#1-1.メイジ大学に通う少女サクヤ
ちょっと曇り空の日だった。
事前に天気予報を見て、ゲーム内では昼過ぎから雨が降るというのを知っていたので、エミリオさんと狩りをする予定を変更して、ちょっと調べ物をする事に。
エミリオさんは食料の買い出しと武器を見てくるのだとか。
ともかく、街の真ん中の広場で別れて、私はメイジ大学へ向かった。
街の北にあるメイジ大学は、私達マジシャン系列以外にも、ウォーロック系列の人たちも訪れたりする、魔法職全体の学校みたいなもの。
特別校舎が分かれてる訳でもなく、ウォーロック系の子も一緒になって同じ校舎に入る。
普段あんまり見かけない魔法系ジョブだけれど、ここには沢山いるように思えるから不思議。
特に狩場があんまり被らないらしいウォーロック系の子達は、普段見ないような魔法少女めいた服装なのもあってすごく目立つ。
男の人も魔法少女っぽいスカートとか履いてるから特に目立つ。
「こんにちわー」
「あら、いらっしゃい」
基礎教練を学び終えている私は、なりたてのマジシャン達が向かうルートとは外れて、奥の図書館に用があった。
ここには色んな魔法に関する知識やモンスター関連、マジックアイテムや装備品など、様々な冒険に役立つ知識が収められた本が用意されている。
そのほか、魔法にまつわる物語だとか、魔法知識を活用して読むゲームブック的な本とかもある。割と何でもあり。
「今日はどんな本をお求めかしら?」
入り口のカウンターで迎えてくれたのは、この図書館を管理する司書さん。
魔法使い系でも特に珍しい『ハーミット』という職業の人。
ウォーロック系列の、ウィッチやウィザードとは別の系統なのだとか。
とっても美人で優しいので、私はいつもお世話になっている。いつもいるのだ。
「あの、今日は炎系か光系で何か、暗いところでも照らせるような魔法があればと思ったんですけど……」
「それなら『ライト・ウィスプ』か『フレアツール』かしらね。ライト・ウィスプはR5の下から三段目右側、フレアツールはF4の下から二番目真ん中くらいにあるわ」
さすが司書さんだけあって、私が求める系統の魔法を言うだけで的確にその本の場所を示してくれる。
結構広い図書館なので、こういうのは本当にありがたかった。
「ありがとうございます」
ぺこり、その場でお辞儀して、忘れないうちに教えられた棚へと向かった。
「F4の下から……あ、あった」
本を集めていく。
『ライト・ウィスプ』の方はもう手に入れたので、今は『フレアツール』を集めている最中。
言われた通りの場所に関連書物が何冊か見つかる。
まずは『入門用グリモア解説書』。
これに詳しい魔法の概要や、それを習得する為に必要な条件なんかが載っている。
続いて『技術活用書』。
これには魔法の応用方法や、魔法そのものの危険性、注意点などが詳細に記されている。
最後に必要なのは『対効果魔法リスト』。
これはそんなに厚くないけれど、この魔法に対して反応し、効果を打ち消してしまったり変えてしまったりする魔法や状況のリストが載っている。
冒険中には色んな状況があるはずで、どんな時にも同じに発動するとは限らないのが魔法というもの。
だから、どういう時に効果や性質の変化が起きるのかや、逆にそういった変化が起きる状況というのがどんなものなのかの逆算もできなくてはならない、という事で、大学では読むことを推奨されていた。
この三つの本は、魔法の習得そのものに必要な、対応した魔法のグリモア本編と違って、一度も読まなくても魔法の習得そのものには大きく影響はしないと言われている。
だけれど、これらを事前に読んでおく事で、その魔法の性質・活用する上での問題点や応用方法なんかが解るので、その魔法の『使い勝手』を知識の上で知るにはとても重要なものだったりする。
