#10-3.リアルサイド5-遅刻魔と麦わら少女-
そうして迎えた日曜。実際に病院に顔を出す事になった、のだが。
「……こねぇ」
サトウが、一向に現れない。
『そんじゃ、十四時に病院前な。遅れんなよー?』
事前に約束していた時間は、もう二十分も過ぎていた。
連絡してみても反応なし。恐らくは寝ているのだろう。とてもあいつらしかった。
「はぁ……コーヒーでも飲むか」
中に自販機があったのは知ってたので、とぼとぼと門の中へ向かう。
病院の外周部は公園のようになっていて、所々休憩を取れるようにベンチや売店、自販機なんかが設置されている。
病院自体に用がある奴は少ないが、ちょっとした時間つぶしにこの辺りは都合がよく、それなりに人の姿も見られた。
「あったあった」
こうして自販機でコーヒーを買おうとすると、どうしても学校でいつも買えないのを思い出して警戒してしまうが、さすが病院、普通にコーヒーを売っていた。
この安心感。当たり前にコーヒーが飲める環境。
――病院という名の施設がそのままに機能する世界だったなら、俺は迷わずここに就職しただろうに。目指せただろうに。
「ふぅ……」
病院の入り口近くのベンチに腰掛ける。
ここに座っていれば、まかり間違ってサトウが一人で中に入ろうとしても気付くはず。
遅刻してきた奴をただ立って待ってるのは馬鹿らしい、という気持ちもあった。
あいつは、遅れてくる時はとことん遅れるのだ。
「あれ……?」
聞きなれた声が、門とは逆の方向から聞こえる。
振り向けばサクラ。ワンピースなんかを着ていて、普段とちょっと印象が違った。
目深に麦わら帽を被ってるから、というのもあるのだろうが。
「よう。どうしたんだこんなところで?」
こいつがこんなところにいること自体不思議だった。
病院はランドマークとしても優秀で、このあたりではよく待ち合わせ場所として使われるが……やはりサクラもその口なのだろうか?
「えっと、私は検査の為に……その、ハーフって、定期的に検査しなくちゃいけないらしくって」
「ああ……なるほどな」
ちょっと言い辛そうに近寄ってきて、手を添えてぼそぼそ声で教えてくれるサクラ。
確かに、異世界人とのハーフというのは未知な部分が多いらしく、定期的に専門の施設で調べる事もあるのだという噂を聞いたことがある。
その専門の施設というのがこの病院だったらしい。
だが、それを気にしているであろうサクラに聞いたのはやぶ蛇だったか。
ちょっと悪い事をしてしまった気分になる。
聞いてからちょっと後悔したが、聞いてしまったものは仕方ない。
「先生は、お仕事ですか?」
幸い、サクラはそれほど気落ちしたり不機嫌になったりした様子もなく、俺に話を振ってくれる。
「そんなところだ。サトウと二人、教頭に頼まれた仕事でな……サクラは、病院の中で誰かと会った事ってあるか?」
病院は、施設としては完全自動化されていて、人間の姿が見られない事のほうが多い。
この『アオバ大病院』も、教頭に聞いた限りは目的の娘以外誰もいないらしいので、もしかしたら、と思って聞いてみる。
「誰か、ですか……? いえ、病院は無人ですよ? いつきても誰も居ないです。ロボットとかはいますけど……」
「まあ、そうだよな……」
誰にでも顔合わせできるようなら、わざわざ俺たちに頼んでくる事もないだろう。
視察対象にする位だから、厳重な管理下に置かれてるんじゃないかとすら思える。
「……定期的にこちらにこられるんですか?」
何を意図しての質問かは解らないが、首をかしげながら聞いてくる。
「月に一、二回くればいいって話だから、そんなに頻繁にはこないだろうな」
「そうでしたか。私は月に一度位の頻度で来るから、これからはよく会うことになるのかなって思いまして」
そこまで聞いて理解できた。サクラなりに、警戒しているのだ。
当然と言えば当然だ。プライベートな時間帯でまで、わざわざ教師と顔を合わせたいとは思うまい。
できれば会いたくないに違いなかった。俺だって、学生時代はそうだったんだから。
「まあ、狙って会いにでもこなきゃ会う事は無いと思うぞ?」
安心させてやる為に適当なことを言う。
実際にはサトウと俺とで交互に来るので、もしかしたらサトウの方と出くわす可能性もあるが……まあ、そこはサトウに考えてもらおう。
「解りました。あの、それじゃ、私はこれで――」
ちら、と、腕時計を見て、サクラはそそくさと俺の前から離れていく。
「ああ」
またな、と言うような間柄でもないか、と、口から出かけて言い留める。
「……来ねぇなあ」
サクラの姿が見えなくなって、また時計を見る。
――三十分オーバー。サトウ、来る気配なし。
途方に暮れたまま、温かな陽射しを受けてぼーっと佇んでいた。
結局、サトウが到着したのはそれから一時間ほど経過してから。
約束を完全に忘れていたらしく、遅くまで酒を飲んで寝過ごしたらしい。
更にそこから化粧だの服を選ぶのだのに時間を掛け、こんな事になったのだという。
「……その割にシャツとパンツルックとかめっちゃ軽装なのな」
お洒落に時間を費やすならそれなりに女らしい格好になるのかと思いきや、実際には普段のこいつとそんなに変わらない。
化粧も薄いし、ぶっちゃけ何もしないのとそんなに違いが解らない。
これ位ならいっそ学校に来る時と同じ方がまだソレらしく見えるというものだ。
もう少し他所向きの格好というのを意識したらどうかと思ってしまう。
「女には色々あるんだよ。それよりオオイ、お前こそその趣味の悪いサングラスやめとけって。前から言ってんだろ?」
どうやらサトウには俺のセンスは解らないらしい。
いや、似合ってないのは解るんだが。好きでつけてるものを似合わないと言われるのは、正直悲しいものがあった。
「……うっせぇよ。ほっといてくれ」
だが、つけてる限りくどくど言われるのは解ってるので大人しく外しておく。
サクラなんかは余計な事言わずにスルーしてくれていたというのに、本当に口やかましい奴だ。
「とりあえず、入るぞ」
「あいよ。そんでちゃっちゃと済ませて遊びに行こう♪」
こいつとしてはもう、遊びに行く気の方が強いのだろう。
まあ、休日まで無理に仕事してっていう考えじゃないのは俺も同じだ。
早いこと片付けたいという気持ちは確かにあった。
-Tips-
遅刻(概念)
ダメ、絶対。




