#10-4.リアルサイド5-病室の少女-
病院に入ると、まず目に入るのは入り口近くに棒立ちしているドラム缶型の警備ロボだ。
二体一組になって立っていて、入ってきた者に向けてチェックの為に赤いレーザーを当ててくる。
特に危険なものを持っていたり、ブラックリストに載っていなければ問題ないはずで、実際、俺たちが通り過ぎるまで何かしらのアクションを取る事はなかった。
視察対象の女の子がいるのだという病室は、三階のB21号室。
廊下で人型の介護ロボと遭遇する事はあるが、彼女たちは俺達に向けてお辞儀位はするが、特別話しかけたりはしてこない。
「介護ロボって随分人間っぽくなってるよなあ。頭のネジ回し位しか見分けつかないんだろ?」
何度目かに介護ロボとすれ違った後、歩きながらにサトウがポソリ、呟く。
「らしいな」
アクセサリ代わりに髪につけているネジ回しが、介護ロボをソレと見分けるポイントなのだが、確かにそれがなかったら見分けなんてつかないかもしれない。
そもそもロボットそのものが前時代的であまり意味のない存在なのだが、実際に目の当たりにすると、その造型が人に近づくにつれ、妙な知性めいたものを感じてしまう事があった。
ドラム缶には感じられない、人型ゆえの印象なのだろうか。
「ついたぞ、ここであってるよな」
「んー……ちょっと緊張しちゃうな。一応言われた通り花束とか持ってきたけど、大丈夫かねえ?」
花に関してはよく解らないので、とサトウに丸投げしたのだが、中々に綺麗な組み合わせに見える。
それがお見舞い用として正しいのかは俺にも解らないので、特に指摘したりはせず、ドアに手を向けた。
「ま、なるようになるさ」
コンコンコン、と、ノック。
『――はい。開いてますよ』
ドアの向こうから聞こえる、小さな声。
病院そのものが静かなおかげでなんとか聞こえる位の声量だった。
ドアを開いて入ると、そこにいたのは銀色の髪の小柄な少女。
年の頃から十二、三位に見えるが、これが生まれてから四年と言われると中々に違和感がある。
パジャマ姿のままベッドに横たわっていた彼女は、俺達の顔を見るや嬉しそうに満面の笑みになっていた。
「いらっしゃいませ。お客さんが二人もきてくれるなんて、珍しいですね」
どうぞお入りください、と、機嫌よさげに手招きしてくれる。
どうやら、歓迎されているらしい。
「その……いつものおじさんは、今日はきてないんですね」
「サカザキ先生のことかな? あたしらは、その先生に頼まれてきたんだよ。しばらく来れないらしくてさ」
サトウも、この少女を見て教師モードに入ったらしい。
幾分柔らかな笑みを浮かべながら、ベッドの横の椅子に座った。
椅子はひとつしかなかったので、俺は立ちながら、という事になる。こやつめ。
「なるほどぉ……ちょっと残念ですね。おじさんには色々とお勉強とか教えてもらってたんですけど」
「病院に来てまで勉強か……あのおっさんらしいなあ」
「もうちょっと楽しめそうな話題を出せばいいのにな」
あの教頭は相変わらず堅いというか、どこまでも教職一本な人だった。
「でもでも、お勉強も愉しかったですよ。おかげで私、知らない世界が沢山ある事を教えてもらえましたし!」
苦笑していた俺達に、少女はわたわたとしながらも教頭のフォローに回っていた。
まだ出会って間もないが、とても素直でいい娘のように感じた。
「あ、申し遅れました。私、『タチバナ イオリ』って言います。お兄さん達は、お名前は?」
ものすごく今更な気がしたが、確かに自己紹介がまだだったのを思い出す。
「オオイだ。オオイ タカシ」
「あたしはサトウ カエデって言うんだ。よろしくなイオリちゃん」
「はい、よろしくお願いします!」
