#12-2.プレイボーイパニック!?
「なあ、確認させてもらっていいかい? えーっと、俺、君に名前とか、教えた事ないよね? 俺は君の事知ってたけど、パン屋にだってそんなに通ってはなかったし……」
「名前はドクさんから聞いたし! それに、毎週のようにお店に来てたじゃない! 先週末の夜だって来てたでしょ!? その人の前だからって嘘つかなくてもいいじゃない! それとも、ウチのパンを買うのって、そんなに彼女さんの前だと都合が悪いの!?」
おのれドクさん。
いやまあ、こんなかわいい子に名前覚えられたのは嬉しくもあるんだけどさ。
だけどそれがこんな結果に結びつくのはちょっと辛いというか。
それに、キスカはまた聞き捨てならない事を口に出している。
――毎週のように来てた?
「……はぁ。一浪さん、もういいわ」
ため息混じりに手をフリフリ。
ミズーリさんは冷めた表情のままそっぽを向いてしまう。
ああこれは、これは本格的にまずい。
今まで聞いてくれていたミズーリさんまで、俺の話を聞いてくれなくなりつつある。
「ごめん、もう少し待ってミズーリさん」
「……」
ミズーリさんとしては、もうこれ以上俺がキスカから反論されるのを聞きたくないのかもしれない。
聞けば聞くだけ、俺が他の女の子を弄んだのだと聞かされるのだから、嫌な気分になるのは解る。
真面目な人だから、俺が他の女の子で遊んでたなんて聞けば呆れたり嫌気がさしてしまう事だってあるだろう。
それでも、聞いていてほしかった。
俺は、無実なのだから。
「ねえキスカ。もう一つ聞くけど……そのミクスって子はさ、どうして俺の名前知ったのか解る? 俺が、そう名乗ったの?」
「そんな事今更――」
「お願いだから、教えて。大切な事だろ」
「……私が教えたの。口説かれて意識してたミクスから、『どんな人なのかなあ』って相談されて」
ミクスは、俺の名前を知らなかった。
そして、キスカはそれを彼女に教え、ミクスは自分を口説いた相手を俺だと誤解してしまった。
……なんとなく、読めてきた気がする。
「じゃあ、その口説いた相手を、キスカは直接見てないのか?」
「何言ってんのよ。今更言い逃れするつもり? 私、貴方がミクスの店にいた所見たし! 口説いてたところだって見てたから、それで『ああ一浪さんミクスが好きなのね』って思って――二人の事、応援しようと思ってたのに!!」
ああ、やっぱこの子、すごくいい子だ。
お店の前に立ってた時に「すごくニコニコしてていい子だなあ」って思ってたけど、そんな上辺の問題じゃなく、この子は根っこから善人なんだろう。
善意に満ちてるから、笑顔がより可愛く見えるのだ。
そんな子が本気で怒ってる。
そりゃまあ、友達が弄ばれ傷ついたのを知れば怒り狂うよなあと。
だけど、それは全くの誤解だと思う。
「それ、本当に俺なの? キスカの事眺めてたのもそうだけどさ、俺は本当に心当たりないんだよ。見間違えとかじゃないの?」
「……呆れた! この期に及んで言い逃れする気なんだ。私、一浪さんがそんなコスい真似する人だったなんて思いもしなかったよ!!」
「答えてくれよ。本当に俺なのか? 俺に似た誰かとか、そういう事はなかったの!?」
「一浪さんに決まってるじゃないの! 何よ、記憶喪失だとでも言うつもり? なら教えてあげる、その時一浪さん、スマイル仮面つけてたよね!? ウチのパン屋にきて私のお尻とか眺めてた時も、仮面で視線隠そうとしてたでしょ! 背格好から声から同じだったから、間違えるはずないし!!」
「……ああ、やっぱり」
キスカの叫びを聞くや、それまで冷めていたミズーリさんの表情が、ふう、というため息とともに少しずつ緩む。
釣り目がちだった目も元の穏やかさに戻り、「ああ、よかった」と安堵していた。
「何よ、やっぱりって?」
「一浪さん、話を聞いていて、思い当りはあるわよね?」
「……ああ、多分それ、俺じゃなくて『楽第』の仕業だ」
俺に似た背格好。俺と同じ声。何よりスマイル仮面。
女の子のお尻や胸を眺めたり、女の子を口説いたり……きっと、俺と似てたからキスカは俺と勘違いしたまま、俺として対応としてたんだと思う。
そう、ずっと話を聞いていた違和感の正体はソレだ。
キスカは、俺じゃない奴を俺として認識していたんだろう。
「らくだい……?」
「私達、一浪さんと同じ背格好で、同じ声をしてて、スマイル仮面をつけていた剣士と先週末、戦った事があったの」
「……えっ?」
「その男の名は楽第。何故一浪さんと似てるのかは知らないけど、少なくともここにいる一浪さんは、先週末にはお店には行ってないはずよ。私と一緒にいたし」
そもそもの前提が違うのよね、と、ミズーリさんが解説してくれる。
俺が説明するよりスムーズに。
さっきまで冷めた目をしていたのは、俺を疑っていたからではないのだろうか。
なんとなく、第三者の視点でじっと見ていたんじゃないかと思えた。
そんな安心感が、ミズーリさんにはあったのだ。
「それに、この人は、貴方が思ってる様ないやらしい人じゃないわよ? 一緒に居て、女性の胸やお尻に視線を取られるような事なんてなかったし、そもそも女性を口説けるような積極性があるなら、私より前に他の女性と付き合ってたと思うわ。『彼女欲しい』って、ずっと思ってたらしいから」
