#13-2.いつか届くその日の為に
次のウェーブまで大分時間が空いたので、一旦イベントマップから出て、最寄りの倉庫へと歩く。
ドロシーも「ローズが食事に行ってしまったので」とついてきた為、二人で横並びである。
「いや、しかし、まさか転移できるとは思わなかったな」
「そうですね……ドクさんが試しで転移してくれなかったら、ずっと気づけませんでした」
転移できることに気づけたのは大きかった。
最初のウェーブの時はなすすべもなくクリスタルが破壊されたのだが、その時は転移できるなどと知らずにいたから「イベントマップだから多分できないよな」と試さずにいた。
二度目の偵察の際、一回目前になんとなく取った座標メモに転移できることに気づいて「これもしかして開始してからもできるんじゃ」と考え、実行に移してみたら転移できてしまった。
では転送は、と考え……プリになってやってみたらできてしまった。
「クリスタルの前に転送できるなら、剣士系がいればクリスタルを壊せるんじゃないかって思ったんです。タクティクスの延長なら、きっとそうかなあって」
「絶妙な具合に人材が集まったよな」
「はい」
ソードマスターを投入しようと考えたのはドロシーの案だ。
それまでは俺一人で転移して地道に隙を窺ってクリスタルを殴るくらいの作戦しか考えてなかったのだが、「タクティクスと同じならソードマスターが殴れば簡単に壊せるはず」と提案してくれたのだ。
実際問題、敵側のクリスタルは非常に硬く、ローズの全力攻撃でもヒビが入る程度までしかダメージが通らない。
俺が殴ってもロクにダメージソースには成り得ないので、ローズが突破口を作ってくれること前提としてもあと一人、クリスタルを攻撃する人が必要だった。
幸い今回のウェーブではソードマスターは数名いたので選んで連れていけたが、いなかったりソードマスターが事故って倒れてしまった場合、なんとかしてクリスタルにダメージを与え続けなければならないので、ローズ以外に時間稼ぎできる人間が必要だった。
こちらはレプラがいてくれたので上手くいったと言える。
「あの人……レプラが協力してくれたのはちょっと意外でしたが」
「あー、なんか対立してるんだっけ? ちょっとガラが悪い連中だからな」
「そうなんですよね。タクティクスで対戦相手になる事もあるので……そういうので恨みを買われてるんじゃって思ってたんですけど」
タクティクスギルド同士と言うのは、どうしても対戦相手の勝者と敗者に分かれてしまう都合上、険悪になりやすい。
ミッシーの所みたいに「タクティクス戦以外では仲良く」という方針なら問題ないが、日常だろうが何だろうが敵扱いしてくる奴らもいる中で、こうしたイベントではちあわせてしまうとやりにくいものがあるのも確かである。
この辺りはドロシー達も難しい部分なのか、色々とレプラには気を遣っていたようだが、あちらはあちらでドロシー達に気を遣ってか、必要以上には近寄ったりせず、一定の距離を保っていた。
それでも、簡易的とはいえ陣地構築には積極的に参加してくれたし、自分から足止め役として強襲班に立候補してくれたりと、何かと勝利に貢献してくれている。
さっきのウェーブだって、レプラの足止めが無ければ俺が前に出るか、あるいはローズが被害覚悟でサイクロプスの攻撃を受けるしかなかったのだから、その存在は馬鹿にならない。
「流石はサブマスター……ってくらいの貢献はしてくれたよな」
「そうですね。あの人達にはどこか苦手意識を持っていましたが……見方が変わりそうです」
「それは何よりだぜ。ま、誰もがみんな仲良くなれる訳じゃないからな、無理する事はないとは思うが」
あくまでイベントだから、そして自分の所のマスターが参加しなかったからという体で協力しただけ、と本人は言っていたので、まあ本当にそんな感じなのかもしれない。
変に仲間意識を持ったりするとかえって面倒になる可能性もあるのだから、今はそのくらいの認識で良いんじゃないだろうか。
タクティクスギルドをやってると、色々な望ましくない気持ちになる事もあるのだろう。
大切な、一緒に強くなってきた仲間達を罵倒されたり、嫌われたりするのは辛いはずだ。
だが、それでも勝ち続け、乗り越え、今、ドロシー達は誰よりも高い頂に居る。
ドロシーにはドロシーなりの、今まで戦い続けた事によって得られた今があるのだから、その戦いの過程で生まれた怨恨も軋轢も、それはドロシー自身が、黒猫自身が考え、処理していくものなのだと俺は思う。
「……そうですね。ドクさんといると、色々と考えさせられます」
「そうか? まあ、考え過ぎなくてもいいとは思うがな」
考え過ぎると、結構疲れてしまう。
時にはこう、バカみたいに単純思考になってもいいんじゃないかと思うが。
だが、それはそれでドロシーのイメージが壊れるというか、難しいものである。
まさか馬鹿になれとも言えない訳だし。
「――あっ、ドクさん居た! ドクさーんっ」
そんな事を考えながら、倉庫までは結構距離があるな、と思っていた所で、聞き慣れた甲高い声が響く。
見れば小豆色の髪の女剣士が、とても元気よく手を振っていた。エミリオだ。
「元気な子ですよね」
「そうだな」
二人して苦笑いしながら、エミリオの方へと歩く。
後ろにサクヤがいたらしく、やはり俺達と同じように苦笑いである。
ともあれ、普段使わない街でのギルメンとの合流である。
「ドクさんもやっぱりイベントに参加してたんだね。黒猫さんも一緒?」
「ああ、一緒だ。というか、ランク別に分けられてるみたいだからな」
