#13-3.茜との対話にて
「はー……疲れた」
館から出て、ほっと一息。
この後二人がどんな風になるのかは知らんが、恐らく今までと大差ない状態のまま続くのだろう。
ドロシーは、マルコスの想いを『自分への恋愛感情』ではなく『マスターへの思慕』と誤解したまま。
マルコスは、それを伝えたいと思いながらも、どれだけ伝えても結局想いが伝わらないのを実感した筈だ。
「――いい笑顔ですね?」
不意に、声を掛けられる。
見れば茜が目の前に立っていた。
夕暮れ時、にっこりとした笑顔。
「笑ってたか?」
「ええ、とても愉しそうに」
満面の笑みの中、かすかに感じる殺気の様なものに、わずかばかり構えそうになるが。
《シュビッ》
直後、槍が俺の頬を掠め、風が吹いた。
「動じませんね?」
「何のつもりだ?」
「脅したつもりでした」
「そうか」
「ええ」
脅し。脅迫。
どういった意図なのかも伝えず、突然の攻撃で怯えさせようとしたのだろうか?
いや、そうではないのだろう。
意図は俺が解っていると考えた上で、いや、伝えずとも理解したと考えた上で、このような手段を取ったのではないか。
「ドクさんって、割と怖い人ですよね?」
「そうか?」
「ええ。前々から思ってました」
「前々?」
いつからだ、と思っていた矢先、槍が引っ込む。
そうして、くるりと茜の背後に消えた。
――消えたように見えた直後、今度は俺の顔面目掛けそれが放たれる。
「コーラル村の一件の時から。私はドクさんとはその時が初対面でしたけど、ただモノじゃないように感じました」
「よく言われる」
ただモノじゃない。普通じゃない。おかしい。変人だ。狂ってる。壊れてる。
俺の戦い方を見た奴からよく言われる感想だった。
俺自身はそんな風に思った事は無いが、多くの人が目にして覚える、そんな戦い方なのだろうという認識はしていた。
そう、今の俺のように。
回避すらせず、目の前で止まる槍の穂先をにやついた顔で見ているような奴は、確かに他人視点ではイカレテいるのだろう。
「貴方は、善意とか悪意とか、そういうのからかけ離れてますよね? 私、ずっとそう思ってたんです」
「うん?」
だが、茜の感想は、今までに聞いたどれとも当てはまらないものだった。
強いて言うなら、ゲームマスターに近いだろうか。
だが、どこかズレているようにも聞こえる。
「人が傷つこうとも、人が喜ぼうとも、あまり関係ないんです。目的が果たせて、自分が納得できればそれでいいだけ」
「ああ、独善家とか、そういうアレか?」
それも一時期よく聞いた感想だった。
どちらかといえば、それは俺自身ではなく、ギルドに対しての……シルフィードと言うギルドの在り方に対しての皮肉だったと思うが。
だが、茜はこれに対しても首を横に振る。
「……それとも違う気がします。だって、独善に必須の『何が正しいか』とかも貴方は持ってないんでしょうから」
「新鮮な感想だな」
「茶化さないでくれますか?」
また、槍が引っ込む。
「貴方は、マスターの気持ちも知っていて、マルコスさんの気持ちもわかっていて、それでも遊んでますよね?」
「遊んでるつもりはないぞ? 俺はいつだって真剣だ」
「でも、貴方のそれで二人が苦しんでも、お構いなしですよね?」
「そんな事は無いさ」
構わない訳じゃない。
マルコスが苦しめば俺だって嫌な気持ちになる。
ドロシーが辛い気持ちになるのは、見ていてとても悲しい。
だから、何も感じないわけではない。
――だが。
「だったら、なんでそんなに愉しそうな顔をしているんですか? 弄んで、いじくり回して。ギルドマスターとサブマスターの関係がぎくしゃくしたら、タクティクスギルドにとってかなり致命的な事になるのに、貴方は平気でそれをしましたよね!?」
ああ、こいつが怒っているのは、そういう理由からか。
