#9-3.超広域奇跡『ホーリーベル(特大)』
「やはり、このような事態になるようなら、私も同行したほうが良かったのでは――」
「うーん、どうだろうねえ。私は多分、これ以上人を回しても結果は――あっ」
教会に到着すると、入り口にはミゼルと、何故かプリエラの姿が。
心配そうに何やら話していたようだが、すぐに俺達に気付く。
「――ドクさんっ!」
「うぉっ」
そして当たり前のように満面の笑みで俺に抱きついてくるプリエラ。
「それに一浪君も! よかったー、中々帰ってこないし、大変な事になってるんじゃって心配してたんだよー!」
犬だ。完全に駄犬モードだこいつ。
尻尾ついてたら絶対ブンブン振り回してるに違いない。
「……っ」
そして、ドロシーの俺を見る眼がものすごく鋭い。視線で殺されそうだ。
こちらはリアルで尻尾をつけてるが、その黒い尻尾がばたばたと左右に忙しなく揺れているのが見えた。
「えへへー、無事なのが嬉しくてつい抱きついちゃったよー。それより皆大丈夫? 怪我とかない?」
ものすごくいい笑顔で顔を上げてくるのはかなり可愛く思えてしまうので反則だと思う。
一瞬何の為に教会にきたのか忘れそうになってしまったほどだ。
「怪我は、まあ……ドロシーがいたからな。それよりミゼル。ここにいる全員に除霊と、毒・病気の治癒を頼みたいんだが……急ぎでな」
とりあえずプリエラはそのままにしておいて、奥でじ、と俺達を見ていたミゼルに頼む事にする。
リーシア近辺では唯一、単独で瞬間的に除霊ができるハイプリエステス。
ここにきた理由の、その一つだ。
「解りました。ではこの場で――」
状況は察してくれたのか、特に問い詰めたり等はせず、すぐにその場で手を組み始める。
『我らが女神よ。どうかこの者達に清浄なる空気を。清浄なる世界を。清浄なる運命を――ヘヴンズレイ!!』
ミゼルのお祈りの言葉と共に、瞬時に奇跡が展開され始める。
それは天上の癒し。教会のステンドグラスから溢れる温かな光が、俺達の体へと降り注ぎ、身の邪なる穢れを払い流してくれる。
「うわ……わわ」
「ほう、これはなんとも……心地よいな」
マジシャンズも最初こそ驚いていたが、その光の優しさに、うっとりとしたような顔をしていた。
「――はい。これで貴方がたの身に降りかかった邪悪な呪いや病、毒の類は消え去ったはずです。どうかこれからも、女神への祈りを欠かす事がありませんように……」
やがてその光は消え去り、ミゼルのありがたいお言葉によって締められる。
「ありがとうなミゼル。何せレイスやなんかと戦ってたもんでな。なんかあったらと怖かったんだ」
「ええ……勿論、何が起きたかは説明してもらえるのでしょうね?」
ミゼルとしても、何かしら知っているのか、説明を求めているらしかった。
「ああ、それに関しては俺がする。他の奴は帰しても良いだろ?」
「ドクさんが全部説明できるのでしたら――説明にそう何人もいられても、こちらとしても困ってしまいますし」
そもそもこの教会、多人数で一度に内緒話ができるような場所はほとんどない。
教会自体は広いが、密室となるような部屋は大体狭いものばかりだし、人目につかず人に聞かれず、となるとかなり限られてくるのだ。
全員を残す理由もないはずだった。
「んじゃ、そういう訳だから俺はここまでだ。またな」
他のやつらに手をあげ、ミゼルと二人、奥へと入ろうとした。したのだが――
「――すまねぇミゼルっ、緊急でこいつらに毒消しを頼む! ブラックドラゴンにやられたんだ!!」
――不意に現れた、いかつい強面のスキンヘッド。
そして、見るからに傷だらけな一団の乱入に、それどころではなくなった。
「カイゼル。お前――」
「おおドクさんか。悪いが話は後だ。ミゼル、忙しいところ悪いがちょいと頼むぜ!!」
何が起きたのか聞こうとしたが、こいつらもそれどころではないらしく。
カイゼルは必死な様子でミゼルの手を掴んでメンバーらの前へと引っ張る。
「――ブラックドラゴンの、毒と言うと――」
顔面蒼白なまま意識もなく倒れこんだままのメンバーを前に、ミゼルはすぐに思い返し、背を向け、奥へと歩き出す。
「お、おいっ、どこに行くんだよ!?」
カイゼルはでかい声をあげて必死にとどめようとする。
まあ、カイゼルの気持ちも解らないでもない。
助けたい仲間がいるのに、それを無視しているように見えれば怒鳴りたくもなるだろう。
だが、そうではないのだ。
