#4-1.廃都ラムで僕と握手!!
灰色が、目の前に広がっていた。
転送されてまず真っ先に目に入ったのは、壊れて打ち捨てられた街並み。
古びて灰色がかった、すすけたような石造りの家屋や建物の姿。
遠くには大きなお城が目に入るけれど、あまり綺麗には見えなかった。
廃墟マップというと前にドクさん達と行った『レイオス伯爵城』もボロボロだったけれど、もしかしたら中身は同じくらいにひどいありさまなのかもしれない。
「んん……街の東側に出たみたいね。このあたりは一般居住区――」
前を歩くマルタさんが、お城を見ながらにエミリオさんに地図を手渡す。
灰色のシャツに黒系のハーフパンツといういでたちで、腰のナイフ以外には片手で背負う大きめのアイテム袋が気になるところ。
靴は使い込まれてるように見える革のブーツ。これがなかなか渋い。
「へえ……お城を中心に、東西南北で分かれてるんだ……」
手渡された地図を眺めるエミリオさん。
青ぶちの軽鎧を身に着け、スカートの上には太もも位までを守れるスカートアーマー。靴は可動域の広いグリーブシューズ。
機動性重視の軽装だけど、マルタさんと違って急所はきちんと守れる組み合わせだと思う。
「地区によって街並みも結構違いそうですね。港……?」
私も一緒になって地図を眺めるのだけれど、商業地区や職人通りなどの地区名に交じって『港』や『船工場』などの施設も書かれていて、ちょっとした違和感を感じた。
ちなみに私の装備はいつものフード付きローブと中に白系のノースリーブに黒いキュロット。
靴は紺色のスニーカー。
割と防御性能無視です。そんなしかありません。
一応杖だけは初級者用でちょっと高めの宝石とかがついてる本格的なワンドを用意していた。
「昔は海でもあったのかしらね。今はなんにもないけれど」
やっぱり海や大きな川がある訳ではないらしい。
でも、枯れた港ってちょっと哀愁を感じる気がする。なんでだろう。
「東側はゾンビやスケルトンの多い地域だから安心していいわ。炎系の魔法の方が効果的かもしれないわね。西側にはゴースト系がうろついてて、北側にはちょっと強い悪魔系のモンスターが、南側はストーンゴーレムやナイトメアのような無機質なモンスターが中心になってるわね」
「北や南は私たちにはちょっと危ないんですね……」
具体的にどんな敵がいるのかは分かったけれど、今の私やエミリオさんで対応できるのはゴーストくらいまでだと思うので、できることなら東か西かでエレナクリスタルを集めきりたいところ。
マルタさんも小さくうなずいて「そうね」と肯定してくれる。
「中央に関してはガーディアン系のモンスターが多いから、あんまり近寄るのはお勧めしないわ。私もこれを相手にするのはちょっとしんどいし」
「マルタさんいるからそういうのわかるけど、いなかったら私らだけだと危なかったかもしれないね……」
もちろん来るなら来るなりに事前情報を集めようとしたとは思うけれど、流されるままに二人だけで受けていたらと思うとなかなかにヒンヤリさせられる。
もしかしたらギルドの人と一緒に来ることを想定したうえでの難易度設定なのかもしれないけれど……
「運営さんは一応依頼する相手の周囲も想定して依頼相手を決めるようだけれど……あの人はたまにうっかりでやらかすから怖いのよ。初めてくるようなマップでの依頼なら、誰かしら来たことのある人を頼るようにした方がいいわ」
「勉強になります……」
善意だけじゃどうにもならない部分とかもあるんだと思う。
この前のマタ・ハリみたいなことも起こるかもしれないし、いろいろ考えさせられる部分だった。
「それにしても妙ね……この辺り、適当にうろついてればすぐにゾンビやグールと出くわす位にうじゃっといるはずなんだけど」
