#1-2.善良ギルドに忍び寄る古参の影
リーシアから転送一回で来る事の出来る『海洋都市カルナス』は、『商業の要として発展している街』という設定らしく、リーシア以上に商業施設が豊富に建てられている。
商人ギルドや錬金術士ギルドの支店もあるし、冒険者向けの酒場の数も多い。
街の東にある港では月に一度、商人ギルド主催の蚤の市なんかも開かれる。
特徴的なのは港に寄港する定期船で、これを使うことによって遠隔地にある海辺のマップに移動したり、海洋系のダンジョンのある島に移動したりする事も出来る。
海伝いで他の街に移動する事もできるので、転送が繋がっていない地域に行きたい時にはカルナスに立ち寄る必要があったりと、転送面で各方面に繋がってるリーシアとは別の意味で交通の要衝とも言える街だ。
もっとも、一度船出すると場所にもよるが日~月単位で降りられなくなるので、ある程度の覚悟やなんかは必要だが。
「おー、あったあった」
カルナスに到着するや、すぐに西側に向け歩き、ほどなく目的地の白い建物へと到着。
瓶に入った牛乳とイチゴのカラフルなイラスト。
それから『ミルクいちご同盟』と入り口上の看板に丸文字で書かれているのを確認して、中へ入る。
二階建ての簡易な拠点だが、中に入れば薄緑色の壁紙に彩られた、清潔感溢れる空間が待っていた。
正面にはカウンター。奥の方でスキンヘッドのいかつい中年男が、他のギルドメンバーらと談笑に耽っていたが。
「ん……? あれ、あんたは――」
「よう、久しぶりだなカイゼル」
俺に気付くや、驚いたようにこっちの正面に立つ。
「ドクさんじゃねぇか!? いや、その――今日はどんな用事で?」
まあ突然の来訪だし、驚かれるのは無理もないとは思うが。
それにしても、少し戸惑いすぎじゃなかろうか。
見ればギルドの連中がちらちらとこちらを窺っている。落ち着かない。
「あんたも知ってるかもしれんが、うちのメンバーがそっちのギルドの若いのに世話になったと聞いて、ちょっと挨拶にだな――」
ともあれ、世話になったのはうちのギルドのメンバーなのだ。
相手の態度はともかくとして、礼節は通さなくてはなるまい、と、礼を言おうとしたのだが。
「――な、なんだと!? そ、そんな、まさか、うちの奴らが……」
何故かカイゼルは大仰に驚いて、カウンターからこっちに回ってくる。フルフルと震えているのはなんなのか。
そのまま何をするかと思えば、突然跪くのだ。意味が解らない。
「すまねぇっ! うちのギルドの奴が、おたくらに迷惑をかけちまったみたいで! こ、この通り頭を下げるからっ、どうか制裁だけはっ! 制裁だけはやめてくれっ!!」
「なっ――!?」
――カイゼルよ、お前もか。
まさかの勘違いに、驚きを通り越して絶句してしまった。
俺が悪いのだろうか。そんなに俺のイメージは悪いのだろうか。制裁って。
「ま、マスター、何を……」
「た、頼むっ、この通りだ!! 若い奴らの中にはたまに馬鹿なことする奴もいるが、こいつらは俺にとっちゃこの世界でできた息子や娘みたいなもんなんだ!! どうかっ、どうかこのギルドだけは――後生だっ!!」
ギルドメンバーらも突然の事に驚いた様子だったが、カイゼルは構いもせず額を床にこすりつける。
ちょっとだけ感動してしまいそうな素晴らしい台詞を聞いた気がしたが、これらは全て誤解の上で出た言葉である。
「……まてまてまて。違う、そうじゃない」
とりあえず、誤解を解かなければ何も始まらない気がした。
頭が痛い。俺が一体何をしたと言うのか。
こんな事なら実際にここのギルドの奴らと関わったセシリアにでも任せておくんだった。
いや、やはりもう少し待ってサクヤをつれてくればよかったのだろうか。
すごく余計な事をした感が否めない。先走ったか。先走っちゃったか俺。
「――はっはっはっはっ!! なんだ、そういう事だったのか、それならそうと最初から言ってくれりゃ!! ドクさんも人が悪いぜ!!」
それから数分後がこれである。カイゼル、上機嫌で高笑い。
状況を飲み込んでくれたのは助かるが、なんか納得いかないものを感じてしまう。
「最初からそう言ってるだろうが……まあ、それでだ、カイゼル。うちのマジシャンが世話になったから、その礼で、何かできればと思ってな」
「何かって言うと?」
「俺個人で手伝える事なら何でもいいぞ。ボス狩りの手伝いとか、狩りの手伝いとか、必要なアイテムの採取に使ってくれても良い」
恩に対してはしっかりと報いなければギルドの体面は保てない。
このゲームはプレイヤー同士の横のつながりというのがかなり大きく影響するのだ。
ソロプレイヤーであっても、完全にお一人様で生きていくのはかなり厳しい。このあたりは実社会よりも厳しい面だろうか。
逆に、個人間でもそうだが、ギルド間でもこういうつながりを大切にすれば、それは後々助けになる事もあるのだ。
今回は先に助けてもらったが、次は俺たちがこいつらを助けるかもしれない。
恐らくカイゼルだって、似たようなことがあって世話をしたのがこちらなら、同じように礼を言いに来るだろう。
「あ、マジシャンって、この間の女の子の事かしら? マスター、ほら、私たちがマタ・ハリと出くわしたのを話したじゃない?」
