#3-2.壁にぶち当たる初心者
そうしてがさがさと森の中、獣道を抜け音の響く方へ向かった俺達の前に広がっていたのは――
『ぴぎぃーっ!!』
「うぁっ――ウォーターボールッ!!」
――緑のフードを被った女マジシャンが、マジックラビット相手に水魔法を放つ光景であった。
「……」
「……」
しばし、俺と一浪は唖然としていた。
『ぴーっ、ぴぎぃ!!』
「わっ――こ、の……」
どうやら連射に聞こえたのは互いにウォーターボールを撃ち合っていたからだったらしい。
マジシャンの魔法はウサギの顔面にビシバシと直撃しているが、残念な事にこのウサギには下位の水属性魔法は全く通用しない。
さらに言うとウサギは攻撃を仕掛けられるとムキになって攻撃をやり返す性質を持つので、効かない魔法を撃ち続けることによってウサギが水魔法を撃ちまくってくるという状況になってしまっている。
実際、この目の前のマジシャンも全身びしょぬれでちょっと危ないことになっていた。主に見栄えの問題で。
「くらえーっ、ウォーターボールっ!!」
しかし、自分の魔法が効かないことに気づいていないのか、マジシャンはウサギから水を浴びせられる度にムキになって反撃してしまう。
まさに終わりの無い戦いであった。
「なあドクさん、あれは助けるべきなんだろうか?」
「どうなんだろうなあ」
端から見れば不毛この上ないし、その気になれば俺も一浪も一撃で倒せる程度の敵でしかないのだが、相手はどうにも初心者っぽいのでどうしたものかと考えてしまう。
「とりあえず様子見ようぜ」
「そうだな」
俺達のスタンスは傍観する事で落ち着いた。
『ピギャーッ』
「わぁぁぁぁっ!!」
下半身に魔法を受け、バランスを崩してしまうマジシャン。
「くっ、この――てやーっ」
なんとも気の抜ける可愛らしい声で手を前に突き出し――魔法を放つ。
「ウォーターボールッ」
『ぴっ!?』
命中精度は高いらしく、ウサギはまたも顔面に水弾を浴びる。
しかし、無傷。
元々ウォーターボールはバランス崩しに役立つ程度で、攻撃のメインとしてはかなり心許ない。
水属性に耐性を持つ敵相手にこれをいくら浴びせたところで倒すことは困難とも言えた。
「はぁっ、はぁっ――」
そして、当然と言えば当然だが、魔法を撃ち続けた所為でメンタル面で消耗し始めていた。
何度もウォーターボールを浴び続けたのもあって、身体は小刻みに震えている。
「う、うぅ……」
ぐら、と、足元からふらつく。
もう限界かと、俺達は前に出ようとした。その時であった。
「うあぁぁぁぁっ、これでどうだーっ!!」
マジシャンは足を踏ん張り、やけくそ気味に両の手を突き出し、がなる。
「ウォーターボールッ!!」
気合を入れようが両手を突き出そうが、発動するのは一発分の魔法だ。
『ピィッ――きゅー……』
だが、顔面に水を浴び続けたウサギは、この最後の一撃もまともに喰らい――昏倒した。
「や、やった――あ、目の前が――」
そうして、マジシャンも顔を抑え――倒れてしまった。
魔力喪失による意識途絶。
見事な相打ちであった。
「ほえー、属性無効化されててもメンタルキルって可能なんだなあ」
珍しいものを見たとばかりに一浪が顎に手をやりながら少女に近づく。
「まあ、街の周辺のモンスターって精神性の欠片もないようなのばっかだしな。ストレスフルな状態に置かれると死んでしまう儚い生き物なんだろうよ」
顔面に水を浴び続けるというのは、確かにイラッと来ると言うか、連続して浴びせられ続ければ嫌な気分にもなるのだろう。
しかし、倒れたままの少女、そして地べたに落ちているドロップのウサギ肉と桜の花びら。
一浪と二人、どうしたものかとしばし顔を見合わせていていたが。
「とりあえず、寝かせとくのもなんだから安全地帯まで運ぶか?」
「ああ。そうしよう」
最近はよく女の子を拾うもんだなと思いながら、とりあえずうつ伏せに倒れていた少女を仰向けにしようとした。したのだが。
「……あれ?」
頭を隠していたフードがはだけ、水に濡れ艶やかに光る黒髪があらわになった。そして――
「この子、サクヤじゃね?」
――とても見覚えのある顔が、そこにあったのだ。
「またドクさんが女の子拾ってきてる……しかもびしょ濡れとか……」
たまり場にいたプリエラはジト目であった。
