#2-2.その後プリエラはずぶ濡れになった
「そういえば私、狩場について調べようと思って酒場にいこうと思ってたんですけど」
三人が三人とも特に何か話すでもなく、黙々と食べていたので、話題を提供する。
美味しいのはいいけど、他の席の人たちみたいに女の子らしくお喋りもしたいなあ、なんて思ったのだ。
「狩場って、どういうの? 遺跡系? ダンジョン系? それともお外?」
「ダンジョン系です。ライト・ウィスプを覚えて、友達と洞窟狩りでもしようかなあ、なんて思いまして」
ローズさんもドロシーさんも興味を向けてくれたらしく、ぴたりと食べる手を止めて、視線をこちらに向けてくれる。
「そういう事なら、私達でも力になれると思うけれど。そのお友達は、前衛なんです?」
「前衛ですね。剣士です。私よりちょっと後に始めた人で、今はよく、その人と二人で狩りをしてるんです」
「サクヤはマジシャンだし、相性は割といいよねー剣士。動き早いほうが魔法職とは組み易いって聞いたことある」
ふむふむ、と、腕を組みながら何やら考え込むローズさん。
ドロシーさんはというと、ピーチティーのカップに唇をつけて、視線だけ私に向けて一言。
「それなら、少し遠いですけど『海鳥の洞窟』はどうでしょう? カルナスから船で一月位の場所にある島のダンジョンですが……それなりに広く、利用者も多いのでリーシアから転送を出してくれる人も多いんです」
金銭効率良いですよ、と、にこり、目元だけ微笑みながら紅茶を飲む。優雅だった。
「海鳥の洞窟ですか……ちょっとメモりますね」
酒場で聞くことは時間的にもう無理だろうけれど、思いがけずよさげな情報を手に入れられたのは嬉しい。
折角なので忘れないようにしっかりメモを取って、後々に生かさないといけない。
「帰り用に転送アイテム持ってないとだから、事前準備にお金掛かるのがネックよね、遠隔地の狩場って」
「ああ、そういえばそうですね……できるならプリが同行するのが理想的ですが……そうでないなら、もうちょっと近場の狩場を教えてあげたほうがいいかしら? リーシア周りなら『とげ角族の洞窟』とかあるけれど」
ローズさんの指摘に、ドロシーさんも紅茶をテーブルに、思案げに視線を彷徨わせる。
「あ、今はまだ情報集めの段階ですから、色んな選択肢があるのは歓迎です」
私も特に困ることは無いので、色んな場所の名前を聞けるのはありがたかった。
私もエミリオさんも、狩場に関してはまだまだ知らない事の方が多いのだ。
マップを見ても何もかも書き込まれている訳ではないので、情報収集はすごく大事だと思う。
「海鳥の洞窟は通気性の高いダンジョンで、最深部が海や崖に繋がっているの。モンスターは半水棲系が多いかしら? 水弾アーチャーとかクロコとかがメインのモンスターね」
「ソロだと水弾アーチャーがかなり厄介だけど、ペアなら前衛がひきつけてる間に魔法で狙い撃ちにすれば余裕だから、ペア向きの狩場だわね。クロコの落とす『わに革』とかは防具作成にかなり優秀だから剣士さんの懐にも優しいかも?」
「なるほど……水弾アーチャーは聞いたことありますね」
水弾アーチャーというのは、巨大な弓を持った女の子型のモンスター。
人間の女の子に近い外見をしていて、近づくと手に持った弓で矢とか魔法弾を連射してくる中距離型モンスターで、前衛にとっては鬼門……らしい。
矢の威力はそんなでもないのだけれど、魔法の命中精度が高くて回避が難しいのだとか。
撃ってくる魔法はウォーターボールとかアイスアローとかの初心者~初級者用の水属性破壊魔法ばかりで、殺傷力はそんなでもないのが救いかもしれない。
それと『すごく可愛い』らしいっていうのが、情報元である一浪さんの反応からなんとなく察している。
一浪さん、可愛い女の子に弱いみたいだから……モンスターでも楽しそうに話してる時は大体そんななんだとドクさんは教えてくれた。
注意点がその水弾アーチャーのみだというなら、対処方法さえ確立してしまえばなんとかなる狩場だと思う。
ただ、懸念が一つあるので、それもしっかり聞いておく。
「その狩場って、虫系モンスターはいますか?」
そう、エミリオさんの弱点。虫系の有無はとても重要だった。
「虫系? 確かにザザザムシとかグランゲとかシロヒトデとかいますけど……?」
「結構虫系は多いよねー」
残念。この時点で狩場としてはアウト確定となった。
「その友達、虫系モンスターがダメで……」
「あらら、それじゃちょっと辛いですね」
「虫系ダメって結構きついわね。条件限られるのか、うーむ……」
再び、二人が思案顔になってしまう。
聞いておいてなんだけど、考えさせてしまうのはちょっと申し訳なく感じる。
「とげ角族の洞窟は、ゴブリンだらけのダンジョンでして。定期的にゴブリン同士で抗争が起きている、ちょっと特殊なダンジョンですね」
