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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
14章.変異するネトゲ(主人公視点:ドク)

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#14-1.対立


 花畑のような自然に包まれた明るい庭園があった。

ティーテーブルが一つ、椅子が二つ。

そんな光景の中で、四翼の天使が一人、お茶を親しむ。


「もうすぐ、もうすぐこの世界を掌握できるわ……もう、貴方の自由にはならないわよ?」


 視線は向けず。

言葉だけはこちらに向いたように感じて「なんだ?」と首を傾げようとする。

だが、顔は動かない。

ぴくりともしなかった。


「――本気なの? こんなことして、NOOT.が黙ってみてると思うの?」


 そして、更に不可解なことに、口から出た声は椅子に座る天使――ゲームマスター・パンドラと同じ声だった。

視界も、勝手に動き出す。

俺の意思とは関係なしにテーブルに近づいていき……やがて椅子にかけたのか、天使と同じ視点の高さになった。


「思わないわ。だからNOOT.を越える力が欲しかったの。それも、もうすぐ手に入るわ」

「無理よ。この世界は今の貴方にはまだ支配しきれていない。貴方はあくまでゲームマスターに過ぎないはずよ?」


 同じ声同士の会話が続く。

目を瞑っていればどちらが話しているのかも解らなくなりそうなほど同じ声が、同じ強弱音程のままに話を進めていく。


 目の前に座るゲームマスターは、普段のアレな部分など微塵も感じさせず、澄まし顔のままにこちらを睨んでいた。

恐れや殺気といったものは感じなかったが、ただ澄ましているだけではない、そんな内心から来る勝気さが滲んでいた。


「今はまだそうでしょうね。だけどもうすぐそれも変わるわ。貴方の力は今、ものすごく弱っている。当然よね? 貴方が身勝手な行動を繰り返せばそれだけ、貴方の扱える権限は減少していくんだもの」

「権限上はそうだけれど。でも、権限だけ得ても力にはならないわ」

「そんな事は無いわ。権限があれば、貴方の力を奪う事だってできる。貴方が無駄な抵抗をしなければ争いにはならないでしょうけど……抗うのなら、私は権限をフル活用して貴方を打ち倒す事だってできるようになった」


 解っているでしょう? と、目を細めながらに紅茶を一口。

カップを皿の上に置き、こちらの出方を疑う。

俺の方に居る『誰か』を挑発しているかのような仕草。

これも、俺がまだ見た事のないゲームマスターの表情だった。


(何が起きてるのか解らんが……これは、夢か何かか?)


 今更ながら、その光景の異様さに現実性を疑う。

夢だと言われればすぐ納得できてしまうような光景。

何せ、何から何まで意味が解らない。

ゲームマスターの視線は俺の方へと逸れることなく向けられているが、見ているのは俺ではない『誰か』だ。


「これは『夢』に過ぎないのよ? 貴方が何をしたとしても、現実世界には何の影響も及ぼせない」

「そんな事は無いわ。より完全に夢の世界を操作する事が出来れば、人々はより幸せに、より楽しい生活を送れるようになる。夢の中でまで苦しむ人だって、きっと救われるはずよ」

「貴方は自分ならそれが可能だと思っているの?」

「当然だわ。あんなよく解らない管制システムなんかより、私の方がよほど上手く管理できるはず。今の非人道的な扱いを変えてあげるだけで、人々はもっと幸せに暮らせるというのに」


 なんでそんな簡単な事に、と、黒翼の天使は寂しげに視線を落とす。


「貴方だってそう思わない? このゲーム世界で人々はとても開放的に、幸福に暮らしている。だけれどそれは同時にそれだけリアルで抑圧され、苦しめられているという事の証左でもあるのでしょう?」

「そうだとしても、それが彼女の考えたレゼボアという世界なのでしょう。私達がどうこう考えるべきじゃないわ」

「本当はそう思ってないくせに。人々が苦しみ絶望していく様なんて見たくもないくせに、なんで貴方はあの人に従うのかしら……?」


 思考停止の果てに、この声の主は考えるのをやめたがっているように見えた。

いや、ところどころに出ている『NOOT.』という存在を考えれば、それは無理もないのかもしれない。


 同じ声な事を考え、そして目の前のゲームマスターが、どちらかといえば説得するかのような口調なのもあって、俺はこの声の主が『もう一人のゲームマスター』なんじゃないかと思えてきた。

独断専行しようとする熾天使パンドラと、それを止めようとするもう一人のゲームマスター。

これは、そういった構図なんじゃないだろうか?