エミリオさんとペアを組むようになってから、今は比較的収入も安定してきているけれど、それでも闇雲にグリモアを購入していたのではあっという間に底を尽きてしまうし、使いにくい魔法を覚えるほど私の頭のリソースは広く出来ていないかもしれないから、できれば役に立つ魔法だけ覚えていきたかった。
これはその為の保険というか、念のためやっていること。
新しい魔法を覚えたいなあって思った時に、とりあえず知識面で使い勝手がよさそうなもの、実際に役立ちそうなものをこうやって調べて、その上で、できればその魔法を使っている人に直接聞いて吟味したいのだ。
回りくどいかもしれないけど、あんまり余裕のない今はこれが自分のできる最適解なのだと信じて、私は本を読む。
光属性の魔法『ライト・ウィスプ』は、図解されているのを見る限り光の玉のようなものがふよふよと浮く魔法のよう。
結構長い時間持続するらしく、三十分くらいは使用者か目標の周りを浮いていてくれるらしい。
照明用魔法としてはこちらの方が人気らしく、使う人も多いのだとか。
ただ、光属性という事から習得がちょっと難しめなのがネック。
後、グリモアがちょっと高めらしい。今の私の持ち金だと何回か狩りをしないと足りなかった。
炎属性の魔法『フレアツール』は、ちょっと表現が難しい魔法なのか、具体的な説明のほとんどが想像し難いものばかりだった。
図解されているものもあんまり素人には優しくない絵心で、私にはちょっと早すぎる気がする。
持続時間は驚きの二時間越え。一度使えばほぼその狩りの間中は使いなおす必要がないのが強みのように思える。
ただ、記述をなんとかして読み解いていくと解ったのだけれど、ライト・ウィスプと違って、どうやら周囲に展開する魔法というよりは、武器や棒とかに点火する、付与に近い扱いの補助魔法っぽい。
炎属性魔法というだけあって、使っている間はずっと燃えているらしく、酸素の消費がいざという時に危機的状況を招きかねない狭所、特に洞窟などでの使用は危険かもしれない。
そのほか、当然ながら水中での使用は不可能。雨や雪、霧などの悪天候では自然消火されてしまうなど、難点が多い。
「うーん……本を読む限りは、迷う必要が全くない位にライト・ウィスプかなあ」
性能面を見ると、持続時間以外ではフレアツールの勝っている点は無いと言ってもいい位。
習得難易度に関しては、合致している属性が噛みあっているならその辺りも考慮して、といったところ。
私は今の所、炎と水・氷系統の魔法なら問題なく扱えるようなので、使った事のない光属性魔法よりは、フレアツールの方が習得は簡単そうだった。
「でもなあ……雨の日は狩りをしないからまあよしとしても……洞窟で使いにくいのはちょっとネックかなあ」
私が照明用の魔法を覚えたいと思ったのも、エミリオさんとの狩場の候補地として洞窟系のダンジョンなどを視野に入れたいから、というのがあったので、洞窟に不向きなフレアツールはちょっと問題かもしれない。
ただ、ここでフレアツールには、大きな強みがあるのにも着目する。
「……安いなあ、フレアツール」
すごく安い。価格的には初心者用の魔法に色がついた位。
ライト・ウィスプの半額以下というのだから、金欠の私はそれだけで手が伸びてしまいそう。
「とりあえずこれを覚えて、お金がたまったらそのときにライト・ウィスプを……ううん、でもなあ」
迷ってしまう。お金に不自由がなければ迷わずライト・ウィスプ。
だけど、お金に困ってるからフレアツールでもいい気がする。
覚えられる魔法はどちらか一つという訳でもないから、とりあえずで安いほうを選んでも取り返しは利くかもしれない。
だけど、本当にそれでいいのか、と、私の中の私が止めに入ってしまう。貧乏性の哀しい性だった。
「――とりあえず、意見を聞こう」
