#10-2.リアルサイド5-教頭よりの依頼-
「でもよー、二人して呼び出しなんてどんな用事なんだろうなー?」
微妙に話し難かったのか、しばしだんまりのまま進んだ中。
階段を上りながら、またサトウが話を振ってくる。
「もしかして、『二人ともいい歳なんだから、私が間に入るからそろそろ結婚しなさい』とか、そんな用事だったりしてな?」
そして、何が愉しいのかまたニヤニヤ笑いを始める。
――こいつのこういう所、昔からあんまり好きになれなかったな。
ため息混じりにそんな取りとめのない事を思い出し、「そんなはずないだろ」と、一応否定しておく。
「あの堅物教頭の事だ、きっと面倒くさい事を押し付けてくるに違いないぜ」
サトウはこういうのは好きじゃないようだが、嫌な事は最初に想像してしまうに限る。
どんなに辛い事でも、先にイメージすれば、心が受けるショックはその分だけ少なく済むのだから。
「うへぇ、やなこと考えさせるなって。愉しいイメージにしようぜ! 愉しい未来が待ってるかもしんねーし!!」
そして、サトウのやっている「愉しい未来が待っているかもしれないという逃避」は、一番やってはいけない行為だった。
本当に嫌な事だった場合、高低差が開いてる分ダメージがでかい。
俺は、例え腐れ縁だとしても友人がこんな目に合うのは見ていられなかったのだ。勿論嫌がらせも兼ねているが。
「ほら、行くぞ。きっとお前の言葉遣いについてだとか、こないだ掴み合いの喧嘩した近所のおばさんとの一件についての話だろ」
「うわー、やだー! 想像させんな! 嫌な事想像させんなー!!」
両耳を手で塞ぎ、子供のように駄々をこねるサトウ。教師である。こんなのでも社会科の教師である。
生徒にはあまり見せたくない光景過ぎた。
「相変わらず、君達は落ち着きがないな。特にサトウ君。君はそういう面では学生の頃から全く成長していない」
生徒指導室では、教頭のサカザキ先生がしかめ面で待ち受けていた。
廊下でサトウが騒いでいたのが耳に入ったのだろう。
できれば、これ以上怒らせたくはないのだが……
「そういわないでくださいよ教頭センセー、そんなお説教の為に呼び出したんですかー?」
サトウはと言うと、もう諦めが入ったのか、座れと言われた訳でもないのに勝手にソファに腰掛ける。
「……全く。まあいい、オオイ君もかけたまえ」
「は……」
どうやらその方向で怒る気はないらしい。
この調子でいくと、説教というよりは、何かしらの用事を頼むつもりなのだろうか、と、考えながらにサトウの隣に腰掛ける。
「今回君たちを呼んだのは、他でもない、頼みたいことがあったからなんだよ」
そうして、指導室の奥に置かれていたポットからコーヒーを注ぎ、俺達の前に置く。
教頭自身は立ったままに話を進めていた。
「我が校代々の教頭が受け持つ『病院の視察任務』、君たちは知っているかな?」
「ええ、定期的に病院に顔を出して、何かを確認するんですよね」
「具体的に何の為に何を視察してるのかとか、詳細は完全にわかんねーけどなー」
病院とは、各層の特定箇所に必ず設置されている、医療用施設の事だ。
レゼボアにおいては一部除き傷や病気などの治療は個人が薬を飲むか、コンソールを操作してしまえば一瞬で完治させることが出来るのであまり意味のない施設なのだが、その分、生体技術やナノマシンなどの開発・実験ステージとして利用されているケースが多い。
この学校に一番近い病院なんかはまさにソレだったと思った。
「まあ、見てくるモノはそんなに多くはないんだ。実質、一人しかいない」
「……一人?」
「教頭センセ、今人って言いました?」
色々と思うところあるのか、どこか含みを残しながら語る教頭に、しかし俺達は疑問をはっきりと伝える。
「うむ……ここから一番近い『アオバ大病院』。あそこでは、技術的に開発された生体サンプルが一人、生活している」
「技術的に開発された……?」
「生体サンプルって……意図的に人間を創ったって事ですか?」
そんなに倫理的に問題のあるモノではないが、それでも人間の手で、生理的ではなく技術的に人を創り出した、というのはかなり抵抗がある。