俺としては、教え子達よりも年少に見えるこの少女との距離感が掴み難くてどう話したら良いか、といった感じなのだが、サトウは早々にそれが掴めているらしかった。
さんざん面倒くさがってて遅刻までした割には、あんがいノリノリになっている。
この辺りも見越してあの教頭はこいつを選んだのだろうか。だとしたら人を見る眼は確かなのかもしれない。
俺は……多分人数あわせか、あるいはサトウが初日から暴走しないようにするための歯止めか何かなのだろう。
「タカシさんと、カエデさん……うん、いいお名前ですね!」
ふむふむ、と噛み締めるように名前を呼んで褒めてくれる。
なんとなくその仕草がコミカルというか、愛らしく感じられた。
「あの、ですね。もしかしたらおじさんから聞いてらっしゃるかもしれませんけど、私、身体がすごく弱くって。だから、お外の事とか知らない事ばかりなので、何でもいいのでお話を聞かせてくれたらいいなあ、なんて思ってます」
遠慮なくお話してくださいね、と、どこか期待に満ちた視線。
なるほど、視察という名目ながら、実際にはこの少女の退屈を紛らわせるのが目的なのだろう。
具体的に何をするのかなどを説明されなかったのもこのあたりが理由なのだと思えた。
「任せなよ。お喋りだったら何時間だって付き合ってやるからな」
「わあ、楽しみです! よろしくおねがいしますね!!」
ここは、サトウに任せるのが妥当だろう。
次以降は一人で来る事になるが、その時までに俺は俺で話題になりそうなことを探せば良いか、位のつもりで見守った。
「――へぇ、今はそんな風になってるんですねぇ。やっぱり、制服ってセーラー服の方が多いんですか?」
「うちの学校はずっとセーラーだけど、最近はブレザーの方が多いかなあ。私服校は少ない感じ。イオリちゃんは制服着た事ないの?」
「ううん……私はお風呂の時以外はずっとこの格好だから、そういうのよくわかんないんですよね……はあ、いいなあ制服。一度は着てみたいです……」
色々と二転三転した結果、どうやら今の話題は服装の話になっているらしい。
横で聞いたり、適当に相づちを打つ位しかできないおかげで、何でこんな風になったのかはよく解らない。
「今度持ってきてやろうか? 学校に、確か替え用の制服とかあったよな?」
「ああ、あるにはあるが……」
小柄なイオリをみると、どうにもその辺り、少し問題がある気がした。
「なるほどな。サイズが問題か……フリーサイズじゃ合わなさそうだもんな」
サトウもその辺り理解したらしく、ぐぐ、と背伸びがてら席を立つ。
「じゃあちょっくら測らせてもらおうか――オオイ」
「解ってるよ」
言われるまでもなく出て行く。
出て行かないと、恐らく俺がデリートされるだろうし。
『おお、イオリちゃん意外と――』
『きゃっ、カエデさんそこはちょっと――』
「……」
外にも声が漏れていたので、耳を塞ぐことにした。
「――それじゃ、このサイズで制服がないか見てみるからさ。次にきたときにでも着られると思うから待ってろよ」
そうして、一通り測り終えたらしく許可が下りたので、部屋に戻る。
「わあ、本当ですか?」
嬉しそうに眼をキラキラさせるイオリ。
まあ、制服を着てみたいという願望が叶うとなれば、喜びもひとしおなのだろう。
「えへへ、楽しみにしてますね」
にこやかぁに微笑むその顔は無邪気で、とても儚いもののように見える。
こんないい笑顔で笑う子が十年そこらで死んでしまうなんて、とてももったいない気がした。
「……あ。もう夕方なんですね」
ふと、窓の外をちら、と見たイオリが、寂しげに呟く。
「もうちょっと位いても大丈夫だよ、なあ?」
「うん? ああ、まあな」
サトウめ、あれだけ面倒くさがってたくせに、今じゃ自分から残ろうとしてやがる。
まあ、子供好きな奴だから、生徒より幼く見える分、それだけ可愛く感じるのだろう。
