#3-1.結婚式、開始
その後会場をうろついて、キスカをはじめ、リーシアの商店主やその関係者の多くがイベントに参加している事に気づいた。
旅籠『ひゅぷのす』や『プリムローズ』といった大型店舗の店員らも参加している辺り、かなりの規模と言えよう。
それが参加者増大の理由かと思ったが、それだけにとどまらず。
……会場の至る所に、白服と黒服が目立たぬように立っていたことに気づく。
運営サイドのイベントというだけあって運営さんと公式さんが無数にいるらしい。
普段ここまでの人数の白服黒服を見る事はないのだが、それだけ運営サイドにとって、今回のイベントは重要事項となっているのかもしれない。
土壇場で実装された貸衣装システムもそうだし、運営の本気度が伝わる。
会場の賑わいが増した辺りで、《ゴーン……》という、聖堂の鐘の音が聞こえてくる。
王城から聖堂は比較的近い位置にある。
聞こえてきても不思議ではないが、それにしても音が大きいのは、音響効果か何かを弄って拡大しているのだろうか。
ただ、この音色のおかげで「そろそろ始まるか」と気づく事ができて、席に戻る目途にもなった。
丁度他の奴らも戻って来たのか、テーブル前にはうちのギルメン達が集まっていた。
『――それでは、これより一浪とミズーリ、楽第とミクスの結婚式を執り行います』
突如、閃光が会場に走る。
突然の事で多くのプレイヤーが驚くが、この光で目をやられる事はなく。
むしろ、優しい光だったように感じられた。
痛くも辛くもない、慈悲に特化したような、そんな癒しの光だった。
そうして何もない空間から現れた魔法陣。
見た事もないエフェクトの中から――ココア色の髪の天使が出現する。
艶やかな四翼の黒き翼。
プリエラといい勝負なくらいにグラマラスな身体が、修道服めいた黒いドレスに映えていた。
胸元には聖書だろうか、顔よりも大きな分厚い本を抱え込んでいる。
腰の下まで届くココア色の髪が揺れ、翼がフワ、と動き出す。
軽く羽ばたいただけで会場全体に風が舞い、それでいて参列者たちの衣服は一切乱すことなく、柔らかな温かみのみを与える。
『私の名はパンドラ。ゲームマスターとしてこの「えむえむおー」の管理をする者』
厳かな雰囲気を漂わせ、まず参列者たちに自己紹介する熾天使。
以前話した時のような話すたびに威厳が薄れていく残念仕様は鳴りをひそめ、立派なゲームマスター様を演じていた
「ゲームマスター……あれが」
「初めて見た。女の人だったんだな……」
「あれって本物の翼? 天使様なの?」
「黒っぽいけど、全然怖く感じないな……むしろ、癒される?」
「綺麗……」
感嘆の言葉と共に、ゲームマスターに出会えたという幸運に会場が湧いてゆく。
今まで、ゲームマスターと出会える機会などそうはなかったはずだ。
そもそも噂レベルでしか存在が語られていなかったのだから無理もないが、結婚式というイベントの前座としては、これ以上ないほど上等な盛り上げ方と言えよう。
加えて……今までは顔を認識できなかったが、今でははっきりと分かる。
セシリアと比べても遜色ない――いや、もしかしたら上くらいの美形かもしれない。
顔を見た瞬間ぞわりと背筋が震えた。
天使だからそう感じるのも無理はないのかもしれないが、『この世のものとは思えない美しさ』というものがあるのだとしたら、まさにこんな感じなのかもしれない。
それくらい、パーツの一つ一つに至るまでが無機質に整っていた。
そう、整いすぎていたのだ。
『これより、式の進行は私が執り行います。参列者の方々は、新郎新婦に思い思いの言葉をかけてあげると良いでしょう。さあ、早速始めますよ――新郎新婦、入場を』
威厳を感じさせる口調のままに。
だが、少しずつそれが崩れているのに気づき、笑いそうになるのを抑える。
やはりというか、この人はそういうのが苦手らしい。
ともあれ、式は始まった。
パンドラは左奥の扉を手で示し、参列者各々の視線がそちらに釘付けになる。
静かな緊張の中、扉が開き、最初のカップルが現れた。
一浪とミズーリだった。
白いスーツ姿の一浪に対し、ミズーリは純白のドレスに同じ白のヴェール。
金髪も後ろでアップにされ、より大人びた印象を感じさせる、そんな出で立ちだった。
