#12-1.終わりの為の始まり
歩いた事のない、だけれど知っている野道を歩む。
少し寒さを覚える風と、それでいて暖かく包み込む様な陽射しを背に受けながら。
一人、そこを目指してのんびりと歩む。
結局、私達には手駒が足りないのだ。
ならば、増やす他ない。
私だけでは情報源にはなれても力としては弱すぎる。
ゲームマスター一人でも、やはり現状以上に進ませるのは難しい。
あと一人。信頼のおける誰かが居れば、それだけで変わる事が出来るのではないか。
私だけじゃない。彼女もやはりそれを考え、協力者を欲したのだ。
あるいは……
「こんにちは~」
そうして訪れたのは、リーシア南にある『シルフィード』のたまり場。
今まで起きた事件の多くは、騒ぎになる前に彼らが解決していた。
ゲームマスターもそこは一目置いていて、特にサブマスターのドクさんは、いつかは手元に欲しいと思っていたのだとか。
それに、各々の交友関係の広さも一目に値する。
彼らの協力を得られれば、プレイヤーサイドからの支持も得やすくなるのは確かだった。
「あれ? 見ない顔だね。新しいプレイヤーさん……かな?」
今回の目的は、この人。
淡いチョコレート色のロングヘアーのプリエステス。
私を見ても驚いたりはせず、にこやかあに出迎えてくれた。
都合よく一人とはいかず、マルタさんも居たけれど、気にせず寄っていく。
「初めまして。私、カヌレって言います。プリエラさんは……貴方で良かったですか?」
「うん。私であってるよ~、初めまして♪」
「はい! それで、プリエラさんにお手紙を渡したいという方が居たので持ってきたのですが……受け取ってもらえます?」
直接用件を伝えるという事はしない。
事情を伝えれば私の素性を疑われる事になりかねないから、今はそれは避けたかった。
今はあくまで、手紙を渡すにとどめる。
手紙と聞いて、プリエラは不思議そうな顔でマルタさんと見合わせる。
まあ、思い当たりが無ければ不思議だと感じてしまうのかもしれないけれど、この辺り、ラブレターとかはあまり貰った事が無いのだろうか。
ずっと監視していた訳ではないし、交友関係を見れば割と男女隔てなく関わりがあるので、そういう意図の手紙の一つ二つはありそうなものだけれど。
勿論、今回のお手紙はそんな内容ではないけれど。
「ラブレター……?」
「えええ……それはちょっと、困っちゃうなあ」
マルタさんからからかい気味に言われ、それでも悪い気はしないのか、テレテレと笑みを漏らす。
例え本命が居たとしても、誰かから恋慕されるのは悪い物じゃないのかもしれない。
実際、「困っちゃう」と言いながらも不快な様子はないし。
ある程度の心の余裕があるから、そんな対応ができるのだろうか。
「ラブレターかは解りませんけど、お渡ししてもいいですか?」
「あ、うんっ。ありがとうねわざわざ。誰々さんがこれを?」
満面の笑みで受け取ってくれた。
本当に、ギルドに居る時のこの人は明るい印象が強い。
教会に居る時とは全く空気が違うから、別人なんじゃないかって思ってしまう。
これが、この人のロールプレイなんだろうか。
それとも、彼女達の前では表に出せない素なのだろうか。
少し気になる点ではあるけれど……まずは用を果たさないといけない。
「えっと、『ウェニー』さんからです。ご本人から、『そういえば伝わるはずだから』と言われまして」
「……え」
温かなお顔が、一瞬で凍り付いた。
見開かれた瞳は、「どうして?」と困惑と驚きとをまぜこぜにしたような色を成していて。
そうして、身の纏う雰囲気も、私のよく知る『ゲームマスターとしての彼女』のそれだった。
普段仲間の前で隠していても、こういう時には隠し切れない。
そんな、彼女の本質が。
「私は街中でクエストとして頼まれたのでよく解らないんですが、お友達の方なんですよね?」
「プリエラ……?」
ダメ押しに「私は詳しくは知りませんよ」アピールをして反応を窺う。
マルタさんが何かに気づいたのかプリエラに声をかけるけれど、プリエラは「ううん」と、また微笑む。
微笑みの種類が違う。無理に誤魔化した笑顔だった。
内心ではまだ、困惑しているか、混乱しているか。
いずれにしても、表面上で平常を保つので精一杯なのかもしれない。
「その人が『ウェニー』だって名乗ってるなら、お友達だよ。ちょっと、考えが違ってて違う道を進んだの。でも、私にとってはお友達だから」
「そうなんですか。良かった」
「そのお友達からのお手紙なら、気になる内容ね……?」
「うん、そだね……ありがとうねカヌレちゃん! お礼と言ってはなんだけど――」
「いえいえ! お礼は相手方からもうもらってますので! 私はこれで失礼しますね!!」
「あっ……」
目的が果たせた以上、ここに居座る必要はない。
私はあくまで目的のためにここにきた駆け出し冒険者。
長く傍に居たら変に感化されるかもしれないし、今はまだ、プリエラを呼び込めればそれでいいのだから。
後ろから聞こえてきた声から、もしかしたら呼び止めて何か聞こうとしていたのかもしれないけれど。
私はそのまま駆け出し、たまり場を後にした。
-Tips-
ラブレター(概念)
意中の相手に想いを伝えるための手紙。
多くの世界では、人類をはじめとする知的生物達は古くより様々な手法で自身の恋愛感情を意中の相手に伝えてきたが、このラブレターはその中でも特に古典的かつ幅広く利用されてきた手段である。
多くの場合、真摯な文面で自身の好意を相手に告げるものが多く、普段どれほどばかげた行動を取る者でも、この際には真面目な、真剣さが伝わるようなものであることがほとんどである。
ただし、その『真面目さ』はあくまで姿勢であって、内容的には難解なポエムであったり、思い上がりや誤解から来る上から目線なものである事もあり、必ずしも受け取る側にとって好意的に受け取れるものではない。
また、受け取る側が頻繁にラブレターを受け取る機会にある場合は、直接的に告白するよりも成功率が低く、場合によってはロクに読まれもせず破り捨てられる事すらあるため、『労力には見合わないのではないか』という論評も専門家の間では出ている。
実際、ラブレターによって恋人関係になる男女あるいは同性同士というのはどの世界においても比較的少数で、成功したケースでも、どちらかといえばそれがきっかけで互いの好意を確認したり受け取った側が恋愛感情を自覚し、それによって恋人同士として付き合う事になる傾向が強い。
尚、レゼボアにおいては他世界と異なり恋人になる=結婚する意志のある、生涯を共にする相手とみなす となる為、若年層において安易な気持ちでラブレターを書くといった行為は軽率かつ大変破廉恥なな行為であるとみなされている。




