#7-1.恐怖のレイオス伯爵城
薄暗い板張りの床。
踏みしめる度にギィギィと悲鳴をあげるかのような音が響いて、その度にびく、と、背筋が震えてしまう。
ところどころ壁に掛けられているランプは、どれも風に揺れて不安定で。
私達の背後には、何もいないのに何かがいるかのような気配がする。
確認して、前に向き直って歩く度に、まるで耳元で何かに囁かれたような、吐息を吹きかけられたような気がして、また震えてしまう。
遠くで誰かの悲鳴が聞こえた。「助けて」と。「もう許して」と。
だというのに、ここから逃げることは許されない。
「うおりゃぁぁぁぁっ!!」
……そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように、ばこーん、と、威勢のいい音が響き渡る。
ドクさんの釘バットが、モンスター『スケルトンナイト』の頭を吹き飛ばしたのだ。
カラッ、コロッ、という小気味いい音がして、スケルトンナイトの頭骨が私の足元まで転がってくる。
まるでボールみたいで、そこには不思議と恐怖は湧かなかった。
「ふはははっ、勝利、大勝利だ!!」
倒れてそのまま消えたスケルトンナイト。
ドロップした鎧の部品を踏みつけながら、ドクさんは勝ち誇っていた。
「……なんか、ドクさんのおかげで、いい感じに怖さが薄れてきますね……」
「ほんと、そうなのよねぇ。ドクさんとはホラーは見たくないわねぇ。見る機会もないでしょうけど……」
私と、隣に立っていたセシリアさん、二人して苦笑していた。
今私たち三人がいるのは、『レイオス伯爵城』という中級者向けの廃墟マップ。
リーシアから転送一回でいける村『アンチラ』の近くに立地しているお城だった。
中には今のスケルトンナイトみたいなアンデッド系モンスターがわんさかいるとかで、私はドクさん達に連れられ、観光がてらきたのだけれど。
確かにロケーションはすっごく雰囲気が出ていて、一人で来たら些細な物音一つで絶叫してしまうかもしれない位。
出てくるモンスターも、決して笑って相対する事ができるような見た目じゃなくて、きっちりホラー風味に仕上がっている。
ドクさんとセシリアさんがすぐ傍にいてくれるからなんてことないけど、中級者向けという事は、私からみたらかなり難易度の高いマップという事になるし、二重の意味で怖いところなんだと思う。
思うけれど……その大半は、ドクさんのおかげでとことんまで薄れてしまっていた。
ドクさん、強すぎる。
聖職者系の人が本領発揮できるアンデッドばかりの場所とはいえ、一人で大半のモンスターを片付けていってしまう。
セシリアさんなんてさっきからお喋りの他は私が知らないモンスターと対面した時の解説役しかしていない。
そして、ドクさんは強いだけじゃなく、空気もあんまり読まない。こっちはわざとなのかもしれないけれど。
さっきの高笑いみたいなのを毎度のようにやって、その度にホラーチックな雰囲気を完膚なきまでに破壊していく。
そのおかげか、怖い怖いと思っていたのは最初くらいで、今ではもう、普通の狩場とそんなに変わらない気分になっている私がいた。
「いやー、思ったより人がいねぇなあ。いつも来るとヒーラーやプリで賑やかなのになあ」
「私は滅多に来ないから知らないけれど、そういうものなの?」
「ああ。ここって結構実入りがいいからな。スケルトンナイトの鎧のパーツ集めて鎧の材料にしたりもできるし、アンデッドはたまーにだけど指輪とか宝石落とすしな」
そして歩いてる最中は途切れる事無く雑談タイム。
私の前はドクさんが、後ろはセシリアさんがいるので、私自身はすごく安全な状態。
観光だからいいけれど、自分が一切戦闘に関わらないのって、実は結構久しぶりだったりする。
最近はエミリオさんと狩り行くことが多かったし。
……と、ここまで考えて、ここも狩りの候補地として参考になるんじゃ、なんて気付く。
「あ、あの、ここって、PT狩りの選択としては、どうなんでしょうか?」
早速聞いてみる。今の私では無理でも、後々候補地に出来るなら、今のうちに色々見ておくのもいいよね、って。
「悪くない狩場だぜ。アコライトとかプリとかいたら迷わずここ選べって位にな。マジシャンのソロには向かないけど、聖職者がいなくても三人四人位で組めば初級者でも十分通用するしな」
「ただ、場所が場所だから、炎系の魔法を使う時には注意が必要なのと、足元に気をつけないと、だけどね」
ドクさんの説明の後に繋げるように、セシリアさんが足元の床を指す。
「足元……板張り、ですか?」
一瞬何を意味するのか考えてしまったけれど、ひねることでもなく、そのままの意味なんだと察した。
「そう。うっかり炎系の魔法使って火がつくと、大変な事になるから……」
「初期の魔法くらいなら火が燃え移る事なんてほとんどないが、範囲魔法辺りになると普通に延焼するからな……」
火がつく、延焼。なんだか、二人の口から聞き捨てならない言葉が出た気がした。
「……火事になっちゃうんですね」
「そうなのよ」
「たまにやらかして他のPTに迷惑かける奴がいるからな……まあ、ほっとけば城内のモンスターが魔法で鎮火させると思うが」
なんてはた迷惑な、と思いながらも、気をつけないといけないと胸に刻み込む。
でも、モンスターが消火するなんて、ちょっと面白いかも。
「もしかして、火事で消失した分もモンスターが自分で直したりしてるんですか……?」
「多分そうだな」
「ここに限らず拠点系のマップは、そこに住むモンスターが自分達で直してる感じよね……」
