#6-3.リアルサイド41―NOOT.は今日も読めない―
リアルでの生活。
今日は朝一での情報局への出向を命じられ、番組をスタッフに任せて急遽情報局のある上層へと向かった。
リアルでの私は、アイドルとしての生活だけでなく、公社情報局の上級幹部としての役割も求められる。
実質上位二位の立ち位置にあるトップアイドルは、秘匿された存在である情報局局長に直接会う事が出来る。
「いらっしゃいトップアイドルさん」
「おはようございます、局長」
銀髪の少女型映像。
他でもない『NOOT.』が、『局長室』と書かれた一室にて待ち受けていた。
これが『公社情報局』の局長。つまり、兼任である。
「緊急で御用という事で来たのですが……中央タワーではだめだったんですか?」
「だって今日は四天王が来てるし……たまには私が居ない空間でお喋りさせてあげたいじゃない?」
「喧嘩になりませんか……?」
「なるかもしれない」
「えええ……」
四天王の人達は古参勢と新人勢が対立している為、NOOT.の存在なしのまま放置すると口論になりかねない。
NOOT.はこれすらも退屈しのぎの一環程度にしか思っていない節があるので、命令さえすれば二度と口論なんてしないだろうに敢えてそれをせず放置している。
結果、四天王が四人集まると険悪な雰囲気が広がるようになる。
きっと今も、一か所に集められた四人がなんとも重苦しい雰囲気の中対峙しているんじゃないかなあと思うのだけれど。
当のNOOT.はどこ吹く風である。
「四天王の事なんて気にしなくてもいいのよ。そんな事より貴方、ちょっと『五人囃子』の様子をモニタリングして来て頂戴」
「あの……それって下の人達でもできますよね……?」
「私が気が向いたから今日はプリン記念日」
「意味が分かりません……はあ」
なんで私こんな人の部下なんだろうと憂鬱な気持ちになりながら俯くと、わざわざ瞬間移動して真下に現れる。
しゃがみこんで私の顔を見上げてきたのだ、流石にこれは驚かされた。
「ちょ……なんて事するんですか」
「下に何かあるのかと思って。それとも床を眺めているのが好きなの?」
「……好きじゃないですけど。でも、なんで五人囃子を? 貴方の配下では?」
「ええそうよ。だけど今は野放しにしてるの。最低限の役目さえ果たせばそれでいいって管理権限放棄してるから、割と何でもし放題なの」
「なんでまたそんな面倒くさいことを……」
相変わらずこの管制システムのする事はよく解らない。
いや、管制システムの考えを読もうとすることが間違ってるのかもしれないけれど。
それにしても、なんでそんな事を私にさせようとしているのか謎が多かった。
そもそも、私と五人囃子って接点ほとんどなかったし。
管制システムたちに干渉するなら、私よりもNOOT.の方が遥かに有意に行えるだろうに、わざわざ私を選ぶその理由。
……多分ロクでもない理由か、あるいはまったく意味がないかのどちらかだと思うけれど、本当にこんなのがレゼボアの統合管制システムなのだと市民が知ったらどんな混乱が待っているやら。
とてもじゃないけど、漏らす訳にはいかない事実だった。
「とにかく頼んだわよ」
「はあ……解りました。とりあえず、概念認識経由でモニタリングしますね。リンク許可をください」
「既に権利は与えているわ。好きにやりなさい」
「……理解がある上司で助かりますよ、はあ」
ため息が尽きない。
皮肉を口にしても私の上司は全く顔色も変えず、ニコニコと笑っているだけ。
これで少しくらい悔しそうな顔をしたりすればそれだけでスッとするだろうに、そんな事すらないのだからたまらない。
それでも、やるべきことがはっきりしているのだからいくらかはマシかもしれない。
管制システムのモニタリングをするだけならそんなに難しい事は無かった。
彼女達には、人間的な『感覚』が存在しない。
だから、システムやネットワークに関わる部分での直接干渉には人間以上の速度で反応し対応しようとするけれど、一歩離れた場所から見ているだけ、という行為に対しては反応できないのだ。
生物なら少なからず持つ『見られていると感じる感覚』が備わっていない管制システムだからこそ、それが可能であると言えた。
権限を許可された為、その行動を監視する分には何の不自由もないのだ。
ほどなくデータ操作を終えると、概念認識能力がNOOT.と共有され、管制システム達の行動を『視覚的に』把握できるようになる。
目の前に一斉に広がるデータの海。
無数の1と0とが飛び交い、別の数字へと変化していく、情報という名の数字の世界がそこにはあった。