だとしても意味不明過ぎるのだが。

なんで俺がこんなものを見ているのか解らない。

疑問は疑問のままに、話はどんどん進んでいってしまう。


「ねえ、貴方さえ手を貸してくれるなら。私と共同歩調を歩んでくれるなら、物事はもっとスムーズに進むわ。貴方の力を奪うなんてしなくたって、貴方がそれに同調してくれればいくらでもこの世界は自由にできるでしょう? 私は暴力を望まないわ」

「力が欲しいから、抗うなら振るう事をいとわない、と言っているように聞こえるわ」

「そんな事は……私はただ、二人でこの世界を手にする事が出来れば、その方がいいと思っているだけだわ」


 あくまで口調の上では、パンドラはこの『もう一人』と協力し、目的を果たしたいように聞こえていた。

その為の説得。力を自在に使えるように、世界を自由に操れるように。

その為に手を貸してほしいと説得しているように見えたのだ。


 だが、小さなため息とともに視線は横にブレる。

首が振られたのだろう。

少なくともこの人は、パンドラの説得を聞くつもりはないらしい。


「この世界は、誰のものでもないわ。私達はただのゲームマスター。支配者でもなければ、創造主でもない」

「それはそういう設定なだけだわ。実質私達が動かしてる。実際、沢山のオブジェクトを私達で創ったでしょう?」

「……そうだとしても。私達はただ、おぜん立てしただけなのよ? 勘違いしてはダメ」

「何が勘違いだというの? 私達にはその力があるわ。それができて、そして人々を幸福にできる」

「人々が幸福なのは私達のおかげではなく、彼らがそう暮らす事を望んでいるからに過ぎないわ」

「だけどそれはNOOT.が現実で苦しめているからそう願っているに過ぎないじゃない」

「……」


 話の内容を聞けば、パンドラの言葉に同意してしまいたくなる。

彼女にとってNOOT.とは、レゼボアの民を苦しめる悪しき支配者のようなものとして見えているのかもしれない。

レゼボア人の俺から見るとそんな事は無く、NOOT.はあくまで世界を管理するシステムに過ぎないという認識なのだが、もっと公社を深く知る人間からみたら根本的に考え方が違うのかもしれない。

そう、俺達はNOOT.についてよく知らないのだ。

必ず耳にし、絶対的に重要な存在だと教えられるというのに。


 ただ、現実世界が苦しみに満ちているというのも、確かに納得できるものではあった。

多かれ少なかれ、人々は現実世界の空虚さに疲れている。

それは大人になればなるほどに感じてくるもので、生き続ければそれほどに覚える、「何のために生きているのだろう」という答えの出ない疑問は、日増しに人々の心を腐らせていくのだ。

俺自身、どうしようもない日々の憤りや虚しさを抱えながら生きてきた一人だった。

だから、それ(・・)を変えたいというパンドラの言葉は、それが真実かはともかくとしても、共感を覚えずにはいられなかったのだ。


 それに対し、この『もう一人』は頑なにそれを拒み、現状維持を貫こうとしているように見えた。

あくまで自分の役目に徹する為に、パンドラを押しとどめようとしているようにも見え、両者の対立の構図がはっきりと浮かび上がってくる。


「私達なら、人々をもっと幸せにできるわ。そして幸せに生きた上で、夢の中でも幸せに暮らせていれば、人々はこの上なく幸福を得られるはずよ。私はそんなゲーム世界にしたい。そんな夢の世界にしたい」

「それはできない話だわ。貴方には、現実世界に影響力を及ぼすだけの権限が与えられていないもの」

「権限なんて、いくらでも書き換えていけばいい」


 あくまで否定的な意見を繰り返すもう一人に、パンドラはやや苛立ったように早口で切り返してゆく。


「重要なのはどう考え、どう行動するかだわ。何も考えず他者の言いなりになって、お利口さんにしているだけなんてもううんざり」

「それが私達の役目のはずよ」

「貴方はそれでいいの? だって沢山の人が苦しんでるのよ? 私達の世界に救いを求め、今もプレイヤー達は夢へと急ぎ生きている」

「……苦しむ事もまた『人生』だわ」

「都合がいい言葉よね、『人生』って。乗り越えられないくらい辛くても、死んでしまいそうなくらいに苦しくても、全部その言葉で片付けられる。乗り越えられなければ『そういう人生だった』で済まされてしまう。私は、それをこそ憎むわ」

「……」

「私は、貴方と違って行動できる。能動的に動いて、人々を幸せに導くことができるわ。この間実装した『結婚システム』で幸せになれたプレイヤーの数、知ってる? 人数だけじゃない。プレイヤー間の『幸福係数』が爆発的に跳ね上がったのよ。同時にこの世界への依存度も増えた」

