#4-2.リアルサイド40-プロパガンダの支配者2-
そうして、おトイレに行ってから色々とミーファちゃんも交えて簡単な打ち合わせだけして、夜ラインの番組が始まる。
夜ラインの最初の番組はニュースから。
ニュースのラストにボーカリストの夜一曲目が流れ、そのままシームするように次の番組が始まるので、そこでまず歌ってもらう。
その出来がよければ次の際に二曲目を、その次を、といった感じに任せていきたいと思っている。
もちろん、ダメだったらすぐに代われるようにLUNAの人達には待機してもらっておいて、シナリオは常に二種類用意する。
保険を万全にした上での試験登用みたいなもの。
上手く行けばよし、ダメでも気にしない、みたいな。
「――それではこの時間帯のニュースはここまでにして、歌のお時間ですよ~! 今回はななななんと! 新人ボーカリスト『リノ ミーファ』ちゃんのアピールタイム! まだノーマークのボーカリストファンの方、チェックのチャンスかもですよ! デビュー曲『マイルド・メルモルン』、どうぞお楽しみください!!」
今回のニュース内容はそんな大したものではなかったので、すぐにミーファちゃんの出番に入る。
私を照らしていたフレキシブルライトが揺れ、後ろのボーカリスト用のセットで待機していた彼女が照らし出された。
マイクを手に、きり、とした表情。
曲が始まる。
アップテンポの激しい曲。
見た目に似合わず、意外とロックな歌を歌う子らしい。
LUNAの人達となら良い話ができたんじゃないかなあと思ってしまう。
「――っ」
だけど、様子がおかしかった。
最初のイントロから30秒ほどで出だしの歌詞を歌うはず。
だというのに、声が一瞬、ズレてしまう。
「あっ!」
わざとらしく大きな声をあげながら、マイクを持つ手を放す。
自由落下するマイクが、歌い出そうとしていたミーファちゃんの発声を妨げる。
《ブツン》
マイクの落下音。落下時の音が派手に収音され、歌が台無しになる。
ボーカリストにとっての最悪から二番目くらいのアクシデント。
そう、放送事故だ。
「――すみませーん、マイク落としちゃいました! 放送事故でーす!」
曲が止まったので、すぐにボーカリストセットに駆け寄り、カメラの前で頭を下げて見せた。
唖然としていたミーファちゃんに「ごめんね」と小さく謝り、スタジオ隅で呆然としていた監督に視線を向けた。
びく、と震えたのを見て満足。理解したらしい。
「それじゃ、再度やり直しと言う事で、ミュージックスタート!」
再度音頭を取り、音楽が再び演奏される。
突然のアクシデントではあったけれど、そこで緊張感が薄れたのか、今度こそ詰まらずに歌いが始まり。
それ以降は、特に何事もなく番組が進んだ。
「――なんであんなことしたんですか!?」
控室にて。
その日の放送が終わり、帰り支度を始めていた時の事。
結局最後まで歌ってくれたミーファちゃんは、私に向け抗議の声をぶつけてきた。
文句の内容は、まあ、私がマイクを落とした事。
「ボーカリストにとって、歌を歌う瞬間は何より大事なんです、なのにあんなこと――」
「あんなことってー?」
敢えてはぐらかしてみる。
というより、番組が終わってもう疲れた。
早くお家に帰って眠りたいのだ。
私が寝なくてもあの二人はゲーム世界で好き勝手やってるだろうけど、私は寝ないとあの二人を監視できないので、早く眠りたい。
「だから、マイクを落としたじゃないですか! 私の事、気に入らないならそう言ってください! あんな、番組中で何もできない中で妨害なんてしなくたって――」
激昂して私に詰め寄るミーファちゃんに心底面倒くささを覚えながらも。
何か言い返した方が良いかなあと、ちょっと考え、やはり無視することにした。
そのくらい自分で考えなさいよと思ってしまう。眠い。
「いやー酷いアクシデントだったねー」
詰め寄られる私を見てか、ずっと待機していたLUNAの皆さんが横から割り込んでくれる。
大変ありがたい。これで私がわざわざかまってあげなくても済む。
「あんた新人だっけ? 気をつけなよー? 今回は助けられたからよかったけどさー」
「えっ……な、何言って……」
「バレないとでも思ったの? あんなんバレバレっしょー?」
「他のアイドルだったら一瞬で出番すげ替えだったっての。今日ラストまで歌えたのはミズハスのフォローのおかげだよー? 感謝しろよなー」
突然に囲まれて口々に反論され、分の悪さを感じたのか、ミーファちゃんは私だけを見て、睨みつけてきた。
この辺りの空気は読めるらしい。
多人数相手に喧嘩を売るくらいなら、あくまで私に抗議し続ける方が賢いと思ったのだろう。
ただまあ、私に抗議する事そのものが間違いだと気づいてほしいのだけれど。
「逆恨み」
「ち、違います! 貴方達だって、自分の歌ってる時にマイクを落とされたらきっと――」
「うちらミスらないし」
「ていうか、ほんとに気づいてないの? 助けられたんだよ?」
マジ受けるー、と、笑いだす始末。
これは流石に可哀想になってきた。
本人的には頑張ろうとしていたのだろうから。
気負い過ぎていたのかもしれない。
緊張さえなければ、確かにいい歌うたっていたし、最後まで歌えただけ根性はあるのだから。
でもまあ、このまま流れに任せようと思う。
変に割り込むとそれはそれでLUNAの人達に悪いし。
放っておくことにする。