「そうなんですよね、私達、突然他のPTの人達と分かれちゃって……びっくりしちゃいました」
「最初から教えてくれればなー……でも、教えられても基準が解り難いから一緒かなー」
どうやらよく組むPTメンバーと一緒に参加したつもりが、エミリオとサクヤの二人だけになってしまっていたらしい。
エリーと一緒になってから目覚ましい成長を続けるサクヤは当然としても、エミリオが同じくらいに成長しているのはちょっとした驚きではあるが……まあ、既に剣士としてもかなりの域に達しているのだろう。
始めた時期は遅くとも、それだけ才覚があるという事なのかもしれない。
子供じみたぶーたれ顔になっているエミリオを見ていると「気のせいか?」と思いたくもなるが、まあ、それは置いておくとして。
「イベント、大盛況ですよね。プレイヤーを分けちゃうのはちょっとやりにくいですけど、でも、私達の所だと50人以上参加してるって公式さんが話してました」
「凄い人数だよねー。敵の数もすごかったけど、人数でごり押しできちゃったし」
「ほう」
「やっぱりこういったイベントは、数の力で押すのが正攻法なんでしょうか……私達は結構大変だったけれど」
質と量の同時攻めで難易度高すぎ問題に直面している少数精鋭の俺達のところとは大違いだった。
いや、勿論賞品が豪華なのだからその分きついのは当たり前なんだが。
「ドクさん達の方ってどんなモンスターが出てたの? こっちはボスの時間には敵リーダーでガードナイトとか出てたけどー」
「こっちはそのガードナイトが普通に湧くレベルだな」
「さっきのウェーブではブラックドラゴンも攻めてきましたね」
「拠点周辺にはサイクロプスとかな。かなり高レベルだったな」
通常マップに湧くモンスターとしては間違いなく最高峰のモンスターばかりだったと思う。
実際にはサイクロプスやガードナイト、ブラックドラゴンですら雑兵レベル。
初回は襲撃してきたモンスター達の中にサキュバスが居た所為でほとんどの奴が魅了され戦闘不能にされたし、二回目はボスが湧く時間帯だったので敵陣にエビルプリエステスが出現してその場に居たモンスター全員が超絶強化されローズの攻撃すらまともにダメージが入らなくなって詰んだ。
レッドラインのモンスターが湧くとか正気ってレベルじゃない。
「ど、ドラゴン……?」
「ブラックドラゴンって……あの、すごいブレスとか吐くんですよね? 攻撃もほとんど通らないって本で……大丈夫だったんです?」
もちろんそんな超強いモンスターの名前なんて言っても解り難いしイメージも湧かないだろうから、ブラックドラゴンだけで十分なのだ。
ドラゴンなんて化け物はそれだけで強いし怖いとイメージ出来るし、難しいのだと伝わればそれでいいのだから。
ドロシーもその意図は解っているらしく、中堅に育った元ルーキー二人ににこやかあに微笑みかけながら「大丈夫ですよ」と二人の肩をぽむ、と優しく叩く。
「対毒耐性の奇跡を展開して、ドラゴンスレイヤー持ちの人に対処してもらったから、ブラックドラゴンくらいならなんとかなるわ」
「はえー……すごいんですね、上級者の方々って」
「私達もこんな風になれるのかな、サクヤ」
「なれる日が……くるんでしょうか?」
ちょっと不安がっているようだが、そんなのは無用だと、俺もドロシーに倣って二人の間に入り込む。
「わっ」
「ふぉっ?」
「安心しろ、お前らならきっと強くなれるぜ」
「ふふ……ドクさんがこういうんだから、きっと大丈夫ですよ、二人とも」
こいつらなら、きっと俺達にだって追いつける。
今はまだ届かなくても、届くところがイメージ出来なくても、いつかきっと、必ず。
このゲームが続く限り、その可能性はいくらでもあるのだから。
-Tips-
ガードナイト(モンスター)
上級魔族に列席する強力な全身甲冑姿の魔族。
その場に居るモンスター達の指揮官として統率するパターンと、その場に居る高貴な誰かを警護するパターンの二種類があり、前者の場合は一人だけだが、後者の場合は複数その場に居合わせることが多い。
『えむえむおー』世界においては、上級魔族の為か、出現ポイントは限定されておらず、『悪逆の塔』や『デモンズタワー』には必ずいるものの、警護対象のモンスターが出現するポイントならば神出鬼没に出現する厄介なモンスターである。
非常に強力なガードスキルと高い耐性を誇る防御特化の魔族で、あらゆる属性攻撃を大幅軽減する他、様々な状態異常に対しての完全耐性を持つ。
全身甲冑ながら剣士系プレイヤー並の速度で行動でき、そのパワーもバトルマスター並と、上級プレイヤーと互角以上に渡り合えるだけの身体能力を持っている。
また、自然治癒や近接攻撃に対する自動反撃など防御戦闘にとても都合のいいスキルを持っている為、速攻で片付けなければ延々終わらない戦いを強いられる事にもなりかねない。
特に魔法系のボスモンスターを警護対象として護衛している場合は非常に厄介な存在となり、魔法攻撃も物理攻撃も的確にガードしてしまう為にボス攻略の難易度が大幅に跳ね上がる要因となる。
幸いにして魔法や状態異常攻撃などの搦め手を使ってくることはないが、純粋な剣技やメイス捌きのみでも十分強力な為、腕に覚えのある上級プレイヤー以外は潔く逃げを選択することが肝要である。
種族:悪魔 属性:闇
備考:闇属性耐性200%(吸収)、属性(闇以外)耐性90%、物理耐性80%、魔法耐性80%、即死攻撃無効化、幻惑魔法無効化、精神系状態異常無効化、睡眠無効化、毒無効化、スタン耐性80%、自然治癒、自動反撃




