#8-2.団長、疲れる
「――いやあ、出迎えも出来ずにすまんね、今ちょっと体調が悪くて……娘達やセキは、私の代わりに出払っていてね」
王城の奥。
かつて団長達に案内された執務室(?)にて、団長は休んでいた。
娘二人やセキの姿はなく、この部屋で一人、くったりとした様子で椅子に座っていたのだ。
相変わらずの困ったような顔ではあったが、心なし、顔色もよくないように思えた。
「病気か? 寝てなくていいのか?」
「いや、病気というかその……リアルでのことが原因でね。これが殊の外影響が強くて」
「リアルの……? 俺達のリアルは滅びちまったが、あんたのはあるのか?」
現実世界は滅亡済み。
当然、俺達のリアルはどこにもなくなってるのが現状のはずだが。
だが、恐らく人ではないこの人なら、俺達にはないリアルもある可能性があった。
勿論、サクヤのように事実誤認に陥っているだけの可能性もあるが……団長さんは苦笑いのまま「ああ」と返す。
そのまま部屋の入口で突っ立ってるのもアレなので、団長さんの傍に寄りながら、その話を聞くのだ。
「お察しの通り、現実世界レゼボアは滅びたが、私はレゼボアとは無関係の存在でね。あの世界が滅びようと関係なしに私は生きているのだが……その、なんだ。君たちレゼボア出身のプレイヤーは、このゲーム世界をプレイするにあたって、『演算能力』を提供しているだろう?」
「演算能力……? ああ、脳内回線通して眠ってる間に脳の余った能力を数字化するっていうアレか?」
「ソレだよ。当然、レゼボアが滅んだ現状、レゼボア人経由で演算能力を維持できなくなっている訳で……私はそういった『現状足りていない演算能力の一部』を肩代わりする事になっていてね」
「団長さんが……なんか、すげぇことになってるな」
「ほんとにね。いやはや、私もプレイヤー全員分くらいなら余裕でできる腹積もりだったんだが、君達思いの外重い役割を果たしていたんだなあ、と……ちょっと後悔してるよ」
たはは、と、力なく笑う様は本当に堪えているようで、それでいて呆れてしまう。
(俺達プレイヤーの演算能力を肩代わりするだと? どんだけ出鱈目な事やってんだよこの人は)
全世界の人類中最高峰と言える演算能力を持つレゼボア人が、プレイヤー限定とはいえ大勢揃って担うような演算を、個人が担えるとは到底思えない。
仮に団長が魔族だったとしたって、それができるなんてどれだけ途方もない能力者なんだと、こちらの方が頭が痛くなってくる。
そんなのまるで――まるで『魔王』か何かじゃないかと。
世界一つ支配するような化け物でもなきゃ無理な芸当なんじゃないかと、そんな事を思ってしまったのだ。
そんな存在が目の前にいる。眩暈がしそうだった。
「なんだか俺の方まで頭痛くなってきそうなんだが」
「風邪かね? 早く寝た方が良いよ? ログアウトをお勧めするが」
「リアルが無いのにか?」
「リアルが無くともだ。今なら全くの無意味ではない」
リアルが無くとも落ちろ、というのは、プリエラにも言われた事ではあるが。
それが無意味ではないというのはいかがな事か。
この真意を知りたくてその顔を見たが、微妙に汗ばみながらも、団長殿は口元を歪めた。
体調が悪くとも、それくらいの表情を見せる程度には余裕があるらしい。
「見ての通り、私が肩代わりするにもかなり重い負担でね。その関係もあって、ログアウト関係にもいくらか『細工』をさせてもらっているんだ」
「細工だと……? じゃあ、ログアウトしないでいるとログアウトしたくなってくるのも――」
「なんだ。そんな事をしたのかね君は? なんというか……色々試す性分なのかね? 普通ならそんな事には早々気づかないはずなんだが」
「生憎と、なんとなく気になっちまってな。運営サイドの仕業かと思ったが、あんたらの仕業だったのか?」
「まあね」
犯人発見。意外と身近にいてびっくりである。
しかも問い詰めるでもなく自供してからのものなので、証拠をつかむ必要すらなかったという。
やけにあっさりとしていて拍子抜けするというか、今の団長を見るに、本当に悪意などはなくやっていたのかもしれない。
「てか、あんたらもシステムに介入できたのか」
「まあ、一応はね。デバッグ担当だから、根本のシステムにある程度介入することはできる。ゲームマスターに気づかれる事なく変更する事も出来るだろうね。今回の事は一応先方には伝えたが」
「ゲームマスターも承知の仕様変更か」
「何せプレイヤー全員に関わる事だからね。だからとわざわざ告知するほどでもないと思ったから黙っていたのだが……まさか気付くプレイヤーがいたとは」
君達の好奇心は恐ろしい物があるな、と、褒めているのか呆れているのか解らない曖昧な笑顔を見せながら、近くのソファを示す。
俺ばかり立っているのもなんだから、という事なのだろう。
