#9-2.最強の味方
「……団長さん。実は、プリエラがゲームマスターの所にいるかもしれんのだ」
「ほう?」
「いつの間にかいなくなっててな。見つけ出そうとして、ゲームマスターにも会う機会があったからいるなら返して欲しいと伝えて……返してもらえたと思ったら、そいつがどうも偽者っぽいんだよな」
「偽者っぽいというと?」
「ところどころあいつらしからぬ言動が見えたというか。認識が微妙にずれてるというか」
「リアルでの素が出ただけ、とは思えないのかね? 解ってるだろうが、このゲーム世界での君達とリアル世界での君達では、結構ズレてるものだよ?」
「そうは思いたくないな。実際問題、プリエラに関しての認識が阻害されていた感覚があった。それに、俺だけじゃなくもう一人の……同じくらいあいつと付き合いの長い奴もはっきりと『あれはプリエラじゃない』と言い切ったからな」
事実上、セシリアのあの発言があったからこそ、俺は今疑えているのだ。
それがなければスルーしてしまっていたかもしれない、些細な違いだった。
だが、その些細な違いが、今はどうにもぬぐい難い違和感と不審点に感じられてならない。
「そこまで言い切るほどなら、なるほど確かに偽者かもしれんが……その偽者は今は?」
「今のところ変わったところはないと思うぞ。俺達も、変に追及したりはしてないからな」
「ふむ……とすると、少なくともゲームマスター側は、君達にその『日常』を続ける事を望んでいるんだろうね。何かしらの変化を求めてはいない、と」
「そうなんだろうな。アクションしてほしいとは思ってないんだろう。少なくとも今は」
これ以上プリエラの詮索をしてほしくないと考えてか、それとも全く別の可能性を考慮してこんな暴挙に出たのかもしれないが。
だとしたらそれは何なのか、というのも気になってしまう物である。
団長も「うむ」と小さく頷きながら椅子をクル、と回転させる。
「――これはあくまで仮説だが」
背を向けたまま。
団長さんは、自分の意見という形で説明をしてくれるらしかった。
「ゲームマスターは、彼女を君の元に置いておきたくなかったのではなかろうか」
「プリエラを? ゲームマスターが?」
「何かしら君に危険を感じたか、あるいは彼女が傍にいる事で、君自身に問題が降りかかると思ってか……いずれにしても、どちらかしら、あるいは両者にとっていい結果にならないと思った、とか」
「……プリエラがただのプレイヤーなら、わざわざそんな事はしないよな?」
「それは……そうだがね」
俺が知りたいのは、ゲームマスターの真意だけじゃない。
プリエラが何故そんな事になるほど重く見られているのか、という点だ。
プリエラについては、俺は知らない事が多すぎる。
もっと知りたかった。知って、プリエラが何故そんな目に遭ってるのか、それを理解しなきゃ、この問題は解決しないんじゃないかと思った。
今更過ぎるかもしれないが、そう感じたのだ。
歯切れ悪そうに、しかし背を向けたままの団長は何を思ったのか。
わずかながら間が空き、沈黙が流れるかと思った矢先、また続く。
「君は、彼女の正体を知りたいのかね?」
「正体を知りたい訳じゃない。だが、なんでそんなことになるのかを知りたかった。プリエラが何をしたっていうんだ? 少なくとも誰かに囚われる様な真似をした事は無いはずだが」
あいつは、いつだって人が傷つくのを嫌っていたし、恐れていた。
だから戦いが嫌いだったし、争いごとを極力避けるように生きていた。
そんな奴が、何を理由にゲームマスターに囚われなければならないのか。
そんな理不尽が許されるのかと、そんな疑問が溢れたのだ。
またクル、と椅子が回ってくる。
真面目な表情の団長が、俺を正面から見据えてくる。
俺自身も頬に流れる汗を感じ、緊張しているのだと気付かされる。
「……単純に言うなら、力があったからかな」
「力が?」