つまり茜は、その所為でギルドが不安定になるのを恐れていたのだ。
俺という不確定要素が余計な事をしたせいで、安定していたギルドが崩れるのを、恐れているのだ。
その気持ちは、とてもよくわかる。
「貴方は何も解ってないですよ! 自分にとってそう思い込んでるだけで、何が大切なのかとか、大切なモノをどうすれば守れるのかとか、何も考えてない!!」
「随分とまあ、はっきりというじゃないか」
仮にも友好ギルドのサブマスターに対してのこの物言い。
茜的には確信あってのものなのかもしれないが、実際にはそんなものはどこにもない。
俺が一言「それは誤解だ」と言えば、一気に露と消える儚いものだ。
「茜」
「――っ」
名を呼べば、びくん、と、その身を震わせる。
構わず、歩き出し、その横を抜けようとした。
こいつは、俺が何なのかを知っている。
俺は、確かにシルフィードのサブマスターで、色んな奴を助けて、色んな奴と関わったりはしているが。
「まだっ――」
「それまでにしておけよ」
三度、槍がうなり声をあげ、今度こそ俺の頭を狙う。
だが、遅すぎる。
「はっ……くっ!」
「お前は決して弱くはないが。俺の相手をするには足りなさ過ぎる」
タクティクスなら通用するのだろう。
ボスモンスターくらいなら怯ませられるかもしれない。
だが、古参相手にはやらない方がいい拙速の攻撃だった。
拙速でも巧遅でも駄目だ。巧速でなくては、古参には意味がない。
容易に槍を掴み取り。
掴んだ槍を適当に引っ張る。
「ふぁっ!?」
それだけで崩れるバランス。
決して茜の足腰が弱い訳ではない。
抵抗はしていた。
だが、人体のバランスとはテコである。
力点さえわかれば、そしてそのずらし方を心得ているなら、いくらでも容易に崩せてしまう。
《ずざぁっ》
そのまま顔面に膝を撃ち込めば、一撃で昏倒させられただろう。
首を狙えば即死もいけた。
だが、こんな馬鹿らしいところで殺すつもりは微塵もない。
倒れるに任せ、滑らせるに任せた。
「なあ茜」
「ひっ……」
驚きの後の青ざめた顔を見て、「昔はよく見たなあ」と、初期の頃に絡んできた不良プレイヤーを思い出す。
茜は善良だが、悪党でも善人でも、死を感じた時は同じ顔をするのだ。
「俺は別に、他人をぎくしゃくさせて喜ぶような趣味はしてねぇよ」
元より、本意ではない。
俺の所為でドロシーがおかしくなるというなら、マルコスが苛立つというなら、俺などはこのギルドには顔を出さない方がいいはずだ。
だが、そうではないのだ。
「でも、貴方が来るたびに、マスターは……それに、マルコスさんだって、おかしくなるんですっ」
「知ってる」
「知ってるのに、なんでっ!」
「そうなるのは、あいつらがそうだからだ。ドロシーもマルコスも、自分の中の気持ちを自覚して、浮ついたり、勝手に自分に苛立ったりしてるだけだ」
ドロシーは、恐らく俺に対しての気持ちには自覚しているのだろう。
だが、それを伝えられない。
伝えたら壊れてしまうからだ。
俺自身もドロシーは気に入っているし、恐らくプリエラと出会わなければ、そして今でも故あれば、進展もあったのかもしれないが。
だが、ドロシー自身もそれを恐れる気持ちはあるのだ。
-Tips-
セイントパイク(武器)
聖属性が付与された聖職者の為の手槍。
現状ではモンクとパラディンにしか扱えない武器で、対アンデッド・対霊・対魔族武器としては一級の攻撃力を誇る。
武器としては普通の槍と大差ない取り回しが可能だが、対人戦においては悪人に特効ダメージを与え、善人にはダメージ減少するという特性があり、対象の善性次第では無効化されてしまうという欠点がある。
その分、誤解によって傷つけてしまうリスクが減る為、尋問など、相手を試す際に用いる武器として有用である。




