#8-1.千年ネズミを倒せ!!
ネズミの群れを蹴散らしながらの強行軍。
そこかしこに白い何かが転がっていて、それを蹴飛ばしながら、かすかに残ったかがり火を頼りに、村の南へと走り抜ける。
足の遅い村人たちをなんとか守りながら。
恐慌状態に陥りそうなルーキーらをなんとか押しとどめながら。
それでいて、馬鹿みたいにでかい声をあげながら、俺と一浪は交互に前に出て、手に負えない量のネズミの群れが出たら、アイテムをぶん投げていく。
「はっ……はっ……ドクさんっ」
すれ違いざま、一浪が俺の顔を見る。
残り、互いに一つずつだろうか。
宿屋からは大分離れたとは思うが、それでもまだ抜け出せた感じがしない。
もう村というよりはほとんど森の中なのだが、中々終わらないらしい。
速度を緩めながら、周囲を注意深く窺う。
ネズミの鳴き声、何かをかじるような音はまだ森のいたるところから聞こえるが、幸い、ネズミ達はそれに夢中になっているのか、俺達の前にはほとんど姿を現さない。
たまに俺達の前に出てきても、気にもせず森の中に引っ込んでしまう。
――峠は、越えられたのか。
とりあえず、状況の確認の為、一旦足を止める事にした。
「全員居るか? 追いついてない奴、いないよな?」
一応後ろに回ったときに脱落者が出ないようにフォローしていたのだが、後ろに続いていた全員の顔を見やる。
皆そろそろと近くにいる奴の顔を見て確認し、小さく頷く。
――どうやら、今のところ全員無事らしい。良かった。
「お二人とも、今のうちにヒーリングをかけますから、じっとしていてくださいな」
「お、お手伝いします」
「俺も」
ドロシーが前に出てくると、ヒーラー達も俺達に向けてヒーリングをかけてくれる。
腕や足なんかはネズミ達に噛まれまくってたので、これは結構ありがたかった。
回復アイテムはある程度持ってるが、緊急時に使うようなものをこの位の傷で使うのは避けたかったのもある。
「ありがとな! これでがんばれるぜ!」
一浪もあがっていた息を整え終わったのか、女の子のヒーラーにキリッとした顔を見せていた。元気というか現金な奴だ。
「ドロシー、試しに転送陣、使えるか試してくれ」
「解りました――少々お待ちを」
ここまで離れればもしや、と思い、ドロシーに依頼する。
これで脱出できればベストなのだが……ドロシーの杖によって地面に描かれた円形は、トン、と杖先でスイッチを入れられてもピクリともしなかった。
「……ダメみたいですね」
眉を下げながらの言葉に、その場の全員がため息を吐く。
「もう少し歩くか――」
俺も疲れが増した気になったが、だからとへこたれても仕方ない。
とりあえず、少しでも村から離れれば――そう思って歩き出した、その時だった。
「――ぐえっ!?」
ばちこん、と、何もない空間に顔面を打ち付ける。
不意打ち気味に喰らった謎のショックに、つい尻餅をついてしまう。
「何やってんだドクさん?」
何事か解らずに驚いていると、後ろから一浪の声が聞こえてきた。
「いや、なんか……歩こうとしたらいきなり顔に衝撃がだな……」
立ち上がり、先ほど顔に何かがぶち当たった辺りに手を向ける。
ぺちり、手の平に当たる硬い感触。
「パントマイムですか?」
茜の天然気味なボケにちょっとコケそうになるが、気を取り直し。
「……壁みたいなのがあるぞ。透明で見えないようになってるみたいだが」
「壁ですか?」
ドロシーも前に出てきて、俺の顔のあった辺りに杖を向ける。
コン、と、解り易く音が鳴り、みんなが「おお」と声をあげた。
「……ダメだなこりゃ。これ以上先は行けないみたいだ」
ちょっとばかし時間を掛けて調べてみたが、どうやら押しても叩いても魔法を浴びせてもこの『透明な壁』は壊せそうになかった。
イベントにたまにある『見えない閉鎖空間』みたいなものだろうか。
