#8-1.怒れる相棒
「……む」
どれくらいの間意識を失っていたのだろうか。
てっきりそのまま消え去るものと思っていたが、目を開けばまだ、俺はこのゲーム世界にいられたらしい。
強力な奇跡の対価はまだ、俺が消え去るほどのものではなかったということか。
「――だから! そんな簡単にプレイヤーに無茶な力を使わせちゃダメなの!」
「いやその……それに関してはすまなかった。私もつい熱くなっていたというか――」
「いつまで子供みたいな事言ってるの!?」
どうやら医務室か何からしい。
俺はベッドに横たわっていて、アリスとエリスが俺を見つめていて、最初に目が合う。
「あ……」
「起きたんだね。よかったー」
二人して反応するが、その声は小さい物だった。
後ろに気を遣っているような、そんな……見てみて気づく。
「この間の件だって、特定条件の子を勝手に隠してたとか私もミゼルも聞いてなかったんだからね! そんなことして、一歩間違ったら大変なことに――」
「なんだか話が全く別の方向にねじ曲がっていないかね?」
「口答えしない!」
「……いや、反省はしているさ。確かに独断ではあったからね」
先ほどから聞こえてくるのは、この二人の会話だったのだ。
団長とプリエラだ。
とても珍しいが、プリエラが目を見開いて大声で団長にまくしたてている。
団長はといえば、いつもの困ったような顔で手を前に「まあまあ」と、その話をどうにか打ち切ろうとしているようだが。
プリエラはますますヒートアップしていくのだ。
「ほんとに……いっつもそうなんだから! 勝手にいなくなって勝手に現れて勝手に好きな事して勝手に問題起こして! プレイヤーとして好きにするのは別にいいけど、その所為で私の大切な人達に何かあったら、私絶対許さないからね!!」
「うぐ……わ、解ってる。解ってるから……その話はもう終わりにしないか?」
「やめてほしいならもうちょっと申し訳なさそうな顔をしなさい! へらへらしない!!」
「……この世界で生まれついての顔だから、これに関してどうこう言われるのはちょっと困るというか……」
なんとなくプリエラが怒ってる理由も解らないではないが、怒られている団長としてはどうしたらいいのか解らない怒り方というか。
聞いていて結構理不尽な怒り方な気がした。
ただまあ、怒りの原因は俺に関する事の他にも、団長自身の行動にもあるようなので、これに関して俺が横から口出しするのもはばかられる。
(もう二時間くらいこんな感じなんだよねえ……)
(そんなに長い事やりあってるのか……)
困ったように眉を下げながら、エリスがぼそ、と、俺達にだけ聞こえるように呟く。
アリスもこくこくと頷きながら、大きな声が聞こえる度にびく、と震えていた。
(プリエラさんは、とても優しい方なのですが……怒らせると、怖い方のようですわ)
(俺はそこまで怖いと思った事は無いが、確かにこんなに怒るのは珍しい気がするな)
(お父さん、結構無茶するからなあ……お母さんの知り合いの人は、皆お父さんを怒るんだよねえ)
困っちゃうね、と、ため息混じりにプリエラと団長を見やり……まだ終わらないのを確認して、また視線を俺に戻す。
(それはそうとドクさん、もう大丈夫?)
どうやら説教中のプリエラ達は置いておいて、こちらはこちらで会話を続けるらしい。
まあ、変にああいう状態のプリエラを止めてもぷりぷり不機嫌になるだけなので、その判断は正しいと思える。
俺もその流れに乗ることにした。
手をぎゅ、と握りしめ、また開いて。
そうして、腕に力を籠め、半身を起き上がらせる。
(ああ、とりあえずは、な)
足にはまだそんなに力が入らないので、万全とはいいがたいが。
それでも、その気になれば立ち上がるくらいはできるんじゃないかと思える。
それを見てか、金黒の双子は互いの顔を見やり、安堵したように頬を緩める。
(良かった。一時はどうなるものかと思いましたわ)
(プリエラさんがたまたま近くに居て良かったね。後でお礼言わないと)
(……プリエラが何かしてくれたのか? リザレクティアとか?)