「綺麗……」
「ミズーリさん、綺麗だよーっ!!」
「これは中々の美人さんだねえ」
多少の化粧の所為もあるのだろうが、花嫁姿のミズーリは、誰から見てもそう思えるくらいには美人さんだった。
近くに立ってるサクヤなんかは胸元で手をぎゅっと握って「いいなあ」と見惚れているほど。
普段は勝気な印象の強いミズーリだが、人々の声援を受け、きゅっと口元を閉じたまま、頬を赤く染めているように見えた。
そうして照れながらも、長い裾を踏んづけたりせず、ゆったり、一歩一歩前に進んでゆく。
「一浪くーん、かぁっこいいよーっ」
「綺麗な嫁さんじゃねぇか、頑張れよ!」
「ひゅーっ」
声援は、一浪へも届く。
最初に声を挙げたプリエラに続くように、様々な声が一浪に向けられた。
それを聞いて一浪も「どうも」と照れくさそうに頬を掻く。初々しい。
ゆっくりと進むカップルに、拍手や声援は留まるところを知らず。
俺自身、精一杯の拍手で、二人の入場を盛り上げようとしていた。
そのまま、ゲームマスターの前に立つ二人。
『さて、もう一組のカップルにも登場願いましょうね』
更にゲームマスターが右の扉を示すと、音もなく扉が開かれる。
そこに立っていたのは、黒のタキシードを纏う楽第と、オレンジ色の、花かざりが沢山ついたドレス姿のミクスだった。
一浪達と比べると、渋さと可愛らしさに重点を置かれた組み合わせ、といったところだろうか。
「ほう」
「ああいう組み合わせもありなんだな」
「黒いタキシードも結構いいじゃねぇか、俺の時もこういう感じにするか」
それを見ての感想も、一浪達とは違い新郎の出で立ちからだった。
ミッシーの時も似たような色合いのタキシードだったが、男連中からは黒系の服の方がウケがいいらしい。
一浪と違い、楽第が余裕綽々の様子で歩いているのも、こういった場面では自信があるように見えて好印象なのかもしれない。
「ミクスーっ、すてきだよーっ」
「可愛いかわいい」
「お花いっぱいですごくいいですよ! ミクスさん可愛い!!」
キスカをはじめ、商店関係者の席からミクスへの声援が届く。
大人びていて、まず第一に『綺麗』という言葉が浮かぶミズーリに対し、ミクスはやや背が低く、顔だちも幼い為、こういった華やかで可愛らしいドレスの方がよく似合っているように思えた。
女性陣もそれを敏感に感じ取ってそこを重点的に褒めているのだろう。
ただ、余裕ぶっている楽第に対し、こちらは緊張でがちがちになってしまっていて、女性陣の声援にも満足に反応できない様子だった。
反応しようとはしているのだが、手すら上げられないというか。
もしかしたら、人前では緊張してしまうような娘だったのかもしれない。
「緊張してるミクス可愛い」
「流石私達の小動物系アイドルだね」
「くすくす、自信満々な彼氏さんの隣で固まっちゃうミクスかわいい」
どうやら商店関係の娘達にとって、癒し系の小動物か何かだったらしい。
揃って「ねー」と意気投合し、可愛らしいその反応を生暖かい笑顔で見つめていた。
緊張でカチコチのまま、なんとか歩いて……躓きそうになってしまって、「あっ」と、会場の所々で声が上がった。
「あ……ら、楽第さん」
「よっと。大丈夫だよ。俺が君を支える」
「……はいっ」
花嫁のピンチに、楽第はすかさず手を腰へと回し、抱き起こす。
とても自然な仕草でミクスを立たせ、その手を引いて、また歩き出した。
「きゃーっ」
「今のは格好良かったぞ楽第ーっ」
「楽第さんかっくぅいいよーっ!!」
そうして高まる称賛と黄色い声。
確かに、今のは俺から見ても格好良かった。
やるじゃないか楽第。女の子相手なら、一浪より上手かもしれない。
照れた様子もなく「けっ」と口元をにやつかせ、楽第はミクスの手を引き、やがて一浪達に並び立った。
-Tips-
ガーベライトドレス(衣装)
愛を司る花であるとされるガーベラを用いた、オレンジカラーのウェディングドレス。
あまり自分に自信が無い女性や落ち込みがちな女性にとってはありがたい、テンションを持続的に向上させる特殊効果が付与されている。
華かではあるが美しさよりは可愛らしさの方が表に出るものの為、小柄な女性こそ活かせるドレスであると言われている。