ふと、マルタさんが足を止めて、ぽつり、呟く。
自然、後ろを歩いていた私たちも足が止まった。
「スプラッターな狩場なんですね……誰かほかにいるんでしょうか?」
虫じゃないからエミリオさんは割と元気だけど、人の姿をしててちょっと腐ってるとか壊れてるとかは私的にちょっときついものがある。
映像として見るくらいなら問題ないけど、実際に見てしまうと……伯爵城で慣れはしたけれど、あんまりいっぱいいるのは見たくない。
「ゾンビ狩りしたい人ならそれなりに楽しめるポイントではあるから、聖職者やなんかが暴れてる可能性もあるけれど……」
「そういえばマルタさん、ゾンビとグールって何が違うの? どっちもアンデッドなんだよね?」
何か気になるのか、納得いかない様子で周囲を見渡すマルタさんに、エミリオさんが質問。
「簡単に言うなら」
視線は周囲を気にしつつも、マルタさんは説明を始める。
「ゾンビは歩き回る死体よ。グールは死体を食べる死体。ゾンビがより進んだ状態と言えるわね」
「うぇ……死体を食べるとか」
気持ち悪そうに口元を抑えるエミリオさん。いや、私も同じ風に抑えていた。
想像してしまうとちょっとどころじゃなく気持ち悪い。
できれば、そういう場面には遭遇しないで済むとありがたいのだけれど。
「ゾンビは放っておくとやがてグールになる。グールはゾンビや生物の死体を食べるけれど、食べるものがなくなったらグールは動けなくなる。肉が腐り落ちて軽くなるとスケルトンになってまた動き出し、骨が朽ちると土に還り、ゾンビとしてリスポーンする、という具合にサイクルがあるらしいわ」
「腐のサイクルと名付けよう」
「いやなサイクルですね……」
どや顔で変なことを言い出すエミリオさん。
私もマルタさんも苦笑していた。
まあ、そういう軽口でもないと気が滅入りそうなので、エミリオさんの一言には結構助けられてたりする。
ムードメーカー、すごく大事。
やがてマルタさんが「問題ないわ」と言いながら歩き出したので、おしゃべりはそこまでに、私もエミリオさんも口を閉じてついていく。
ゾンビはそんなに動きが速くないから問題ないけれど、グールはかなり機敏に動くし、不意打ちは結構怖い。
杖を構えながら、いつでも魔法の詠唱に入れるように警戒する。
歩くスピード自体は普段とそんなに変わらないけれど、マルタさんもエミリオさんも警戒はしているらしく、それぞれ武器を手に持っての移動だった。
「……ん」
しばらく歩いてのことだった。
それまでは何もなく、ただ廃墟の中、お喋りもなく歩いていたのだけれど。
何かに気づいたのか、十字路でマルタさんが手を横に突き出し、言葉もなく立ち止まった。
私達もその合図に合わせて足を止め、ごくり、息をのむ。
「少し待ってて」
言葉少なにナイフを腰に収め、アイテム袋を片手に、マルタさんは一人ゆっくりと進んでいく。
そうかと思えば道の端から端に、何度もしゃがみこんで何かやったりと忙しない。
そうやって少しずつ離れていき、だんだん見えなくなっていった。
住宅街だけあって、石造りの建物だらけで、視界はかなり悪い。
どうなるのかな、と、エミリオさんと顔を見合わせ、できるだけ敵に襲われないように、建物を背後にしてマルタさんが戻ってくるのを待った。
一分、二分。「どうしたのかな?」と、首を傾げた辺りで、それは起こる。
ガゴン、という軽妙な音から始まる鉄のきしむ音。
がしゃりがしゃりという、メタルバウの時とは微妙に違う、聞き慣れない鉄ぎしりの音が遠くの方から継続して鳴り響き――どんどんと近づいてくるのがわかる。
「エミリオさんっ」
