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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
14章.変異するネトゲ(主人公視点:ドク)

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#6-2.リアルサイド35―侵食してゆく好意―


「あの……センセ」

「うん? どうした?」


 会話も途切れ、そろそろこの辺りで、と思ったのだが、サクラが話を切り出す。

まあ、夜は長い。寝るまでの時間はまだあるので、俺は多少会話が続いても別に構わないが。

ただ、サクラはちょっと迷ったように視線をうろうろさせていた。

余計なことは言わず、待ってやる。何か伝えたいのだろう。


「センセは、ゲーム世界での想いとか、ひきずったり、しますか……?」

「それは、俺がプリエラの事を現実でも思ってるか、とか、そういうアレか?」

「そういう、アレです」


 言われてから「なるほどな」と納得がいった。

サクラとしては気になる部分なのだろう。

好きな男がゲーム世界で恋人のように一緒にいる女の子の事を、現実でも同じように想っているのか。

それは確かに、恋する乙女にはただならぬ問題に違いなかった。


「君がゲーム世界での俺に恋情を抱いていないのと同じだ。ゲーム世界でどれだけ親しい奴でも、現実では会う事もないからな……」


 サクラと出会ったのがレアケース中のレアケースなだけで、実際には現実世界での知り合いとゲーム世界でまで出会うなんてことはそうそうない。

それでも双子やら親子やら兄妹やらで一緒にプレイしている奴らを見るとグラつく事もあるが……実際、サクラと……後はエミリオがナチバラかもしれないっていう以外には、リアルでの顔見知りは今のところいない。

必然、ゲーム世界での恋情は、ゲーム世界でのみという事になる。


 この世界に生きるのは『俺』で、あの世界を生きるのは『ドク』だ。

この胸の中で動き続ける心臓すら違う、赤の他人の中に俺の意識が入ってるだけの存在が、果たして俺と同一の存在と言えるのかも怪しい。

ゲームキャラクターは、あくまでゲームの中で生きるからこそゲームキャラクターなのだから。


 だからこそ、ゲーム世界の想いを現実に持ってきてしまっているオガワラの気持ちは理解はできるが、同時にアブノーマルである事も否定できない。

少なくとも俺の今の状態からしてみても、ありえない状況だからだ。


「たとえば今、俺がプリエラの事を考えようとしても、多分ゲーム世界の俺がプリエラについて考えた時と比べて、かなり味気ないものになるはずだ」

「味気ない……?」

「君がゲーム世界でドクと俺とを同一視しようしても無理だっただろう?」

「あ、はい……そう、ですね。好きな人としては見られませんでした」

「まんまそれと同じだよ。そもそもの所、好みが全然違うからな、ゲームとリアルだと」


 リアルでの俺の女の好みは、ゲーム世界のそれとはかなり異なる。

ドロシーもそうだが、ゲーム世界では『健気で可愛い所がある女』が好きなのだ。

だが現実の俺はそうではない。

サクラがそうかと言われれば今のところはまだノーだが、少なくともプリエラが好みなゲーム内のキャラクターとは違う反応になるはずだった。


「じゃあ、もし仮に、プリエラさんが、かなりゲーム内に近い姿でセンセの前に立っても、そういう気持ちになったりとかは……」

「ないだろうな」


――どちらかと言えば、ゲーム世界と全く違う容姿で現れた方が、俺好みになっている可能性があるからサクラ的な危険度は跳ね上がると思うが。


 ただ、それをわざわざ聞かせて不安がらせるつもりもなかった。

恋する乙女にとって、好きな男が他の女に目を向けてしまうかもしれないというのは、かなりの恐怖なのだろう。

それが例えゲーム世界の存在であったとしても。


 仮に、もし俺がプリエラ相手にそうなる可能性を示唆したなら、サクラは、ゲーム世界でプリエラにどんな視線を向けるだろうか?

