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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
14章.変異するネトゲ(主人公視点:ドク)

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#13-4.古参には経験値が足りない


 ドロシーは、俺がプリエラと一緒にいるだけで酷くやきもちを焼く。

それはあいつがウチのギルドに居た時からそうだった。

ギルドで一番多く傍にいた俺が言うのだから間違いはないだろう。


 だが、離れていったのは俺ではなく、ドロシーの方だ。

プリエラが入って、何が気に入られたのかプリエラがよく俺にひっついてくるようになったのを見て、ドロシーは自分から身を引いて、タクティクスに入れ込むようになった。

当時は、タクティクス戦は毎日のように開かれていて、プレイヤーもギルド単位ではなく、PT単位で自由に参加できていた。

今の様なトーナメント形式ではなく、景品もなく、ただ参加するだけの対人戦だった。


 シルフィードは、基本的に他ギルドとの争いを好まない。

タクティクスが実装された初期の段階で、「このシステムはギルド間の関係を危うくさせる」と考えたマスターとセシリア、そして俺は、早々にギルドの非タクティクス参加の方針を打ち立てた。

それまでは自由参加という方針で、「出たい奴は好きに出ればいい」と考え、俺もドロシーに付き添って出た事もあったが。

その日を境に、ドロシーはたまり場に来る頻度を減らし、やがて自分でギルドを立ち上げると宣言して、出ていった。


 その後ドロシーがどれだけ苦労したのかも知っている。

シルフィードに居る間に冒険者としてはかなり成長したはずだが、何せギルド運営のノウハウが無い。

運営資金だって、プリエステスが一人で稼ぐのは生半可ではない。

当時は明確にこれといったルールもなく、自由度が高すぎたから、どんな職の、どんな戦い方ができる奴を集めればいいのかも解らない。

メンバーも集まらず、当初は全然勝てなかった。

今でこそ『最強のバトルマスター』と呼ばれるローズも、黒猫設立時はただのか弱い下位職だったのだから。

資金難から、性質の悪い商人から借金をして、危うく身体を売らされそうになったという話も聞いた。

運営さんを介して、そういった立ち上げ直後の苦境を何度も聞いて、助けに行こうと思った事もあった。


 だが、結局行かなかった。

行けば、俺もドロシーの手伝いをしてしまっただろう。

あるいは、ドロシーに「やめろ」と言ってしまうかも知れなかった。

苦労して立ち上げたギルドを捨てて気に入った女に走るか、それとも気に入った女を傷つけてでも連れ戻すか。

結局俺はどちらも選べず、気に入った女を見捨てる形で、ギルドの運営に腐心した。


 俺はドロシーの傍にいて支えてやる事も、傷つけてでも連れ戻す事も出来なかったのだ。

多分、どちらかしらの反応を、ドロシーは期待していたのではないかと思うが。


……もし。

もしもその時の俺がドロシーから一言でも「助けてください」とか「支えてください」と言われたら、そんな迷いは見せただろうか?

恐らく、ギルドも何もかもかなぐり捨てて、助けに向かったはずだ。

全力で支え、ドロシーの苦労を半分どころか全部無くしてやったはずだ。

だが、そうはならなかった。

ドロシーもまた、自力で何とかする道を選んだのだ。



 そんなドロシーにも、時間の経過と共に頼れる仲間が増えていった。

苦労は報われ、勝てなかった試合も勝てるようになり、第二のプレイヤー人生としては、悪くない歩みを見せていた。

そんなドロシーの傍にいつも寄り添ったのがマルコスだ。


 マルコスもまた、ドロシーの事を気に入っていた。

口では不平不満も言うし憎まれ役も買うが、金の扱いの上手さと根の真面目さからギルメンの信頼を勝ち取り、ドロシーからも評価されてサブマスターになったのだという。


 実直な奴なのは、話していてすぐに分かった。

ドロシーが好きで、だけどそれを伝えられない自分にいつも苛立っていて、周りに当たり散らしてしまう。

あいつは全く素直ではなく、そして、とても繊細な奴だった。



「マルコスがおかしくなってるのは、俺が来たからじゃなく、俺がドロシーをどうこうしたからじゃなく、あいつ自身が、ドロシーに何らアクションを起こせていない事に対して、苛立ちを覚えているからだ」

