#4-1.魔法使いサクヤ
「一度ならず二度までもっ、お手数おかけしましたっ」
意識を取り戻したサクヤは、自分が助けられたのだと気づくや、俺達に向けて座ったまま深々と頭を下げていた。
「いや、そんな深く気にしなくて良いと思うよー? ドクさん達が勝手に助けただけだしー」
プリエラがにこにこ顔でサクヤに後ろから抱きつく。そして濡れた髪をハンカチで拭いていく。
「ひゃっ!?」
サクヤ仰天。一瞬目を見開くも、ぎゅーっと瞑ってプリエラにされるがままになっていた。
「マジシャンになったんだねー、おめでとーサクヤ! んぅー可愛い可愛いっ」
ぐぎゅう、と抱きしめ頬擦りまでしている。女子同士のコミュニケーションは過激であった。
「うぅ……ぷ、プリエラさん? なんか前に会った時と色々と違うような――」
「プリエラはかわいいものに目が無いからな」
「『かわいい』の基準が対人以外でかなりアレだから微妙だけどなー」
俺も一浪もその光景は見慣れていた。主に狩場で。
「か、かわ……?」
「それはそうとサクヤ! 今までどうしてたの? どこかのギルドとか入った?」
かわいいもの扱いされている自分に混乱しそうになっていたサクヤだが、プリエラの矢継ぎ早の質問は続く。
「魔法ってどんなの覚えた? もう『白夜の平原』には行ってみた? 上位職はどんなの目指してるの?」
「え、あ、あの……はぅ」
そしてサクヤは問い詰められると弱い子らしかった。
「落ち着けわんこ」
「わうんっ!?」
見かねて軽くプリエラの頭を小突いて黙らせる。
「もーっ、ドクさん駄目だよ女の子の頭叩いちゃっ!」
抗議めいた涙目で見上げてくる。とても愛らしい駄犬であった。
「すまん。そこに叩きやすそうな頭があったからつい」
「どんな理由だよっ」
「まあそう言うな。世界広しと言えど俺が頭を叩く女の子はお前くらいだ」
「嬉しくないよ? 微塵も嬉しくないよ!?」
実に反抗的な犬だった。
「今更だけど、俺一浪って言うんだ。よろしくなサクヤ」
俺とプリエラが言い合いをしている間に一浪がサクヤの正面に座っていた。
白い歯を見せにこやかぁに笑いかけている。変に爽やかなのが笑えた。
「あ、はいっ、あの、初めまして……」
「話はプリエラ達から聞いてるよ。まさかウサギと相討ちしてたとは思わなかったが」
「お恥ずかしい限りで……あのウサギ、あんなに強かったんですね。今まで挑まなくてよかったです」
ぽりぽりと頬を掻きながら、照れくさそうに笑うサクヤ。
しかし、どうやら何か勘違いしているらしいので教えてやることにする。
「いや、あのウサギ初心者でも殴れば1、2発で死ぬほど弱いんだけどな」
「えぇっ!?」
「ドクさんの言うとおりなんだよな。多分違う属性の魔法で撃てば一発で倒せたと思うけど」
マジックラビットは攻撃の射程に入るまでが初心者にとって厳しいだけで、当ててしまいさえすればむしろ他の序盤のモンスターより脆い。
マジシャンのような中射程攻撃が可能な職なら容易に狩ることができ、序盤としては食料とその他運次第でレアドロップも望める金銭効率の良いモンスターなので、対処法さえ間違えなければむしろ格好の獲物となるはずだった。
「そんな……どれだけ魔法当てても倒れないし、てっきり森のボスか何かかと……あんまり見ませんでしたし」
真実を知って愕然としてしまうサクヤ。
俺達もまあ、覚えが全くないわけではないので一様に苦笑いしていたが。
「属性の相性ってもんを覚えとくと良いぜ。サクヤはウォーターボール以外には破壊魔法覚えてないのか?」
とりあえず、これから生き抜くためには知識も必要だろうと、話を進めていく。
「はい。色んな魔法を覚えるよりは、一つの属性を重視した方が強みがあると思って……」
初心者魔法使いが陥りやすい罠に見事に嵌っていた。