「何か来る――サクヤ、魔法詠唱っ!!」
「はいっ」
何が来るのかはわからない。
けれど、それがモンスターだったとしたら――戦わないといけない。
すぐに応戦できるよう、エミリオさんが剣を構え、私も杖を前に、魔法の詠唱をはじめる。
目標の姿はまだ見えていないので、イメージは地形に対し放つ方向性で固めていく。
『ギィン――』
そうして大きくなっていく鉄ずれの音は、その正体を見せる。
巨大な鎧が、マルタさんを追いかけていたのだ。
「ふっ――」
ぎりぎりの距離を走るマルタさんに、鎧のモンスターは手に持った大剣を振り下ろす。
ブォン、という風切りの音を立てて襲い掛かる剣撃は、しかしマルタさんにはかすりもせず。
地に打ち付けられ大音を響かせ、土埃を巻き上げていった。
「遅いわよ」
マルタさんはというと、手に持った石をそのまま鎧の顔面へと投げつけ、にやにやと笑いながらぴょこぴょこウサギのように飛び跳ね、私たちの方へと走ってくる。
『ギィィィ』
それに怒ったのか、鎧のモンスターは兜の中を光らせ、マルタさんを追いかける。
『――!?』
そうして、マルタさんに追いつくかどうかのぎりぎりの場所で突然転倒し、顔面(?)を地べたに叩き付けていた。
「うわぁ……あの、マルタさん、これ――」
「単純な転倒狙いのトラップよ。挑発しながらだと、案外簡単にかかるのよねぇ」
突然の出来事に詠唱が止まってしまったけれど、マルタさんは余裕の表情で腰からナイフを取り出し、転倒したままの鎧のモンスターの首筋にあたる部分に突き立てていく。
『ギィッ』
それがそのまま致命傷になったらしく、鎧のモンスターはそのまま消え去っていく。
残されたのは、小さな勲章だった。
-Tips-
廃都ラム(場所)
リーシアからセントアルバーナへ、
そこから更に転送した先にある乾いた大地と緑地との間に置かれた廃墟マップ。
廃墟マップとしてはかなり大きい部類で、中央部の古城を中心に、
東西南北それぞれの区画ごとに特色あるモンスター配置となっている。
主な区画の種別とモンスター配置は以下の通りである。
都市中央部:古城を中心とした城塞地区。『ネクロガーディアン』や『ガーゴイル』などのガーディアン系のモンスターが多く、職構成によっては難易度が高い。
東地区:住居の廃墟が並ぶ居住区域。『ゾンビ』や『グール』、『お化け蝙蝠』などが主なモンスターで、全体的な難易度は初級~中級とやや低め。
西地区:倉庫の立ち並ぶ港区域。街の周囲には海はおろか船が通れるような大河すら流れていないのだが、なぜか港と船が乾いた大地の中存在している。
この区域は『デザートピクルス』や『サンドドリアード』などの植物系モンスターと、『ドボルザーク級』などの巨大無機物系モンスターが乾いた大地から襲い掛かってくる危険区域である。
北地区:商業区域となっており、数多くの商店の廃墟が並ぶ。
ほかの区域と比べ命の危険は少ないものの、『リッチプアー』や『ゴールドスティーマー』などの霊種族系モンスターが数多く潜み、迷い込んだ者の財産と心の余裕を身包みもろとも奪ってくる為注意が必要である。
南地区:職人通りや騎士団の詰め所跡などが存在する区域。
『曹長』や『赤の騎士』などの中級無機物系モンスターが闊歩しており、鎧のパーツを集めたい冒険者には人気のスポット。
古城内部:立ち入り禁止区域。正門は固く閉ざされている為、窓などから侵入する必要がある。
『大尉』や『ウォーフリークス』などの上位無機物系モンスターや『バッキンガム』、『ブラックワイズマン』などの上級魔法使い系モンスターが闊歩し、更にボスモンスター『黒騎士バルバス・バウ』が一週間ごとに出現する超危険区域である。




