#9-3.勧誘失敗、Bルートへ
「近接戦闘なら最上位職到達者とも渡り合える一対一最強のプレイヤー。神様の扱う奇跡を使えて、最上位職二つ掛け持ちできる、『試練』を攻略した男」
おもむろに立ち上がり、歌う様に語りながら、俺の前を通り過ぎてゆく。
黒色の翼が小さく揺れ、俺の鼻先をかすめる。
「上位のボスモンスターとも単独で互角以上、相性によっては圧勝する事の出来るチートじみた判断力。チートそのものにしか見えないゲーム内の知識と技術、チートそのものな不屈の精神」
歌い、謳い、やがて振り向き。
熾天使の顔をしたゲームマスターは、座ったままの俺を見下ろした。
「――ほら、とんでもない化け物じゃない? どうしたらここまで整うのってくらいにチートじみてる」
「俺は、そこまで化け物なつもりはないんだがな」
団長と渡り合ってはいたが。
俺は、俺自身は、プレイヤーのつもりでいたのだ。
だが、こいつの言う通りなら、そしてあの時の高揚が本物だったというなら。
俺は確かに、化け物の類の方が近いのかもしれない。
そんな風に、肯定してしまいそうになった。
「化け物になっちゃえばいいのに。プレイヤーとして生きながら、ボスモンスターとして君臨したっていいのよ?」
「それは中々魅力的な――」
そんなふざけた提案すら魅力的に思えてしまうのは、俺がバトルフリークスだからだろうか?
苛烈な戦いに身を投じる事が出来るのは、それは中々楽しそうではあるが。
だが、そこまで考えて「いいやちょっと待て」と、ブレーキがかかる。
「俺、別にそこまで戦闘狂じゃないぞ?」
認めそうになって、違うと気づけたのだ。
それまでの流れで、団長との戦いの中で、勝手にそんな風に思い込もうとしていたが。
本来、本質的に俺は、戦いとは対極の位置に居た人間なのではないだろうか?
そも、俺はそんなに化け物じみて強かったのだろうか?
最初から強かった訳ではないはずだ。
少なくとも最初、初めてモンスターと戦う事になった時の俺は、マジックラビット一匹に何度もびしょぬれにされ、武器も持っていられないくらいに凍えてしまっていた。
たまたま投げた石ころが当たって倒せたくらいなもので、その結末は森でサクヤを見つけた時よりも悲惨だったんじゃないかとすら思える。
最強のプレイヤーだったかと言えば疑問もある。
俺自身は全力のミッシー相手に相性負けするくらいのプレイヤーだった。
ボスモンスターだって、何を相手にしても無双できる訳ではない。
単独で戦ってくれる、搦め手が通用する相手に限るのが常だ。
条件にさえ適合すればフェニックス相手でも倒すが、それが叶わなければプレイヤー相手でも苦戦させられる。
実際問題、俺の能力はローズと真っ正面からは戦えない程度。
少なくとも大武闘時点ではそんな風に思っていたはずなんだが。
どこで俺の認識がすり替わったのだろうか。
不思議に思っていると、ゲームマスターがまたも口元をにやけさせる。
そうしてのたまったのだ。「あら、気づいたの?」と。
「認識をずらしたはずなのにね。やっぱり貴方は特殊だわ」
「……認識を?」
「そうよ。あの大武闘優勝の瞬間から。誰もが貴方を『リーシア最強の男』と認めたはずよ。少なくとも一対一では、誰であっても勝てないくらいには強いと認識している」
「……そういう風に弄ったのか?」
何のためにそんな事を。
理解に苦しむばかりでなく、そういった『意識の操作』が、以前ハイアットから聞かされた『記憶の改ざん』にも関係しているのではないかと、疑問が浮かんだのだ。
だが、ゲームマスターは「いいえ」と、小さく首を振り、今度は優しさを感じさせるような笑顔を見せる。
「あれはそういうイベントなだけよ。誰が優勝してもその人に対して畏敬の念が向けられる――そういう『ちょっとしたご褒美』に過ぎないわ」
「だが、俺自身もそう思い込みそうになってたぞ」
「当然よ。実際貴方は勝ったじゃない。貴方は最強でしょう?」
「たまたまああなっただけだ。次は負けるかもしれんからな」
負ける可能性のある最強など、最強と言えるのだろうか。
団長のように真の化け物がいる以上、俺が最強を名乗るのはおこがましいとすら思える。
無論、最上位職の力抜きで勝てたのだから俺自身、実力を発揮したとは思うが……それでも、自分を化け物と誤認するのは何か違う気がする。
「だって貴方のその不屈の精神。それはきっと、とても貴重なものよ?」
「いや、割とバキバキと折れるぞ? それも簡単なことで」
ギルメンを海に誘って女性陣だけで温泉に行かれた時も折れたし、結婚式でスピーチ練習してたのに頼まれなかった時も折れたし、意外と色んなところで折れてる気がする。
言われる程不屈じゃないと思うんだが。
「そ、そういう細かいところはいいの! 重要なのは、重要な場面で折れない所なんだから!」
ゲームマスターとしてもフォローしにくい部分なのだろう。
そのフォローもちょっと必死に見えるから笑える。
「……とにかく! 私達はそういう部分を買ってるのよ。だから、運営サイドになりなさい?」
なにがとにかくなのかは解らないが、あくまで話はそこに繋がるらしい。
まあ、仮に俺が言う程にイレギュラーな存在だというなら、問題を起こす前に手元に置いておきたいというのは解らないでもない。
この手の問題というのは、俺だけじゃなく、その周囲に対しても影響が発生しかねないから怖いのだろう。
しかし、ゲームマスター二人ともに買われている俺の精神とやらは、本当にそこまで高尚なものなのだろうか?
