#10-1.リアルサイド5-男子人気No.1の少女-
四限目が終わり、昼前のひと時。
今日の分の授業が終わり、「さあ一休みするか」と科学準備室へ向かおうとしていた時のことだった。
丁度廊下の角からサトウが歩いてくるのが見えて、足を止める。
「よう」
「よ。科学準備室か?」
「まあな。お前は社会科準備室か?」
「もち」
時間割を思い出せば、こいつも俺と同じで、今日の授業はもう終わっている。
部活や委員会がなければこのまま帰ってもいい位なのだが、生憎と俺達は顧問なので、しばしの間暇になってしまう。
俺は空いた時間中寝てゲームの世界で過ごすが、こいつはどうやって過ごしているのかよく解らない。
「暇ならよー、ちょっと学校抜け出してカラオケでも行かねぇ?」
そしてまさかの不良発言であった。思わず噴き出しそうになってしまう。
「お前……流石にそれはどうかと思うぞ」
空いた時間をどのように活用するかは各教師の自由だ。
教材の準備に使うもよし、校内カフェテリア(コーヒーはない)でちょっと贅沢なアフタヌーンティーを楽しむもよし、なんでもイケる。
だが、いくら自由とは言っても、校外に出るのはっちゃけすぎではなかろうか。
いや、脳内ゲームやろうとしてる俺が思うのもなんだが。
「なんだよー堅苦しい奴だなー。たまには付き合えよー。先週の休みだってなんだかんだ言って家から出ようとしてなかったしよー」
休日位は静かに眠らせて欲しい物だが、こいつはお構い無しにくるから困る。
いや、むしろ休日だからと狙い撃ちしてくるのだ。大変な迷惑だった。
「お前、自分のその姿を生徒に見られたら、と思わないのか?」
流石に恥ずかしいだろうと思って指摘するが、サトウは不思議そうな顔で首をかしげている。
「なに言ってんだお前。あたしはナチュラルに生きてるんだぞ! 嘘偽りのない自分をさらけ出す事で、生徒達の警戒心をだな――」
『あ、あー……サトウ先生、オオイ先生。生徒指導室にて、教頭先生がお呼びです。繰り返します――』
「う……あ……」
そうして、突然の校内放送に勢いを殺がれるサトウ。
「なんだ……? お前を呼び出すだけならまだしも、俺まで一緒とは珍しいな」
繰り返し流れる放送委員男子の声がスピーカー越しに廊下に響く。
サトウだけなら笑って「じゃあな」と準備室へ急ぐところだが、自分の名前まで呼ばれたとあっちゃただ事じゃない。
「うぁぁ……よりによって教頭かよー。あー、やだやだ。しかも生徒指導室とか!」
色々思い出したくない過去が浮かんだのか、サトウは髪をワシワシとごちゃ混ぜにし、その場にうずくまる。
「お前と一緒に呼ばれた俺の身にもなれ」
どういった理由で呼ばれたのかもまだ解らんが、こいつと一緒な辺り、ロクな事にならない気がしてしまう。
「うるせー! あーあ、オオイが早くカラオケに付き合ってくれないから教頭に呼び出されちまったじゃねーかよー!」
そしてとてもガキっぽい理屈で責任転嫁してきやがった。
「訳解らん事言ってる暇があったらほら、さっさと行くぞ、指導室」
俺は嫌な事はさっさと片付ける主義なので、その場から動こうとしないサトウを無視して歩き出した。
「あー、まてよオオイーっ! ちくしょ、本当に置いていくなって! 冗談だろ、冗談!!」
「知るか馬鹿。あの教頭が来いって言ってるんだぞ。一分一秒でも早く行かないと何を言われるか解ったもんじゃねぇ」
構わず歩く俺に、ブスったれた顔になりながらもついてくるサトウ。
なんだかんだ、こいつはいつも俺の隣をついてくる気がする。
「でもよー、生徒指導室に教頭っていう組み合わせ、なんか嫌な方向で懐かしいよなー」
十年ぶり位か? と、さっきまでの空気を投げ捨て、ちょっとしたノスタルジックな台詞を吐く。
まあ、俺もいつまでも嫌な感じなのもかったるいし、と、サトウに付き合ってやることにした。
「昔はお前、毎日のように呼びつけられてたもんな。喧嘩だの遅刻だのサボりだの……よくもまあデリートされずに今まで生きてこれたもんだ」
過去に思い馳せれば、学生服を着ていた頃の自分達が、まだ鮮明に浮かんできた。
廊下の色や校舎の姿は変わらず、自分の視点や教師ばかりが変わった、今と似ていて違う世界。
三年の間に色々あったもんだが、その三年間の大半を、こいつと一緒に過ごし、馬鹿みたいに、時として馬鹿そのままになって、その時の自分なりに必死に生きてきた気がする。
そう、今俺達の隣を通り過ぎていった生徒のように、俺たちがこの学校の生徒だった時代もあったのだ。
