#4-3.シルフィードへようこそ!!
俺が真剣な話をしようとしているのが伝わったのだろうか。
たまり場の雰囲気は、妙にシン、とした、張り詰めた空気に支配されているように感じられた。
ピリピリとした緊張感が、言葉を切り出そうとする俺の唇にまとわり付く。
「面白い新人を見つけたんだ。うちのギルドに入れられないかと思うんだが」
俺がマスターに伝えたかった事。聞きたかった事。
それは、サクヤをギルドに勧誘したいという旨と、その許可の如何だった。
一浪は黙って俺とマスターを交互に見る。
マスターは、というと、俺の言葉に、口元に指をあてながら数秒。
「それは、ドクさん一人の考えかい?」
真剣な眼差しで返す。ギリ、と、鋭い視線が俺の目を抉る。
「いいや。プリエラもマルタも、ここにいる一浪も賛同済みだ。聞いてないのはセシリアとラムネ、それとあんただけだな」
ギルドの過半数が賛成済み。恐らく残るメンバーも反対はすまいと踏んでの上だった。
視線を決して逸らさず、じ、と見つめ返す。
「とても面白い奴なんだ。そして、放っておけない奴でもある」
「いいよ別に」
「すぐに決めるのは難しいかも知れんが、あいつを一人にさせてしまうと――うん!?」
一応マスターなりに何か反論がくるものと、場合によっては厳しい言葉を突きつけられるものと思っていたがそんな事はなく。
マスターは、かなりてきとーに許してくれていた。
「いいよ別に。ギルドのメンバーが増えるのはいい事だ。私も嬉しい。君たちも嬉しい」
そうだろう? と、にっこり笑いかけてくる。
「ああ――まあ、そうだな」
困ってしまったのは俺のほうだ。じっくり時間を掛けて説得するつもりが、数秒で解決してしまった。
肩透かしにも程がある。俺の覚悟を返して欲しい。
「それじゃそういう方向で。その子は今どこに?」
「プリエラと一緒に風呂に行ってるよ。宿屋な」
ちょっと凹みそうになっている俺をよそに、マスターと一浪が話を進めてしまう。なんとなく寂しかった。
「プリエラと一緒って事は、女の子?」
「ああ、ほとんど初心者でマジシャンなりたての可愛い子だよ。髪とかすげぇ綺麗なの」
「へえ、それは楽しみ――ドクさん、頑張ってね」
そして突然話を振られる。俺、困惑。
「何を頑張れと?」
「新しく入る子の面倒見るのはサブマスターの仕事って決まってるだろう?」
初耳だった。完全に初耳だった。
「いつ決まったんだよそんなの、今まで他の奴のときはそんな事言わなかっただろ」
「今決めた」
「解るかっ!」
てきとー過ぎた。俺の理解を超えている。
こいつはいつだってそうなんだ。ペースが乱れて仕方ない。
「じゃあ俺が面倒見ようかっ?」
一浪が期待を込めた眼差しでマスターを見る。下心見え見えだった。
「一浪は人の面倒を見る前にもっと強くなるべきだと思う、精神面とか特に」
「精神面!?」
「まあそれ以前にお前が女の子見るのはちょっとな……」
「ドクさんもちょっと酷くね!? ていうかドクさんがそれ言うのか!?」
一浪はショックを受けているようだが、仕方の無い事なのだ。
「そうは言うがな一浪よ。女の子から見てお前と俺とでどっちが頼りになると思う? 見た目的にも俺の方が紳士的でかっこよく映るはずだぜ? なあマスター」
俺と一浪ではにじみ出る『アニキ分』が違う。頼りになるアニキになるには色々と努力が必要なのだ。
「いや、別にドクさんが特別かっこいいとかそういうのはないから。むしろ不審者度合いではドクさんの方がずっと――」
マスターは真面目に酷い奴だった。しかも何か途中で気づいたのか気まずそうにしてやがる。
「……ドクさん、私は冗談が苦手だ。本気で言ってた訳じゃないなら最初からそう言ってほしい」
しかも追撃まで万全だ。リスみたいに頬を膨らませてムッとしはじめる辺り悪気もないらしいから始末に困る。
「俺は、いつだって真面目なんだ……」
正直凹む。真面目に言ってたのにそれはないだろうと。
「マジかよ俺いつもの軽口かと……」
「すまないドクさん、私にはなんと言っていいか……言葉が浮かばないよ」
俺が一体何をしたというのだろう。
二人の追い打ちで早くも俺の心はクラッシュしてしまいそうだった。
「ただいまー……あれ? なんでドクさんしょぼくれてるの? あっ、マスターだっ」
一時間ほどして戻ってくるや、出る前と変わり果てた状況に、プリエラが忙しなくあちらこちら見ている。
「やあプリエラ久しぶり。ドクさんは気にしなくて良いよ。ちょっと疲れてるみたいなんだ。その子が例のサクヤかい?」
「あ、あの、初めまして……?」
「初めまして。なるほど、一浪の言った通り、髪がすごく綺麗だ」
「本当ですかっ? えへへ、嬉しいなあ……」
湯上り乙女を囲んで話はポンポン進んでいく。
女同士だと警戒心も薄れるのか、サクヤも幾分話しやすそうではあった。