「た、助けられたって……私が?」
「そうだって。だって普通に考えてみなよ。新人ボーカリストがさー、歌の出だし躓きました、なんてアクシデント起こしちゃったらあんた、一発アウトだよ?」
「それが、トップアイドルのイージーミスでしたーってなったら皆笑って許してくれるんだぜ? あんたは被害者枠に収まれて歌も最後まで歌わせて貰ってさ。ラッキーだったって思わなきゃ」
「まさかみっちゃんがうっかりミスでマイク落としたと思ってないでしょ? わざとに決まってるじゃん。あんた助けるためにわざとやったんだよ」
ここまで指摘されて、ミーファちゃんの私を見る目が……あんまり変わってない気がする。
「ば、バカにして……」
「あちゃー、プライドの塊だったか」
「余計な事言っちゃったかな?」
「すまんミズハスー、余計なフォローだった―」
いえいえそんな事は無いんですよありがとうございますとお礼を言いたかったけれど、もうこの話は終わりでいいと思う。
長引くだけ不毛。
そして眠る時間が減る。
「ごめん、もう帰るから」
多少強引ではあるけれど、突き放すように背を向けスタジオを後にする。
「えっ、あっ、ちょっ、まだ話は――」
「はいはい、話はあたしらが聞いてやるからさー」
「休ませてやれよなー、トップアイドルはまじ超絶ブラックなんだからよー」
「おやすみーみっちゃん」
私に追いすがろうとするミーファちゃんを、LUNAの人達が引き留めてくれる。
こういうの、すごくありがたいです。
ありがとうLUNAの人達。そしておやすみなさい。
……おやすみなさいも声に出して言えないくらい、私は眠いのです。
スタジオを出たら空間転移。
自分のお風呂に転移し、その場で服を脱いでシャワー、そしてお風呂にドボン。
温かい。そして休まる。
あわあわまみれのお風呂。
あわあわまみれの私の服。下着。これはこのまま置いておくわけにはいかないので、コンソールで転移させ洗濯・乾燥処理をして外のバスケットへ。
ゆったりと休まる瞬間……は気分だけ味わって、コンソールで疲労のボタンを消してゆく。
一つだけ、ストレス性の急性心臓病の表示がされていたので、これも消しておく。
まあ、病気なんて怖くない。疲労もいくらでも回復できる。
その気になれば空腹だって。食べた気になるだけじゃなく、食べた事にする事だってできるのだから、便利な世界だと思う。
私のママもその辺り元居た世界と全然違うと話していたし。多分異世界とは全然勝手が異なるレベルで進歩しているのだ。この世界は。
生きるだけなら何の苦労もない、言われるまま過ごすだけでいい世界。
こうやって毎日健康管理していれば、食事に気を付けたり運動をしたりしなくても最適最高の身体状況を維持したままでいられる。
怖い魔物と戦う必要なんてないし、命をかけて何かをする必要もない。
働く事は義務だけれど、それさえやっていれば後は犯罪行為さえしなければどんなに無能でも許される。
つまり、人が生きる上で何ら危険性が無く、低リスク。
これが最上階層の暮らし。レゼボアで最も理想的な世界。
そしておそらく、16世界で最も進歩した人類の生活スタイルだと思う。
(……つまんない世界だなあ)
微塵も楽しいと思えなかった。
アイドルとしてのお仕事は多忙で、遊ぶ暇もほとんどなくて。
勉強すらできず、恋愛などかすりもしない。
恋というのは心に余裕があるからこそ生まれる感情なんだと思う。
生きていて、実につまらない。
思い馳せるのは、異世界での日々。
二人の視点を通して見える異世界の暮らしは、私にとっても理想的な、とても愉しそうな光景が沢山広がっていた。
辛いこともたくさんあるだろうし、見ていて面倒くさいと心底呆れかえる事はある。
けれど、それでも楽しそうな日常が毎日のように溢れていて。
会話をしているのを見ているだけで幸せな気持ちになれる、そんな夢がそこにはあったのだ。
私がアイドルになる事によって失った、年頃の女の子らしい人生も、きっとそこにはある。
だから、見ているだけで羨ましかったし、自分がプレイできないのが虚しくもあった。
私はあくまで傍観者。
見ているだけ。意見できる訳でもなければ、変えられる何かを持っている訳でもない。
他人がプレイしているゲームを、横から眺めているようなものなのだ。
そんなものでも一喜一憂できるほど面白く、そして興味深いのだけれど。
-Tips-
LUNA(組織)
レゼボアでも指折りの人気ボーカリストグループ。
『誰何』『凪』『逸美』の三人からなる、楽器演奏とダンスを合わせたハードロックな歌がメインのグループとなっており、社会に疑問を抱きがちな中高年を中心に圧倒的な人気を誇っている。
トップアイドルの『ミズハシ プリン』専属のメインボーカリストとして契約しており、現状彼女の唯一の専属契約グループの為、番組の多くにメインボーカリストグループとして登録されている。
リーダーの誰何は両性愛者で恋多き人生を送り、凪は温厚ながら既婚者で子持ち、逸美は元お嬢様だが破滅願望者とそれぞれ全く異なる特徴を持っており、音楽性こそ一致しているものの日常生活では折り合いが合わない事も多い。
上司のプリンを通して四人で食事をしたり会話をする機会も多いが、基本的にはプライベートではそれぞれまったく別個か、一人ないし二人+プリン といった形で関わる事が多いとされている。




