#13-1.ひゅぷのす食堂は今日も賑わいに満ちている
リーシア西通りの旅籠『ひゅぷのす』。
ここの奥の食堂は、夕方を過ぎると沢山の人で賑わうようになる。
今日もまた、泊り客や食事を楽しみたいだけの人、酒を飲みに来た人などが集まり、
食堂は中々の盛況だった。
「いやあ、ここの料理も中々美味いね」
「そう言ってもらえると嬉しいわ、ゆっくりしていって頂戴ね」
「うむ、そうさせてもらおう」
そんな中、ひときわ目立つ背の高いスーツ姿の中年男が一人。『団長』さんだ。
横長のテーブル席にかけ、女将の姉・エリカの料理に舌鼓を打っていたんだが……俺に気づいて、「やあ」と声をかけてきた。
「良かったら君もこっちでどうかね? 私は今食事を始めたところでね」
「……まあ、いいですけど」
一人でのんびり食べるつもりだったけど、たまには人と食べるのもいいかもしれない、と、誘われるまま団長さんの正面に座る。
メイジ大学の一件もあって、あんまり良い印象を持ってない人だけど、聞きたい事もいくらかあったのだ。
「ハンバーグ定食と野菜炒め、ライス超大盛りで」
「相変わらずよく食べるわねー」
「育ち盛りなもんで」
「ふふ、分かったわ」
感心したように目を丸くしていたエリカに、腹をぽん、と叩いて笑いかけて見せる。
まあ、ゲームでくらい永遠の育ち盛りでいたいものだ。
リアルではそんなに食べられっこないけど、ゲーム世界での俺は、まだまだ若いつもりなのだから。
テーブルの上には一人分の食事。
団長さんの食べていたのは、この旅籠の食堂で人気のメニュー『カツ丼定食』だ。
カツという巨大モンスターの照り焼きを豪快に丼にしたこのメニュー、見た目こそ力技のごり押し的な一品だけど、食べてみるとみぞれおろしのタレがとてもマッチしていて、繊細な味わいを知る事になるという。
定食の場合はこれにみそ汁や漬物、小魚の佃煮がついてくるのでお得だった。
「なあ団長さん」
「うん? どうしたね?」
「聞きたかったことがあったんだけどさ」
食事中の会話というのは、人によってはかなり嫌がるものだけど、わざわざ誘っただけあって、団長さんはさほど嫌な様子もなかった。
というより、この人の場合、一人寂しく飯を食ってる、というシーンが今一イメージできないので、もしかしたら普段から今見たいに誰かしらを飯に誘ってるか、誰かに話しかけながら食べていたのかもしれない、と思い、本来しようとしていた質問とは別の質問が浮かんでしまう。
「もしかして、寂しがり屋なのか?」
「ぶふっ」
不意打ちだったのだろうか。
人のよさそうな顔が不意にむせて苦しそうに歪み、咳こんでしまっていた。
ちょっと悪いことをしたか。
罪悪感に胸が痛むが、それだけに図星だったのではないかと思える。
「げふっ、がはっ、はっ……ふぅ、いや、予想もしなかったからつい、むせてしまったよ。失礼」
「いや、俺の方こそなんか、ごめん」
「謝らなくてもいいさ。そうだな……確かに私は、寂しがり屋なのかもしれん」
むせてしまうような質問をしてきた俺には怒る様子もなく、団長さんは少し困ったように眉を下げながら食事の手を止める。
またむせてしまうのを警戒したのかもしれない。
あるいは、話すことに意識を向けるとそうなるのかもしれない。
いずれにしても、団長さんは俺の方を向いたのだ。
「誰かと一緒にいると安心できるし、楽しい。昔の私はそんな事すら思わなかったのだが――今の私は、誰かが傍に居る事で心の安らぎというか――落ち着きを覚えるようになっている気がするよ」
「ふぅん。やっぱり、飯とかも他の人と一緒に食べる事が多いのかい?」
「多いね。娘達やセキと共にする事が多いが、時々こうして街に出向いて、誰かの作った料理を食べる事もある。そんな時は、友人やその時々でその場に居合わせた他のプレイヤーと時間を共有する事が多い」
「今みたいに、か」
「そういう事だね」
これが楽しいんだ、と笑う団長さんは、この表情だけ見れば本当にどこにでもいそうな気のいいおっさんで、嫌な気持ち一つ湧かないはずなんだけど。
どうしても、気になる事があった。
いや、ずっと気にしていて、いつか聞かないといけないと思っていた事だ。
「はい、ハンバーグ定食と野菜炒め、ご飯超大盛りだよーっ!」
