で口元に手をやり考え込む。
「名乗る名前がない?」
「ええ、まあ……信じていただけるかは解りませんが、私、一部記憶を失っておりまして……この世界では何と名乗っていたモノやら」
考えた末「困りましたわ」と俯いてしまう。コロン、とまた兜がズレる。
「記憶喪失……」
「名前がないっていうのも不便ねー」
なんとなく怪しく感じはしたものの、とりあえず本当のこととして聞いておく。
マルタさんもエミリオさんも同じ感じらしく、表面上同情したような、曖昧な態度を取っていた。
「ほかの人は何と呼んでたんですか……?」
「トーマスをはじめ、ナイツの人はみんな『姫』や『姫様』と呼んでくれるのですが……人様にその呼び方を強制する訳にもいきませんし……」
どうしたものかと思いつつも質問するも、返って来たのはあんまり活用できそうにない返答だった。
「バケツ姫でいいんじゃない?」
「バケツ姫でいいと思う」
そうして、マルタさん達はあんまりな呼び名を提案する。
「いや、バケツ姫はちょっと……」
それはちょっと、いくら外見に即しているとは言え、女の人につけるあだ名としてどうなの、と思ってしまったのだけれど。
「まあ! いいですねバケツ姫!」
「えぇっ!?」
意外なことにご本人はノリノリで喜んでいた。
何この流れ。まるで私だけ感性が違うみたいでちょっと嫌なんですが。
「ひ、姫様っ!? いくら何でもそのような呼び名は……」
嬉しいやら悲しいやら、トーマスさんも一応その呼び名は微妙だと思ってくれていたらしい。
その後ろの人たちもざわついてるし、私一人変な子じゃないっていうのは喜ぶべきなのかな。
「なぜですか? 私、人にあだ名で呼ばれたことがなかったのでとても新鮮な気分です! バケツ姫、素晴らしいじゃないですか!」
どうやらこのお姫様、すごく天然な人らしい。
あるいはそれすらも狙ってのものなのか……なんとなく、自分がすごく疑り深い子のように感じて、ちょっと自己嫌悪。
「私のことはどうぞバケツ姫とお呼びください! 今すぐは無理でも、お時間が空いた頃にでも、お茶などしましょう!」
元気よくバケツ姫を連呼するお姫様。もといバケツ姫。
「あ……え、えぇ、そうね」
マルタさんはすごく居心地悪そうに視線をそらしていた。
「時間があったらねー」
エミリオさんはすごく適当に返していた。
「あっ、は、はい、是非っ!」
そして私は……なぜか快諾したような返事をしてしまう。
前二人があんまりにもあんまりな態度だったからかもしれない。
なんとなく、そっけなく返すのもなー、という気になってしまったのだ。なってしまったのだ。
そうして、表情こそ解らないものの、私の返答を受けてバケツ姫は嬉しげに体を小さく横に振って「やたっ」と、小さく拳を握っていた。
もしかしたら、本当にお茶の相手が欲しかったのかもしれない。
「なんか……どっと疲れたわね」
「ほんとにねー。なんだったのかな、あれ」
「何だったんでしょうね……」
結局そのすぐ後に戻ることになり、バケツ姫達とはお別れとなったのだけれど……
リーシアに戻っても、三人とも何とも言えぬ表情のまま、それぞれの顔を見合わせていた。
妙に疲れたというか、気だるいというか。
「まあ、あの騎士たちはともかく、バケツ姫は悪い子じゃなさそうね」
「そだねー」
「そうですね」
周りの人も含めてちょっと痛い、というのは、この際気にしないことにする。
ただ、知り合いが増えたのは嬉しい事なのかもしれないけれど、ちょっと濃すぎる気がするなあ、と。
だってバケツ兜を被ったお姫様とか、普通の人が容姿を聞いたら意味が解らないと思う。
「とりあえず、たまり場戻りましょうか」
「そだねー」
「運営さんにも報告すること、結構ありそうですしね……」
忘れてしまいそうだったけど、モンスターの配置が変わってるのとかも結構問題になりそうなので、そのあたりも報告の必要ありな気がする。
『ナイツ』の人たちがマップを独占しようとしていたのは問題として報告すべきなのか難しいところだけれど……そのあたりも含めて、一度運営さんだけじゃなくギルドの人とかにも相談した方がいいんじゃないかなって思う。
マスターか、いないようならドクさんかセシリアさんがいると助かるのだけれど。
そんなことを考えながら、私たちは一旦、たまり場に戻った。
-Tips-
パンドラの黒兜(防具)
非常に強力な防魔効果と耐熱性能を誇るバケツ兜。
物理防御性能も高く羽毛のように軽いが、音響攻撃に対してはとことん弱く、特にハウリングが発生する『叫ぶ』スキルとの相性が悪い。
通常の手段では決して手に入れることのできない、サーバーデータ中にしか存在しない防具で、ドロップするモンスターも今のところ存在しない。
また、『パンドラの呪い』という極めて悪質な呪い(装備解除不能・記憶の部分忘却・スキルの部分喪失など)がかけられており、これを解呪する手段も現状解っていない。
ハードメタルヘルム(防具)
上級ボスモンスター『黒騎士バルバス・バウ』が高確率でドロップするバケツ兜。
高い属性防御と物理防御を誇り、更に攻撃を受けた際には特殊効果『オートヒーリング』がランダム発生する。
一般市場にはあまり出回っていない高価な品だが、ガードナイトやガーディアンなどの盾職やバトルマスターなどの前衛職には上位頭防具の選択肢として需要がある。
ただし、重量がある為誰にでも被れるものではない(基本的に女性には装備不可能である)事と密封される為に音響系のスキルを受けた際のダメージが倍増する点が欠点である。
また、バケツ兜の全体的な特徴として食べ物・飲み物・薬などは兜の下(顎の下)から啜るようにしか摂取できないため、何かと不便である。