(ううん。それよりもっと凄い事だよ)
(ドクさんも、プリエラさんに感謝した方がいいですわ。使っちゃダメな奇跡を使って、存在そのものが消滅しかけていたんですから)
存在の消滅という、死とどう違うのかよく解らんがとにかくやばそうな言葉の響きの所為もあるが、双子からの抗議じみた視線にも、胃がキリキリするような感覚を覚える。
本来なら、怒られるのは団長だけではなく、調子に乗って全力戦闘を、なんて考えた俺自身にもあるのだ。
安易に使っちゃいけない奇跡を、模擬戦なんかに使ったのだから、こんな風に見られるのも当たり前ではあるのだが。
(存在の消滅とは洒落にならんな。でも、プリエラは一体何を……?)
(それは、そのー……うーん、言っちゃっていいのかな?)
(言わない方がいいですわ。余計なことを言ったら、私達までプリエラさんに怒られてしまいますから)
(そだねー、うん。ごめんねドクさん。私達からは言えないから、知りたいなら本人から聞いてね)
(教えてくださるかは微妙なところですが……)
プリエラが何をして俺を助けてくれたのかまでははっきりと教えてくれず、どうにも濁したように視線をそらしてしまう。
二人してそんな感じなので、とにかくはっきり伝えるのは避けたいらしい。
(でも、愛を感じました)
(見ていてすごかったよねぇ。ゲーム世界とはいえ、そこまでやっちゃう? みたいな)
傍で見られるようなもので、愛を感じる。
キスでもしたのか? だがそれで助かるようなものでもない気もするが。
何か、プリエラにしか使えないオリジナル奇跡のようなものでもあるのだろうか?
あいつも本気を出せばハイプリだし、俺の知らない超高性能な奇跡でも使えるのかもしれない。
……とにかく、それくらいしか思いつかないのだ。
俺の想像力も、まだ大分足りていない気がした。
-Tips-
リザレクティア(スキル)
ハイプリースト・ハイプリエステスの代名詞的な奇跡。
治癒の最高位とも言える死者の蘇生が可能な奇跡で、これによって甦った者は消去される事なくプレイヤーとして再度行動する事ができるようになる。
生前に受けた傷や病気、精神異常も完治し、完全にゲーム世界に降り立ったままの状態になる。
通常、死という概念は、ゲーム内では以下の通り処理される。
1.プレイヤーが何らかの理由によって死亡する。
この時点でステータス上は『生存している』から『死亡した』に切り替えられる。
2.一定時間経過後、ステータス上で続いていた『死亡した』という状態が終了し、消滅する。
リザレクティアによって復活が可能なのは、この消滅するまでの間に使用した場合に限られる。
死亡した時点から消滅するまでの間は、ゲームシステム的には『死亡した』というステータス状態のままゲーム世界に存在しているという処理がなされており、この為、リザレクティアは『死亡した』というステータス状態を『生存している』に切り替える事の出来る奇跡であるとされている。
かつては、プレイヤーは『死亡した』処理のまま放置されており、その状態での極度の腐敗による風化や捕食、焼失などによって死体が消滅しない限りは、例え白骨化していようとこのリザレクティアを使用する事によって復活する事が出来た。
だが、ゲームバランスの崩壊と衛生状況の配慮、プレイヤーによる生命の軽視の恐れなどを危惧し、ゲームマスターが独断で現在の処理に変更したという経緯がある。
類似スキルとして祝福『リザレクション』があるが、こちらは効果判定はリザレクティアと大差ないものの、指定範囲内のプレイヤー全てに効果がある範囲スキルとなっている。
ただし、これを扱う事が出来るのは現状ゲームマスターと一部の運営サイドの要員に限られる。