なんだろう、この「モンスターも生きてるんだ」みたいな感じ。アンデッドだから死んでるけれど。
リアルでの私達の家と同じで、モンスターにとってはここが家なんだなあ、と思うと、途端に生活臭を感じてしまう。
「それと、こういう廃墟系のマップはどこもそうなのだけれど、足元が崩れ易くなってる場所があったりするの。モンスターが作り変えていく関係で、時間を置いてくるとそれまで何もない場所に穴があったりするし……廃墟では、足元をちゃんと見ながら進むほうが良いわ」
「正直、この手のマップで一番怖いのはソレだわな。アンデッドは案外動き鈍いから油断さえしなきゃ、なんて事はないんだが、床を踏み抜いて落下した先がモンハウで、なんてのは数少ないここでの死亡パターンだな」
そう考えると、かなり慎重に歩かなくてはいけない気がしてしまう。自然、足元に目が行く。
「まあ、人が多い時間帯ならそんな状態になっても誰かしら助けに入ってくれると思うけどな。それ位、ここは人と会うことが多い」
「なるほど……他にプレイヤーがいるっていうのは、それだけで安心できる要素なんですね」
「そういうこったな」
これに関しては、マタ・ハリの時に助けてくれた人たちの事を思い浮かべると、すんなりと納得できた。
あの時、あの場所にあの人たちがいなかったら……そう考えると、今でも怖くて震えてしまう位。
でも、いたからこそ助かったのだ。人が多いっていうのは、それだけ重要な事なんだと思う。
「逆に言うと、今人が少ないというのが、何かひっかかるわね」
「そうなんだよなあ……こりゃもしかすると、『あいつ』がいるのかもしれねぇ」
「あいつ……ですか?」
意味深なドクさんの言葉が気になってしまって、つい聞いてしまう。
「『ヒートマルゲリータ』だよ。このマップのボスな。全身炎に包まれてる女でな、厄介な事にマップに火をつけて飛びまわりやがる」
「プレイヤーが火をつけなくても、ボスが勝手に火事にしていくのよね……」
「そうそう、面倒くせぇんだよ。本人(?)もゴースト系だから無属性の攻撃通用しねぇし。取り巻きも地味に物理無効だし」
出くわしたくねぇなあ、と、顎に手をやりながら、ドクさんが小さくため息。
珍しく、ドクさんらしからぬ弱気のようにも見えて、それが不思議だった。
それだけ面倒くさい敵なのかもしれないけれど。
「ドクさんなら、嬉々として挑んでいきそうな気がしましたけど……そんなに強いんですか?」
「……いや、俺も出くわしたら戦うつもりではあるがな? 考えてみてくれサクヤ。燃え盛る炎の近くに行ったら、それだけ熱いと思わんか?」
「ええ、まあ……」
「つまり、そういうことだ。わざわざ全身火だるまになるのを楽しむ趣味は俺にはないんだ」
「……火だるまになっちゃうんですか?」
「なっちゃうんだよ。本人も燃えてるけど、近づくと火属性魔法連射してくるしな……」
中々に洒落になってないボスだった。火だるまとか何それ怖すぎる。
「その……ごめんなさい。そんなに危険なら、無理にいかなくっても……」
「全身火だるまくらいならドクさんなら余裕じゃない?」
――折角私がためらったのにセシリアさんが炊きつけにいった!?
「まあ、余裕だがな」
「余裕なんですか!?」
なんだか私の心配がすごく無意味なもののように感じられてすごく虚しい。いっぱい虚しい。
「別に、ヒートマルゲリータの魔法位ならなんてことはないんだがよ……それでも熱いものは熱いんだよ。体力や火傷は奇跡やポーションでいくらでも回復できるがな、装備品で魔法を無効化したとしても、体感で受ける痛みだの熱さだのはなかった事にはならんのだ……」
あれはたまらん、と、ドクさん。
なんとなく解るような解らないような。
どんなに小さなモンスターでも叩かれたら痛いし、きっと魔法もそんな感じなんだと思う。
「半端に痛い位が、一番長引くのよねぇ……」
「ああ、そうなんだよ。すげぇ痛い位だと感覚が麻痺したりアドレナリン出たりしてかえってそこまででもないんだが、半端な痛みってのは緩和もされねぇしいつまでも消えねぇしで一番きついんだ……」
こっちもわかってしまう気がして困る。
つい最近、マタ・ハリの所為でそうなった事があったから、妙にリアルに実感できてしまうのが辛い。
「まあ、とりあえず気をつけながら進もうぜ。あいつの取り巻きの『ゴーストナイト』とかもサクヤにはまだ危険な相手だしな……」
「いざとなったら私が障壁を出すからそのあたりは大丈夫だと思いたいけど……まあ、用心するに越した事は無いわね」
ドクさんとセシリアさんは、歩きながらにそんな真面目な事をさらっと話す。
私はただ聞きながら、何か言ったりする事も出来ず、シリアスになっていく雰囲気にごくり、喉を鳴らしていた。
-Tips-
レイオス伯爵城(場所)
アンチラから西へ3マップ移動した場所にある中級狩場マップ。
巨大な城の廃墟で、内部はアンデッド系モンスターの巣窟となっている。
廃墟マップの典型として、木造部分は火属性魔法や松明、タバコなどの不始末によって火事になる事もある他、板張りの床は破損部分を踏み抜くと下層に落下してしまう恐れがある為、注意が必要である。
また、このマップのボス『ヒートマルゲリータ』は常に炎を纏っており、プレイヤーを察知すると火属性魔法を乱射してくる為、火がつきやすい地形の特性上、非常に危険である。
主なモンスター:スケルトンガード、スケルトンナイト、ダガースナッチャー、メンタルガイスト、ウォーターエレメント、ゴースト
ボスモンスター:ヒートマルゲリータ




