#7-1.おかしなプリエラ
たまり場は今、妙にぴりぴりとした雰囲気に満ちていた。
『ログアウトしない実験』を実行していた俺達は、実際に何らかの強制力を感じてはいたのだが……珍しく早朝に訪れたプリエラが、「なんでそんな無茶なことをするの」と怒り出したのだ。
結果今現在、一人立ったままのプリエラが、座っている三人を見下ろすようにしながら激怒していた。
普段ほんわかとした奴だが、目に見えて無理無謀な事には怒る事もある。
今回もそれなのかと思いかけたが……だが、それが無理で無謀なことだと何故こいつは解るのだろうか、という疑問も浮かんでいた。
その所為か、真剣に怒るプリエラの言葉を正面から受け止める事が出来ずにいたのだ。
「――ドクさん? 話聞いてるの?」
「ああ、すまん」
結果、よりプリエラの怒りを買う事になる。
まあ、真面目に話してるのに話を聞いてないのなら仕方ないんだが。
それにしても少し怒り過ぎではないだろうか。
「もう! ドクさんが一番問題あるんでしょ? ログアウトしたくなっちゃうって自覚するの、相当だよそれ!」
「悪い悪い。思いついたら実行したくなっちゃうんだ。許してくれ」
「もー! なんでそんな変な事ばかり思いつくかな……」
幸いというか、こいつは怒ってもそんなに怖くない。
真剣に怒ってくれてるのは分かるのでそこをからかうつもりもないが、全然迫力が無いのだ。
どちらかといえば機嫌を損ねた事によって塩対応される方が心にくるものがある。
ただ、今回の怒りは心配のあまり怒ってるだけにも見えるので、そこまで機嫌を損ねる事もなさそうだった。
「悪かったな。反省してる」
「……エリーもセシリアさんも、あんまりドクさんの変な思い付きに付き合わなくてもいいからね? こんなことして、変なことになったら大変なんだから!」
「変な事って何?」
「えっ?」
ぷりぷりしてはいるものの次第に機嫌が直っていくのも見えた辺りで、セシリアがプリエラに一言。
エリーは萎縮してしまってしょんぼりと座っていたが、セシリアは言われるままにはならないらしい。
「プリエラ、貴方は何か具体的に知っているのかしら?」
「具体的にっていうか、何か起きたら嫌でしょ?」
「まるで何か起きるかのように怒っていたから……貴方は何か知ってるんじゃないかと思ったの」
「知らないよ。なんとなくそう思っただけだし」
「それにしては随分激しく怒っていたわね」
「それはドクさんの身に、実際に変化が起きちゃったからだし」
「……そう」
「そうだよ」
セシリアの問いかけも、プリエラはよどみなく答えていく。
今セシリアがやっていたのは、プリエラが最も苦手とする『マルタ方式』の接し方。
これをやられるといつも、こいつは反応しきれなくなってあわあわとぼろと出す。
……それにしては、すらすらと答えられるものである。
セシリアも思うところあってか一拍子置いて、口元に手を当てる。
これは、こいつが何か企んでいる時の癖だ。
口元を隠し、何を考えているのか表に出さないようにする時によくやる。
主には誰かをからかう時にやるのだが、試すように話す時もこれをやっていた。
「でも、強制力が発生したからと、それが危険だという保証もないわよね?」
「ないかもしれないけど、あるかもしれないでしょ?」
「危険性だけで言うなら、狩場でモンスターを狩る時とそう大差ないものだと思うけれど?」
「話をすり替えないで。狩場で戦うのとは関係ないでしょ」
「でも結末は大差ないわ。ドクさんに何らかの異常が発生するのが嫌だというなら、狩場で死なれるのも同じはずよね?」
「同じ結末とは限らないでしょ。自分から望んで狩りをしてて死んじゃうのは……嫌だけど。嫌だけど、自分で選んだ事じゃん。結末まで受け入れての事じゃん」
舌戦は続く。
セシリアは淡々と問いかけを続け、プリエラは感情の入り混じった、やや強めの口調で反論していた。
普段のプリエラでは見られない、だがセシリアの問いを一つ一つ確実に潰していく、的確な反応だった。
これには俺も驚かされた。
見ればエリーも唖然としたまま口をぽかん、と開いている。
プリエラがここまで饒舌に、かつ迷いなく反論しているのがそれだけ珍しかったのだ。
「ドクさんだって、何もリスクを考慮せずにやっていた訳ではないわ。何かしらのリスクは被る覚悟で、それでも何か変化があればと、解る事があればと実行した筈よ」
「でも、そのリスクは想定外の事になるかもしれないでしょ? 狩りは冒険者の生活の為に必要な事でしょ? 必要なこととそうじゃない事を一緒くたにしないでよ!」
