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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
17章.ネトゲの中のリアル(三人称視点)

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#7-3.白衣を着ると狂科学者にしか見えない男


 リーシア北西・聖堂教会にて。

襲撃イベント開始から早々にモンスターが出現・襲撃を受けていたこの地域は、比較的プレイヤーの数も居た為、聖堂教会とアルケミスト・ギルドという、双極に分かれた地区での籠城戦が展開されていた。

同じ北側でも東に位置するアルケミスト・ギルドは聖堂教会からは遠く、比較的戦士ギルドや剣士ギルドなどが近い為そちらのプレイヤーが避難していたが、この聖堂教会では、メイジ大学やガード待機所などに控えていたプレイヤーの多くが逃げ込んでいた。


 アルケミスト・ギルドが攻撃に晒されていた一方、聖堂教会はというと、こちらは早々にミゼルが聖域指定の奇跡を展開したため、モンスター軍は取り囲みこそすれ、攻め入る事が出来ずにいた。

攻めあぐねた魔物たちがうめき声やら悔し紛れの罵声やらを浴びせる中、聖堂の内部では、避難した者達が不安そうに、聖域の外を見つめていた。



「いやはや、ここが聖域指定されていてよかった! おかげで大学から落ち延びた者達が逃げ込む事が出来たのだからな! これも女神様の思し召しとやらだろうか? 祈らずにはいられんよ」


 聖堂の中、女神像に祈るようなポーズを取りながらも、ハイテンションなアークメイジが一人。

メイジ大学学長に返り咲いたハイアットであった。

傍らに控えるミゼルは「相変わらずな方だわ」と、苦笑いを浮かべていた。


「ハイアットさん。貴方をはじめとして、大学には腕利きの魔法使いが何人もいたはずですが……」

「さしもの我々も、建物の内部に突然魔物が湧き始めてはどうにもならなかった。解ってはいると思うが、近づかれてはどうにもならぬ者が多いからな……まして守りながらの戦いとなると」


 祈りの姿勢を解きながら、ちらり、聖堂の奥を見やる。

その先には、浅い傷をここの聖職者たちに処置してもらっている学生たちが居た。

姿こそ見えないが嗚咽らしきものも聞こえ、その有様の悲惨さを物語っていた。


「まだ未熟な下位職の方も、多くが犠牲になったと……」

「ああ。イベントだから死んではいないのかもしれんが、何にしても趣味が悪すぎる。生き延びた者達も、目の前で人が死んだのを見てトラウマになったかもしれぬ。全く、運営サイドはロクな事をしない」


 困ったものだ、と、ズレた眼鏡を指先で直しながらに、近くの長椅子に腰かける。

ミゼルもそれに合わせ隣に腰かけ、話は続く。


「――巨大なブラックドラゴンだった。応戦しようと思ったが、どのような魔法も効かぬ。ブレスを放たれなんとか一撃は防いだが……二度目の予兆を感じ、これは無理だと判断してな」

