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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
14章.変異するネトゲ(主人公視点:ドク)

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#1-2.リアルサイド33―不審者と瀕死のお嬢様カップル―


 この二人で黙って歩くというのは、なんとも違和感があるというか、馴染みが薄いというか。

大体はカエデがひっきりなしに何かしらの話題を出したり愚痴ったりで話が途切れる事は無いのだが、こんな時はどんな事を話すべきか、互いに考えてしまっているのだ。

そして切り出すタイミングが浮かばない。

何かしらきっかけがあれば、と二人して願っている事が多かった。

「……うん?」

そして、きっかけかどうかは解らないが、気になるもの(・・・・・・)が目の前に。

「どした?」

カエデも俺が見た方に目を向ける。

人影だ。この辺りは軌道エレベータから続く住宅街なので、夜になると人影も乏しく、薄暗い。

夜道を照らすライトはところどころにあるが、それでも部分部分、暗くて良く見えない場所は多い。

「なんだ、あれ?」

そうして俺達の視線の先には……何か、妙に横幅が広い人間、のようなものが見えた。

うろうろ、ゆったりとこちらに近づいてきているようだ。

(人……か?)

声を潜ませながら暗闇を凝視する。

次第に灯りの元に現れたのは……長身の男と、その腕に抱きかかえられた黒髪の女性――いや、女の子か。

灯りに照らされ、抱えられているその顔が、大人の女というにはやや幼い気がしたのだ。

「……」

俺達を見ても、男は気にした様子もない。

見られている事も解った上で、素通りしようとしていた。

まあ、いくら遅い時間とはいえ、人通りが少なかろうとここに来るまででいくらかは人と鉢合わせただろう。

その度に同じように見られただろうから、一々気にしても居られないのかもしれない。

「ちょっと待てよ」

だが、スルーはできなかった。

すれ違い際、女の子がかくかくと、歩く振動に揺れているばかりなのが気になったのだ。

これが、男の顔と女の子の顔が少しでも似ているだとか、抱えている子が意識があったなら「兄妹かカップルかな」と思ったかもしれないが。

「……何か?」

ピタ、と足を止め、こちらに振り向く。

無視して通り過ぎても良かったところをわざわざ足を止める辺り、聞く耳を持たないタイプの男ではなさそうだった。

「その子はどうしたんだ? 寝てるのか?」

「……」

答えに淀む。視線こそ逸らさないが、ただ伝えるにははばかるような、そんな理由があるように見えた。

「どこに連れて行く気だよ?」

カエデも加わってくる。

何か犯罪めいたものを感じたのかもしれない。

まあ、普通に考えれば意識のない女の子を連れ歩く男なんて、それが恋人同士でもなければ気になるのは当たり前だ。

逆に「この子とは恋人だから」と軽くでも返してくれれば「お邪魔しました」とそそくさと二人して帰る所だが。

生憎と、この男は「いや」と難しい顔で、進もうとしていた方を見やった。

「あっちに、公園があると思って」

「ああ、あるが」

「そこで、この子を休ませたかったんだ」

意味不明過ぎた。

これが明るい時間帯なら解る。

すっかり暗くなって、人通りもほとんどなくなった公園で休ませる?

どうにもこの男の言葉が不明瞭すぎて、疑問ばかりが浮かんでくる。

だが、それ以上にこの……抱きかかえられている女の子の顔色を見て、それどころじゃない何かを感じた。

「その子、体調が悪いのか?」

「えっ? あ、ああ……そうなんだが」

男の背が高い所為で、女の子の顔が丁度俺の視線の高さにあった。

そのおかげで気づけたとも言える。

「コンソールで治してやればいいだろ? 治せないのか? まさか使い方を解らない訳でもないだろうに」

病気なんてものは、コンソール操作で弄ればいくらでも治すことができる。

それこそ存在に直に影響を及ぼすような『破滅願望』のような取り返しのつかないものならともかく、精神病だろうと異世界の不治の病だろうと、一瞬でなかったことにできるはずだ。

