#7-2.プレイヤー『団長』との戦いにて
こうして俺は団長と戦う事になったのだが……正面から対峙すると、その圧倒的過ぎる存在感が途方もなく恐ろしく、逃げ出したくなる感情を抑え込むのに必死だった。
――人間が対峙してはいけない存在。
もし感想を言葉にするなら、これ以上ないほど的確にこの言葉が当てはまるだろう。
手に持ったのは槍。
俺にとってもっとも戦いやすい状況で戦えるように、装備は鎧ではなく法衣。
いつでも手札を隠せよう、長い袖口はそのままに、手先をぎりぎりまで隠す。
戦い慣れたバトプリの発展型。鈍器以外を持つのは久しぶりだが、その扱いは大武闘の時よりも様になっているはずだ。
恐らく……今回の戦い、俺自身も出せる物をほとんど出し尽くさないといけないだろう。
そう思い、この装備にした。
「――らぁっ!!」
初手は駆けながらの突き。
マスター程ではないにしろ、かなりの速度だったはずだが、これは容易にかわされる。
いいや、かわしてもらわなきゃ困る。
「甘いぜ!」
「ふふっ」
ブラフ代わりの槍をかわした先には、俺の蹴りが待っているのだ。
だが、これを団長は片腕で受けきり、容易に弾く。
「――ちぃっ」
「槍に集中させての転移奇襲か。君の戦闘スタイルは中々面白いな!」
速攻で見破られていた。
反応速度が、俺のスキルの速度を越えている。
これは中々の脅威だった。
「では、今度はこちらから行くぞ――?」
――来る!
団長の声が聞こえ、わずかに存在がブレたのが見えた。
だが、俺はマスターがやられるのを見ていたのだ。
来ると解っている攻撃を、わざわざ喰らってやるほど馬鹿じゃない!
「……ほぅ? これをかわしたか」
「いくらでもかわしてやるさ! そらぁっ!」
ぎりぎりのところを風圧を受けながらも踏ん張り、槍の一撃を見舞う。
「――速いな! それにいい連携だ!!」
直線が2、薙ぎ払いが1、短く持っての斜め斬りが3の連携全てが回避され、団長が距離を置く。
かと思えば、まるで滑るかのように肉薄して来るのを感じた。
そう、もはや、見えるではなく、感じるか否かの戦いなのだ。
『――イーター!』
うねる様に首筋を狙う一撃を紙一重でかわしながら。
『ブレイカー!』
補助をかけて一撃のチャンスの為に精神集中する。
わずかでも喰らえば一瞬で意識を持っていかれるのが解っていた。
この男の一撃、全てが一撃必殺なのだ。
これに関しては、恐らく俺が昔マスターを相手取った時とそんなに違いはないのだろうが。
マスターが剣でやったことを、この男は拳でやってみせる。
そんな、恐ろしい信頼がそこにはあった。
「はははっ、面白いな君。君くらいに勘の鋭い男は久しぶりに見る」
「だが、こんなもんじゃあんたは楽しめさせられそうにないな!」
「解ってるじゃないか。さあ、早く本気を出したまえ!」
煽られている。
これだけやって見せてもまだ本気だと思われていない。
まあ、それはそうだろう。
大技一つ見せずに本気もないだろう。
殺す為の一撃もなしに勝ち負けなど決められるはずがない。
本気で戦えと言われた。ならば、これは殺し合いなのだろう。
殺し合いの模擬戦なのだ。
「期待を――超えてやろう!」
この男はこうやって俺をその気にさせるのか。
中々に面白い男だった。そう、面白いと思ったのは何もこの男だけじゃない。
俺だってそうだ。持ち上げられるのは悪い気がしない。
期待されるのはいい気分だった。全力で、それを越えてやりたくなる。
「なんだか、すごいことになってるね……」
「お師様相手にここまで保つ人も珍しいですね。まだ大技一つ見せていないとはいえ」
「私には何も見えないんですけど」
「僕もだよサクヤさん。意味が解んない」
ギャラリーが語る声すらもただの背景音と化していた。
だが、見られるのは楽しい。もって見ていてほしかった。強い俺を。なんだってやれる俺を。
俺は、戦える。リアルでただの教師やってるだけの男が、最強に強いんだという所を見て欲しかった。
そう、このゲームは、誰にだってなれるのだから。
お前らだって、同じようになれるのだと知ってほしかった。
(負けられないな)
胸を強く打つそんな気持ちに、身体が震え、力が込み上げる。