「君も知っての通り、彼女は私の従者と浅からぬ関係があってね」
「ああ、エリス達のお母さん、だっけか?」
「うむ……つまり、彼女も常人の域ではない。故にその力はこのゲーム世界では絶大で、だからこそゲームマスターが影響力を警戒している、というのはあるとは思う」
「つまり、ゲームマスターは自分の邪魔をされないためにプリエラを……?」
「あるいは、その力を奪うために、かもしれんが……いや、しかしなあ。彼女たちの関係性から見ると、それはそうそうないとは思いたいが」
「どういう事だ?」
「彼女たちは、互いに互いを大切に想い合っていたはずだ。ゲームマスター視点では彼女は依存対象で、それでいて大切な師のような存在だった。初めての友人で、頼れる姉のような存在だったはずだ」
「……なんでそれが」
「そう。おかしいんだよ。ゲームマスターの人間性を見れば、彼女にどれだけ拒絶されようと決して力づくでどうにかしようなんて考えないはずだ。直接的な行動に出るとは思えん」
「説得しようとする? よな、あの人なら」
「そうなんだよ。たとえ追い詰められたからと、そんな暴挙に出るとはちょっとなあ」
おかしい。
確かに、ゲームマスターの暴走にしてはおかしい。
団長に指摘されて初めて変だと気づいたが、ゲームマスターはそもそもそんな事をするような人ではなかったはずだ。
説得して、何とかして自分の傍にいるメリットを理解させ、受け入れさせようとするはずだ。
少なくとも俺と話している時のあの人は、そういう人だった。
……そういえば、以前見た『夢』の時も、そんなような口論をしていた気がする。
あの時話していたのは、片方はゲームマスターだったが、もう一人は――
「……後押しした奴がいる? ゲームマスターが暴走するなりの何かの原因を作った奴が……?」
「第三者の可能性、大いにあると思うよ? 勿論それによって全てが悪くなるとまでは言い切れんが……」
「今はまだ、疑うに留めるべきってことか?」
「うむ。下手な行動は慎むべきだね。だが、そうか……私が動けない間にそんな事になっていたとは。まさか彼女が囚われるとはね」
「偽者の正体も気になるけどな。俺もそのギルメンも、偽者か、あるいは本人が洗脳か何かされたんじゃ、っていう、判断に迷う段階だからな」
だが、ここで別の疑問点に気づけたのは大きかった。
そう、何もゲームマスターが全ての黒幕である必要などないのだ。
第三者の存在。
それが誰かすら解らないが、そして偽者の正体すら解らないままだが、それに気づけたことは大きな進歩と言えた。
「君達は無理に動かない方が良いね。これに関しては私が調べた方が良さそうだ」
「大丈夫なのか? 辛いんだろう?」
「辛くとも、やらねばならん事もある」
そして幸いと言うか、団長殿も同調してくれたらしい。
あるいはまったく別の理由からかもしれないが、ともかく疑問に思ってくれた。
そして行動してくれる。こんなに頼もしい事は無い。
「……君達はどちらかと言うと、一週間後に備えた方が良いだろう」
「一週間後? そういえば運営さんも話してたな。何があるんだ?」
「解らん。何か大きなアップデートが行われるとしか説明が無くてね。だからこそ警戒してもらいたい」
「解った。気を付けるぜ」
「それでいて、ゲームマスター相手では、今までと同じように接した方が良いだろうね。疑いを持つことは君自身にもよくない結果を生みかねん」
「今は雌伏しろって事か」
「そういう事だ。たとえ疑わしくとも、決定的な何かを得られるまでは……そして、ゲームマスターに対抗できる手段が得られなくては、好くない結末にしかならん」
「この会話も聞かれてるかもしれんが」
「それは大丈夫だ。この城は私の『領地』と重ね合わせている。例えゲームマスターと言えど、監視したり干渉する事は出来ん」
何やら特殊な事情があるらしい。
