#5-2.晴れ渡った空
「生きてる……?」
「ああ、生きてる」
「私もなんとか……マジ子ちゃんは大丈夫?」
「あ、はい、生きてます……」
しばらくの間呆然としていたんだと思う。
さっきまで足元を覆っていた黒い地面は、いつの間にやら元の青々とした芝生の大地へと戻っていた。
空は、まるで雲が吹き飛んだかのように暖かに青くなっていき――太陽のない、晴れの空という奇妙な光景が残った。
「んー……ちょっと先のマップに居る『ブラックドラゴン』を狩りに来たのだけれど、なんだかそれどころじゃないみたいねえ」
ボロボロになっていた私達を改めて見て回りながら、セシリアさんは苦笑気味に眉を下げる。
あれだけ強力なボスモンスターを圧倒したセシリアさん。なのにこの普通っぽさ。
まずい、すごくまずい。同性なのに惚れてしまいそうな位に格好良かった。どんな顔をしたらいいのかわかんない。
「とりあえず、皆お疲れみたいだし、私もこの子達と一緒に帰ろうかしらね」
言いながら、私の手を引くセシリアさん。
「そこの逆毛の剣士さん?」
「あっ、は、はいっ」
逆毛さんも、セシリアさんに呼ばれて頬を赤くしていた。
まあ、美人さんだし、解る気もする。
「悪いけれど、もうちょっとだけその子を背負っててくださいな。宿まで連れて行けば大丈夫だけど、私も女の子背負って歩ける力は無いから……」
「あ、ああ、はい。勿論です。そのつもりでしたし」
「そう。ありがとう。他の方も、うちのギルドの子達を助けてくれて、守ってくれてありがとうございました」
深々と腰を折るセシリアさん。
――お礼は、私がしたい位なのに。元はと言えば、私が調査不足で、勝手に安全だと思い込んで、あんな――
そう思うと、ちょっとだけ涙ぐんでしまう。辛い。たくさんの人に迷惑を掛けてしまったのだから。
「あ、あのっ!!」
セシリアさんにばかり頭を下げさせてはいられない。私も、私も何か言わないとって。
だってこれは、私が元で起きた事なのかもしれないんだから。
「た、助けてくれて、ありがとうございました!!」
言葉が浮かばない。こんなの、セシリアさんの二番煎じ。だけど、何か言わないといけない気がしたのだ。
「いえいえー」
プリエステスさんが、ぽん、と、私の肩に手を置いてくれる。
「気にしなくても良いぜ。俺達、なんとか生きてるし」
「そうそう、大体、マタ・ハリがこんな早くに湧くなんておかしいしな。居るって知ってたらすれ違った時に止めてたし」
逆毛さんも、それから快気したらしいガードさんも、口々に気を遣ってくれる。
なんだか、お礼を言った私の方が恥ずかしくなってしまう。
「貴方達、『ミルクいちご同盟』さんよね? そのギルドマークは見覚えがあるわ」
街へと戻りながら、お喋りタイム。ようやく落ち着いたからか、皆心なし顔色が良かった。
「ええ、そうですよ。そういうそちらは……? その、失礼だけれど、あんまり見覚えがなくって」
「私達は『シルフィード』。あんまり規模が大きくないから、そんなに有名ではないかもね」
「シルフィードかー、確かに聞かないなあ」
三人とも顔を見合わせながら、ちょっと困ったように眉を下げていた。
「でも、さっきの魔法すごかったよなあ」
「ほんと、『シューティングスター』を無詠唱で発動できるメイジさんなんて、初めて見たわ」
口々にセシリアさんを褒め称える。なんだか、自分の事を褒められたようでちょっと嬉しい。誇らしい。
そう、セシリアさんはすごいのだ。すごい人だったのだ。私の憧れの人、すごい!
「……まあ、いいけどね」
でも、当のセシリアさんはというと、どこか寂しげな表情だった。なんでだろう。
こうして、エミリオさんを宿屋まで運んで、逆毛さん達とはお別れとなった。
別れの時にももう一度お礼を言ったけれど、三人とも気が善い人たちで、最後まで「気にしないでくれ」って。
それが、すごくありがたいなあって感じられたのだ。
因みに、マタ・ハリのドロップした装備品は、両方ともこの人達に進呈された。
ガラスの欠片だけはセシリアさんが受け取っていたけれど、何に使うのかはよく解らない。
今は、セシリアさんと二人でエミリオさんの看病中……とはいかず、私もお風呂に入ったらそのままベッドに寝かされてしまった。
なんでも、私達の身体に降りかかった黒い雨、あれは『ブラックレイン』という名の強力な呪いらしくて、そのままにしているとどんどん思考がネガティブ寄りになっていってしまうのだとか。
なので、宿の女将さんに走ってもらってプリエラさんを呼んでもらって、更にプリエラさんに頼んでハイプリエステス様に来てもらって……という、とんでもないところまで問題が発展してしまっていた。
「はぅ……」
目元までお布団を被る。恥ずかしい。なんていうか、自分が情けない。
私は気を遣っていたつもりだけど、所詮つもりだっただけなんだって、自分をどんどん責めていってしまう。
これが呪いなのか、それとも、私自身が元々そんな感じだったのか、もう訳が解らない。
「そんなに自分を責めてはダメよ。お友達が傷ついたのは、確かにショックでしょうけど……あの人たちは、貴方達を助けたくて助けたのであって、決して、なし崩しに巻き込まれた訳ではないのだから」
セシリアさんが、お布団の上をさするように撫でながら、優しく言葉をかけてくれる。
その一言が、どれだけの癒しになっただろう。心に染み入っていく。
「……ぐすっ」
横を見れば、まだ意識を失ったままのエミリオさん。
ああ、友達が、私の友達が、あんな事になってるのに。
涙がこぼれてしまう。一筋。また一筋。どんどん溢れ出て止まらなくなる。声も出ない。
「……大丈夫。サクヤはなんにも悪くないわ。こういう事もある。それだけ忘れなければ、今はそれでいいのよ……」
そんな優しい言葉ばかり掛けられたら、どうしたらいいか解らなくなるのに。
だけど、ようやくここにきて、自分が生きてるんだと思えた。
ぐしゃぐしゃの自分の目元。きっと目もあてられない位に恥ずかしい顔になってる。
だけど、私の眼からはまだ涙が溢れてくれる。生きてる。それが嬉しい。
呪いのネガティブに負けないくらいのポジティブが欲しい。今はまだ、負けてしまいそうで。
「手を……」
「うん……?」
「手を、繋いでください」
それが甘えだと思ってしまっても、我慢できない。怖いのだ。まだ怖い。震えてしまう。
さっきまで、いつ死んでもおかしくない状態だったのだ。
ずっと麻痺していた何かが溶け出していて、自分でもどうしたらいいか解らない。
だから、誰かの助けが欲しかった。誰かのぬくもりが欲しかった。私は、まだ子供だった。
「……ええ、良いわよ」
お布団の中に入ってくる手が、私の手を探し当てて、優しく掴む。
手の平同士が合わさって、優しい感触が私の手の平を覆っていく。
「……っ」
安堵したら、後はもう、せき止め切れない感情が溢れた。
-Tips-
シューティングスター(スキル)
メイジ、バトルメイジの扱う物理破壊魔法。
あらゆる魔法の中で最速で目標へと直進する魔法で、光速よりはやや遅いものの、対象が魔法の光を視認した時には既に直撃・貫通している程度には速い。
その速度からくる一点突破の物理破壊攻撃力が全てであり、非常にシンプルながら対単体攻撃魔法としてはトップクラスの使い勝手のよさを誇る。




