#20-2.楽第の告白
偶然その場に居合わせた、少女と目が合ってしまっていた。
見覚えのある少女だった。
確か、花屋の――
「なんで、止めやがる……」
楽第が、膝をつきながらに俺を見上げる。
死ぬ気だったのか。それとも、死んでもいいと思うくらい、何かをしたかったのか。
信じられないといった様子で俺を見ている……ように見える。
それから、俺の視線が別の所に向いているのに気づき、振り返る。
「――ミクス」
こいつも、気づいたのだ。
自分達を見ている少女の姿に。
そう、この子は……花屋のミクスだ。
「一浪さん……? それと、仮面をつけてるのは、楽第さん、よね……?」
信じられないような顔で俺達を見つめていた。
当然だろう。
少し前まで同一人物だと思っていた二人が、互いに命をかけ戦っていた。
意味が解らないだろう。
俺だって意味が解らない。
なんで俺は、こんな奴と毎回、こんな風に険悪にならなきゃいけないんだか。
最初は、助けようと思った相手のはずなのに。
気が付くと、憎悪すべき対象になっていたのだ。
「……はは、なんだ、俺の事、知ってたのか」
仮面越しに聞こえる声は、俺達に向けていたものより柔らかく。
やはり、俺の声と同じように聞こえていた。
「私をここに呼び出したのって、楽第さんの方よね? 私に用があるって……」
おずおずと、ためらいながらも近づいてくる。
タウンワーカーから見れば、戦闘なんて野蛮過ぎる光景、縁遠いはずなのに。
血だって流れてる場所に、心配そうに眉を下げながら、近づいてきた。
「なんで、私を呼んだの?」
「こいつの、恋人を殺してやろうと思ったんだ」
「……本当にミズーリさんを殺すつもりだったのかよ」
「そんな事したら、貴方は……」
「構わん」
前に運営さんに見せていた善行数値を考えれば、こいつが殺人を犯せば、まず間違いなくデリート対象になる。
理由にもよるだろうけど、自己中心的な理由なら、赦される事は無いはずだ。
それを解った上で、それでもミズーリさんを殺そうとした、その理由が俺には解らない。
だけど、楽第の声は、どこか清々しさすら感じられるくらい、はっきりとしていた。
「デリートされたって、構わねぇんだ。俺みたいな奴、消えたってどうってこと、ない」
「そんなっ……」
もう、間近まで来てしまっていた。
これ以上、戦う事なんてできない。
この子を巻き込んでしまう。
剣を楽第の顔の正面から離すと、楽第も力を抜き、剣をその場に落とした。
それきり、わずかな沈黙が場を支配する。
ひた、と、冷たい感触が伝わる。
ミクスの手が、俺の左腕に触れていたのだ。
「血が……あの、ハンカチを」
盛大に血が吹いていた左腕は、今でこそいくらか血の流れが収まってはいたものの、やはり流血したままで。
ミクスがハンカチを差し出してくれたので、「ありがとう」と礼を言いながらそれを強く巻き付け、止血する。
「……楽第。お前、なんでミズーリさんを狙ったんだ?」
「ふん……それをてめぇに話してどうなるってんだ」
「話せよ、俺が勝ったんだから」
そう、俺が勝ったんだ。
いや、こいつが手加減しなきゃ、俺が負けてたか、相打ちになってたんだろうけど。
それでも顔に剣を突きつけたのは、俺だったのだから。
その場は、そうやって押し切るしかないように思えた。
どうでもいいと思っていた疑問が、今はどうしようもなく、気になっていたのだ。
ミクスの言っていた通りなら、こいつはわざわざミクスをここに呼んで、そしてミズーリさんを殺そうとしたのだろう。
それによってデリートされる事を覚悟しながら。
そんな凶行に走った意味を、知らないままでいられるはずがない。
「……」
「楽第、さん? 私も聞きたいわ。なんで貴方は、私をここに呼んだの……?」
「それは……」
俺の問いにはだんまりを通そうとしたのかもしれない。
だけど、ミクスの言葉は無視できないのか、なんとも返しにくそうに躊躇していた。
「聞かせて。なんでここで、一浪さんと戦っていたの?」
「……君を、幸せにしてやりかった」
「私を?」
「ああ」
観念したのか、項垂れるように下を向く楽第。
驚き、眼を見開くミクス。
――幸せにしてやりたかった?