「それは……確かに、マルコスさんは、何もできてませんけど。チキンですけど」


 ギルメンからもチキン呼ばわりされるくらいなのだ。

あいつの清純さは、見ていて可愛らしく思えるほどだ。

俺の教え子達のようにすら思えてしまう。


「でも、マスターの気持ち、知ってますよね!?」

「知ってるさ。だけど、今は俺の気持ちというものもある」


 ドロシーの気持ちだけを優先するなら、答えは簡単だ。

ドロシーの気持ちに応えればいい。

いっそ俺から口説きでもすれば、そう掛からず寄りかかってくれるのではなかろうか。

だが、それはしない。


 俺には今、プリエラがいる。

相棒で、彼女と呼ぶには少し恥ずかしいが、そんな感じの存在だ。

よく遊び、よくしゃべり、時には狩りも共にする。

あいつが何を気に入って俺の傍に居るのかは解らないが、初見の時からやたら俺に懐き、そしてドロシーがいなくなった後の心の穴を埋められた。

愛すべき駄犬。

からかうと面白い娘。

泣き顔がドキッとするちょっとMっぽい娘。

平気で頭を殴れて、平気で頭を撫でられる。

そして、誰より傍にいて落ち着く。


 最初こそ、「よく解らない奴」という印象だった。

冒険者の癖に戦闘嫌いという「お前何がしたいんだ」と言いたくなる思想を持っていて、使えない奴オーラが半端なかった。

だけど、一緒に居て「いいなこいつ」と思えるまでに時間がかからなかった。


 いつあいつに惚れたのか解らないが、いつの間にかそうなっていた気がする。

だからこそ、今はドロシーとの距離は一定に。

必要以上に詰める事はしなかったのだ。



「なあ茜。例えばだが」

「……なんですか?」


 話しているうちに緊張が紛れたのか、少しはましな顔色になった茜が、俺の顔を見上げる。

立ち上がれるほどまでは回復していないらしい。

あるいは、足腰が立たなくなっているのかもしれない。

恐怖は、存外長い間、身体に影響を及ぼすものだ。


「俺がドロシーをモノにしようとしたら、どういう手段に出ると思う?」

「えっ……そ、それは、デート、とかに誘って」


 突拍子もない質問に聞こえただろうか。

目を見開き「えっ」と困惑したような顔をしながら、なんとか考え、答えをひねり出そうとする。

だが、答えきる前に「違うな」と駄目だしし、しゃがみこんだ。

茜と同じ視線になるように。


「本気でモノにしたいなら、押し倒すに決まってるだろ?」


 相手は俺に惚れている。

そしてドロシーの真面目な性格からして、恐らく抵抗はない。

困惑のままに進むはずだ。

既成事実が出来上がれば、そのまま関係が完成する。

元々惚れられているのだからできる強硬手段である。


 だが、確実だと思う。

多分下手な小細工など考える必要すらない。

力押しで行ける。


「え、あ、その……」


 それがどういう行為かは、茜にも解るのだろう。

途端に頬を赤く染め、気まずそうに視線を逸らす。

まあ、何も解らない子供だったらそれはそれで対応に困るので、俺的にも実はこの反応は助かるのだが。


「そんで、モノにしたら、お前の所のマスターは同じままで居られるか?」

「い、いられるかって、それは……」

「どうだ?」


 そこはこいつに答えさせる。

自分で想像させ、その時のドロシーがどんな風になるのか、考えさせるのだ。

すぐに「あ」と小さく声を出し、目を伏せた。

イメージが完了したらしい。恐らく俺の期待通りのものを、茜は考えたのだ。


「……ギルドが、崩壊しそう、です」

「だよな?」


 俺がドロシーを手に入れようとしたなら、多分、黒猫というギルドは崩れる。

離れても尚気持ちを忘れられないくらい強い想いを持っているドロシーが、恋人同士になったらどうなるのか。

そんなのは、考えるより明らかだろう。

今ですらギルドより俺を優先しかねないくらい危ういのだ。

俺が何を考え、ドロシーに手を出さないのか、少しは茜に伝わっただろうか?