自分で奮起できるのだから楽なものだ。俺には他人の鼓舞すら要らない。
最初期の頃のゲームに、そんなものはなかった。生きるか死ぬかだ。
自分を奮起できなければ、奮い立たせられなければ死ぬ。実に単純だった。
そして今は、それが必要な相手がそこに居た。
誰かに応援されてじゃない。自分が勝つ気になれなければ負けてしまうような、そんな相手だ。
だから――やれることをやるしかないのだ。人間なのだから。
団長の攻撃は速い。恐ろしいほど速い。
今もまた拳が俺の顎先を狙い、そうかと思えば横腹に突き刺さろうとしていた。
どれも、一撃喰らえば即アウト。
まるで縛りプレイのゲームでもしているかのような超絶難易度のアクションを思いつくままに取り、それを回避していく。
なに、このくらいの動き、化け物じみたボスモンスター相手にしていればたまにある事だ。
単純な速度だけならマスターと互角くらい。
この団長が本気を出しているとは言い難いが、これくらいが妥当だと判断されているのだろう。
その余裕の表情、崩したくなる。
「――ふんっ!」
「むぅっ」
カウンターとして突き出した槍での一撃を敢えて弾かせる。
強い衝撃が走る予感がし、槍をすぐに手放し――もう一方の腕に隠していた不死鳥の杖を虚空に向け全力スイングする。
「――おぅっ!?」
がきり、と、団長の右腕が振り回した杖にぶち当たった。
これは予想外だったに違いない。当たり前だ、狙っていなかったのだから。
「人間の思考が邪魔だって言うなら、反応の外で動いてやるさ」
「君は……くくっ、もうその域か。なるほど、君は楽しませてくれそうだ」
にぃ、と、その人のよさそうな顔が一瞬、途方もなく邪悪に歪んだのが見えた。
――あ、やべぇ、スイッチ入ったわこの人。
警戒しないといけないと思考し。
思考するより速く腕が動き、反射で防御姿勢を取る。
――その内側に、既に抉りこむように拳が叩き込まれていたとしたらどうだろう?
「うお……っぶねぇ!」
「『パラレル』か。対峙すると、思いのほか厄介だね、それ」
思考の外側。反射より速く、それは発動していた。
防護の奇跡によりぎりぎり防げた一撃は、それでも尚重いプレッシャーを俺に浴びせ、一瞬の硬直を作ってしまう。
追撃が叩き込まれる前に転移の連続で離れようとしたのに、団長は真後ろに現れていた。
セキもそうだったが、転移した直後にそれに反応し対応できるその反射神経は、人間をはるかに超えているように思える。
「ちぃっ! これで!」
「ははっ、無理な姿勢からでも反撃をするかっ、いい判断だ!!」
マグニムの強化版『ブレイカー』を交えた不死鳥の杖でのカウンターは、ボスモンスターですら一撃で姿勢を崩すレベルの衝撃のはずだが。
それを腕で受けきり、腰の入った姿勢のまま止まる。
――止まったのだ。
「おらぁっ!」
当然、俺は追撃しようとして――フェイントにかけた。
「『ショックウェイブ!』 ……むぅっ!?」
やはり誘い受けだった。体幹崩しの深い一撃が、俺の鼻先を掠る。
だが、それが解っていれば、わざわざ喰らってやるつもりなどない!
『グロリアス・エンゲージ!』
「ちぃっ、ブラフだったか。私としたことが」
意外と熱くなってくれているのか。
それとも元々その手のフェイントにはあまり強くないのか。
いや、それでもよほどでなければ掛かってはくれまい。
だがおかげで、そのわずかな隙に身体能力強化が出来た。
これで、いくらか速度的に対応できればいいのだが。
-Tips-
祝福されし者の法衣(防具)
聖職者系上位職にのみ許される神々の祝福の施された法衣。
通常は司祭服の上に羽織るもので、見栄えの上でも清廉な白を基調としており、清涼感溢れている。
防具としては、防御性能はそれほど高くはないが、あらゆる魔法ダメージや精神系ダメージの効果を大幅に軽減させ、纏っている者の使用する奇跡の効力を倍程度に強化する特殊効果を持つ。
法衣そのものは聖堂教会で販売されている物だが、それ単体ではただの法衣でしかなく特殊効果はない。
自力で神かそれに類するものと邂逅するか、何らかの運営サイドのイベント報酬などで手に入れるか、自力で祝福を奪う以外に入手する方法が無い為、上位の聖職者プレイヤーであっても入手にはある程度の運を要する。