「君が、この野郎を好きなのは知っていた。俺は俺のまま、君の事を好きで……君を口説いていたつもりだったが、君は俺をこいつと思い込んだまま、好きになっていたんだろう?」
「……それは」
先日の、キスカから問い詰められた時の話が頭に浮かぶ。
そう、このミクスは、楽第が自分を口説いてきたのを、俺に口説かれたと思い込んで舞い上がってしまっていたのだ。
楽第も、それには気づいていたのだろう。
ミクス自身にも自覚があるのか、はっとしたように俺の顔を見て、頬を赤くする。
……すごく居心地が悪い。
「俺はな、君が俺の事を見てくれていると思ってたんだ」
「それは、でも――」
「勘違いだと解って、それでも告白の機会が欲しくて結婚イベントに参加したりもしたが――わずかな遅れでそれも無理になっちまった。俺にはもう、後はないんだと思った――そんな中、お前とあのミズーリとかいう女プリが公式さんに話を聞いてるのを見て――『こいつらが一番を取ったのか』と気づいたんだ」
ああ、やっぱり。
繋がりがあったのだ。
俺とこいつの、奇妙というか、腐れ縁としかいいようのない、できれば断ち切りたいくらいの因縁。
変なところで繋がっているのが、まさにリアルと同じと思える。
そして、そこまできて……ようやくミズーリさんを殺そうとした理由がはっきりしてきた。
「お前がミズーリさんを殺そうとしたのって、まさか――」
「ああそうさ。あのプリを殺せば、お前の結婚相手はいなくなる。そうすれば、ミクスが失恋に悲しむ事もなくなる。苦しむお前をミクスが慰めれば、もしかしたらそれが元で恋人同士にだってなれるかもしれない、そう思ったのだ」
失敗に終わったがな、と、力なく語る。
途方もなく自己中心的な、我が侭すぎる身勝手な理屈だった。
何をどう歪ませればそんな結論に至ったのか。
なんで一言誰かに相談しなかったのか。
……怒りすら覚える。
「そんな事したって、俺がミズーリさん以外を好きになるはずがないだろ」
「そんなはずあるか。自分に好意を持ってくれてる女が近くに居れば、悪く思う奴なんているはずがない」
「それでも、俺はミズーリさんを愛してるんだ」
「……私も」
言うのも恥ずかしい一言を必死にひねり出して、楽第の馬鹿な物言いに反論していた中。
ミクスの小さな声が、俺達の言い合いを止める。
「私も、貴方が好きよ……楽第さん」
「……え?」
これは予想外というより、「ああ、やっぱりか」といった驚きだったが。
ミクスは頬を赤らめながらに、楽第の手を握っていた。
血が流れている、その手を小さな手で包み込むようにしながら。
「ミクス……? いや、違うぜ? 俺は、一浪じゃない」
スマイル仮面のまま、楽第は顔をあげ、震えた声でミクスに語り掛ける。
「俺は、こいつじゃないんだ。こいつじゃなくて……君が好きになった相手じゃなくて……」
「いいえ、違うわ。確かに私、一浪さんだと思い込んで好きになってた。だけど、私を口説いてくれたのはこの人じゃなくて……貴方だったんでしょう?」
「それは、そうだが……」
「私に優しい言葉をかけてくれたのだって、私の手を握ってくれたのだって、貴方だったんでしょう?」
「……ああ」
「だから、私は貴方が好きなの。勝手に勘違いしちゃって、ごめんなさい」
「そんなっ、ミクスが謝る事なんてないんだっ」
眼を閉じながらに申し訳なさそうに頭を下げるミクスに、楽第は気を遣うように肩に手を当て、押し戻すように顔をあげさせる。
「俺が……俺がチキンだったからよ。言い出せなかったんだ。情けなかった」
「情けない……?」
仮面のままに、俺の方を向いていた。
表情は解らないのに、何故だか、今まで向けられていた憎悪が消え去っているように思えた。
話し方の所為だろうか。
それとも、本当にそういった感情が薄れているのだろうか。
いずれしても、今こいつに顔を見られているのに、悪い気持ちはしない。
「俺はきっと、ずっとこいつになりたかったんだな」
「俺に?」
「……もう、解ってるんだろ? 俺は、リアルでお前と顔見知りのはずだ」
「やっぱ、そうなのか」
そんな気はしていた。
初対面の頃から、こいつ特有の何かを感じずにはいられなかったから。
だけど、カールハイツさんの話で、こいつはもうデリートされているはずだと聞いていたから、「何かの間違いなのかもしれない」と思うようにしていたけど……
だけど、やっぱりそうだったのか。
「俺はな、リアルでこいつにずっと、勝ちたいと思っていたんだ。同じ調整された奴らの中で、こいつだけがいつもいい成績を収めて、こいつだけがいつも、上司のお気に入りだった」
「……」
「だから、見返してやりたいとずっと頑張っていた。沢山努力したつもりだった。自分なりに考えて、最適解を見出したつもりで色々やっていた」
「だけどお前、問題を起こしたじゃないか」
「そうさ。アレは誰の眼から見てもダメだったらしいな。俺は、そこまでとは思ってなかったがな。異世界の女が男を生めなくなったくらい、どうでもいいじゃないかと思ってた」
「そんなはずないだろ」
「そうみたいだな……だから、俺は許されなかったんだ」
どこか遠い眼をしているように見えて、黒い穴にしか見えない仮面の眼の部分が、妙に表情豊かに感じてしまった。