「う……あの、擁護してもらえるのは嬉しいけど、それはちょっと恥ずかしいというか」
「一浪さんはそんな人です。私が保証するわ。この人は、女性を弄んだり遊ぶだけ遊んで捨てるなんてこと、できない人よ」
ミズーリさん視点でも俺って彼女欲しい欲しい言うだけの根性無しだったんだなあ、と気付いて、すごく恥ずかしくなる。
自分でも付き合い始めた初期の内は舞い上がってミズーリさんから引かれてたし、ここら辺はほんと、黒歴史になりそうで辛い。
だけど、俺の反論じゃなくミズーリさんからの擁護だったのもあってか、キスカもクワっと見開いていた眼を細めて「うーん」と迷っているようだった。
流石にすぐにそれを勘違いと飲めるようなほど単純ではないのだろうけど、今までの自分の怒りに少なからぬ疑問を感じ始めてくれているらしい。
「あの、でも、プレイボーイは目指してたんだよね? それはドクさんから聞いたから、間違いないよね?」
「うん、目指してた。だけど俺って女の子とどう付き合えばいいかわからなかったからさ……海行った時とかも勇気振り絞って女の子に声かけたりしたけど、全部玉砕してたし」
「ああ、あの……見事に彼氏持ちの子ばかり声かけてたわね」
「やっぱそうだったんだ……皆して苦笑いして『組む人が居るから』って言ってたから、そうなんじゃないかって思ってたけどさ」
ミズーリさんとの出会いのきっかけになったのだって、その玉砕が元だったのだ。
今にしてみれば辛いけど大切なきっかけでもあるから、忘れる事も出来ない。
実際その時口説いた人の顔なんて今でもはっきり覚えてるくらいだから、その花屋の子の事だって、自分で口説いてればもうちょっとはっきりと覚えてたはずだ。
つまり、俺にとってその子は、たまたま花を買ったお店の店主でしかなかった。
「……二人して、私を言いくるめようとしてないよね?」
「してないしてない」
「楽第の事なら、ドクさんも見ているはずだから聞いてみるといいわ。あるいは、本人が来た時に直接尋ねてもいいんじゃないかしら?」
「うーん……でも、もしそれが本当だったとしても、ミクスは『一浪さんに弄ばれた』って思い込んじゃってるよ? すごく傷ついてて、しばらくお店がお休みになってるくらいだし」
「それは……ちょっと問題だなあ」
「誤解されたままというのも困るけれど、誤解を解いたからと問題がすぐに解決するとは限らないのも問題よね」
少なくとも俺がミクスを弄んだ、という誤解は解けるだろうけど、だからと楽第が女の子を弄んでないとは限らないのが問題だった。
誤解を解いてミクスが立ち直った矢先に楽第が他の女の子と一緒にいるところをミクスが見かけてしまったら、やはりそれは同じことの繰り返しな訳で。
「もし同じことがくり返されて、今度こそ誤解じゃなく本当になっちゃったらそれこそミクスが立ち直れなくなっちゃうよ……困ったなあ」
「とりあえず、楽第の奴をどうにかしないとなあ。もしかして、あいつがやった事だけど俺がやったことになってる事って、実は結構あったりするんだろうか……」
「あるかもしれないわね、この様子だと」
「同じ感じの人が複数とか、周りの人にとっては混乱の元だよねえ」
なんともままならない有様に、三人ともが眉を下げて「たはは」と苦笑い。
このままではロクな事にならない気もするけど、楽第本人をどうにかするしかないのだろう。
だけど、あいつをどうにかする手段があるとも思えないのが難儀なところだ。
「とりあえず、ミクスに誤解だった事は伝えてみるけど……一浪さんも、できる限り気を付けてね? その、誤解だったとしても、しばらくはミクスのお店に近づかないでくれると助かる」
「ああ、解ったよ。この街で花を売ってくれる店って少ないからすごく助かったんだけどな、あの店」
「……ある意味、一浪さん本人が招いた誤解でもあるんでしょうねえ」
「多分ねえ。罪作りな人だわ」
やれやれ、と、ため息混じりに見合って笑う二人。
何について笑ってるのか、なんで『俺が招いた誤解』なのかも解らなくて、頭がクエスチョンで一杯になる。
女の子の考える事は難解だった。
-Tips-
ういうい亭(店舗)
営業時間(ゲーム時間で):9:30~19:00
リーシア西通りに店舗を構えるパン屋。
リーシアでは最も名の知れたパン屋で、『リーシアで最も美味い』との呼び声も高い。
日常的に看板娘『キスカ』が店の前で売り子をしており、これに引き付けられた男性客が売り上げに多大な貢献をしている。
その他、パンの味は確かなモノの為に固定客も多く、「パンを食べるならここじゃなきゃ」とこだわりを感じる者も多いという。
誤解されがちではあるが、店主はキスカではなくその実兄『ボルゾイ』である。
常に寡黙な彼は店の中でパン作りと販売に徹しており、売り子として妹に客寄せを任せている、というのがこの店の主な販売形態となっている。
この為、美しいキスカに引き寄せられた客の何割かは店主の顔を見て驚きのあまり絶句してしまうが、耐えられたものはパンの美味さに気づき、またキスカの笑顔と美味なパンの為に通うようになるのだという。
パンの種類はとても豊富で、更に店主が研究熱心な事もあり、新商品の開発頻度も早い。
これらの要因も、店が人気になる理由の一つなのではないかとその道の専門家は語っている。