俺もこいつらが話してるのを見るのは嫌ではないし、付き合ってやるのもやぶさかではなかった。
「あ……でもあの。嬉しいんですけど、今日はここまで、です」
だが。さっきまで愉しそうに話していたイオリ自身が、少し困ったように手を前に出し、終わりを告げた。
「面会時間とか、そういうのでもあるの? 他にはロボしかいなかったけど……」
確かにもうすぐ暗くなる。年齢によっては公社からの放送が聞こえてくる時刻だろうが……
「そ、そんな感じです。おしゃべり、すごく楽しかったですけど……これ以上は、無理なので」
「でも――」
「よし、帰るぞサトウ。じゃあなイオリ。また、少ししたら顔を出す」
イオリの手がかすかに震えていたのが目に入り、俺は食い下がろうとするサトウの腕を掴んで、部屋から出て行く。
「あっ、ちょ、何を――」
「はい。また、来てくださいね。今日は……ありがとっ――うございました」
最後に聞こえたのは、イオリのむせる声。それでも尚言い続けてくれた、健気な言葉だった。
「――離せよオオイっ」
病室から出て数分。階段の前で、サトウに腕を振りほどかれる。
「あの娘、最後すごいむせてたぞ! 何もしなくていいのか!? このまま帰っちまったらあたしら――」
「聞いたとおりだろ。俺達は何も出来ない」
――タチバナ イオリは、もとよりそのように創られた少女である。
結局何の為にそんな娘が生み出されたのか、何の意味があって視察をしているのかは解らないままだったが。
だが、俺達に出来る事は何もない。
助けを求められたならまだしも、帰れと言われている以上、無闇にあの場に残るのは彼女にとっても酷な事なのかもしれないのだから。
「……あのおっさん。とんでもない仕事押し付けやがって」
教頭への怒りというよりは、何も出来ない自分に向けての悔しさだろうか。
苛立ちのままに、サトウは近くの壁を殴りつける。
「必ずきてやんないとな。少しでも、楽しい人生を送らせてやりたいもんだ」
まだ初日。初対面だった少女にやたら感情移入してしまっているのは、俺達の安っぽい善意の所為なのだろうか?
だとしても、少し位は笑わせてやりたい。
辛い事ばかりじゃないんだっていう事を、勉強以外にも楽しいことはあるんだってことを教えてやりたいな、と、そう思った。
-Tips-
ホムンクルス(概念)
人為的に創造された人類の事。
広義ではレゼボアのほぼ全人類を含めるが、狭義においては生体的に開発された実験用の人類を指す言葉として一部で使われている。
その存在理由・目的は様々であり、『不老不死の研究の為』『病気に対する抵抗力の付与実験の為』『人類はどの程度の衝撃で死ぬのかの実験の為』『ただなんとなく創ってみた』など多岐にわたる。
基本的に実験に使われ消費されていく消耗品扱いであり、人権の存在しないレゼボア人の中でも特に扱いが非人道的であると言えるが、そもそもの知性が用意されていない事も多く、知性があってもそれを受け入れるのが義務だと思っている個体しかいないため、極めて円滑に実験は進められる。
外見などは実験用途によっても変わるが、基本的には髪の色以外に一般的なレゼボア人と大差なく、特別な設定がなされていなければ人並の人格や身体能力も持ち合わせている。
夢を見る事もあり、相応に未来に対して希望を抱いたり絶望したりもする。
多くの場合目的用途に合わせて年齢設定がなされており、外見年齢と実年齢はかみ合っていない事のほうが多い。
レゼボアにおけるホムンクルスの最大の特徴は、普通に生まれたのではありえない銀髪にある。
ハーフにおける特徴である金髪と異なり、これらは人為的に生み出さなくてはありえない色であり、ホムンクルス自体が病院などの生体研究施設以外には存在していないため、病院と縁のない一般人にとっては非常に希少な髪色である。




