#12-1.プレイボーイパニック!!
「ありがとうございました~!!」
「来週もこの時間にコントやるから!」
「また見てくれよな!」
「また明日~!」
「「「来週だよ!」」」
ハゲ三人組のコントが終わり、クスクスと笑いながらも立ち上がって去っていく観客たち。
俺とミズーリさんも「そろそろ行こうか」と、ベンチから立ち上がる。
空はもう大分赤に満ちて、遠くの方がうっすらグレーに染まりつつあった。
「ミズーリさんは、コーラル村に戻るんだよね?」
「ええ。ポータルで戻るからもう少し一緒にいられるけれど……」
いられるけれど、の先を伝えることなく、ミズーリさんは俺の顔をじ、と見つめる。
もうすぐ別れの時間。
一緒にいて楽しい彼女との別れが、また近づいていた。
それが解って、だけどお互いにそれを言い出せない。
沈黙の中に「これからどうしようか」という迷いがあって。
後一言、何か言ってしまえばそれでもうおしまいの様な気がして、互いに見つめ合う形になる。
「あ、あのさ――」
それでも、言いたい事があった。
ここから先は、俺の我が侭だ。
互いに言い出せない事なら尚の事、俺が言わなくちゃいけない気がした。
「――あぁ! こんなところにいた!!」
……だけど、沈黙を破ったのは俺でもミズーリさんでもなく……パン屋の看板娘だった。
「一浪さん! ずっと探してたのよ!」
突然現れたパン屋の看板娘・キスカ。
とても可愛いと評判の、リーシアで一番美味しいパン屋の娘なんだけど、なんでそんな子が俺を探しに来たのかがよく解らない。
なんだかちょっと怒ってるようにも見えるし。
でも怒られるような事をした覚えもないから困惑してしまう。
「えーっと、確かキスカだっけ? 俺に何か用事……?」
パン屋の娘が俺の名前を記憶してたのも驚きだけど、こんなところにまで何の用事なのかが分からなくて不安になる。
俺一人の時ならともかく、ミズーリさんも一緒の時だし、変に浮気とか疑われるのは辛いし。
だけど、その不安が前に出てしまっていたからか、キスカは火が付いたようにくわ、と俺を睨みつけた。
「何の用事、じゃないわよ! 貴方、花屋のミクスを口説いてたのに他の女の子とデートとか、何考えてるの!?」
「えぇっ!?」
キスカから放たれた言葉の弾丸は、いともたやすく俺の心の平穏を破壊していく。
何それ意味解らない、と驚くばかりだった俺は、ハッとして隣のミズーリさんに意識を向けた。
やばい、ミズーリさんの表情が不安と失望に染まりそうになってる。
「一浪さん……?」
「いや、違っ――ていうか、花屋のミクスって誰!?」
「だ、誰って……酷い、あれだけあの子の事のぼせ上がらせておいて、そんな――遊びだったの!?」
「どういう事なの一浪さん? 私以外の女性にも、もしかして声をかけて回ってたっていう事……?」
「ちょっ、ミズーリさんも待ってくれよ! 話を聞いてくれ!!」
これは、考え得る中で最悪のパターンだ。
折角良い仲になりそうだったミズーリさんにまで疑われ、キスカと二人して俺を攻めようとしている。
ミズーリさんはまだ本気で疑ってる訳じゃなさそうだけど、ここで半端な答え方したら傷がどんどん深く広くなるのが目に見えていた。
そもそも、俺には花屋のミクスという子が誰なのかが解らないのだ。
わざわざその子の事で問い詰めに来たのだからキスカの友達なんだろうけど、キスカともそこまで親しかった訳でもないし……
いや、一時期は「この子可愛いなあ」ってパン屋の方に通ってた事もあるけど、高嶺の花だって思ってたから諦めてたしね!