それをやらない理由が解らない。


「……すまないが、急いでるんだ。もし話を聞きたいなら、この子を休ませてからでいいか?」


 こいつからしてみても、ただの通行人が突然自分に話しかけてきて、イラついているのかもしれない。

あるいは焦っているのかもしれないが、とにかく、今は公園に行きたいらしかった。

カエデと顔を合わせ、「解った」と、男の言葉に了承する。

放っておいて女の子がこの男に襲われても即座にデリートされるだろうから心配はなかろうが、体調の悪いであろう意識のない女の子をそのまま放置、というのは流石に問題になりかねない。

そのまま公園に向け歩き出した男の後ろについていくことにした。



「よいしょ……と」


 ほどなく公園に到着し、女の子はベンチの上に寝かされる。

ここにきてようやく、男は深く息をつき、ほっとしたような、緊張がほどけた様な顔になった。

「それで、俺とこの子の事が気になるのかい?」

「ああ、あたしら教師でさ。その……未成年っぽい子がこんな夜中に、あんたみたいな人と一緒に居るのが気になったんだ」

「後は、その子の体調が悪そうなのもあるからな」

顔色が悪いだけでもアレだが、間近で見ると若干呼吸が荒いのも気になる。

「この子は……下層で体調を崩してしまってね」

どうしたものか、と視線を上に向けた男は、難しげに眉を下げ、女の子を見つめていた。

「どうやら基礎データがバグってるらしく、コンソールで治せないようなんだ。薬も体質に合ったものを作れないから――」

「下層とはまた随分……それに、基礎データのバグって、洒落にならないなそれ」


 何が理由でそんな事になっているのかは解らないが、それだけでもう、ただならぬ状況なのは見て取れた。

基礎データが参照できないという事は、数字化処理を行う事もできないし、その身体に見合った万能薬も作りだせない。

なるほど、下層のような世界に置くよりは、最上層に連れてくるのは最適解であったと言える。


「でも、俺には医療の知識なんてないし、相談した元上司も『空気の綺麗な場所につれていけばよくなるかも』くらいしか解らないらしくってな。なんとかここまで連れて来たけど、これで良くならなかったらお手上げだ」