「それもそうね」
そうしてプリエラの、特に感情が強く籠った発言を聞き、セシリアはあっさりと引っ込んだ。
そのあまりの潔さに、当のプリエラも「えっ」と、意表を突かれたような顔をしている。
セシリア本人は目を閉じ、口元にやっていた手を離しながら微笑んでいた。
「プリエラの言い分もよく解ったわ。ドクさん、プリエラが何を言いたいか解ったわよね? エリーも」
「……ああ」
「は、はい。よく解りましたわ」
「プリエラ、三人とも反省しているわ。許して頂戴ね」
「……解ればいいけど。わざと私がなんで怒ってたのか説明する為に聞いてたの?」
「そういうつもりもないけれど。私が納得いかない事をその場でとことんまで追求するのは、今に始まった事ではないでしょう?」
「それは……まあ」
……それはおかしいだろう。
セシリアは基本、納得いかない事でも胸の内に貯めこみ、疑問が解消されるまではひたすら自分で考え込むタイプだ。
わざわざ俺達に相談したりはしない。
だからこそ、メイジ大学の時のような問題が発生したのだ。
もっと言うなら、余所のギルドがこいつを引き抜こうと騒動になった時だって、先方のうちのギルドへの迷惑行為が始まってようやく相談したくらいで、それまでは自分の問題だからと誰にも打ち明けずにいたくらいだった。
セシリアは、ギルド全体の問題ならすぐに相談するが、自分一人の問題なら口に出さない。
関わりあいになってそう日が経たないエリーはともかく、プリエラならそれくらい解ってそうなものを。
何が起きてるのかよく解らず、セシリアの顔を見る。
視線が合い、俺が見ている事に気づいてか、柔らかく微笑み返してくる。
それだけでもう、何を意図してのやりとりなのかがなんとなく解ってしまった。
そう、セシリアはプリエラの発言に、その仕草に、何らか感じていたのだ。きっと。
「セシリアさんがそういうのは仕方ないけどさ。私の気持ちもわかってよ」
「ああ、気を付けるぜ」
「ごめんなさいねプリエラ」
「あの、すみませんでした」
「ん……解ったならいいよ。私も、ちょっと強く言いすぎた気もするし」
こういう、怒った後に自分でもちょっと後悔してるのか、恥ずかしそうに視線をうろうろさせるのはものすごくプリエラしてるんだが。
さっきまでのセシリアへの反論の的確さといい、セシリアに対しての人間評が微妙にずれていたりと、確かにおかしな点はいくつかあった。
「プリエラだけどプリエラじゃない」みたいに感じる違和感。
これはエリーにはちょっとわからないポイントかも知れない。
「ところでプリエラ」
「なに?」
「ミゼルが貴方の事を心配していたのは聞いている? 顔を見せてあげた方が良いのではなくて?」
話の切り替わり。
それまでのプリエラの独擅場から、セシリアは話を一気に変えていった。
恐らくこの場の空気は、セシリアが支配していたのだ。
怒られている間はじっと話を聞くにとどめていたのも、こうして場の主導権を握る為だったのではないか。
相変わらず頭のよく回る奴だった。
「そっか……ミゼルも心配させちゃってたもんね。ちょっと行ってくるね」
「ええ、いってらっしゃい」
「ドクさんとエリーは無理せずログアウトしてよね? ほんと、大変なことになっちゃったら困るんだから」
「ああ、俺もすぐに落ちるよ」
「私もそうしますわ」
「ん……よし。それじゃ」
しゅ、と転移奇跡を使い、プリエラはたまり場から去っていった。
この、最後に釘を刺しながらも転移するのも、らしくないなと思うポイントな気がする。
-Tips-
テレポート(スキル)
ヒーラー系列の上位職およびエクソシストが扱う事の出来る空間転移系の奇跡。
使用する事で使用者本人があらかじめ座標メモを取ったポイントに転移する事が出来る事から、『転移奇跡』とも呼ばれる。
習得に際してそれほど難易度は高くなく、ヒーラー系列上位職ならば誰でも扱える基本スキル的な存在とされている。
転移そのものはイベントマップなどの禁止マップ、所属外のギルド拠点や個人の家屋などの禁止領域が存在し、どこでも必ず可能という訳ではないが、一度行った事のある場所なら瞬時に移動可能な利便性から、しばしばソロ狩り時の移動用や緊急脱出用など様々な用途で多用される。
座標メモは陸地に限らず、水中や空中、洞窟内などの土中やイベントマップであっても可能で、転移が禁止される場所であってもメモ自体は可能である。
禁止される場所でメモを取るメリットはあまりないが、イベントなどで転移解禁された際に即座に移動可能な点が強みではある。