「ブレスを……魔法で防げるのですか? あれは」

「あれは古代魔法の一種だから、私の『ディスペルベルン』ならば無効化できるのだ。最も、連射はできないものだから、二連続と来た時には対応が出来なくてな」

「それで、逃げざるを得なかったと……」

「逃げ損ねた者が多かった。もっと早くに逃げられればよかったのだが、退避ルートが確保できなくてな。司書の娘が全て覚悟の上で自爆して、ようやく道が切り開けた程でな」

「痛ましいですわね……」

「全くだ……もしこれがイベントなどでなく本当に死んでそのままだったなら、私はこれだけで闇か悪かに落ちてしまいそうだ」


 腹立たしいことこの上なしと、ハイアットは握りしめた拳を緩められず、その怒りの深さがミゼルにもありありと伝わった。

彼にしてみれば、大学の生徒たちは全員が大切な愛弟子のようなもの。

一度は自身の存在が忘れられたとはいえ、それでも彼にとって、あの大学に学びに来る者は全て愛すべき存在なのだ。

それを、無残に食い散らかされた。

普段陽気な彼の、珍しい怒りの表情であった。


「憎悪に取り込まれてはいけませんわ。運営サイドが何を考えているのかは解りませんが……なんとなく、私たちを誘導しようとしているように感じられます」

「誘導……?」

「運営サイドに……いいえ、もっと大元の、例えば公社に対しての怒りや憎悪などを煽っているように……」

「……公社、公社か。なるほどな。何故そんな事を考えているのかは解らんが、そう考えるとなるほど頷けるかもしれん」


 理不尽この上なかったイベントも、ミゼルの言葉一つで得心が行くように感じられ、ひとまずは怒りが奥へと引っ込む。

全てが理不尽なのは、そもそもそれをプレイヤー達に感じさせるためなのではないか。

敢えて、そう感じさせるためにやっているのではないかと、ハイアットは考え至ったのだ。


「悪趣味な話だ。とてもあのゲームマスターの考えた事とは思えぬ……」

「だとしたら、それとは無関係の誰かが、ゲームマスターを動かしているのかもしれませんね」

「ゲームマスター以外の、ゲームマスターを操り得る誰かが、か。しかし、そんな存在には皆目見当も……」

「そうですね。私にも……でも、私も、ゲームマスターが今、そんな事をするメリットがある様には思えませんでしたから」


 ハイアットにもゲームマスターと関わっていた時期の記憶は残っていたが、ミゼルはミゼルで、先代マスターとの関係の中から、ゲームマスターという存在についての話を幾度も聞かされ、そして確信を持っていた。

――少なくとも今のリーシア側のイベントは、ゲームマスターの所業ではない。と。

それでいてゲームマスター並かそれ以上に力のある存在が、このゲームに介入しているのだと、そう思っていた。


「貴方は聡明な女性の様だ。話を聞けば聞くほど、ずっと抱いていた疑問が解決されてしまう気がしてならん」

「いえ、そんな……私はただ、先代から色々と聞かされていただけですから」

「先代……先代か。あの方は我々の中ではあまり目立つ方ではなかったが、だが、確かにギルドマスター達の中では最も見識深い、そして思慮深い方だったと覚えている」

「覚えてらっしゃるのですか?」

「ああ……とても美しい女性だった。そして、何者にも近寄りがたい、高嶺の花のような気高さがあったようにも思える」


 かみしめるように懐かしみながら、ほう、と小さくため息をつき、やがてまた口を開く。


「そんな方がこの聖堂におわしたのだ。ただそこにいるだけで息を呑むかのようで、ただここにいるだけで、どうしようもなく安心できてしまった」

「私も」

「ん?」

「私も、そう思っていました。そして、そんな方のお傍にずっと居たくて、ずっとお話を聞いていたくて、ここに入り浸っていました」


 今では私もマスターですが、と、はにかみながらも。

昔の事を思い出しながら、ミゼルは女神像を眺める。


「最初はあの女神像を見て、心を奪われました」

「レゼボアにはないものだ」

「そうなのです。レゼボアに居ては決して見る事の出来ない、宗教的シンボル。その荘厳な雰囲気に、その美しさに、ただただ言葉を奪われ、心を取り込まれてしまったのです」


 それは、彼女の、聖職者としてのルーツだった。

彼女にとって何より大切な、今に至る道の、その最初の一歩。

それこそが、この聖堂での『宗教との出会い』だったのだ。


「あの方のお話を聞いているのが楽しくて。もっともっと、あの優しい笑顔を見たくて。だけれど、いつもあの方の傍には先客がいて、その人に嫉妬してしまった事もあったのですが」

「ほう。そんな人がな」

「ですが、仕方ないのです。先代にとっても、その方は特別な存在のようですから。悔しいですが、私は女性ですからね」

「異性だったなら、対抗するつもりだった?」

「……どうでしょう。私にとっての先代への感情はあくまで憧れや、優しさへの依存のようにも思えますが。もし私が男性だったなら、この気持ちは恋に変化したのでしょうか……?」