「まあ、得手不得手もあるから一概には言えんが……一つの属性特化よりは、二つ三つ平行して覚えていった方が潰しが利くんだよな。モンスターにも弱点属性とか無効化属性とかあるから、効かない敵にどれだけ魔法撃ってもさっきみたいに不毛な消耗戦強いられる羽目になったりする」
ウサギだったからまだ強引にメンタルキルに持ち込めたが、精神面でも格が高くなってくる初級者向けの狩場の敵なんかだとこうはいかないだろうとも思えた。
知らないのは罪でも何でもないが、二度も助けて三度目にまた倒れてるようだと流石にあれなので、この際にきっちり教えておくのも必要なのかもしれない。
「それと、サクヤは魔法を正面から浴びてたが、基本敵の魔法はかわすようにした方が効率が良い。あのウサギの場合なら、その場でぴょんぴょんジャンプするのを見たと思うが」
「あ、はい。結構頻繁に跳んでましたね」
「あれがあのウサギが魔法を撃つ『前振り』だ。あれをやるとすぐ後に魔法を撃ってくる。使ってるなら解るかも知れんが、ウォーターボールは基本エイムした後は直線にしか飛ばん魔法だから、ウサギがジャンプし始めたあたりで横に移動すれば簡単にかわせたりする」
速度そのものはそこそこなので撃たれてからだと反応が間に合わないことが多い。
だが、対単体用の魔法はその特性上、動く目標を狙うには不向きな事がままあり、直線的に飛んでくる魔法は『飛んでくること』が解ってさえいれば回避も容易なのだ。
これを知っているといないとでは、魔法の対処法も大分変わってくる。
「相手の行動を良く見ろって事ですか……?」
濡れた服のままきょとんとしていたサクヤだが、どうやら要点は解ってくれたらしい。
「まあ、そういう事だな。敵の動きを良く見てれば、段々と相手がどういうタイミングで攻撃してくるかが解るようになる。同時に、どういう時に攻撃すべきかも読めるようになるんだ」
タイミングの見極めはどの職においても重要だった。
ごり押しが通じるのは格下相手だけ。これすごく大事。
「あの森のモンスターはプレイヤーを殺すまで攻撃してくる事はほぼないからな。何度も試行錯誤して経験を積んで、自分のやりやすいように戦術を考えるのも大切だな」
「あ、大学でも同じ事言われました。『まずは戦闘経験を積むのが大切だ』って」
「どこでも言われるんだねー。教会でも言われたよ」
「剣術道場でも言われたな」
各々所属した組織によって教育課程は違うものの、序盤に習う事はそう大差ないらしかった。
「勉強になりました。これでなんとかウサギも倒せそうで――ちゅんっ」
びくん、と身体を震わせ、可愛らしいくしゃみ。
「……寒い?」
気温は高めだから大丈夫かと思ったが、やはり濡れたままにしたのはちょっと不味かったかもしれない。
「あ、だ、大丈夫です。その、ちょっと服が濡れたままだったから……」
「よし、お風呂入ろうっ」
「ふぇっ!?」
後ろからがしりとサクヤを抱きしめたまま立ち上がるプリエラ。
かわいいものが関わってくると途端に怪力になるから怖い。プリエラ怖い。
「まあ、風邪でもひいたら悪いしな。プリエラ頼んだ」
「悪戯すんなよー」
「しないよっ!! ドクさんじゃあるまいしっ」
失礼なっ、と、プリプリしながらサクヤを引きずっていくプリエラを、俺達はのんきに見送っていた。
-Tips-
属性(概念)
ゲーム世界『えむえむおー』内部に存在する概念。
主には下記のように二つある。
・被属性:生物、防具や防御魔法が持っている属性。
各種耐性や属性攻撃時の属性との相性がこの影響を強く受ける。
・与属性:武器や破壊魔法が持っている属性。
武器や破壊魔法の場合はこれと対象の被属性との相性によって与えるダメージ・破壊力に影響が発生する。
属性には主なものとして基本の四大属性『地』『水』『火』『風』が、
より上位の属性『物理』『無』『闇』『光』『音』『雷』『空間』が、
また希少属性として『魔法』『鏡』『時』『生命』『完全なる無』が存在する。
プレイヤーの被属性は基本的に無属性で固定だが、装備や状態によってこれらが変化する事もある。