それまでゲーム内で一番信頼し、一番慕っていたギルメンを、これからのこいつはどんな風に見るようになるだろう。

恐らくはプリエラ自身もそれに気づき、戸惑ってしまうのではないか。

俺の返答一つでギルド内の雰囲気が悪い方に傾くくらいなら、余計な可能性の話は持ち出さないに越した事は無い。

そんな可能性の低い世界の話は、ばっさり斬り捨ててしまった方が良いくらいだ。


「安心したか?」

「……はい。安心しました」


 結果として、クッションをぎゅっと握ったままの、可愛らしい笑顔がそこにあった。

返答次第ではこれが曇ってしまったり涙目になったりしてしまっていたのだろうから、この差は大きい。

まだこの子と恋人になるか解らない段階だが、それでもこうやって話しているうちに、この子の良いところ、逆にダメだと思う所をいくつも見てきて、少しずつ『ただの教師と教え子』から進展していっているように感じていたのだ。

まだ恋情にはつながらない。だが、いつかは繋がるかも知れない関係だった。

そう思うからこそ、大事にはしたい。



「えっと、センセ?」

「うん?」


 空気の入れ替わりを感じた。

ちょっとだけ重くなっていた雰囲気が、軽くなったように見えて。


「あの……好きですっ」


 ぷつん、と、それだけ伝えて回線が切られる。

典型的な言い逃げである。

唖然としたが、思わず吹き出してしまった。


(チキンめ)


 面と向かって告白してきたくせに、こうやって相手に気持ちを伝えるのはまだまだ恥ずかしいというのはなんというか、可愛いとは思う。

ただそれは、俺から見て子供っぽくも見えて、未熟な様に感じて、そして……懐かしくもあった。

俺にはこれが出来なかった。

だが、そんな風になる未来を思い描いていた事もあったし、そう思うような、焦がれる様な相手も居たのだ。


 乗り切った過去ではあるが、少女との恋愛を意識するたびに、そんな事を思い出してしまい、胸がキリキリと痛む。

忘れまいとする出来事を、痛みによって蒸し返されたような気持ちになり、多少煩わしくもあったが。


(好きです、か)


 言われて嬉しくないはずが無かった。

恋情を抱いていない相手でも、好意を告げられれば胸が温かくなる。

ぎゅっと目を瞑って、サクラなりに大胆に想いを告げたつもりなのだろう。

それは、もちろん嬉しかった。


 こういう嬉しいという気持ちが続き、何度も繰り返されていけば……それはやがて日常になり、当たり前になり、そして――それが愛に変わる事も、あるのではないだろうか。


 そんな風に思う事がある。

それこそオガワラのケースと同じで、ちょくちょくこんな風にサクラの想いに触れていれば、それが当たり前のように感じていれば……俺は当たり前のようにその想いを受け入れ、サクラと一緒になる未来も、いつかはあるんじゃないかとすら思える。


(少し、怖いな)


 侵食する好意という名の感情。

俺の精神を蝕むその病は、果たして俺の未来を明るく照らしてくれるのだろうか?

それともまた(・・)、俺のトラウマとなって消えていくのだろうか。


 俺も大概に、おかしい部分があると自覚させられた、そんな夜だった。


-Tips-

恋愛感情のひきずり現象について(概念)

ゲーム世界『えむえむおー』内での恋愛感情を現実世界レゼボアにおいても抱き続けてしまう、いわゆる『ひきずり現象』と呼ばれる逆転現象を発生させてしまうプレイヤーが、年々増加している。


これは、本来現実世界とゲーム世界とで切り離されて存在しているはずの『本人』と『ゲームキャラクター』が、何らかの形で強いつながりを持ってしまい、それによってキャラクターの心理状態がプレイヤー本人に影響を及ぼしてしまう事を示している。


これは、基本的にはレアケースなのだが、ゲーム世界での強い恋情などがそのまま現実世界でも残り続け、それについて悩んだり迷ったりしているうちに現実世界のソレと同じように思い込むようになる事によって発生する疑似的な恋愛感情で、精神がある程度成熟しているものの、まだ完全に定まっていない15~18歳前後のごく限られた時期に起こりやすいとされ、公社でも問題視され始めている。


実際に解決する方法は失恋するか何か大きな転換を迎え、『これは現実なのだ』『ゲームとは違うのだ』と理解するところから始めないといけないのだが、相応の年数恋愛感情を抱き続けている状態になる為、解決される事はそのまま恋情によって右往左往していた自身の心を全否定する事にも繋がり、それが元で破滅的願望に変異してしまう事もある為、不用意に解決してしまう事は本人にも、その周囲にも不幸な末路に直結しかねない。


この為、公社衛生局においてはこの現象が発症した人間に対しては「あまり気にせず放置するように」という場当たり的な対処法を公表する方針を固めつつある。


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