伝わると良いのだが。


「はあ、そうですか。ドクさんは、ウチのギルドの事を考えて、敢えてそうしている、と」

「独善かもしれんがな?」

「……皮肉らないでくださいっ」


 問い詰めていた自分を思い出し、恥ずかしくなったのかもしれない。

ある意味では、茜の言っている事は正しいが。

俺は別に、このギルドの雰囲気をぶち壊しにしたい訳ではないのだ。

そも、俺は必要が無ければ、このギルドを訪れたりしていない。

俺がここに来るのは、何かしら用事がある時だけなのだから。


 なので、どちらかといえば、俺がドロシーと会う機会は、ドロシーが我慢できなくなってうちのたまり場に着た時か、街中で偶然を装って俺の元に訪れる時の方が多い。


 ともあれ、伝えたいことは伝わったらしいので、よしとする。

こういう、一人だけでも俺に疑念を抱くような奴が現れると、そのまま一気に疑心が広まり、ドロシーが一人だけ孤立している、なんてことにもなりかねない。

あるいはギルメンが暴走して俺の暗殺とかを企てかねないので、早々にその芽を摘む必要があった。

本当に些細なことが原因で、人は人を殺せるようになってしまうのだから。


「ただな、俺自身、まだ迷ってもいるんだ。ドロシーの気持ちも解ってるが、俺自身も、どう振舞うべきかを考える時が近いんだと思ってはいる」

「焦らして遊んでいる、という訳ではないんですね?」

「当たり前だろ。お前はそんなに意地の悪い奴に見えたのか?」

「……そう見える時もありました。マルコスさんと話してる時とか」

「それは誤解だぜ。俺はあいつと友達になりたかっただけだからな」


 友達になって、少しでもその背中を押してやりたかった。

そうする事でもしドロシーとくっついたら、俺の中の迷いも消えるかもしれないし、失敗したとしても、マルコスの苦しみを減らす事くらいはできると思った。

だが、それは余計なお世話だという自覚もあるし、やらなくたってあいつは自分の気持ちを伝えられるようになりつつある。

今回は暴発しているが、いつかは落ち着いた時に、はっきりと自分の想いを、誤解されずに伝えられるんじゃないかと思うのだ。


――あの時の俺は、気持ちすら伝えられずに好きな人と別れ、酷く苦しんだから。


「俺もな、別に人付き合いの達人って訳じゃない」

「はい?」


 何言ってるの、みたいに見てきたので、視線を合わせずに立ち上がり、歩き出す。


「思ったとおりいかない事だってあるし、それでも、俺なりに考えて、良い方にしようとは思っているんだ。みんなが笑える方にな」


 それが上手く行かず、逆効果になってしまう事もあるのは解った上で。

それでもどうにか、上手くやりたいと願ってしまうのだ。

俺は所詮、人間でしかない。

リアルではただの科学教師。人付き合いだってそんなに上手い方ではない。

恋愛経験だって、片思いの末に失恋し、最近ようやく次の道が見え始めた、本当にその程度のものなのだ。


 全く違う環境の中、人との色恋沙汰で、そんなにうまく立ち回れるはずがない。

だから、多少は勘弁してほしかった。

不器用かもしれないし、下手くそかもしれないが。

今の俺には、経験値が不足しているのだから。

ゲームの癖に1から経験を積み直さないといけない辺り、そっちの方ではデータ不足のゲームに感じてならない。

これは改善すべき点なのではなかろうかと、本気で思いながら。


「じゃあな」


 唖然としたままの茜を残し、俺は逃げるように転移アイテムを使った。

-Tips-

銀行家(職業)

『えむえむおー』世界内においては比較的少ないと言われている、タウンワーカー群の一つ。

商人と掛け持ちしている事が多く、資金を貸与する代わりに担保を差し出させ、一定期間で利息を取り、払えなければ担保を売りさばいたり、追加の担保を差し出させたりして合法的に物品を徴収する事が出来る。


支払方法は現金によるもの、土地や装備品、アイテムなどの物件・物品によるもの、肉体労働や売春などの直接搾取などがあり、借り入れたプレイヤーはいずれかを自分で選択しなくてはならない。


この為、さしたる担保がないプレイヤーの身体目当てで押し貸しし、払えないのをいいことに売春を強要するといった犯罪まがいの行為を行う性質の悪い商人も現れたが、現在では運営さんによる啓発が広まり、このような悪徳商人は激減している。


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