「とげ角族っていうゴブリン達がその洞窟の持ち主なんだけど、他にも色々部族があるらしくって、他の洞窟から別部族のゴブリンが攻め込んできたりするのよね。端から見てると結構面白い」
「はぇぇ……ゴブリンって抗争したりするんだ……ちょっと見てみたいかも」
ゴブリンというのは、人型異種族のモンスター。
背が低くて、私の腰位の高さしかない。
だけど頭は結構良くて、徒党を組んでプレイヤーに挑んできたり、逆に冒険者にアイテム取引を持ちかけてきたりある事もある、よく解らない種族だったりするらしい。
稀にドロップする、ゴブリンにしか作れない装備品は『ゴブリンシリーズ』として一部の蒐集家に人気で、実用性もそれなりにあるので高値で取引されるのだとか。
たまーにいるはずのないマップをうろついてる事があったので戦う機会はあったのだけれど、そんなに強くないのも狩りのメインに据えるには丁度いいポイントだと思う。
「ゴブリン同士の抗争は子供の喧嘩みたいだけど、相打ちになったゴブリンが落としたドロップはプレイヤーが拾ってOKだから、意外と戦利品が多くなるのが魅力的だね」
「ただ、抗争中は遭遇する敵の数が多くなるのと、立ち回りを間違えると双方のゴブリンが皆揃って追いかけてくるようになるのが怖いところですが……その辺りは狩りに詳しい人から聞けば問題ないでしょうね」
話に聞けば、注意点もあるものの中々に魅力的な狩場に思えてきた。
「虫系モンスターは出ないから、そのお友達も安心ですね」
そしてドロシーさんの一言で、問題点も解消。
「近場にあるんですよね? それじゃ、とりあえずはそこを目標に考えてみようかな……一度行ってみないと」
もう、私の頭の中ではその狩場に行くことが決定されていた。
そうと決まれば、後は情報収集もかねて下見をしたいところ。
ドクさんや一浪さんにお願いして、一度一通り頭に入れたいのだ。
「このリーシアからだと四マップ北に進んだ先よ。大体片道一時間くらい」
「途中で休憩ポイントがあるので、トイレとかの心配もなくて安心です」
狩場の時間を考えると片道一時間はちょっと心配になるけれど、休憩ポイントの存在でそのあたりの問題もセーフに。
「ちょっとしたハイキング気分でいけそうですね」
「そだねー。道中の敵もそんなでもないし、ゆったりできると思うよ」
「他にもいくつか候補がありますけど、聞きますか?」
中々魅力的な狩場だなあ、と思ってはいたけれど、ドロシーさんはまだ他にも思いあたりがあるのだという。
「はい、是非!」
この際だから聞けるだけ聞きたい。そんな気分になっていた。
「もう、すぐにでも降り出しそうな感じですねー」
結局それから一時間くらい狩場についてのお話を聞いて、解散する事になって外に出たところで、空模様がすごく怪しくなっていることに気付く。
そろそろ限界なんじゃないでしょうか。
「丁度いい感じね。それじゃサクヤ。私達はこれで戻るわね。今日は付き合ってくれてありがとう」
「また会ったら今度は心行くまでお喋りしよう! そんじゃねー!!」
ドロシーさん達も、空模様を見てちょっと急ぐ気になったみたいで。
「はい。今日はご馳走になりまして。ありがとうございました!」
きちんとお礼を告げると、ニコニコ顔のまま手を小さく振って、そのまま歩いていった。
向かう先は、私達の宿とは別の方向。
大手ギルドさんだし、もしかしたら拠点として家とかお店とかの物件を持ってるのかもしれない。
「……よしっ」
――雨が降り出す前に帰らないと。
そんな事を思いながら、私も宿への道を急いだ。
-Tips-
レンジャー(職業)
レンジャー系下位職の一つ。呼び名は特に無い。
軽装を至上としており、シャツにスパッツやショートパンツルックなどが基本のスタイルである。
弓を中心に扱う物理系後衛職だが、ナイフやその場にあるモノで即席の武器を作って使用する事も前提とした訓練を受けるため、手段や場所を選ばない戦闘が可能である。
このため、弓での攻撃性能はレンジャー系別系統下位職であるアーチャーと比べ幾分劣るが、汎用性という面ではこちらの方が優れている。
レンジャー系は総じて森林・山岳地形において強みがあり、また、罠が張り巡らされている迷宮や遺跡などの探索においては戦闘能力以上の重要性が発揮される。
このため、戦闘面は二の次で周囲の罠警戒の為だけにレンジャーを雇うPTもいるほどである。
特徴的なスキルとして弓を用いた連続射撃スキル『クイックアロー』、
罠の存在に気付いたり開錠を行う事ができるようになるパッシブスキル『トラップマン』、
石やホネなどその場にあるモノを活用して武器を作れるようになるパッシブスキル『簡易武器製造技能』などがある。
上位職として『ハンター』『スカウト』がある。