遠眼にこちらを見ていたメンバーの一人が、横から話に混ざってくる。金髪のプリエステスだ。
「うん? そんな話してたっけか?」
「したした。もう、忘れちゃったの?」
「いやあすまねぇなあ。俺も歳みたいだぜ」
がははは、と、威勢よく笑うが、きちんと話がされていたのを忘れていてさっきの土下座劇が起きたのだとしたら、正直笑えない。
話が通ってたのなら「ああ、あの時の」とか返ってきてそのままスムーズに話が進むはずだったのだ。おのれカイゼル。
「いや、しかしなあ。世話って言ったって、マタ・ハリはそっちのメイジさんがやったんだろ? セシリアさんだっけか? あのすげぇ綺麗な人」
「そいつはセシリアで間違いないが、あいつはバトルメイジだからな。メイジって言うと地味に気にするから気をつけてくれ」
自分から話を逸らすのは好きではないが、セシリアの数少ない逆鱗の種だったりするので、そこはきちんと訂正を促す。
「うん? ああ、そうだったか、すまねぇ」
カイゼルも思い当たりがあるのか、口元を押さえて小さく苦笑いした。
喰えない親父であるが、それでも怒ったセシリアの怖さは解っているはずだった。
「まあ、それはいいとして、だ。セシリアがそこにいたのは偶然だろうし、何よりそこまで逃げられたのはこのプリさん達のおかげらしいからな。その辺りはサクヤからも聞いてある」
「その、サクヤちゃん達は元気なんですか? ブラックレインを浴びてたみたいだから、ちょっと心配だったんですけど……」
「ああ、知り合いのハイプリエステスに頼んで速攻で解いて貰った。長引くとやばいからな……」
ブラックレイン自体は複数人聖職者がいればなんとか解呪できるのだが、呪いを受けている間の精神的なダメージ自体は長引けばそれだけ蓄積して行くので、今回は腕利きに頼んだのだ。
「ミゼルさんに!? はー……でも、無事なようでよかったわ」
さすがプリエステスだけあってミゼルの名前では驚いたようだが、それ以上にサクヤのことで安堵してくれてる辺り、かなり人が善いのだろう。
ありがたいことだ。こういう奴が増えてくれれば、このゲームももっと楽しく、生き易くなるはずだ。
「俺としちゃ、こういう助け合いってのはお互い様だから、わざわざドクさんが動いてまで何かしてもらわなくてもって思うが……でも、丁度人手が足りなかったんだよなあ」
なんだかんだいいながら、口もとをにやりと歪めるカイゼル。
まあ、いいのだが、もう少し普通に嬉しそうにはできないものか。
顔立ちと相俟って、とても善玉ギルドのマスターとは思えない表情過ぎる。俺が思うのもなんだが。
「ボス狩りか?」
「いいや、実は今度ギルドで『絶望の塔』に挑戦しようと思っててよ。必要なお守りを作るための『銀真珠』が圧倒的に不足してるんだ」
「なるほどな」
つまり、それを集める為に人手が必要、と。
確かに銀真珠集めは手間がかかる作業なので、人海戦術で一気にぱぱっと片付けてしまったほうが速い。
需要が高い割に産出量も少ないので市場にはあまり出回らないし、自力入手を考えたのだろうが。
「そういう事なら、ウチのギルドで暇な奴も連れてくるか? 銀真珠集めるだけなら危険度なんてほぼ無いし」
「お? ほんとかい? そいつぁありがてぇな! 是非とも頼むぜ!」
銀真珠の産地は、危険度が低く遊びで行くにも悪くない場所なので、サクヤでも安心して連れて行けるだろう。
狩りなら大暴れしてやろうかと思っていたが、まあ、こういう事もあるものだ。
「んじゃ、ちょっと急だけどよ、明日にでも頼むぜ。ウチの連中は全員参加するから、まあよろしく」
「ああ、解った。集合場所は?」
「向こうで落ち合おうや。ゲーム時間で丁度正午がいいんじゃねぇかと思うんだが……」
「OK、んじゃ、向こうの村の入り口で集合な」
一度決まればポンポンと話は進む。
明日は楽しい潮干狩りだ。普段はあまり行く事の無い海洋マップだが、この機会に色々開拓してみるのも悪くない。
「あ、一応潮干狩りの道具は忘れないでくれよ。あっちでも貸し出してるが高いからな……それと虫除けもな」
「解ってるさ。じゃあな」
カイゼルが心配するまでも無く、諸所の準備は既に済んだも同然だ。
何せ我が倉庫の中には常に様々なイベントに対応できるよう色んなグッズが複数セット用意されている。
以前ギルドで潮干狩り大会を企画した時なんかも忘れ物をしたおっちょこちょいさんの為に予備の潮干狩りグッズをいくつも用意してあったほどだ。
……もっとも、そのイベントに参加してくれたのは一浪だけだったが。
こうして、俺はたまり場へ戻り、この突発的な小イベントの告知をたまり場の連中にしたのだった。
-Tips-
海洋都市カルナス(場所)
リーシアから南に10マップ、東に15マップほどの距離にある都市。
街の半分が陸地、もう半分が海と隣接しており、港になっている。
各方面への転送ルートが豊富にあるリーシアと異なり、船を利用してのルートが豊富な海上交通の要衝だが、転送奇跡が一般化した現在では人の行き来が多い島やダンジョンなどにはそちらで直接転送してもらう客が増えている。
海岸線は緩やかで日中は釣り客のほか、海水浴を楽しむ客で賑わい、街も商人が集い様々な商品が並ぶ。
常夏の地形の為リーシアと異なり常に気温が高いのも特徴の一つである。