俺は学校でも真ん中くらいで、だけど嫌な事があってやさぐれてしまっていて。
そしてこいつは、入ったばかりの頃から筋金入りの不良ちゃんだった。主に他者に優しい方の。
まあ、その頃はまだこの学校は高等学校で、俺たちが卒業してちょっとして中等学校にクラスダウンされたのだが。
「でもなオオイ、あたしは一度だってあのサカザキのお説教から逃げたことはなかったぜ? 毎回真正面から挑んだんだ!」
「そして毎回撃沈してたのか」
「うぐ……」
こいつと教頭――かつての生徒指導・サカザキ先生との相性は最悪に近い。
生徒だった当時は、顔を合わせれば毎度のようにお説教が始まっていたし、サトウはそれに毎度のように食って掛かっていた。
指導室に呼ばれた時なんかはその所為でお説教が長引き、帰りの時間が遅れ、帰宅限度時間が迫ってタイムオーバーで解放されるころにはぐったりとしたまま、なんとかヨレヨレと帰る羽目になったりするのだ。
「大体あのおっさん話が長すぎるんだよ……毎度毎度クドクドクドクド同じ事ばっかいいやがってよー」
「まあ、そういう所あるなあの人は」
俺も何度かはそういう方向で世話になった事があるので、サトウの気持ちはある程度解る。
とにかく、聞いていてしんどいのだ。
話している内容は俺達のことをちゃんと想ってくれているのか、真面目に聞いていれば本当に為になる事ばかり言っている。
だが、どんな説法もつまらない聞かせ方をしては耳に残らないのだ。
そういう意味では「こういう怒り方はしないようにしよう」という反面教師としては役立ったのだが。
「……あ、サクラだ」
そうしてそろそろ別の方向に話を捻じ曲げるか、と思考しようとしていたところで、通りがかった中庭をサトウが見て、声をあげた。
「うん? ああ、そういえばもうそんな時間か」
時計を確認しながら、『いつもサクラが来る時間』を思い出す。
大体いつもこの位に時間に来て、紅茶を飲んでまったりするのがあいつの日課らしい。
今日もまた、という事なのだろうが。
「おーおー、男子がサクラに距離つめようとしてる。あれは同じクラスのカガワかー、いやーあまじょっぱいなー」
中庭を通り過ぎる。
にやにやとあまりよろしくない笑顔だったサトウは、視線を空に向けながらポソリ、呟く。
「やっぱあれかな? 邪魔者がいない隙にって事なんかねぇ? いつもだとナチバラが傍にいるし話しかけ難いだろうしなあ」
「知るかそんなの……ていうか、生徒の恋愛事情にまで首突っ込むなよ。好奇心でも趣味が悪いぞ?」
「えー、そんな事一々気にすんなよー。あたしは教師であると同時に女だぜ?」
こんな時ばかり殊更に女を主張する。卑怯な奴だった。
「せめてそこは教師である事を前面に出せよ。『女である前に教師だ』位言えっての」
「無理無理。お前だってサクラみたいに可愛い女子が前に立ったらエロい事のひとつも考えちまうだろ?」
「考えてたらもれなくデリートされてるな」
「あー……そりゃそうだよなあ。すまん」
他の職の奴は知らんが、教職にあって中等学生以下の子に邪な感情を抱いたら即刻デリートものである。
俺は違うから気にはならないが、考えただけでアウトな辺り、ロリコンの奴には辛い世の中だろう。
とっくに絶滅してるかもしれないが。
-Tips-
ミスウメガハラグランプリ(イベント)
『我が校一の美少女を決めよう』というスローガンを元に、毎年三学期中盤に男子生徒を対象に集計を取っている企画。
中等部一年~三年の女子生徒の中から毎年トップの生徒を決め、上位三名には記念品として粗品(特製ボールペンなど)が授与される。
三年連続で上位三位までに受賞した生徒には『名誉美少女』として殿堂入りする事になっているが、企画初年度から現在に至るまで殿堂入りを果たしたのは一名だけである。
その歴史は非常に古く、かつて高等学校だった時代から行われており、その審査は校内上層部の教師陣の厳正なる監視体制の下で行われている。
そのほか別枠として『我が校一の美女を決めよう』というスローガンの下女教師や準職員らを対象にしたアダルト版も存在している。
尚、受賞者含め女子生徒及び女教師からの当グランプリに対しての視線は総じて「冷ややか」の一言で、男子生徒及び企画サイドの教師間でのみ白熱しているイベントの為、注意が必要である。
※本年度の受賞者※
ミスウメガハラ 三年F組 サクラ ミルフィーユ
次賞(二位) 三年H組 オガワラ ヒョウカ
準賞(三位) 三年F組 ナチバラ イズミ