こいつなりに、色々やってはいたんだろう。
だけど、それが全部裏目に出ていた。それが全部、自分の首を絞め続けた。
俺に勝ちたいと思ってたこいつが、どれほどの苦労の上にその結末に至ってしまったのかは想像もできないが。
それでも、『あいつ』に対する、『何も努力せずに同僚の足を引っ張っていた嫌な奴』という印象は消え去った気がする。
「デリートされて、このゲームに取り込まれた後……誰かが言ったんだ。『貴方のなりたい自分をイメージしなさい』って。だから、俺は願ったんだ。『この世界でくらい、あいつみたいになりたい』ってな」
「それで、俺と同じ姿になったのか」
「俺だってそうだとは思わなかった。俺と同じ奴が街をうろついているのを見て、信じられなかったくらいだ」
こいつがなりたかったのは、きっとリアルの俺の姿だったのだろう。
リアルの俺と同じになりたかったのに、ゲームの俺と同じ姿になってしまったのだ。
皮肉としか言いようがない。
「だけどな……一人だったんだ。ずっと、一人だった。俺は、お前と同じ姿になれたのに、お前と同じ土俵に立ったはずなのに、同じにはなれなかったんだ」
こいつの性格を考えれば、それも仕方なかったんだと思う。
同じ外見だったとしても、同じ能力だったとしても。
きっと、その部分だけはどうにもできなかったんだ。
このゲームは、リアルの自分がダイレクトに影響される。
だから、いくらロールプレイをしようとしたって、善人が悪人になりきれる訳じゃないし、悪人が善人になれる訳でもない。
リアルで人と話すのが苦手な奴が、ゲーム世界で饒舌に話せるようにはならない。
何かしらの努力が必要で、そして努力しても多分、本来それが得意な人から見ればどこか歪に見える程度にしかならないのだ。
「情けないだろう? 俺は変わりたいと願っていたのに、結局このゲーム世界でも、一人のままだったんだ。変わりたいと、勝ちたいと思った奴に勝てないまま、ずっとずっと、一人ぼっちだった」
それがどれだけの絶望だっただろう。
想像もつかないくらいに、こいつにとっては辛かったのだろうか。
変な理屈で襲い掛かってくるような奴ではあったけど、それなりに思う事もあったのだろうか?
そういえば、カールハイツさんもこいつについて、気になる事を言っていた気がする。
『あいつ自身は別に悪党ではないんだよな。仕事が関わらなければ、悩みごとも多い、普通の奴だった』
俺には到底そうは思えなかった、こいつの一面。
それが真実なのだとしたら、今、リアルの俺になれなかったこいつは、正しくこいつの姿なのかもしれない。
ゲームには出てこない、本来のこいつの心。
それを今、聞いているのだろうか。
「俺はずっと、仲間が欲しかったのかもしれねぇ。だけど俺って奴はどこまでも狭量で、口を開けば皮肉や嫌味ばかり言って、格下の奴をこき下ろしちまう。そんな奴に、仲間なんてできるはずなかったんだ」
自覚していても、直すことができない本質。
それが欠点であるなら直したいはずなのに、つい出てしまう言葉を、抑える事も出来ず、否定する事も出来ず。
こいつはずっと、こんな感じに不器用に、人を遠ざけるような事ばかりしてしまうのだろう。
だけど、こいつに「人から好かれたい」という気持ちがあったなんて、ちょっと新鮮な気分だ。
「そんな俺相手でも、ミクス、君だけは笑いかけてくれた。君だけは俺の言葉に笑ってくれて、俺と一緒に居て、楽しいと思ってくれていた」
「だって、ずっと好きだったから」
「ああ、そうだな。それが嬉しかったんだ。嬉しかったから、結婚したかった。幸せにしてやりたかったんだ」
そこまでで終われば、ハッピーエンドにすらなれるんじゃないだろうか。
だというのに、楽第は自分の手を握ってくれたミクスの手を外し、そのまま……地面に転がった剣を掴もうとしていた。
-Tips-
ソードバッシュ(スキル)
職業『剣士』に就く者にとっては代名詞とも言える剣を使っての強打撃攻撃。
使い方は二種類あり、剣の腹を用いて、剣の重量によって相手を叩く打撃重視型の使い方と、
剣の刃の部分を用いて、やはり剣の重量によって相手を叩き斬る斬撃重視型がある。
前者は盾持ちの敵や防御能力の高い敵にも有効で、防御を固めた相手の隙を狙う為の重い一撃となる。
まともにに喰らわせればスタンさせる事もあり、剣の重量と使用者の技量次第では相手が混乱したり武器を落とす事もある。
反面敵を一撃で倒す事は難しく、殺傷力の面では通常攻撃と大差ないか、敵次第ではより劣る為、ダメージソースとして使う場合には不向きと言える。
後者は防御を固める前の敵に有効な使い方で、通常の斬撃以上に高いダメージを狙う事が出来る。
出血ダメージや急所判定などが発生する事により、より致命的な一撃を与える事が可能な反面、防御を固めた相手にはあまり効果がなく、大きな隙にもなりやすい。
いずれも使い方が正しければ後々まで使える優秀なスキルではあるが、技の使用時には一定程度の隙が発生する為、使用時の見極めが必要になる。
主にはとどめの一撃、あるいは初撃で一撃必殺狙いで使われる事が多いとされている。