俺としては立ち話程度で済んでくれれば思って立っていたのだが、思いの外長くなりそうだった。
「――そもそも、プレイヤーのログアウト周りの変更は、私への負担の軽減の為だったんだ」
「団長さんの、な」
「ああ。君達は知る由もないだろうが、このゲーム世界は君らプレイヤーがログインしていれば、そして生活していればそれだけ、世界維持のために複雑な演算が発生し、重い過負荷が掛かる様に設計されているんだ」
「つまり、プレイヤーがログインしている状況を少しでも減らしたかったって事か?」
「そういう事だね。そういった『省エネ状態』を作る事で、私に掛かる負担を少しでも減らしたかったのだ。これの導入によって、私自身はまともに動けないまでも、ゲーム世界に存在を維持する事が出来るようになった。こうなるまでは数日間ではあったが、ログインできても会話一つまともにできず、ベッドに横たわっているだけでね。死んでいるも同然の状態だったのだ」
デバッガーとしての役割もまともに果たせなかったのだろう。
そして恐らくは、その状態では嫌だと、この人は思ったに違いない。
ただ役目に忠実というよりは、自分がプレイヤーとしてそれなりに楽しみながら、その上で役割を果たす人だと思っていた。
だから、それができない日々はさぞつまらなかっただろうな、とも。
「じゃあ、ログアウトしたとしても、何かしら有害なことになったりとかはしないのか?」
「しないよ? むしろ体力回復や精神衛生上有益な効果などが付与されるようになっているから、ログアウトしないでいるよりずっと有益だと思うぞ?」
「ログアウトしない事によるリスクは?」
「ログアウトしたくなる弱めの強迫観念に襲われる以外には特にないが。逆に言えば、それが唯一にして最大のリスクだね。後は私がしんどいくらいで、プレイヤー各位には何の害もないよ」
「じゃあ、その気になればログアウトせずに何日もプレイ可能なのか」
「そうだね。まあ最も『ログアウトせずにプレイする』というのは別に今に始まった事ではなく、可能な人種も以前からいくらかはいたはずだがね」
とりあえずログアウトのデメリットが無い事、ログアウトしない事によるリスクが無い事は確認できたからよかったが、それはそれとして団長の口ぶりにはいくらか気になる事もあった。
こんな事になる前から、ログアウトせずにいられるプレイヤーが居た、という事だろうか?
リアルに影響される事なく、ログアウトせずにいられる人が。
……と、そこまで考えて「ああ」と声がでてしまった。
気付いたのだ。そういう人種の存在に。
思えば、割とリアルで身近にいた存在だった。
「……病気やなんかで意識が無い人か」
「うむ。リアルでの意識不明者や特別な実験体、精神崩壊などで戻れるリアルがないプレイヤーは、基本的にゲーム世界に閉じ込められているようなものだからね。絶対数としてはレアケース中のレアケースだろうが、いない訳ではない」
「まして精神的に追い込まれてる奴らや公務員を中心に放り込んでるものな。むしろ、比率で言えばリアルよりも濃くなってたのか……?」
「だろうね。優先順位で言えば間違いなくそういった者達は最優先で放り込まれていたはずだから、ベータテスターや、遅くとも正式実装時には全員が放り込まれていたと思うよ?」
「ホムンクルスでも、やっぱこのゲームやってたりするのか?」
「やってるはずだよ? というか、君達の世界のホムンクルスみたいに精神構造が歪みやすい・壊れやすい存在はほぼ確実に放り込まれているだろうね」
こういう所を見ると、やはり公社はディストピアの元凶なんだなあと思わされる。
今更滅んだ世界の事を思っても仕方ないが、呆れるというか嫌になるというか。
そんな社会の構成員の一人ではあったが、やはりやりきれない物を感じていたのだ。
そして、その『放り込まれたホムンクルス』の一人に俺の知り合いがいたことも確定済みとなっているのもまた、そんな気分にさせる原因の一つだった。
(……それが誰かなんて確認のしようもないが、どっかにいるんだな、イオリ)
前に何かのゲームをやっているらしいと聞いた事があったが、それがまさか『えむえむおー』だとは。
いや、他のゲームもやっていて、という可能性もあるが、少なくともこちらにも放り込まれていたのだろう。
そしてイオリの置かれていた環境を考えれば、そうなっても不思議ではない条件は揃っていたと思える。
「なあ団長さんよ」
「うん?」
「前から思ってたんだが、なんでこのゲーム、精神的にやばい奴とかを優先して放り込んでたんだ? 公社の人間が放り込まれてたのはまあ、解らんでもないんだが」
実験として、最も忠実で基本的な能力を備える公社の人間を放り込むのは、まあ解らないでもない。
自分達のやる社会実験の中で、何より犠牲にしても惜しくないのは自分達の手駒だろう。
だが、精神やなんかに障害や異常をきたした奴らまで優先するのは、今一解らない点だった。