「相変わらず……見ているだけで頭が痛くなるような……」
「これらの意味が解ってしまう人間には辛い光景みたいね。こういうのはむしろおバカさんの方が気楽にできるみたいだけれど」
「……遠回しに褒めていただけて嬉しいです」
数字の意味が解るという事は、今飛び交っている数字たちがどのような意味かを認識できてしまうという事。
これらすべてに意味があり、そして世界構築のために存在しているのだと初めて知った時、私は息をするのさえ忘れるほど震え、怯えた。
普段見えない数字だけの世界。
これこそが『数字の支配する世界』レゼボアの真の姿なのだから。
私達は、知らずに自分達に見える世界だけを真実その世界なのだと認識していたから、こんな世界が広がっていたなんて思いもしなかったのだ。
同時に、これがNOOT.達管制システム視点では当たり前の光景という事実。
……人間には耐えられるはずが無かった。
短時間ですら頭痛に苦しむのに、こんな世界が毎日のように広がっていたら、きっと気が狂ってしまう。
とりあえず、五人囃子全員の行動を監視するべく彼女達の扱うデータの流れを数字単位で見つめ、日常との差異がほとんどない事を確認する。
「……そんなに変化があるように見えませんね」
「今はそうでしょうね。ああ、もうリンクを切っていいわよ? いつでも繋がれる状態にしてあるから、これから定期的にモニタリングして、結果を報告して頂戴?」
「一つだけ聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「もし……もし、五人囃子の誰かがその、問題になるような行動をしていたら、どうしますか?」
「それを知る事が貴方に何の意味があるのかしら?」
「それは……いえ」
NOOT.が五人囃子について何を探らせようとしているのか。
その結果如何でどうするつもりなのか。
私はつい気になってしまい、問うてしまったけれど、本質それは『私にとってどうでもいい話』のはずだった。
好奇心は猫をも殺す。
つまらない事を気にして、処分されてしまっては堪らない。
そもそも、NOOT.の行動なんて人間には全く理解もできない。
意味なんて全くないこともあれば、多少の意味はあるけれどまったく効率的ではない事を求めてきたりもするし、本当に気まぐれ。
だから、これもそんな気まぐれの一つかもしれない。
ただ、「わざわざそれを聞くの?」と挑発的な視線を向けてくるこの銀髪の少女に対し、私はそれ以上の追求が無意味であると悟った。
聞いても多分、実のある返答は期待できないだろうから。
「ただの好奇心でした。質問を撤回します」
「そう。それは良かったわ」
その返答がNOOT.にとって正解だったのかは解らないけれど。
彼女はニコ、と可愛らしく微笑みながら続けた。
「――だって、意味なんて別にないし」
それが本意なのか、あるいは嘘なのか。
それすらも解らない言葉に唖然としながらも反論も出来ず、私はただ小さく頭を下げ、「失礼します」とだけ告げ、部屋を出た。
こうして、私の日常の中に『管制システムたちのモニタリング』という職務が加えられた。
同時に、私の人生が更に狂うような『企画』も用意されていたのだけれど、それはまた別のお話。
-Tips-
概念認識リンク(概念)
本来世界を構築する『数字』という概念は人類にとって根本的には理解できないものであり、まして存在を『見る』ことはできない。
これは人類には魂を認識する能力が備わっていない為で、これらの概念を認識する事の出来る上位存在と認識能力をリンクする事により、人の身であっても『数字』を直接見る事が出来るようになる。
これを『概念認識リンク』と言い、レゼボアにおいてもNOOT.に直接かかわる事が許されるごく一部の上級幹部にのみ、NOOT.の許可を得た上で使用する事が許される簡易コマンドである。
世界を構築する『数字』を直接見るという行為は本来人間にとってすさまじい負荷がかかり、長期的にこれを繰り返す事で精神的に摩耗し、やがて自壊してしまう事すらある。
人類にとって普段認識できていない、いわゆる『見えてはいけないもの』であり、これを無理に認識してしまう為、脳に多大な負荷がかかってしまう事が直接の原因であるが、同時に世界の構造の一端を見知ってしまう事から人類の矮小さを思い知らされ、精神的な側面からも多大なショックを受ける事が一因であるとも言われている。
尚、『魔王』や『魔王』クラスの存在にとってそれは当たり前の光景であり、これが見えているからこそ自在に世界を操作する事が可能となっている。




