#2-1.その頃の東地区
ドク達が広場に向かおうとしていた頃。
リーシアの東にある転送広場では、既に激戦が繰り広げられていた。
「はぁっ、はぁっ……おりゃぁぁぁっ、フレッチャータックル!!」
『ビギィッ』
「よし、次……」
『治癒の雨よ、我が同胞を癒やせ――』
「この声……おいっ、敵の後方にデビルヒーラーが居るぞ!」
「マジかよ……うぐぉっ! こいつ、またっ――」
『シギャァァァァァァァッ!!!』
元々この広場は、転送NPCだけでなく倉庫NPCや露天商など、プレイヤーの役に立つタウンワーカーが集中して店を構える地域だった為、これを利用するプレイヤーが多かった。
この為、襲撃時のモンスターの奇襲にもある程度対応ができ、建物に囲まれた地形のおかげでなんとか防衛ができていたのだ。
だが、ここにいくらか、不味い事態が発生していた。
一つ目は、他の地域が制圧され始め、それまで以上に敵数が増えてきたこと。
味方の増援が全く期待できない中、敵の数ばかりが続々と増えていく恐怖に、広場に集まったプレイヤー達は絶望を覚え始める。
「あ……そ、そらっ! 空に何かいます!」
「えっ……あっ、が、ガーゴイル来るぞ!!」
「ひぃっ!?」
「転送屋さん狙われてるっ! 伏せろっ」
「きゃぁぁぁぁっ!!」
二つ目は、敵の飛行戦力が襲来し、非力なタウンワーカーが狙われ始めている事。
これにより、日ごろ戦闘と無縁なタウンワーカー達が攻撃の恐怖に晒され、軽いパニックに陥り始めていた。
正面と頭上からの双方からの攻撃への対処を余儀なくされ、当然ながらその負担は、冒険者たちにとって重い物となっていく。
『ギヒヒヒヒィッ』
「危ねぇっ――ぐわっ!」
《グシャッ》
肉の爆ぜる音と共に、転送屋を守ろうとしたガードの右肩が引きちぎられる。
その甲斐もあってか狙われた転送屋は無事だったが、ガードはその場で肩を抑えうずくまり、動けなくなってしまった。
「毒だっ、ガードさんが猛毒にやられてる! 解毒剤を!」
「これを使え! 最後の一個だ!!」
「ありがてぇ! さあ、使え」
「う……」
苦しみに腕を震わせながら、なんとか仲間から解毒剤を受け取り、飲み込む。
「ぶは……はあっ」
幸い解毒が間に合ったらしく、ガードの顔色はすぐに良くなったが……負傷はそのままである。
既に出血が激しく、戦闘の継続は難しいかと思われた。
「ぐ、お……折角拾った命だ。有効に、使わんとな」
「休んでろよ、その傷じゃ……」
「くたばったら、そこまでだろうが。この状況だ、戦える奴は、死ぬまで戦わんとな」
大丈夫だ、と、なんとか口元をひくつかせながら笑って見せ、左腕に盾をマウントする。
動かなくなった右腕はそのままだらりと垂れるに任せ、無理矢理に立ち上がって頭上を見上げた。
「ガーゴイルを、なんとかせんとな」
「解毒剤ももうない。回復アイテムも……」
「正面からの敵はまだ防げてるが、一向に数が減らん。速くガーゴイルを仕留めて、正面を手伝わんと」
既に正面の防衛戦力もガリガリと削られていた。
モンスターの質はそこまででもない。
範囲攻撃もほとんどこないので、まだ辛うじて維持できていた。
だが、今のままでは時間経過で摩耗した正面が突破されかねないのも、また後方にいる彼らには解っていたのだ。
「あ、あの……私達も何か、お手伝いを……」
「今のままじゃ皆死んじまう。何か、ワシたちにもやれることは……」
「頭上をよく見て敵の攻撃をかわす事に専念してくれ! 無理に戦わなくていい!」
「君達がいなかったら俺達だってどうなるか解らんからな! 最悪は転移で逃げてくれよ!!」
「転移してきた奴が居たら、倉庫を使わせてやってくれ! そのためにここを維持してるんだ!!」
この防衛戦、冒険者たちにとっても、非力なタウンワーカーの存在は邪魔でしかないはずだが、だからこそ、その存在は重要だった。