「ありがと」
「ゆっくり食べてってね! それじゃ」
威勢のいい声とは裏腹に、音もなくそっと置かれる料理達。
湯気のたった料理を見て「それも美味そうだね」と、団長は興味深そうに皿の上のハンバーグを見る。
「ここのハンバーグは良く焼けててですごい俺好みなんだよ。ハンバーグ自体はどこででも食えるけど、中身が赤くなっててどうも好きになれなくてさ」
「ああ、でも赤い方が肉汁が滴ってて美味そうに見えないかい?」
「そうは思わないな。なんか赤いと火が通ってないように見えてダメだ」
「なるほどね。ステーキもウェルダン派か」
「そうだね。生肉は……もうしばらくは見たくないな」
別に潔癖という訳ではない。
生肉を食べ慣れないから嫌ってるという訳でもない。
むしろ生肉は嫌という程食った口だ。
ゲームを始めたばかりの頃は武器優先で節約ばかりしてたから、食事は狩場で確保した肉ばかりだった時期があったのだ。
でも、俺はゲーム世界でも料理がお世辞にもうまいとは言えない人間なので、肉をまともに焼く事すらできなかった。
焼けたと思ったら表面だけ焦げていて中身は全く火が通っていない、という事も多々あって、「それでもいいや」と空腹に任せてかぶりついていたくらいだ。
そしてその結果腹痛を起こしたり毒に侵されたり呪いにかかったりと手痛い目にもあっていたので、その時の反省も踏まえて金のある今は生っぽい肉や魚には手を出したくないという気持ちが強かった。
「街中なら、安全だというのは解るんだけどね……」
「好き嫌いというのは人それぞれだろうからね。私もあまり甘すぎるものは好きじゃないから、娘達が甘い物ばかり勧めてきたときは困ってしまった事があったよ」
「そういえば、あの二人ってリアルでも団長さんの娘なの?」
「うむ。アレはリアルでも私の娘だね。もっとも、作った覚えは全くないのだが――」
「……うん?」
話を聞いてて「それはすごいことだ」と思いはしたけど。
すぐにまた、別の違和感を覚えたというか。
何か、聞き捨てならない事を口に出していたように思えたというか。
だけど、この話自体はあまり好ましくないらしく、困ったように眉を下げたまま、視線を自分の料理へと向けてしまっていた。
「いや……複雑な事情があるのだよ。これに関してはあまり深入りしてほしくないな」
「まあ、話したくないことまで聞くつもりはないよ」
「そういってくれると助かる」
よほど続けて欲しくないのか、それとも俺がそれを知ってしまう事が嫌なのか。
まあ、プライベートに関わる事、特にリアルに関しての話は、無理に聞くのはノーマナー、ハラスと取られてもおかしくない行為なので、これ以上聞く気もなかった。
これが、嬉しそうに娘の事を話すようなら聞く事もあったかもしれないけど、この人はこの人で複雑な事情がありそうなのが見て取れたのだ。
それからは、食事しながらの会話になっていった。
-Tips-
カツ丼(食品)
『カツ』という鳥型モンスターの肉を煮て、タレと共にご飯の上に乗せた丼物。
そのまま焼いたのでは堅くなりがちなカツの肉を、柔らかく食べる為の工夫として煮るようになり、更にそれをご飯の上に乗せる事で食べやすくなるというメリットまで備わった逸品である。
タレは調理者によって独自の工夫がなされており、大根おろしを使ったさっぱりしたものから、あんかけ風にしたとろみのあるものまで多様性がある。
熟練の料理人はカツを煮詰める際に使った煮汁を使ってタレを作る事もあり、こちらの場合はコクのある深い味わいが楽しめる。
尚、カツは大型肉食のモンスターの為、安定した数が確保できるようになるまでは冒険者が命がけで確保してまで食べる『奇跡の料理』と言われているものであった。
現在ではそれほどまで貴重な扱いはされていないが、初期にこの食べ方を確立された頃はコカトリスの肉と同等かそれ以上の価値があったと言われており、高額で取引されていた時期もあった。
アイテムとしてのカツ丼は、回復効果こそ高いものの持ち歩きに適さず、すぐに食べきる事の出来ない微妙この上ない性能である。
材料の都合や煮るのに手間暇時間がかかる事から聖域などで調理するにも不向きな為、主には街で食べる料理とされている。