サトウも同じらしく、さっきまでの砕けた表情はどこへやら、引き締まった顔で教頭を睨んでいた。
「あの病院が何を意図してそんなものを創り、管理しているのかは解らんよ。ただ、私を含めて代々の教頭は、それを任務に、月に一日、二日くらいの割合で視察を行っている」
意図のはっきりしない生成物。その視察。色々と意味深ながら、同時に「本当に意味があるのかそれ」と思ってしまいもする。
「教頭は、そのサンプルの何を視察してるんですか?」
「仕草とか、話す内容とかかな。言い忘れたが、『彼女』はとても身体が弱いんだ。だから、些細な病気や怪我が元で死んでしまいそうになる。勿論、レゼボアの技術を以ってすればそのような体質を変えることは容易いが……それは許されていないようだね」
「つまり、身体が弱いことを前提に作られている、って事? その、弱くある事を求められてるとか、そういう――」
俺もサトウも顔を見合わせるが、意味が解らない。
「ああ。彼女は、とても弱く作られている。弱い自分を認識しているし、だからこそ、強い私達に憧れのような感情を抱くらしい。そしてその娘は十年ほどで、予定通り力尽きる」
残酷すぎる言葉が、そんなに大きな言葉でもなかったのに、耳に響いた気がした。
悲痛な顔があったのだ。それが、冗談では済ませられないのだと、嫌でも理解させてくれた。
「まあ、そんな、死ぬまでずっと面倒を見させるつもりはないんだ。今回君たちに頼みたいのは、まだ生まれて四年目の娘だからね。ただ、私の方が所用で、明日からしばらく離れなくてはいけなくなってね。その間、私の代わりに二人で視察してもらえれば、なんて思ったんだ」
冷え切ってしまった部屋の空気を変えようと思ったのか、教頭は取り繕うように手をわたわたとし、心持ち優しげな声で語る。
恐らく、この教頭は最低でも一人は、その『予定通り死んだ娘』と交流があったのだろう。
交流と言ったってどんなものか解ったもんじゃないが。それでも、無視はできなかった。
「……俺たちがやってもいいんですか? 代々の教頭がやってた重要任務なんでしょう?」
「その辺りは気にしなくていい。きちんと上には審査を通してあるし、君たちなら問題ないと、上からのお墨付きを貰っている」
「あたしら、飽きたらサボっちゃうかもしれませんよ? 学校優先だし」
「構わんさ。君たちのペースでやってくれていい」
聞いたことに対しては即答。なんとも、勝てる気がしない。
「相変わらず、先生ははっきり言いますね」
「ほんと、歳取ってんだから少しは物静かになりゃいいのに……はぁ」
二人、呆れてしまう。俺達の学生時代と全く変わってないんだ、この人は。
それが嬉しくもあり、懐かしくもあり。
「解りました。任せてください」
「ま、実際にどんな娘がいるのか気にもなったしね……どうせセンセの事だし、断ることなんて考えてもないんだろうし?」
俺達は、素直に受けることにした。
この恩師の、我が校始まって以来の不良どもを、最後まで見捨てる事無く構ってくれたこの先生の言う言葉を。
「――ありがとう」
そうして向けられた、何度かしか見た事のない、この先生の満面の笑みが、俺たちにはとても眩しく感じられた。
-Tips-
病院(施設)
傷病人の治療や介護、出産などの為用意されている衛生施設。
レゼボアにおいてはあまり意味のない施設で、既に技術として無用となっている医療技術の保管の為だけに存在していたり、ナノテクニカルやロボット技術など、全く別分野の開発・管理施設として使われることが多い。
かつてはレゼボア全土で『医者』と呼ばれる職業が存在し、それに従事する市民も存在していたが、現代においては個人レベルでほぼ全ての病気や怪我に即座に対処する事が可能なため、これらの医療行為に従事する専門家は不要となっている。
唯一子供を産み、育てる事に関しては『産学』という形で残っているものの、これらは別個に専用施設で対応されるため、病院が本来の役割を果たす事はほぼ無いと言える。