自覚がないというか、自分ではそんな風に思ってないから余計に違和感があるんだが。
ただまあ、答えは最初から変わっていない。
「折角買ってもらってて悪いけど、俺はプレイヤー以上になるつもりはないんだよな」
「別に、プレイヤーのままでもいいのよ?」
「裏側を知ったら絶対に楽しめないだろ、プレイヤー」
「確かに……ね。知らない方がいいこともあるか」
口元を手を当てながら、考え込むように呟き。
また俺の前を通り過ぎ、ソファへぽふ、と座り込む。
高身長な見た目に反して軽いのか、ソファは全くきしむことなく主を受け止めていた。
「とても残念だけど、仕方ないわね。プレイヤーのままで居たいと望む者を、無理にはこちら側には引き込めない」
「すまんな」
「いいえ、仕方ないわ。私はとても物分かりがいいのよ。貴方の望む道にだって、理解は示せる」
微笑みを湛えながらに俺を見つめ、ぱちりと指を鳴らす。
それが何かの合図になったのか、俺の視線が急にブれ――
「だけど覚えておきなさい? この世界は、もう私の物。貴方の望む世界だって、私だけが与えてあげられるんだから――」
最後に聞こえたメッセージは警告だったのか、それとも恨み言だったのか。あるいはただの自慢だったのか。
俺の望む世界とやらに興味が湧かない訳でもなかったが、その時にはもう何も話す事が出来ず。
ただなるように、白んでいく風景に飲み込まれていった。
「――うぅ、良かった。良かったよーっ」
そうして目が覚めると、プリエラに泣きつかれていた。
俺の顔をみるなりこれである。マジ泣きされていた。
腹のあたりに顔をうずめるプリエラの頭を撫でながら半身を起き上がらせ、周りを見渡す。
例の紅茶専門店、その店内である。
見渡していくうちにカウンターの店主と目が合った。
「閉店時間だというのに、迷惑な客だわ」
心配の言葉などはないらしい。
というか一言目がそれというのはちょっと厳しすぎやしないだろうか。
「俺も死にたくて死んだわけじゃないんだがな」
「死ぬならお店の外で死んでほしいところね」
ため息混じりに壁に掛けられた時計を指さしていたので、既に閉店時間を大幅にオーバーしている事に気づく。
早く帰れと言いたいのだろう。
そうかと思えばプリエラが顔をあげ、涙目のまま口を開く。
「うぅ……アムレンシスさんがずっと怒ってるの。早く帰れって」
「早く帰って欲しいんだもの。迷惑だわ」
「人一人死んだんだよ? なんとも思わないの!?」
「死んだだけでしょう? 甦らせればいいじゃない」
「そういう問題じゃなくてーっ!」
「そういう問題でしょうが。毒キノコを食べたくらいで死なれてはたまらないわ」
「もうちょっと心配する様子とかないの!? こう、一言くらい『良かったわ無事で』とかさーっ!!」
「……?」
「なんで本気で首傾げてるの!? マルタさんみたいな対応やめてよ!」
「マルタさんが誰なのかは知らないけれど、今のお前はすごく鬱陶しいわ」
「うわん!?」
余計な一言を呟いた店主に噛みついた結果、プリエラの惨敗である。
基本的に感情で生きているプリエラにとって、淡々と返していくマルタ方式はとても相性が悪い。
この店主も、発言が一部無茶苦茶な気がするが……まあ、実際邪魔しているのは間違いないので塩対応も仕方ないだろう。
「悪かったな、迷惑をかけたらしい」
「そうね。すごく迷惑だわ」
「すぐに帰る事にする。世話になったな」
「……ええ、そうね」
蘇生はプリエラがしてくれたのだろうが。
だが、その間店を閉めず、そのまま置いてくれたのだから邪魔とは思っていても有情ではある。
本気で邪魔なら路上に放り出して店を閉める事だってできただろうし。
店側だって、「ここの料理を食べた人が死んだ」なんて噂にでもなったら大迷惑だろうから、その辺りを気にするのは間違いではない気がするし。
「プリエラ、帰ろうぜ」
「あっ……う、うん」
まだ涙目のままのプリエラの頭を撫でまわしながら立ち上がる。
……ふらつくとかはない。無事らしい。
「キノコ類は食べない方がいいわね」
「そうみたいだな」
去り際の一言から、どうやら死んだ理由を察していたらしい。
何にしても、甦ってよかった。
プリエラが近くに居なかったら、俺はそのまま死んでいた可能性もあった訳だし。