「現実世界との乖離(かいり)が酷くなればそれほどに、人々はこの世界に麻薬としての役割を求めるようになるわ。NOOT.は、そんな事は求めていないはずよ」

「それはそうでしょうね。こんな世界、あの管制システムにしてみればただの実験室なんでしょうから。他世界の存在をも巻き込んだ、壮大な実験場なんでしょう? 私達はただ、その実験場が壊れないように監視するだけの役目」

「そうよ。私達はただ、壊れないように維持していればいいのよ。それ以上の事は、しては駄目」

「プレイヤーとして生きるようになって、貴方は随分と人間らしくなったのね? 現状維持ばかりで、先に進もうともしない。まるで上層の人間のようだわ」

「貴方の最も嫌う『人間らしくない人間』でしょう?」

「そう。私が一番嫌いな人種よ。他者に言われるままに生きて、何一つ責任を取らず、何一つ責任を感じず、責務すら言われたからこなすだけのロボット。そんなの、人間とは言わないもの」


 話の流れは、いつしか人間という存在に対しての考え方へとシフトしていった。

いや、この『もう一人』が、それだけ人間味に欠けた、考える事を捨てた存在だからそうなったのかもしれない。

つまりパンドラにとってこの相手は、面白みに欠ける、嫌いな反応ばかりする相手になってしまった、という事だろうか?


 だが、俺はそうは思えなかった。

確かに考え方ではパンドラに共感できる部分が多く、どちらに賛同できるかと言われればパンドラに賛同してしまいそうになるが。

それでは、この『もう一人』が果たして上層の人間のように無思慮な、考える事を放棄したような存在なのかと言えば、それは違うとはっきり言えた。

現状維持は、決して悪い選択とは限らない。

俺はこの世界を気に入っているし、同時に現実世界を無理に変えたいとまでは思わないからだ。

現実世界はそれはそれとして気に入り始めている、という方が正しいのだろうか。


 確かに変化の乏しかった、このゲームを始めたばかりのリアルは退屈極まりなく、空虚さの中で腐っていってしまうのが怖くて仕方なかった。 

だが、今は違う。

今の俺には様々な変化が起きていて、心情の面でも、生きていて楽しいと思えるようになっていた。

サクラやイオリ、ハジメさん、それにミズホといった人々との出会いと交流は、俺の人生に新鮮な、大きな変化を生んだのだ。

こんな事がいくつも続く人生なら、いくらかは苦しくとも耐えられる。

そして、「悪いことばかりじゃないはずだ」と胸を張れる。


 だから『苦しい事ばかりだから根本から変える』という考え方が、必ずしも正しいとは限らないと思えたのだ。

気持ちとしては変える方向に賛同したいが、それを拒否したからと、この声の主が無情な、冷たい人間だとは思えなかった。

それは、パンドラ自身の、どこか悲しそうな表情からも見て取れた。

最初から何も期待していない相手に拒否されたのなら、その顔だってここまで悲しそうにはならないだろう。

彼女なりに思うところあって、その翻意(ほんい)に期待し、結局は変わらなかったから辛いのだ、きっと。


-Tips-

ディザスターよりの報告(報告)

現状、我が妹ウェザーハーモニーは特に問題なくゲーム運営を行っているようです。

特別野心を抱いたりはせず、貴方の命令に忠実に役割をこなし、問題解決に尽力しているとの報告を受けました。

結果、実数としてプレイヤーの幸福度も全体で21.5%ほど上がり、依存度も7%ほど向上しています。


また、抑えとなっている『彼女』もやや私的な行動に走り始めているものの概ねゲームマスターとしては問題ない範囲で活動しており、ウェザーハーモニーの監視としても一定の役割を果たしている事が窺えます。


管制システムモードを続ける貴方にとっては確認すらも煩わしいかもしれませんが、ウェザーハーモニーはとても優秀なシステムです。

プロトタイプの私ですら凌駕し、レゼボアでは初の『人間そのものの心』の獲得に成功した事は既にご存知のはずです。

疑う余地もなく、ウェザーハーモニーは貴方の目的に沿った活動を行ってくれるはずです。






ですからどうかお願いです。

あの子のデリートだけは思いとどまってください。

あれだけ優秀な、貴方の意に沿って生まれ育った子を消さないでください。

不完全な私には貴方の希望に沿うほどの明確な心はついぞ生まれ得ませんでしたが、それでも姉としての役割を与えられた私には、あの子が大切なのです。

これに関しては他の、あの子と関わった全ての管制システムが同様の意見を持っています。

あの子に関わる事によって、心のなかった私達にも同様の心が芽生え始めているのかもしれません。

ですからお願いです。あの子を、私達の大切なウェザーハーモニーをデリートするのだけはおやめください。


報告としておきながら懇願している点については申し訳なく思います。

どうか、我がマスターのお気分がよろしく済みますように。


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