「一概に無いとも言えないと思うが。だが、恋愛に関しては流石に門外漢だな」


 あらゆる魔法に精通するこのゲームきっての大魔法使いでも、人の心の中は知らぬことばかりであった。

だが、だからこそ楽しいのだとばかりに、ハイアットは口元を緩める。


「しかし、あの高嶺の花を堕とす色男か。果たしてどんな蛇やら悪魔やら」

「確かに堕落もしていましたし、生臭がお好きな、信仰心とはかけ離れた方でしたわ」

「あれほどの聖女が、そのような男に……いや、そのような者だからこそか。だが、そうは言ってもただ生臭なだけではあるまい?」

「ふふ……どうでしょうね? 人を引き付ける魅力はあるかも知れませんが」


 敢えてハイアットが知るはずのその名を告げず、可笑しそうにミゼルは口元を袖で隠す。

そんな態度に、ハイアットも「私の知り合いの誰ぞかな?」と思い馳せるが、その答えが出るより前に、状況は変わろうとしていた。


「……はて、表が静かになったな」


 不意に、聖域の周りを取り囲む魔物たちの声が、聞こえなくなったのだ。

気配はまだする。濃密な魔の気配。

それはハイアットだけでなく、ミゼルも勿論感じ取っていたが、同時にその中に若干の揺れ(・・)のような者も覚えていた。


「何でしょうか……?」

「解らんな。見てみるか」


 両者、首を傾げながらに立ち上がり、歩き出す。

聖堂の扉を開けば、ざわざわと聖職者や避難した者達が、聖域の外を眺めていた。


「何かあったのですか?」


 近くに立っていたプリエステスにミゼルが声をかけると、「あっ」と小さな声を上げながら、聖域の外を指さす。


「それが、外のモンスター達がちょっと変なんです」

「変……?」

「変とはどういう?」

「その……なんと説明したものやら。見ていれば解ると思うのですが」


 なんともはっきりしない、要領の得ない説明に互いに顔を見合わせ、二人も聖域の外に目を向けた。

見た感じ、モンスターの数が減った様子はない。

あいも変わらずモンスターの壁。そうそう突破できそうにない分厚い層が、そこにはあった。


『あっ、あああああっ! なんか知らないがっ、なんかっ、なんか――んんんぅぅぅぅぅぅはっぴぃぃィィィィ!!』

『ぐぁぁぁっ、なんなのだこれはっ! なんなんだこのうちから湧き上がる幸せな気持ちはぁぁぁっ!?』

『ぶひぃぃっ、ぶひひぃぃぃぃぃっ! ブルルルルぁッ♪』

『訳わかんないよぉ! だけど楽しくて楽しくて仕方ないっ、なんでこんなにっ、なんでこんなに楽しいのっ!? 誰か教えてっ! なんで私笑っちゃってるのぉ!?』


 モンスター達が、見た事もない様なスマイルを見せていた。

とても愉しそうに手足をばたつかせながら興奮気味に笑う者。

腹を抱え苦しそうに笑い転げる者。

呆けたように身を震わせ、多幸感に身動きが取れなくなる者。

ひたすらハイテンションに絶叫し続ける者もいた。

いずれもが、笑っている。


「え……何ですか、あれは?」

「解らん……解らんが、楽しそうだな」


 意味が解らなかった。意味が解らないが、だが、モンスター達は楽しそうだった。

ハイアットのみならず、ミゼルもそれには頷くが。

だが、なんでそうなったのかが分からない。


「なんか、突然モンスター達の後ろの方から笑い声が聞こえ始めて。何か企んでるのかと思ってたんですけど、だんだんと前列の方まで笑い声が聞こえてきて、今ではこんな感じに……」

「何かやったのですか?」

「いえ、何も……私達も奇跡は使えなくなってますし。わざわざあのモンスターの群れに何かしようっていう人はそうそういないかと……」

「つまり、あの向こう側に……」


 笑い続けるモンスター達は、ハイアット達の存在には最早何の興味も抱いていない様だった。

ただただ、内から湧き上がる幸福感に戸惑いながら、にやけてしまう口元を隠せずにいる。

手に持っていた武器や防具も握っていられず、戦いどころではないといった様子で。


 そうして、そんなモンスターの間をすり抜け、冒険者が一人、姿を現す。


「……ドクさん?」

「まさか、これは彼が……?」


 予想外の人物だった。

このような訳の分からない状況、「あるいはパニックストームか何かか?」とハイアットは考えたが、そんな中現れたドクに、驚きを隠せない。


「なんだか、いつもと違うような……」

「ああ、何やら変わった格好をしているな?」


 ミゼル達に気づき、「よう」と、いつものように片手を上げながら近づいてくるその姿。

それは彼らの見知ったドクの姿ではなく、そしてゲーム世界的にもいささか不似合いな、『変な格好』としかいいようのないものだった。


-Tips-

お医者様のカルテボード(武器)

ドクターオリジナルの武器。

非常に頑強な『エントオーク』製の木材を自力で削って作成したカルテボードで、これ単体で打撃武器としても盾としても有用である。

武器として使う際には特に攻撃力の高い角の部分を利用するとクリティカルヒットになる。

また、暑い時などにこれを使って扇いだり、焚火の際に種火を維持するのに役立ったりする。


このようにとても有用な武器のようにも思えるが、実際にはショートソード以下のリーチで取り回しがしにくく、場合によっては素手よりも扱い難い為、武器としては今一な使用感となっている。


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