#4-1.正当なる取引
信じられない状況だつた。
運営さんが今さっき「ここは安全」と言ったはずの場所に居たのに。
だというのに、俺の後ろにはゲームマスターが居たのだ。
「なるほど、誘導尋問って奴か」
してやられた、と思った反面、同時に迂闊な発言をしなかった俺自身の判断には間違いはなかったと安堵もしていた。
もしここで俺がフランチェスカの案に乗っていたなら。
少なくとも乗り気である所を見せていたなら、何が起きていたのか。
想像に難しくもない。
わざわざこんな事をしているのだ。これを機にデリートか、何がしか不利益を被っていたに違いない。
今でこそ満面の笑顔を見せているゲームマスターだが、彼女に反抗する意思など見せていたらこの顔になっていた保証などどこにもないのだから。
「勘違いしないで頂戴。私は別に、ドクを罠に嵌めようと思った訳ではないのよ?」
ふわりと、中空を滑るように舞い、俺の正面へと降り立つ。
愉快そうに俺の顔を見つめ、それから静かに、フランチェスカの方を見やっていた。
再びフランチェスカの方を向けば、どこか悔しげな、複雑そうな表情。
「――貴方の言っていた程には、私はプレイヤーからの信任を失っている訳ではなさそうね? フランチェスカ?」
「……はい」
苦虫を噛み潰したかのように返した返答は、どうにも納得できていなさそうな、そんな感情を透かしていた。
「ドク。このフランチェスカはね。私がプレイヤーから信頼されていないから、ゲームマスターの座から引きずり降ろそうとしていたようなの」
「それはっ――」
「黙りなさいフランチェスカ。貴方に発言を許した覚えはないわ」
「……っ」
刺すような威圧感が放たれ、びり、と肌が痺れる。
俺に対して向けた訳でもないだろうに、その空気の揺れ、重さは俺にも確かに感じられたのだ。
直接向けられたフランチェスカなどは、既にまともな反論も出来ず、竦んでしまっていた。
そうして分かったのだ。
――こいつら、反抗しようとして失敗したのか、と。
「俺一人をサンプルにしても、全体の総意にはならないんじゃないのか? もちろん俺は、あんたに歯向かう気なんてないけどな」
既に神々が屈しているなら尚の事、人の身でこいつらに歯向かうのはバカバカしい。
俺は別に、今の運営に不満がある訳じゃない。
プリエラがいなくなった原因は気になるが……確かにプリエラとは会いたいし訳も聞きたいが、無事ならばひとまずはそれでいいのだ。
ただ、だからと俺以外が運営サイドに反発心を抱いていないとは言い切れないのもまた事実。
ベータテストの頃から今に至るまで、運営サイドが動いた結果、あるいは動かなかった結果、何がしか不利益を被った奴もいるはずで。
例えばコーラル村の一件で親しい人が死んだ奴にとっては、運営サイドは憎い仇と思っていても不思議ではない。
そんな個人の感傷に至るまで、俺は保証しかねる。
だが、ゲームマスター殿は満足そうだった。
「いいのよ別に。神々が利用しようとしたのが貴方で、貴方がそれを拒否した。その事実があれば、それで十分なの」
「……フランチェスカ達が何かしようとした時に、俺達を巻き添えにしようとしたと?」
「そうね。貴方達ならきっと、私に反旗を翻してくれるって思ってたのかもしれないわよ? そこの運営さんと一緒になってね?」
「……」
既に発言権を失っているフランチェスカは黙りこくってしまったが、運営さんはそれとは別に、線目のまま静かに言われるままになっていた。
反論する気が無い、というよりは、状況の推移を見守っているかのように。
「ねえドク。貴方が私に反抗する気が無いのはよぉく解ったわ。私だって別に、罪もなきプレイヤーを罰するつもりなんてない」
「だが、気になる事はある」
「プリエラの事かしら? 貴方の相棒で恋人の」
「ああ、そうだ」
「返して欲しい?」
「返せるならな」
ここでプリエラを返せるか、という話に繋がったのが意外だったが、返してくれるならそれに越した事は無かった。
ただ、同時にこの話の流れで「そのまま素直に返してくれるわけないよな」という、ある種の予想もできていたが。
「勿論返せるわ。ただ、条件がある」
「なんだ?」
「私はプレイヤーサイドからの生の情報が欲しいの。運営サイドは……なんかもう、皆私の事を嫌いみたいだから、信用できなくなっているし」
「運営の人達は、皆デリートしちまうのか?」
「そんな事はしないわ。引き続き私とこのゲーム世界の役に立ちたいという人には残ってもらうし、そうじゃなければ神々の世界に戻ってもらう事になるかしら? 不満を抱いたまま私に無理に従えなんて言わないわよ」
こいつ視点で、運営サイドの人達は反逆者とも言える存在だと思うのだが。
それにしては随分と温情のある対処のように感じられた。
勿論、何かしら裏があるのかもしれないが。
「それに、実際の所人手不足な事には違いないしね。それを補える誰かしらが入らない限り、残りたい人を無理に追放する気はないの」
「あんたらにとってはそこが泣き所な訳か」
「そういう事。これから更に沢山の新規プレイヤーが押し寄せてくるかもしれないのに、わざわざその対応ができる人達をリストラなんてするのは馬鹿げているでしょう?」
「確かにな」
今ですら人手不足。
それこそ猫の手でも借りたいだろうにこんな状況で人数を減らせば、当然運営状況にも無理が出てくるはずだ。
いくら反抗の意思を持っていたからと、簡単には切れないだけの状況が彼女達にもあるのだろう。
「本当のところはね、貴方に私の協力者になってもらえれば一番なのだけれど。貴方なら管理人さんにしてあげてもよかったんだけどねぇ」
「情報提供くらいならまだしも、運営サイドになる気はさらさらないな」
これに関しては前も断ったことながら。
俺はプレイヤーとして楽しみたいが故に、運営サイドに加担するつもりはなかった。
フランチェスカ達に協力するつもりもないが、ゲームマスターの手駒になるつもりもないのだ。
そこは解って欲しいポイントだった。
「ま、それは仕方ないわね。自由を求めるのもまた、プレイヤーの性というものかしら?」
「そうかもな。組織に依存したい奴もいるだろうが、自由を謳歌したい奴は、きっとそれ以上に多いはずだ」
だからこそ、俺達はこのゲーム世界を愛していたのだ。
何をしてもよくて、やった事の責任を自分で背負える世界。
リアルだけではこの実感、味わう事などできはすまい。
-Tips-
フランチェスカの乱(事件)
運営サイドの中枢である『管理人』の職に就いている女神フランチェスカが、ゲームマスターに対し反旗を翻そうとした一連の事件。
首謀者のフランチェスカ他数名の神々は、運営さんを始めたとしたプレイヤーやNPCを利用しイベントにかこつけたゲームマスターに対しての反逆を企て、これによりゲーム管理権限を簒奪しようとしていたと見られている。
事前に『参謀』の先読みによって対策を練っていたゲームマスター・パンドラはこれを容易く鎮圧。
首謀者の一人フランチェスカは商業の神であると同時に、ゲーム世界においてはプレイヤーに様々な奇跡を授ける中間的な存在の為デリートする訳にもいかなかった為、ゲームマスターは彼女の身柄を拘束はしたものの、他の首謀者と違い追放する事はせずしばし手元に置く事となった。