「――お退きなさい! ブラックドラゴンの毒は奇跡でも容易に取り除けぬ混合毒です。鐘を鳴らしに行きます」
くわ、と、珍しく目を見開いて強い口調でカイゼルを窘める。
ミゼルとしても焦る位にはヤバい状況なのだ。それ位は解っているつもりなのだ。
「あ……す、すまん」
カイゼルもその意図に気付いてか、言葉少なくすぐに退く。
早足で向かうミゼルの邪魔をする者は、もういなかった。
「まあ、大丈夫だよー。すぐに良くなるから」
心配げに仲間たちを見ているカイゼルに、プリエラがぽん、と肩に手を置く。
「う、うむ……いや、それはそうなんだが。こいつらが苦しんでるのを見てると、俺まで苦しくなっちまってどうもいけねぇ」
辛いのだろう。いつだったか、こいつはギルドのメンバーを『俺の息子や娘みたいなもの』と言っていた。
俺は子供なんて持ったことがないから解らないが、ギルドメンバーが、仲間と思った奴らが傷つくのは見ていて辛い、というのは良く分かる。
「待ってろよお前ら――すぐによくなるからな! 持ちこたえろよ、死ぬんじゃねぇぞ!!」
カイゼルの言葉が、その重さが、心に強く響いていた。
ほどなく、教会の外から鈍く、それでいて大きな鐘の音が鳴り響く。
「鐘だ……」
一浪が呟くと、皆、何かがいるでもない上へと視線を向けていた。
『この鐘の音を聞く者に女神の祝福を。ホーリー……ベル!!』
叫び声にも近いそのでかい声が聞こえた直後、あわせるようにゴゥン、と、鐘が鳴り響く。
これは超広範囲に対して無差別に女神の祝福を降り注ぐ奇跡『ホーリーベル』。
鐘がでかければでかいほどに、その鐘の音に近ければ近いほどに受けられる奇跡の効力が変わるという、変わった奇跡だ。
だが、その効果は絶大で、聞いているだけで身体能力ブーストがかかり、傷や毒、病気などが癒され、呪いも浄化される。
アンデッドや霊種族、悪魔などに対してはその音の範囲内に近寄っただけで浄化させるほどの威力があった。
本来は手持ち式の、楽器として使うようなハンドベルを鳴らして使うものなのだが、今回は効力を優先して教会の鐘を鳴らしたのだろう。
ブラックドラゴンの毒は、それだけ厄介なものと言える。
「う、う……」
それまで意識を失っていた奴らが、一人、また一人と、意識を取り戻してゆく。
顔色もさっきまでより格段によくなっていく。
鐘の音はまだ鳴り続けているが、その度にキラキラと、温かなしずくが振りかかり、その身を癒しているようだった。
「お、おおお……大丈夫かジタン! イツキ! エレメオラ! ましろも!!」
「あ、あれ……マス、ター?」
「俺、ブラックドラゴンのブレスで――」
「てっきり死んだかと思ってたのに、あれ? 夢だった……?」
「なんか、生きてる、みたいだな……?」
起き上がり、不思議そうに口々に呟くのを見て、カイゼルは涙を流していた。
「ああ、よかった――お前ぇら! 生きてるんだぞ! ミルクいちご同盟十五名! 全員無事、あの地獄から生還したんだ!!」
頬を濡らすのも構わずに涙を流し続け、カイゼルはギルドメンバー達の前に立ち、声を張り上げた。
「おぉぉぉぉっ」
「やったぜ、俺達、生きて帰ったんだ!!」
「だ、誰も死んでないんですね……」
「ああ、良かった。一時はどうなるかと思ったぜ」
「よかったわねんマスター!」
何があったのか解らんが、ミルクいちご同盟、テンション高すぎだ。
「――嬉しいのはわかりますが、教会で騒ぐのはやめてくださいな!」
そして歓喜のムードは、戻ってきたミゼルの当たり前すぎる一言で沈静化された。
-Tips-
グラディエーター(職業)
戦士系上位職の一つ。通称『グラ』『褌』。
デュエリスト系列の前衛職で、1:1での戦いを得意とする。
デュエリスト時代と異なり範囲攻撃スキルを獲得しており、複数相手でもある程度渡り合えるようになっている。
外見を示すカラーは上半身軽鎧や胸当て、下半身はショートパンツやスカートなどに褌を締めている。
これに関しては性別の差はなく、これが為『褌』呼ばわりである。
スキル性能は全体的に高く、大声を発する事で広範囲の敵の能力を減衰させる『ハウリング』、
斧やハンマーを大回転させたまま敵の群れへと突入する範囲攻撃『ハンマーカーニバル』、
剣が壊れるほどの剛力で以って敵に大ダメージを与えるボス戦向きのスキル『サクリファイスソード』など、多芸なのはそのままに使い勝手が向上している。