非力な彼らが傷つかないように戦う。
その縛りプレイにも似た目的意識は、本来バラバラだったはずの冒険者たちを堅く結びつけた。
これが崩れない限り、心折れる事はない。
それと同時に、「ここを守り続けなくては、転移や転送でここにきた他のプレイヤー達の安全を確保できない」という意識も、彼らにはあった。
未だ増援はないが、増援が来るとしたら、まず真っ先に来るのはここのはずなのだ。
この広場が陥落してしまえば、折角増援としてきたプレイヤー達まで出待ちで狩られてしまう。
それだけは防がなくてはならなかったのだ。
その意識が、彼らを防衛の鬼へと駆り立てる。
「……次に来たら、俺の腕を食わせよう」
「ガードさんっ」
「何が何でも足を止めさせてやる。そしたら……頼んだぞ!」
「解ったぜ、任せろっ」
「あんたの覚悟、俺は忘れないぞ!」
先ほどのガードが、ガーゴイルに向け左腕をあげる。
中指を立て、にやりと笑って見せ……そして、大きく息を吸い。
「――かかってきやがれ蝙蝠野郎!!」
『――!?』
大声での挑発。
これが、嘲るように空から見下ろしていたガーゴイルにテキメンだったらしく、すぐさま血相を変え、挑発してきたガードへと急降下していく。
『ギギギィッ!!』
「――そうだっ、そのまま俺の腕を持っていきやがれぇぇぇ!!」
覚悟の上に狂気すら込められたその眼は、自らに襲い来る鋭い爪を、じっと見やっていた。
ガーゴイルの足には、人間の腕など容易にちぎれるだけの力があるのだ。
だが、それは無防備な相手に奇襲が決まればの話。
気合の籠った、腕一本を犠牲にする気満々な鍛えられた男の腕を、容易には引きちぎれない。
だからこそ、そこにこそ勝機があるのだとばかりに、彼は腕を突き出した。
『――シューティングスター!!』
『ギャヒッ!?』
最速の魔法が、ガーゴイルの胴を貫く。
今にも獲物に襲い掛からんとしていた悪魔は、その一瞬に気づけぬまま、翼の力を失い――地に落ちることなくそのまま消え去った。
「あ、あれ……?」
唖然としたのはガードである。
自己犠牲で隙を作れればと、その一心で敵を引きつけようとしたのに、ガーゴイルは居なくなっていたのだ。
一瞬であった。ほんの一瞬で、腕一本失わせるつもりだった仇敵が消滅していた。
「大丈夫ですか! すぐに傷を癒やしますね!!」
そこにいたのは、金髪碧眼の姫君だった。
周囲に纏う光球がガードの周囲に集まり、温かな光を放つ。
すると、それまで血を噴き出すばかりだった肩口が瞬く間に修復され、止血された。
心なし疲労も消え去ったように感じ、ガードは「ああ」と、力の抜けていくような感覚を覚える。
「増援、か……」
「はい! リーシアが危ないと聞き、お城の皆を連れてきました! 間に合ってよかったです!」
長剣を手に華やかに微笑んで見せる姫君に、思わずガードは見とれそうになってしまっていたが。
同時に、その後ろから続々と転送されてくる男達を見て、「おお」と、思わず息を呑んでしまった。
「――姫様! ロイヤルガード隊、いつでも展開できますぞ」
「ええ……『ナイツ』総員! この周囲のモンスターを殲滅してください!!」
「姫様の命ぞ! ゆくぞ皆の者ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」
その数、30名。
白銀の鎧を身にまといしバケツ騎士を中心に、喊声をあげながらに一斉に広場を駆け抜けてゆく。
「なっ、なんだっ――」
「増援? 増援がきたみたいっ!」
「道を開けよ! ここは我らナイツが先陣を切らせてもらうぞぉっ! とあぁぁぁぁっ!!!」
後ろからの大声に驚く冒険者らをかき分け、一躍魔物の群れへと躍り出たバケツ騎士達は、巨大なナイトシールドを前に、一気に突進してゆく。
『ガードリンク――一気に突っ込むぞ!』