その結果、マルタみたいに明らかに自滅寸前の状態に陥ってた奴らが多数野に放たれていたのだ。
今の初心者救済優先な風潮が他のプレイヤーの間でも広がってくれたからそういう奴らも多くが生き残れてると思うが、そうなるまでは……助けられない奴はそのまま野垂れ死に確定みたいな状態だったのだから、割と笑えない。
そしてそんな疑問も、この人なら答えてくれるんじゃ、と期待したのだが。
団長はといえば、「そうだね」と、一応考える素振りを見せながらに反応してくれる。
大変ありがたかった。問いかければ反応してくれる。これほどありがたいものはない。
「正直、この話は君にとってあまり意味のある話ではないよ? 知ったところで何かの得になる事もない。他人に話したところで信じてもらえないかもしれない、そんな話なのだが」
「そんなレベルの事でも教えてくれるのか?」
「君が知ったところで何の意味もないからね。君が理解できるかも解らないし、理解できたところでそれを活かす何がしかが出来る訳ではないから」
「教えてくれ」
迷う必要などなかった。
知る事で何らか被害を被るなら避けなければならないだろうが、そうではないなら……仮にそれが荒唐無稽すぎる話で誰にも理解できないものだったとしても、一つの解として、知りたかったのだ。
団長殿は、そんな俺の好奇心を「いいね」と、口を歪めて受け入れてくれた。
「君のその好奇心、良いと思うよ。知り過ぎる事は知った者の首を絞める事にもなりうる。だから私は君の友人には警告したが……君にはその必要もないらしい」
「解った上で聞いてるからな」
「覚悟もあってなのだろう? そして君は、分別もできる」
この団長さんが俺の事をどれだけ評価しているのかは解らないが、それでも話してくれるなら聞かない手はない。
聞いたうえで、それでも受け入れがたければ受け入れなければいいだけの話。
何より、俺の好奇心を肯定してくれるのが嬉しかった。
そして、幸いにも団長さんは話す気満々なのが大変助かる。
案外この人はお喋りが好きなのかもしれない。
-Tips-
シャルムシャリーストーク(世界)
『詩人の泉』より流れ出でる『川』により形成された世界の一つ。
かつてハーニュート人同様に全世界最強だった人類種族『魔法使い』が支配していた『変化の支配する世界』である。
上流にある世界『ハーニュート』からの川の流れの分岐点に存在する世界で、『在る世界』とは川を挟んで表裏の配置になっている。
二代目『魔王』ヴェーゼルの時代より、『魔王』ファズ・ルシアの気まぐれと策謀により『魔王』同士が力比べする為の決戦場として選ばれ、『魔王』同士の戦闘により幾たびも滅亡と再生が繰り返された。
この結果時代によって平穏と滅亡の繰り返しとなり、これが元となり『変化の支配する世界』と名付けられている。
かつての支配種族『魔法使い』は『魔王戦』の繰り返しの中既に絶滅しており、現存している支配種族はその後継者的な人種『シャルムシャリーストーク人』と『魔族』である。
シャルムシャリーストーク人は魔法使いの後発的に自然発生した人種で、魔法使いと異なり肉体的・繁殖力的な意味で優れている反面、寿命などが発生してしまい、魔法使いの扱える『魔法』を扱えなかった。
総合力では魔法使い未満の欠陥品だったが、結果としてその強い繁殖力が功を奏し幾たびの滅亡の歴史の中で逞しく生き延び、支配生物として繁栄した。
この世界の魔族は三代目『魔王』アルフレッドによって意図的に製造された『人類の敵』であり、これは古代に魔法使いと競合した結果滅亡した種族『魔神』や幻想上の生き物、他世界の『魔王』などをベースに、魂を原料として量産化した生物である。
その後、ヴェーゼルの死によって『魔王戦』が廃止された為、表向きは平和な世界となったが、今度は人類と魔族とが争う10億年に渡る戦争が勃発、最終的にこの戦争は四代目『魔王』エリザベーチェが制し、人魔ともに共存する方向性で政治的に終結した。
『魔王』就任時、エリザベーチェが世界平和を願ったため、アルフレッドの手によって多重世界化した世界が急激に修復へと向いつつあり、これにより現在『少数派の世界』が次々自己矛盾に耐え切れず滅亡を繰り返すという非常事態に陥っている。
文化的な側面としては、16世界でもトップクラスにサブカルチャーが発展しており、これに関しては他の追随を許さないほど進歩している。
また、パンやスイーツの製造技術も全世界上位で、時たま全世界を驚かせる奇抜な発明が行われる事で有名である。
その他学問・農業・魔法文明・基礎技術など様々な面で他世界の平均的な基準を地で行く他、科学技術も一定程度進歩しており、この世界の魔族が持つ『錬金学』は他世界の魔族のそれよりも抜きんでている。
シャルムシャリーストーク人は情熱的で身持ちが堅い。