「よくイベントで見かける奴だとすると、何らか条件を満たさないと抜けられない可能性が高いね」
「そもそもここがイベントマップなのだとしたら、ここから先が作られてすらいないのかもしれないですねぇ」
一浪と茜が口々に意見を出してくれる。
俺も概ねそれに同意できる……のだが。できればしたくなかった。
「ここがイベントマップと仮定して、今の状況下で満たせばイベントが終わる条件……というと」
ため息混じりに周りを見回す。
皆、答えたくなさそうだった。俺だって答えたくない。直視したくない。
「……千年ネズミの撃破、しかなさそうですね」
その言い難いのを、ドロシーが答えてくれた。
俯きながら、少し辛そうに、だが。
「まあ、そうだよなあ」
よほど歪んだ条件をセットしていない限りは、これが妥当だろうと思えた。
「そんな……」
「だって、すごく強いんでしょう?」
「俺達で勝てるのか……?」
俺もだが、皆ぐんにゃりとしていた。
当然だ。戦ったら絶望的だと解ってる相手に勝たないとこの場所から抜け出せそうにないと言われれば、誰だってこんな顔をするに決まってる。
「……ちょっと作戦会議するか」
その場にどかりと座り込み、更なる長丁場を覚悟する事にした。
まず、正面から千年ネズミを倒す事は不可能に等しいのは解っている。
これに関しては満場一致だ。誰だって地下に押し寄せた灰色の波を見ればそんな気にもなる。
千年ネズミはあれよりもすごいのだから。
では搦め手しかない。どうすればいいか。
千年ネズミの位置は村でもあまり設置物のなかった北側だ。
大体俺がルーキーズと一緒になってザコモンスターを蹴散らしてた時と同じくらいの位置だと考えれば、そのあたりの地形は頭に納まっている。
そこで千年ネズミと戦うのは無謀。
せめて何らか遮蔽物がある場所までおびき寄せる必要があった。
「中央はちょっとネズミの数が多すぎるから、できればそこで戦うのは避けたいね」
まず、一浪の意見。
さっきまで俺たちがいた村の真ん中は、確かにようやく抜け出せたくらいの状況だったので、今から戻るのは極力避けたかった。
建物の中にいるネズミまで引き戻されたら、ただでさえ多いネズミが更に増えてしまう。それは避けたい。
「村の西側はあんまり敵を防げるようなものはなかったわね……」
「東は森が大部分で、家もまばらだからあんまり地形を利用できないかな……」
各々の方面に覚えのある奴が意見していくが、どれも芳しくない。
そうなると、消去法でひとつしかなくなってくる。
「……ここらにおびき寄せるしかないか」
この辺りで準備を整え、来た道を引き返して千年ネズミをトレイン。
そしてなんとか撃破する……という大筋が頭の中に流れ込んでくる。
「それしかなさそうですねぇ」
「暗くて解り難いかもだけど、ちょっと戻ったところに物見台があるんです。上手く利用すれば、そこで安全に敵の数を削れるかも?」
「我々の魔法の使いどころだな!」
「うーん……確かに遮蔽物が少ない上からなら有効に魔法が撃てますねぇ」
「大量の敵とはちあわせるって事考えると、物見台に村の人や後衛を避難させておいて守りに専念できるってのは強みかもしれんな」
「うむ、そう考えるとやはり、ここのほかないな」
口々に皆が意見する。こんな状況下でも皆絶望せずにいてくれるのは本当にありがたかった。
皆の意見を踏まえ、千年ネズミ対策として物見台の活用を検討する事になった。
来た道を引き返してみると、確かに少しそれた位置に三階建てくらいはある建物があった。
それも、襲撃を想定して各方面に建てていた様な木組みのものではなく、きちんとレンガ造りになっている本格的な物だ。
ネズミ返しもついてるし、何より上から攻撃できそうな平たい張りもある。
これなら、ネズミの襲撃もいくらかは耐えられそうだった。