一人で来ることはあまりないが、来た時にチャレンジしなくてよかった。
知らなければ注意して避けられるものでもないが、次以降は気を付けたいと思う。
店を出れば、外はもう真っ暗である。
「なんつーか、プリエラにも迷惑かけちまったな。二度も」
「あ……ううんっ、今回のはドクさん何も悪くないし! たまたまそうなっちゃっただけなんでしょ? ついてないよねー」
団長の時とは違い、今回は流石に俺を責める気になれないのか、プリエラも「いいから」と手をフリフリ。
流石に死んだときは焦ったんだろうが、生きているのでこれ以上気にするつもりもないらしい。
「でも、キノコはやめようね」
「そうだな……どのキノコに当たるのか解らんしな」
ゲームマスターの言葉を信じるなら、キノコ全般を避けるつもりでいないと危ないかもしれない。
今のところは気にしなくとも意図して選ばなければ食う事もないが、この先のアップデートで食材や料理が増えでもしたら問題だ。
ある程度は意識しないといけないだろう。
「蘇生してくれたお礼もしなくちゃな」
「お礼?」
「ああ」
二度も甦らせてくれたのだ。
何のお礼もしないという訳にも行くまい。
何より、俺の為に時間を割いてくれたのだから。
そして、俺の為に泣いてくれたのだから。
「んー、それならドクさん」
口元に指を当て、表向き悩むようにして見せながら。
上目遣いで「あのね」と、可愛らしく微笑む。
これは……たまらなく可愛い。無茶苦茶好みの仕草だ。
解っててやってるなこの小悪魔め。駄犬の癖になんと生意気な。全力で頭撫でてやりたい。可愛い。
「今度皆で温泉行かない? 山の方の」
「ああ、キリングフィールドの先か」
「うん、そう。強いモンスター多いから私やサクヤだけじゃきついけど、ドクさんとかも一緒ならいけるかなーって」
確かにあのあたりは強いモンスターが多い。
だが、温泉は魅力的だ。
疲れた後に天然の温かい湯に浸かれる……これはアリなのではないだろうか。
「ずっとサクヤやエミリオを連れて行ってあげたいなーって思ってたんだけど、中々行ける機会がなくってねー。前はマスターとかセシリアさんがいたから問題なかったんだけど、マスターはともかくセシリアさんは予定ががが……」
「あー、セシリア頼みになると時間の都合が問題になるよな」
日常レベルで俺達とズレてるセシリアを連れて行くのは中々に難しい。
たまたま早くログインしてくれる時を見計らうにしても、落ちる時間まで想定できないのではリスクが高い。
マスターは間違いなく強いがあいつはあいつで天然でやらかす事があるし、女性陣だけでの突破には難もあるのだろう。
その点、男三人で向かった時は妙な連帯感の中ハイテンションなまま突っ切った記憶がある。
ああいうのは慎重になると却って苦労するもんなんだな、と、今更のように思い至った。
「解った。それじゃ皆の予定聞いて、行ける奴らで行こうぜ」
「うん! そうと決まれば早速他の人に聞いてみるね! ドクさんっ、たまり場で会った人によろしくっ」
「おう、早速か。無理すんなよ」
「解った! それじゃっ」
尻尾でもついていたらぱたぱた振ってそうな様子で駆け出すプリエラ。
もう暗いだろうに、そんな無理しなくとも明日やればいいだろうにこれである。
落ち着きはないが……それだけ嬉しいのだろう。悪い気はしない。
「俺もやるか」
雑踏へ消えていくプリエラを見送り、俺自身もたまり場のメンバーにどう説明したものか考えながら、街を出た。
-Tips-
マインドスティール(スキル)
魔神や上位悪魔、上位の神などが扱う事の出来るスキル。
いわゆる『ゴスペル』の一種で、謳う事によって対象の思考を恣意的な方向に捻じ曲げたり、誘導したりすることが可能なものである。
ゴスペルとしては珍しく、歌でありながらメインの歌詞は存在せず、メロディに合わせ何らかの言葉を口ずさむだけで効果が発動する。
これにより、『説得』という形でメロディに乗せて発した言葉を聞かせ続け、マインドコントロールする事も可能。
効果が強力な為かゲーム内では使えるモンスターは限られており、『セイレーンクイーン』や『魔神フレースベルグ』などが使うのみである。




