#6-1.ゲームマスター頑張る
今日のゲーム視点はパンドラから。
この人の視点は基本的に同じ場所に座して、『物見の水晶』と呼ばれる巨大なデバイスを経由してゲーム世界を眺める事がメインになるので、比較的傍観者の私に近い感覚でこの『えむえむおー』を見る事が出来る。
今日もまた、熾天使パンドラの姿を模したゲームマスターは、この世界を面白い方向に変えようと試行錯誤していた。
「ううん……今度開くイベント、プレイヤーサイド企画のイベントに似せたような感じにしてみようかしら……?」
豊かな胸の下で腕を組み、ふかふかのソファに背を預けながら、水晶経由でプレイヤー達の開いたイベントを見つめていた。
今日のパンドラは、運営サイド主体のイベントを企画しているようで、水晶には複数のイベント会場の様子が映されていた。
(あ、ドクさんだ)
ちら、とだけ見える見慣れた司祭服のサングラスお兄さん。
誰が見てもすぐそれと気づける特徴的なその人の姿を見つけられてちょっとだけ嬉しくなる反面、「本当にどこにでもいるなあこの人」と苦笑いしてしまう。
とにかくイベントが好きな人のようで、公式製だろうとプレイヤー製だろうとお構いなしに参加してくる変わり者。
だけど、この人がいるとイベントが盛り上がるのも事実で、恐らく企画者としてはこれ以上なく有り難い参加者なんじゃないかなあと思う。
ノリがいいのだ。実際映像の先のドクさんは、謎のダンスを踊りながら外れ装備片手にモンスターの群れを突破している。
転移奇跡も交えてなのでとても奇妙。ていうか何なのあのイベント。皆ダンス踊ってる。
「……ふむ」
パンドラもドクさんの存在には気づいているようで、ちら、とだけそちらを見るけれど、すぐに映像は同じ会場の別場面へと切り替わってしまう。
私程は感情は向けていないらしく、すぐに視線も別の映像へと向いていた。
「駄目ね。既存のイベントでは、どうにもダイナミック感に欠けてしまう……」
もっといい企画はないかしら、と、腕を解きながら小さくため息。
次の瞬間映像はすべて消え、また別の映像が映し出された。
崩壊したメイジ大学と、その中心部にそびえたつタワー。
「……イベントではなく、事件を参考にした方が面白そう」
直近でリーシア近辺で起きた最大の事件・メイジ大学崩壊の一件は、パンドラ的にも大いに興味深い一件だったらしい。
その際に私は主にパンドラ視点だったのでよく解るけれど、この人は大学崩壊の際、即座にメイジ大学学長が熾天使の力の欠片『パンドラの箱』に手を出した事に気づいていた。
運営サイドを動かし公式イベントと認めた結果、運営さんやプレイヤーも動いた事もあって無事に解決された側面もあるけれど、彼女にとって最も重要だったのは、本来封印されていて手出しできなかったはずの熾天使の力の方。
これを利用する事で、彼女はより強い影響力を行使できると判断し、奪取をもくろんだ。
結果として彼女のたくらみは叶い、ゲームマスターとしてのパワーバランスはいくらかこちらに傾いたのだ。
だけれど、それで終わったはずのメイジ大学の一件は、まだパンドラの興味の内にあるらしい。
何せ、あれはイベントとしても大盛況だった。
沢山の参加者が参戦し、多くのプレイヤーはこの事件を事件ではなくイベントとして楽しんでいたのだ。
だから、『誰もが楽しめる、沢山の人が望むようなイベントを』と考える今のパンドラにとって、それは大いに参考になる出来事だった。
イベントとしての側面にも価値があると気づいたのだ。
「難易度設定は後回しとして……とりあえず倒されたら死なずにスタート地点に戻って記憶を失う方式にして……あ、後は一定箇所までたどり着けたらリスタート地点としてそこまでの記憶を保持できるようにしたらいいかしら――?」
今の彼女は、比較的プレイヤーにとって温情の感じられる存在な気がする。
少なくとも私から見ると、かなり真っ当にゲームマスターをやっているというか、かじ取りが上手くなってる気がする。
ゲームマスターとしての影響力を強める事が出来た結果、心に余裕が生まれたのかもしれないけれど……その分、色んな事を視野に入れて、過去に起きた事を参考にしつつも新しい発想を思いつくことができるようになっているんだと思う。
……システムなのにこれができるという事は、これはもう人と大差ないのではないだろうか。
(ディザスターとかとは全然違う感じだよね……仮にも姉妹システムのはずなのに)