「ここを拠点に守りながら、上から攻撃し続けて千年ネズミ本体を倒せれば御の字って所か」
最後の希望、と言うにはやや心許ないが、これでも何もないよりはずっとマシだろう。
問題は、俺達の攻撃が千年ネズミまで届くかどうかと、それまで持ちこたえられるかどうか、だが……
「上から攻撃する役は、マジシャン二人を中心に、遠距離攻撃が可能な奴ら全員……それから、下位職の奴らは全員、上から投石してくれ」
とりあえず全員で上がってみて、そこで会議する。
ここからの見晴らしは悪くない。暗いながらも、かがり火に近い場所にある灰色の山が見て取れた。
「俺達は正面から挑んじゃダメって事か……」
「仕方ないな、飲み込まれたら一瞬で骨にされそうだしな」
「上位の人らでやばいっていうんだから、仕方ないな」
直接戦闘に参加できないのが不服そうではあるが、ルーキーズも概ね了承はしてくれたらしい。
まあ、ここからだと良く見えるのだ。灰色の山が。
遠目に見てもそれがウゾウゾと蠢いているのが。それを見たら流石に……という感じだと思う。
「まるっきり戦力外扱いしてる訳じゃないぞ。投げた石のひとつでも当たれば、千年ネズミはそれで死ぬ事だってあるんだ。魔法か矢か投石か。何がとどめになるか解らんからな。手ごたえを感じられなくても腐らずに投げ続けて欲しい」
ここでやる気を出してもらえないと困るので、多少変な事を言っている気はするがとりあえず煽る。
実際問題、たかが投石とは言っても人数が多ければそれなりの威力にはなるのだ。
数が揃えば中級魔法位にはダメージソースになりうるので、ネズミにはかなり有効だ。
下手に下に置いてネズミの群れに丸呑みされて即死するよりは、ずっと活躍できるはずだった。
「まあ、アニキがそう言うのなら従うぜ」
「あんたの言う事なら間違ってる気がしないしな」
「任せてくれよドクのアニキ!!」
なんだかんだ、こいつらは俺の言葉を聞いてくれるらしかった。涙が出そうだ。鼻水もだが。
「よし……それじゃ、余裕がある奴は投げ入れる為に石を運んでてくれ。安全な南側でな。森に近づき過ぎないように気をつけてな」
まずは準備からだ。
石を運んで、それと同時進行でかがり火も増やす。
少しでも見落としがないように、この辺りを満遍なく照らして、状況を上からしっかり解るようにする。
とにかく手ごろなサイズの石を運び込み、力のある奴らで協力して土やその辺に転がってる木材で簡易バリケードも作っていく。
手の空いてる奴らには小さめの落とし穴を掘ってもらい、その中に矢を仕込んで罠にする。
物見台の周囲にも土を盛って補強。手先の器用な村人がいたのでこういった作業は割とスムーズに進んだ。
最悪を想定して枯れ枝なんかを拾えるだけ拾って、物見台の北側正面に撒いておく。
都合よく女性プレイヤーの何人かが香水や化粧油を持っていたので、着火の際にはこれも使わせてもらう。
簡易的だが、上手く扱えば炎の広がりを早めるくらいの役には立つだろう、と、期待を籠めて。
-Tips-
イベントマップ(概念)
『えむえむおー』世界においては、運営サイドの人員によって特殊な街や村、狩場マップなどの構築が行われる場合がある。
多くは各種イベントを行いつつ、それに参加しない一般プレイヤーに迷惑が及ばないようにするために構築されるため、そのイベントが終了すると共に参加者は追い出され、元の場所に戻る事になる。
このイベントマップにも設定によってモンスターが登場する事はあり、運営サイドの設定操作によって特殊なアイテムを持ったモンスターや、イベント限定モンスターなどが出現する事もある。
また、イベントマップに限らずともイベント時には運営サイドにより上記のモンスターなどが登場する事は多々ある。
尚、これらイベントマップの導入・実装は公式イベント『コーラル村襲撃』以降に行われるようになったものである。