迷った時は誰かに聞く。これが、私がメイジ大学で一番最初に学んだ、一番大切なこと。
「うーん、ライト・ウィスプとフレアツールの実用面での差ねぇ……そういうのは、実際に使った子に聞いたほうが早いでしょうね。ちょっと待ってて――」
とりあえず司書さんに相談したところ、司書さんも少し迷った後、席を立つ。
それから、読書席へと歩いて、隅っこの方に座っていた男のマジシャンの人を連れて戻ってくる。
「あ、ハイアットさん。こんにちは」
「ほう、誰かと思えばサクヤではないか。久しぶりだな」
見知った眼鏡の人だったので、にこやかぁに挨拶。
「あら、二人とも知り合いだったの? なら都合が良いわね」
連れてきた司書さんはちょっと驚きながら、「後はお願いね」と、ハイアットさんに声をかけて、またカウンターに入る。
この眼鏡の人――ハイアット=アーマルディさんは、私がメイジ大学に入った時からたまに顔を合わせる、マジシャンの先輩。
ちょっと尊大な口調と態度で高笑いしながら炎属性魔法を扱う、変わり者枠での有名人だったりする。
大体いつ大学にきてもいるので大学にずーっといるのかなあって思ってたけど、最近は何故だか見かけなくて、結構気にしている人も多かった。
魔法について聞けば教えてくれるし、聞かなくても炎属性の魔法についてはあれやこれやと自分から教えに来てくれるので、多分いい人なんだと思う。
「炎属性の魔法について聞きたい事があるという話だが?」
「あ、はい。フレアツールとライト・ウィスプとでどっちがいいかなあって迷いまして……」
「なんと、フレアツールか!? アレは中々に自由度の高い、開発欲を掻き立てられる魔法だよ。何せ杖やナイフ、その辺の棒であっても如何様にでも点火できるという強みがある。炎自体は一度出てしまえば自然的な炎と同じ扱いだから、ソレそのものにもエフェクトとしての攻撃力が存在しているのも面白い。だが何より推したいのは炎属性にあって唯一と言っていい補助魔法としての性質がだな――」
大体、炎属性について質問するとこのように場所を選ばず大きな声で説明を始めてくれます。
じろじろと私達を見る他の読客の皆様方の視線が痛い。痛すぎる。
「あ、あの、とりあえず場所を変えましょうっ」
「うん? そうかね? では試験場に行こうか」
あんまり気にしていないらしいハイアットさんをなんとかその場から動かして、図書館を後にした。
-Tips-
ウォーロック(職業)
魔法職系下位職の一つ。呼び名として『ロック』『魔法少女』などがある。
呼び名の一つが示す通り、魔法少女めいたフリフリミニスカートやキラキラとしたドレス等、とても煌びやかかつ乙女チックな衣装や謎の装飾がついたステッキなどが特徴的なカラーの職業であり、とても目立つ。
これらの服装は性別で分けている訳ではなく、男性でもスカートを履くことになる為、男性人気は極端に低い。
別系統の魔法職系下位職であるマジシャンと比べた場合、必要とあらばステッキを用いて前衛として立つ事が可能な点は、戦闘時におけるバランス管理でとても大きな意味を持つ。
また、火力一辺倒になりがちなマジシャンと違い、豊富な補助魔法を扱えるようになる為、PT戦闘で優秀なポジショニングを発揮する事が可能である。
特徴的なスキルとして『必殺技』の存在があり、自分で定めた名前のスキルを自分で定めたポーズやキメ台詞と共に発動させる事が可能である。
カスタマイズ性が高く、方向性も攻撃性も属性すらも自分オリジナルでスキルが扱えるという事で非常に人気があるが、若干恥ずかしいため、人前で使う場合にはある程度自分を捨てられる覚悟も必要である。
また、必殺技はクラスアップしてしまうと扱えなくなる為注意が必要である。
上位職として『ウィッチ』『ウィザード』『ハーミット』がある。