後はもう祈るしかないよ、と、困ったような顔になる。

そんなに悪い奴ではないらしい。

背が高い所為で間近で見上げると迫力があるが、善人なのかもしれない。

「タカシ、何の病気か解るか?」

「……診てみれば解るかも知れんな」

イオリには干渉できなかったが、あるいはこの子なら。

そんな風な考えが、カエデの一言で全身を駆け巡る。

疲れは感じていたが……そんなものが気にならないくらい、やる気が溢れ出そうになっていたのだ。

他人の不幸でそんな風に感じてしまうのは不謹慎かもしれないが……もしかしたら、俺はこんな様な事を待っていたのかもしれない。


「診てみればって……あんた、医療知識持ってるのか!?」

「……笑うなよ? 医者志望だ」


 この世にそんな奴がどれだけいるかも解らないが。

この場に病気に苦しむ女の子が居て、この場に病に関する知識を持つ俺が居たのは、僥倖(ぎょうこう)とも言えるのではないだろうか。

このめぐりあわせ、決して偶然だなどと思うまい。

諦めなかったからこそ訪れたチャンスと見るべきだ。


「診てもいいか?」

男に確認を取る。

この子をここまで連れてきたのだから、保護者的な存在なのだろう。

親だと名乗らなかったあたりそうではないのかもしれないが、少なくともこいつはこの子をここに連れてくるなりの、何らか関わりのある奴のはずだ。

流石に俺も、何の許可もなく女の子の身体に触るのは避けたい。

後になって悪戯されたと騒がれるのも面倒だ。

「……大丈夫なのか?」

これが俺一人だったなら、疑心に満ちた眼で見られたかもしれない。

今のこの世界に、医者なんて一人だっていない。

男が弱った女の子を前にそんな事を言えば、いやらしい事をしたいだけの変態と思われても不思議ではなかった。

この場にカエデが居たのが幸いした。

男の目は、俺ではなくカエデを見ていたのだ。

「こいつは――オオイはずっと医者になりたくて勉強してたんだ。大丈夫だよ」

「そうか、解った……オオイさん、頼むよ」

そうして、カエデの言葉にこの男も俺の顔を見る。

真剣な表情だった。

「ああ、頼まれた。あんた、名前は?」

「ハジメって言う。すまん、苗字とかはないんだ」

「なるほどな」

苗字のない男――異世界人か、そうでなければ公社で作られたサイボーグの類か。

ホムンクルスにだって苗字の一つもつけられるだろうにそれがないという事は、そういう事なのだろう。

「この子は?」

「この子はミズホちゃんっていうんだ。苗字はあるけど……すまない、本人から聞いてくれると助かる」

「解った」

知っていて教えられない事情でもあるのか。

基礎データがないという時点で何か妙なことに巻き込まれている子なのかもしれないが、複雑な何かが見え隠れしているように感じられた。


 普通ならそんな相手、関わらず避けた方が良いに決まっている。

平穏に生きたいなら絶対にしてはいけない選択肢だ。

だが、俺はそれをこそ待っていたのではないか。

不思議と、ぞくりと背筋を駆け巡る感覚に否定する気にはなれず、少女の身体に恐る恐る触れる。


 華奢な女の子だった。

サクラほどではないが背が低いし、体型もかなり細身だ。

Tシャツにショートパンツという格好の為に今一解らないが、顔だちから高校生あたりだろうか?

白い肌が汗ばんでいるのは頬に触れてはっきりと分かった。

口の前に手を置けば、その呼吸が荒く、不規則になっているのが見て取れた。

(下層で……呼吸が不規則。喉は……)

喉に手を当てる。かすかに伝わる脈動。

指先で上から下へなぞると、鎖骨とのくぼみに、しこり(・・・)のようなものを感じた。

「ハジメさん、この子は意識があるうちはどんな感じだったか、解るか?」

「俺がこの子の所に来た時には既に意識が無かったが……この子のメイドが言うには、意識があった時から酷く咳き込んだり、苦しんだりしていたらしい」

「他には?」

「後は……何日か前に意識を失って倒れた事もあった。その時は暑くて陽射しの下だったから熱中症かと思ったんだが」

下層に居たというならまず真っ先に思いつくのは『流動性気管腫瘍』。

だが、喉のしこりはその腫瘍が更に腫れあがっている証拠だ。

これが気管を強く圧迫し、呼吸困難に陥らせているのだろう。

このまま放っておけば『気管爆腫瘍』になる恐れもある。

「この子の食べたものとかは解るか?」

「食べたもの? いや、流石にそれは……その、熱中症かもって時には俺の家で救護したから、その時は卵焼きを食べて……ああ、意識を取り戻した時に、炭酸のオレンジジュースを飲ませたな」