ある意味それを期待していたが、期待した通りだったというか。
やはりこの人は別格だった。
流石持ち主である。
ともあれ、方向性はこの城に来る前と同じだった。
勝てない戦はやらない。
これは俺自身も解ってる事だ。
だからこそ俺はフランチェスカには同調しなかった。
それをしばらく続けるだけ。
「そういえば団長さん」
「うん?」
「フランチェスカがゲームマスターに反抗したのは知ってるか?」
「初耳だな……運営サイドが割れたのかね?」
「そこまでは分からんが……反抗した結果良くない結果になったようだ」
「まあ、熾天使の力を部分的にでも得た今のゲームマスター相手に、下っ端の神々や天使では分が悪すぎるだろうね」
単純なパワーゲームでも話にもならない隔たりがあるらしい。
何故フランチェスカが負け確定の勝負に出ようとしたのか意味が解らない。
「だが……フランチェスカは焦っているのか。まあ、神々の世界は相当拙いことになっているようだから仕方ないといえば仕方ないかね」
「そんなにやばいのか?」
「割と君達人類にとってもかなりマイナスになる事だから、あまり楽観視もしてられんことだがね」
「ほっとくとどうなるんだ? 神様が人類に攻撃してきたりするのか?」
「直接攻撃はせんとは思うが……でもどうかなあ。反人間派のトップはかなりアレだからなあ」
「アレって……」
「まっとうではないというか、価値観が人間や魔族とは違いすぎるからね。それこそ『誤った認識を持った世界を制裁する』とか言い出す恐れすらある」
面倒なことにね、と、苦笑いながらに語ってくれるが。
それはそれで割とシャレにならないというか。
だが、だとしてもあの時のフランチェスカには手を貸せなかったなあとも思う。
やはり間が悪かったのだ。
「勝ち目のない戦いに挑むほど追いつめられてるなら、その行動自体は解らんでもないんだがな」
「その上で彼女が囚われたとあったら、まあ理解はできるね。愚かな事には違いないんだが」
二人して大きなため息。
フランチェスカがもう少し空気を読んで我慢してくれれば、状況ももう少しましになったのではないだろうか。
そう思うと、神様の戦いは有害この上なかった。
「とにかく、運営周りの事は君達がこれ以上干渉する事はあまり望ましくない。無理はしない方が良いだろうね」
「そうだな。色々教えてくれてありがとうな」
「いやいや。私も一人で耐えているのは地味に辛かったからねえ。話し相手が来てくれるのは嬉しかった」
この人はこの人で喋りたがりなのだろう。
一人だと寂しい人なのかもしれない。
そう思えば愛嬌もある。
とても『16世界最強』には見えないが、ゲーム世界でくらい、こんな『最強』が居てもいいのかもしれない。
こうして俺は挨拶もそこそこに王城から転移し……誰もいないたまり場で、素直にログアウトした。
-Tips-
完全なる無(概念)
世界に数多ある属性の一つ。
この世で最も希少な属性の一つと言われており、現存する中では三名しか保持する者がいない。
完全なる無を持った者の特徴として、『この世に存在しないかのような嘘のような存在』である事が最たる特徴とされている。
事実現時点でこれを持っている三名は、いずれも全世界に名だたる特異な存在である。
また、これを保持する者はあらゆる事象の干渉の拒絶が可能であるとされている。
それが攻撃であろうと治癒であろうと、物理であろうと魔法であろうと、極論空気から概念に至るまで全てを無視する事が出来る為、これを保持するだけで事実上最強となれる。
反面、これを保持する者に見られる負の側面として、概念的パワーを扱う事が極端に下手になるという特徴が見られる。
魔法や奇跡などといったものを習得する速度が異常に遅くなり、使用する事も得意ではない事が多い。
ただし、これらはコマンド使用などで魔法や奇跡の使用を回避する事が出来ればデメリット足りえなくなる。