「しかもまたサクヤだぞ。喜べよほら」
俺も正直二度も同じ女の子を拾うことになるとは思わなかったのでぐったりしていた。
「いやーまさかドクさんと狩りしてて本当に女の子拾うことになるなんて思わなかったぜ」
一浪は楽しげであった。ある意味願ったことが叶ったのだからそうもなろうが。
「わ、ほんとにサクヤだ。マジシャンになれてたんだねー衣装可愛い♪」
例によってプリエラの前に寝かせる。
今回は行き倒れではなくただの魔力切れなので、リカバリーの必要すらない。しばらく待っていれば復活する。
「マジシャンはほんと、『魔法使い』って感じの外見だよねぇ。王道っていうか、ゲーム的っていうか」
にこにこしながらサクヤのほっぺたを指で突く。プリエラは実に上機嫌であった。
「まあ、確かにな……」
改めて見るや、マジシャンの衣装というのは中々どうして、その名の通り『魔法使い』していた。
髪に巻かれたリボンや服のところどころに防護のルーンが刻まれているのもそうだが、何より特徴的なのはフードつきの緑色のローブ。
フードの先がとんがってるところまで『いかにも』であった。
前がはだけていて下には白いブラウスと短めの赤いスカート、そして太ももを強調した白いサイハイソックスが見えていたが、これらは普通に立っている際にはローブによって隠されているであろう部分だ。
靴と腰元のバックルは初心者時代のモノと変わりないが、それ以外は大体魔法使いっぽい外見だと言えた。
「これで杖とか持ってたら完璧に魔法使いだね」
「ロックの方なら魔法少女っぽかったのになー」
マジシャンと対になるもう片方の初級魔法職『ウォーロック』は、攻撃特化のマジシャンと比べ浅く広い万能型の職。
外見的にはかなり魔法少女している為、女性人気はこちらの方が高かったりする。
反面男にはかなり厳しいスタイルの為、男ならマジシャンという選択肢になりがちだった。
どちらも正式にその職に就く事ができた時に組織から貰える衣装なのだが、俺はどちらかと言うとマジシャンの方が好きだった。
見た目からして本格派になろうと背伸びしてる子供みたいでほのぼのするのがその理由なのだが。
「でも、この子が皆が話してたサクヤって子だったんだな。確かに可愛い子だよなあ」
うむうむ、と口元に手をやりながら一浪。
「一浪君、この子の本当の可愛さは外見じゃなく、ひたむきなところとちょっとおっちょこちょいなところにあるんだよっ」
サクヤマイスター・プリエラの本日の名言であった。
「でも、なんでサクヤ、意識失ってるの?」
ふと素に戻ったプリエラが、俺の方を向きながら疑問に首を傾げる。
「狩場でウサギ相手にウォーターボール撃ちあってたんだ。そんで相討ちになってな……」
「なんて不毛な戦いを……」
流石にプリエラも頬を引きつらせていた。
「俺はよく知らないんだけど、この子って結構ムキになりやすいのかな? 最後のとかすげぇやけくそっぽく撃ってたよな」
一浪もサクヤを見やりながら加わる。
「ああ。もしかしたら熱くなり易い子なのかもしれん」
「暴走しやすいんだねーきっと」
おっちょこちょいで暴走気質とくればトラブルメーカーとしか思えないが、当のサクヤはすやすやと寝息を静かに立てている。
「とてもそうは見えんな」
「とてもそうは見えないよな」
「サクヤかわい~」
俺達の意見はサクヤ可愛いで一致していた。仲良しギルド万歳!!
こうして俺達はサクヤが目を醒ますまでの間、のんびりと雑談にふけることにしていた。
-Tips-
マジシャン(職業)
魔法職系下位職の一つ。通称『マジ』『マジ子』。
いかにも魔法使いチックなロングローブや杖など、初期の支給装備からしてそれらしい外見の魔法職。
その攻撃性能は見た目のかよわさとは裏腹に全下位職業中最強クラスで、本人の努力次第では中級以上のランクの狩場でも十分に通用する火力を有する事も可能。
反面防具や武器に制限が多く、盾や鉄製品以上の防具などを有意に扱えないために敵の攻撃に対してはかなり貧弱である。
同じく魔法職下位の『ウォーロック』と比べ攻撃性の高い魔法を中心に覚えられるが、常に戦闘時の立ち居振る舞い等を考えなくてはならない為、冒険職としての難易度は高く、人気があまりない。
上位職として『メイジ』『バトルメイジ』がある。