概念上ディザスター達と姉妹的な関係のはずの彼女がここまで人間臭くなっているのは、もう一人の人との接触があったからなのか、それとも数多くの失敗が原因なのか。
あるいは、今まで見てきた多くのプレイヤー達の『体験』が彼女に存在としての経験値となっているからなのかもしれない。
いずれにしても、今の彼女にはゲームマスターとしての自覚と、ゲームに対しての思い入れのようなものを感じられた。
「他にも参考にできる事は無いかしら……ライブラリから――」
メイジ大学の一件のみならず、様々な出来事がリーシア近辺では起きている。
例えば廃都ラムでの一件。
あれはイベントの風を装った明確な殺人未遂事件だったのだけれど、プレイヤー殺害を企てたのがモンスター扱いだったので問題なしとされた。
主犯となったお姫様の姿と心を持ったモンスターは用済みになった為に処分され……どういう訳か、今のラムの街とお城は本物のお姫様によって統治されている。
「イベントとしては、誰でも参加できて失敗しても参加賞が得られたから参加者多数で人気だったのよね、あのイベント」
割と突発的に始まったイベントにも拘らず、イベントとしてのあの一件は多くの参加者が集い、復興したラムの街とお城をプレイヤー達に知らしめる格好の機会になったという側面もあった。
そういう意味では、成功した部類のイベントだと思う。
「後は襲撃イベントかしら……?」
その隣の映像は、かなり古い物。
正式実装直後に起きた村の襲撃イベントで、本来はこれが基点となって数多くの地域が大小さまざまなモンスターの群れに襲撃され、最終的にはセントアルバーナにボスモンスターが襲撃、これをプレイヤー連合が迎撃する――というビッグイベントになる予定だった。
だけれど、開幕最初の村が襲撃された際、事前情報から防衛に当たっていたプレイヤーと村人たちが全滅したという情報が入り、「これはパワーバランス的におかしい」と運営サイドで疑問が飛び交い、無期延期となっていた。
彼女にとっては初めての『苛立ち』という感情を覚えた苦々しい思い出ではあったが、これはこれで役に立つのではないかと考えていたのだ。
「あの時はダメだったけれど……今の成熟したプレイヤー達なら、このイベントを乗り越えられるかも……?」
悲劇を求め生み出したイベントではあったけれど、今はそれとは別に、「プレイヤーに楽しんでほしい」「より多くの刺激を体験させてあげたい」という親心のようなものが根本となっていて、全滅をひきおこすようなものを実行するつもりは更々ないらしい。
候補として色んなボスモンスターが水晶に映し出されていたけれど、どれも最序盤の雑魚であったり、プレイヤー相手に殺すところまでは追いつめない温情ボスが中心。
これくらいならまあ、間違って初心者がまざってしまっても死ぬリスクは低いと思う。
「難易度別にボスを調整して誰でも参加できるようにして、死んでもすぐ生き返る設定にすればリスクもないし……うん、これならあの人達も反対はしないでしょう」
当時強硬に反対していた公式さん達の説得もぬかりなしか。
どうやらパンドラは、あの時問題になっていた『達成難易度の高さ』と『余りにも多くの参加者の死』という二つの問題を解消する事で理解を得るつもりらしい。
プレイヤー生存率が上がった事から上位職プレイヤーの増加やプレイヤースキルの底上げも効果が見え始め、今ならこういった「ちょっとてごわいイベント」も乗り越えられるはず、という彼女の目算もそこまで狂いはないように見えた。
もう、あの時のような失敗はしないはず。
-Tips-
ダンス・イン・ザ・ナイトメア開催のおしらせ!!(その他)
運営さんよりのイベント情報です。
この度『海洋都市カルナス』では、夜にダンスを踊りながらモンスターを倒していく特別イベントを開催します!
どんな踊りでもいいのでとにかく踊ってください!
踊れば踊るほどステータスがアップする特殊効果が特設マップに用意されていますので、これを活用して強力なモンスターの群れを突破していきましょう!
一定区画を突破できればボーナスアイテムが授与される他、参加者の方全員に美味しくてありがたい参加賞も用意しています!
ノーデスノーリスクで最初の内は簡単なので、初心者の人も是非是非参加してくださいね!
多くの人のご参加待ってます!!
尚、このイベントはカルナス商店会連合と商人ギルドが主催しています。




