#1-1.スーツを着るとマフィアの幹部にしか見えない男
たまり場にて。
一週間ほど経ってしまってはいたが、サクヤが世話になったというギルドへ礼に行こうと、いつもと違う服を着て、プリエラにおかしな所は無いか見てもらっていたところ、マルタと一浪が現れた。
「よう」
「二人とも、こん~」
「こんにちは……なに? その格好は」
「うぉっ、ドクさんが珍しく普通の格好してる!?」
手鏡なんか見ていたからなのか、マルタも一浪も驚いた様子で俺の上から下から、じろじろと遠慮なく見てくる。
ちょっと恥ずかしくなってしまうが、まあ、確かにいつもの司祭服と違うので無理もないだろう。
それでも、普段からそこまでおかしな格好はしてないはずなのだが。
「それで、なんでそんな格好してるんだい?」
しばし無言で見ていた二人だったが、やがて一浪が疑問を口にする。
「ああ……ちょっとサクヤが世話になったギルドがあってな。これから挨拶に行くんだが――」
「サクヤが……?」
「挨拶に行くって……それって」
俺の返答を聞くや、マルタと一浪は途端に真面目な顔になり、互いに顔を見合わせて頷く。
「……なるほど、そういう事なら私も一緒に行くわ」
「ああ、俺も付き合うぜ」
そして何故か同行するつもりらしかった。
「いや、別に構わんが、なんだ唐突に?」
「数は多いほうがいいでしょう?」
「ドクさん一人に大変な役を押し付ける訳にはいかないしな!」
謎のやる気がこいつらを突き動かしていた。
「ところでドクさん、武器は何が良いかしら? やっぱりトラバサミ? それともゾウバサミいっちゃう?」
「ふっふっふっ、ついにこの間買ったツヴァイブレイカーが役に立つ時が来たか!!」
そして何か物騒な事を言いだしやがる!?
「ちょっと待てお前ら!? なんで挨拶に行くのに武器が必要なんだよ!?」
「さすがドクさんだわ……相手のギルドを潰すのに武器なんていらないのね。素手で十分って事かしら?」
「下手に武器なんて使ったらやりすぎちまうかもしれないもんな……そんな事まで考えてたなんて、さすがドクさんは慣れてるな」
何故か感心される。
――違う。違うんだよ。早く気付け。誰か突っ込みを入れてくれ!
儚い願いを篭めながら隣に立っていたプリエラに視線を向ける。
「え……わ、私、てっきりこの前サクヤを助けてくれたギルドの人達にお礼を言いに行くものと……違ったの!?」
「違わねぇよ!? まさにその通りだよ!!」
こいつが時々天然気味になるのを忘れていた。なんかもう、グダグダである。
「つまり、『これは礼代わりだぜ!』とか言いながら善良なギルドを皆殺しにするのか……」
「さすがドクさん鬼畜だわ」
「お前らまだそれ引っ張るのかよ!?」
勘弁して欲しい。俺は恩に報いる為に出かけようとしてるのに、なんでこいつらはそろいも揃って俺をサイコキラー扱いしたがるのか。
仲間のはずの奴らからのあんまりな扱いに、途方に暮れてしまう。
「本当に違うの? そんな格好してるからつい、殺人ピエロよろしく本気で殺戮ショーを演出しようとしてたのかと……」
「お、俺は冗談で言ってただけだからな?」
そして、ここにきて一浪とマルタの立ち位置が分かれた。
天然はここにも居た。
もっとも、マルタに関してはプリエラやサクヤのような可愛げのある天然ボケではなく、非常に厄介な天然サイコパスの方なのが難点なのだが。
こいつは、俺が善良ギルドを皆殺しにするのに加勢する位のつもりで話していたんだろう、きっと。
「ゾウバサミ、試したかったのに」
ぽそりと聞こえてきた独り言が怖い。
元々感情の起伏が乏しい奴だがそれが余計に怖さを増させる。
「……と、とにかく、そんな物騒な理由じゃないからよ」
「まあ、俺が行っても役には立たなさそうだし、ここで待つことにするよ」
「私もそうするわ」
とりあえず納得してくれたらしい。
一浪は解ってたんだろうが、マルタが小さくでも頷いてくれたのはありがたかった。
まだ暴走する事はなさそうだし、一安心だ。
「うん、こんな感じかなあ」
「そうか。んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ」
ほどなくしてプリエラから見ておかしなところも無いらしいので、これ以上面倒な事になる前にさっさと出かけることにした。
本当ならサクヤを待ってからにしたかったのだが、これ以上この場に留まりたくなかったのもある。
「気をつけてねー」
「いてらー」
「ヘマすんなよー」
三人に見送られながら出立。目指すはカルナスだ。
-Tips-
お礼参り(概念)
自分や身内が受けた恩を、恩人に返すために行う行為。
または、受けた悪意を相手に返すために行う行為。
恩に対しては2倍返しが、悪意に対しては3倍返しが常識の範囲と言われており、それ以上は相手を困惑させるものとしてあまり好まれない。