「炭酸……炭酸か」


 こいつは知らないのだろうが、ため息が漏れる。

恐らくこの子の病状が悪化したのはその炭酸オレンジジュースの所為だ。

粘膜が弱っている時に炭酸を流し込めば、その部位は激しくダメージを受ける。

レゼボア人は免疫系統が異世界人と比べ過剰なほど強いので、そのダメージを受けた部位を免疫が『不要だ』と判断し、パージしようとするのだ。

皮膚表面などなら皮膚が入れ替わる程度で済むが、粘膜がそうなると洒落にならない苦痛が襲い掛かる。

意識があるなら純水などで何度もうがいをさせ、その上で液化セレノン溶液を該当部位に塗り付ければ治せるが、意識がないのが怖い。

迂闊に同じことをやろうとして反射で身体が動けば、ただでさえ危うい粘膜を更に傷つけかねない。

そして粘膜が傷つくことによって免疫が更に暴走し、悪循環の末に爆腫瘍に……という最悪のシナリオもあり得る。


「……ううむ」

まずは応急処置程度に、と思ったが、爆腫瘍寸前ともなると迂闊な応急処置は逆効果になりかねない。

予想以上に深刻な状況で、思わずうなってしまった。

「どうなんだタカシ? 治せそうなのか?」

「とりあえず、今すぐに死ぬって事は無いのは確かだ」

爆腫瘍になれば一刻の猶予もないが、ギリギリのところでとどまっている。

そのまま下層に居たら間違いなく症状悪化してそうなっていただろうから、最上層に連れてきたのは正しい処置だったと言えよう。

「だが、このままここに寝かせて置いて治るような症状でもない。というより、ほっとけば少しずつでも悪化してそのうち死ぬ」

「……ここに来ただけじゃダメだったか」

「ああ。もうちょっと早い段階なら、最上層の環境の中なら自然治癒したかもしれんが」

初期の『流動性気管腫瘍』は風邪と大差ない程度の症状だから、最上層なら自然と治ってしまうはずだ。

だが、ここまで悪化していると自然治癒の見込みはかなり低い。

この子の体力次第だろうが、放置しておいて治るよりは、より症状が悪化して爆腫瘍になり死亡する確率の方が高いだろう。

「どうしたらいい? 俺は、この子のメイドに頼まれてここに連れて来たんだ。だが……なんともできないまま死なせるのは、なんとか防ぎたい」

「俺だって、最初の患者が死ぬのなんて、見たくないな」


 助けると決めた人を助けられないまま失うなんて、そんな展開を夢見て医者を目指したわけじゃぁない。

手を出した以上、半端なところで手を止めるつもりは更々なかった。


「おいカエデ、ちょっと『エレニア銀B21』を生成してくれ」

「エレニア銀? ああ、解った。B21でいいんだね?」

「ああ、それでいい」

もっと精製が難しい物質ならカエデでは無理かもしれないが、エレニア銀くらいなら初等部の生徒でもお喋りしながら作れる程度の物質だ。

いくら化学に明るくないカエデでも、これくらいは作れる。

すぐにコンソールを操作し、必要な材料を集め始めるカエデ。

ハジメさんも……まあ、見ているだけというのもアレなので、手伝ってもらうとしよう。

「ハジメさん、あんたは化学は?」

「一応最上層で教育は受けてる」

「なら『ニール酸化銅225』を5g、電気処理なしで」

「……難しいものを」

「できないならいいぞ」

「やるさっ」

こちらはカエデには任せられないレベルの物質だが、幸いこの人はやれるらしい。頼もしい。

二人が精製している間に、俺は他の必要な材料を用意していく。


-Tips-

液化エレニール銀221(薬品)

エレニア銀B21と未電気処理で精製したニール酸化銅225を混ぜ合わせ、数字化処理を済ませたジアチルド酸と反応させてつくる化合物。

精製には高い圧縮環境が必要となり、また数字化処理も工程内に求められる為、上層でも特に設備の整った環境か、最上層でなければ精製が不可能な物質であるとされている。


最上層においては大学生が科学の講義の際実験で作る程度の物質で、その安定性の高さ、扱いやすさなどから理化学の講義においては好んで使われる傾向が高い。

1~440まで440種の結合パターンが存在し、それぞれが配合時に微妙に効果が異なる為、薬学においては材料から調整を徹底する必要が出てくる。

この材料の配合が1mgでも異なれば全く別の効果の結合パターンになってしまう為、精製にはある程度の知識と技量、経験が必要であるとされている。


人体に吸収された場合、免疫機能の低下効果が見られる他、若干ながら精神の高揚、感覚器官の強化作用などが見られる。

これは、本来レゼボア人に備わった強すぎる免疫の働きを弱める事によって、押さえつけられていた各部位の働きが正常に働く為であるとされている。


これらの効果から、強すぎる免疫を弱めたい場合に使用したり、精神面、身体能力などを強化する『強化措置』に用いられる事もある。


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