「おぉぉぉぉっ!」
「うおりゃぁぁぁぁっ! 我らが騎士団の力思い知れぇぇぇっ!!」
青い光のラインがバケツ騎士らを繋ぎ合わせ、その力は更に跳ね上がってゆく。
トーマスの掛け声とともにモンスター達に盾ごとぶち当たり、蹴散らしてゆく。
その一陣の攻撃で、まず冒険者たちとぶつかり合っていた敵の一陣が消え去った。
冒険者たちが苦心したモンスター達も、最上位職の集団の前には、赤子の手をひねるかの如く。
まるで紙切れの様に蹴散らされ、回復される間も無く消えていったのだ。
「よぉし! 前へ出るぞぉ! このまま押し込む!」
「うおぅ!」
「トーマス殿! 団長殿! 正面にネズミの山が見えますぞ!」
「千年ネズミか……構わん! 蹴散らせぇぇぇぇぇ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!! ネズミ祭りじゃぁぁぁぁっ!!」
「ボスドロップ寄越せぇぇぇぇぇ!!!」
掛け声とともに敵の壁を一枚、また一枚蹴散らしていく様に唖然としていた冒険者たちは、ボスモンスターすらものともせず突っ込んでいくバケツ騎士の軍団に、「なにあれ」と、その場に立ち尽くしてしまっていた。
「俺たちが苦労した奴らを一撃だよ、一撃……うわ、デビルヒーラー踏みつぶしてやがる」
「千年ネズミとかいたんだ……こっち来てたらあたしら死んでたね」
「ああ、ていうかあの人達千年ネズミくらいならガチで殴り合い出来るんだな、ガード系すげぇ」
「あれが噂のロイヤルガードか……すげぇ、盾で魔法反射したぞ今」
「騎士団ロールプレイすごい……」
もはや観戦モードである。
戦いに参加する気すらわかないほど、圧倒的な光景であった。
-Tips-
デビルヒーラー(モンスター)
『ベルクハルトの森』や『悪逆の塔』などの高難易度マップに出現する上級悪魔。
その名の通り『闇の癒し』や『治癒の息吹』など、回復魔法を得意とする悪魔で、血染めの司祭服を纏った、ヤギのような角を生やした出で立ちをしている。
このモンスター一人居るだけでその集団のしぶとさが倍増すると言われる程に厄介な存在として、上級冒険者の間では忌み嫌われている。
あくまで支援担当の為、体力やタフネスはそれほどでもないのだが、ただ回復するだけでなく、破壊魔法を放ってきたり、近接されればメイスや杖などで殴りかかってくるなどのアクションもとる為、接近できたからといって油断は禁物である。
種族:悪魔 属性:闇
備考:闇属性耐性200%(吸収)、地・水・火・風属性耐性30%、聖属性耐性-90%、光属性耐性-80%、精神系状態異常耐性20%
ガーゴイル(モンスター)
『デモンズタワー』や『レッドライン入り口』などの塔・城塞系の廃墟マップに出現する悪魔種族モンスター。
見た目は巨大な蝙蝠に人の頭と獣の手足がついたような出で立ちで、キメラを思わせる。
悪魔といっても知性はかなり低く、人の言葉は理解できるものの人語は話す事が出来ない。
頑強な皮膚をしており、通常の斬撃ではそれほどダメージが通らない他、地属性攻撃は完全無効化される。
腕力握力共に強力で、常に上空を羽ばたき、隙を窺い支援や後衛担当、タウンワーカーなどの弱者を狙うのを好む為、戦闘時には『後衛崩しの難敵』として警戒される事が多い。
反面生命力はそれほど強くなく、風属性攻撃にはめっぽう弱い。
中級以上の風属性魔法ならばほぼ一撃で仕留める事が出来る他、近接時の斬撃以外の武器攻撃や格闘などで容易に倒す事が出来る。
ドロップアイテムにはさほど旨味が無いが、レアドロップの『魔石像の欠片』は良質な実験材料となる為、メイジ大学やアルケミスト・ギルドで高額で買い取られる事がある。
種族:悪魔 属性:闇・地
備考:地属性耐性100%(無効化)、闇属性耐性30%、風属性耐性-100%、斬撃耐性20%