「サクヤ、この人がさっき話してたうちのギルドのマスターだよ。ギルドに入るには、この人の許可が必要なの」
マスターを前に、プリエラが間に入る形でサクヤにギルド加入についての説明をしていた。
なんとなしに話を聞くに、どうもプリエラもそういう方向で話を進めていたらしい。さりげない演出が憎い。
「この『シルフィード』のマスターをやってる『レナックス』だよ。よろしくねサクヤ」
「あ、はい。よろしくおねがいします、レナックスさん」
「レナでいい。君の事はドクさんや一浪からちょっとは聞いてるしね」
女三人、とてもにこやかあな雰囲気だった。そこに俺や一浪の入る隙間はない。
「それであの、レナさん。実は、こちらのギルドに……その、加入、したいなあって思うんですけど、どうしたら――」
「じゃあ加入で。このタトゥーシールを身体のどこかに貼ってね。できれば人に見せても恥ずかしくないところに」
おずおずと不安げな表情で話を切り出すサクヤに対し、マスターは即答。相変わらず悩まない奴だった。
「ふぇっ? あ、あの……はい」
サクヤ、軽く混乱しながらもシールを受け取る。
「えっと……これを貼れば?」
「うん。ペタって貼り付ければそれで君はウチのギルドの人になれる。プリエラの事だから、ギルド加入に必要な要綱はもう全部説明してあるんでしょ?」
ちら、とプリエラの方を見るマスター。俺には向けない信頼の眼差しだった。
「勿論だよ! もう、こう、熱意を以って沢山説明しましたっ」
プリエラ、ちょっと興奮気味である。眼がキラキラしている。
きっと本当に二人きりの時にあれやこれや説明しまくったのだろう。
そしてサクヤはそれを素直に聞いていたに違いない。
「そのシールは、剥がしたくなればいつでも剥がせる。ただ、つけている事で他のギルドの勧誘避けにもなるから、腕とか足とか、すぐ人に見せられる場所につけて欲しい」
「あ、はいっ、解りました」
どこに貼ろうかと悩んでいた様子のサクヤだったが、マスターの言葉でようやく決まったのか、服をめくってペタ、と貼り付ける。
「……お腹?」
首をかしげながらプリエラが一言。
「なんとなく」
頬をぽりぽり掻きながら、ちょっと照れたように半笑いになるサクヤ。
丁度ヘソの右側に記される風の紋章。うちのギルドの専用マークだ。
「ん。じゃあ、これで君はうちのギルドの人だ。基本的には悪い事をしなければ何をしてたっていい。ここをたまり場にしているから、気が向いたときにでも顔を出すと良い」
「毎日でも……?」
「勿論歓迎だ。ただ、必ず誰かがいるとは限らないから、誰かと会うなら時間帯はある程度気にする必要があるけどね」
「良かった……あの、皆さん、よろしくおねがいしますっ」
中々に気合の入った新人の誕生である。
俺も含め、その場にいた奴らは全員立ち上がり、サクヤを囲んだ。
「おめでとう、よろしくねサクヤっ」
「よろしくなー、狩りに困ったら俺に頼ってもいいんだぜ!?」
「はいっ、ありがとうございます――ドクさん、あの」
真っ先に声をかけた二人にペコペコとお辞儀するも、サクヤの視線は俺に向く。
「うん?」
「ドクさんには、すごく感謝しています。おかげで、こんな楽しそうなギルドに入れて――これから、よろしくおねがいしますっ」
一層深く頭を下げるサクヤ。艶やかな黒髪がさらっと揺れた。
「――ああ、よろしくな!」
いじけているのも馬鹿馬鹿しい。サクヤは可愛い奴だった。
俺は、できる限りの笑顔でこの新人を迎えた。
-Tips-
ギルド(概念)
「えむえむおー」の世界には、ギルドと呼ばれる概念が存在している。
ギルドには大別して以下のように二種類ある。
・職業ギルド:各プレイヤーが職業に就く上で必要な業界管理・訓練組織。
所属プレイヤーの管理や依頼の斡旋、新規加入者の教育・試験などを行っている。
・プレイヤーギルド:各プレイヤーが自分達で作る組織。
趣味や目的によって集められる仲間内での集まり。
ギルドとしての方針が狩り中心だったりまったりお喋り中心だったりタクティクス中心だったりと細分化される。
職業ギルドは最初からゲーム側が用意していた物がほとんどであるが、現状ほぼ全てのそれら運営に携わる幹部はプレイヤーが務めている。
主な職業ギルドは下記の通り
・冒険職:剣術道場(剣士系)、聖堂教会(聖職者系)、戦士ギルド(戦士系)、狩猟・採集協会(弓系)、メイジ大学(魔法系)、依頼酒場(冒険職後援組織)
・非冒険職:商工会議所(商人・職人系)、アルケミスト・アカデミー(錬金術士系)、
中央学術大学(学者系)、詩人ギルド(詩人系)
職業ギルドもプレイヤーギルドもギルドマスターによってメンバーの追加・脱退の是非やギルド内のルールが決定されるほか、
マスター不在時の為にサブマスターにある程度の裁量・権限が与えられている事も少なからずある。