ミズーリさんとデートするようになってからは、パン屋に通う事だってやめてたはずなのに、なんでこんな事になっているのか意味が解らない。
「と、とにかくキスカ、落ち着いてほしいんだけど、俺はその花屋のミクスっていう子の事は知らないよ?」
「嘘言わないでよ! 私前に見たもん、一浪さん、ミクスのお店でミクスに顔真っ赤にしながら話してたじゃない。ミクスも悪い気がしてなくて、どんな人か私に聞いてきたりしてたし!」
「えぇっ!? いや、俺そんな……」
「……」
じっと黙って聞いていてくれてるけど、ミズーリさんの俺を見る目がどんどん厳しくなってくる。
やばい、針のむしろってレベルじゃないくらいに居心地が悪い。
可能な様なら逃げてしまいたい!
だけど今逃げたら修復不能な状態に陥りそうで逃げられない!
こんな時に限って誰も助けてくれそうにないのが辛い!
「その後も何度もミクスのお店に顔を出して、その度にお花とか買ってたって聞いたよ!? バラの花束とか、可愛いリボンのラッピングとか頼んでさ! そうやってミクスの気を惹こうとしてたんでしょ!?」
「……バラの花束? もしかして、私と会うようになってた頃の――」
「あぁっ!? あの時の子かっ!!」
そこまで言われて、ようやくその子の顔を思い出せたような……確かに、花を買いに花屋に行った事はあった。
ミズーリさんとデートできるようになって、舞い上がって毎回のように花束を買いに走ってた頃の事だ。
だけど、その子がミクスっていう名前なのを今初めて聞いたし、そもそも口説いた記憶もない。
キスカが盛大に勘違いしてるとしか言いようがないけど、確かにお店に花を買いに行ったのは間違いないから、言い訳が難しい。
「やっぱり覚えがあるんじゃない! ていうか、今まで忘れてたの!?」
「いや、待ってくれよ。思い出したっていうか……確かに花束は買ってたけど、俺、別にその子の事口説こうとしたりは――」
「嘘言わないで! あの子はっきりと『一浪さんに口説かれた』って言ってたし! お花を買いにきてくれる人が中々いなかったから、『よく顔を出してくれてうれしかった』って、すごく喜んでたのに……一浪さん、酷くない!?」
「……商売に苦労していた子を狙ってたの……?」
「ミズーリさんも誤解しないで……ていうか、本当に、口説いた覚えないって……」
なんと説明したらいいのかが解らない。
俺は本当にそのミクスって子を口説いた覚えはないし、まして売れない花屋の娘だからって狙う事は絶対にしない。
そもそも、そんな積極的になれるなら、俺はとっくに彼女が出来てるだろうし、嫁さんだっているはずだ。
それができなかったから、女の子との付き合い方が全然わからなかったから、ゲーム世界でまでミズーリさんと出会うまで彼女無しだったんだから……
「前々から私の胸とかお尻とかじーっと見てる事あったの見逃してたけど、流石に今回のは許せない! だって、ミクスは泣いてたのよ! 街でその人と一緒に歩いてるの見て、自分が遊ばれてたんだって気づいて――私、一浪さんがそんなにひどい人だったなんて思ってもなかった!! 最低!!」
「……本当ですか一浪さん?」
「胸? お尻……?」
いや、確かにキスカの事は可愛いと思ってたし、「こんなかわいい子が彼女になってくれたら毎日楽しいだろうなあ」と思って何回か通った事はあったけど。
そもそも、可愛いから余計に直視できなくて、お店でパンを買う時もまともに話せなかったくらいなんだけど。
イラストや漫画調ならまだしも、そんな、女の子の胸とかお尻とか、そんなのを眺められる勇気とかないんですが……?
「待ってくれ、ちょっと待ってくれキスカ。ミズーリさんも!」
何かがおかしい。
いや、キスカの主張の何もかもがおかしいんだけど、それだけじゃなくて。
俺じゃできないような事をやってる俺が、キスカの中にいる気がしたのだ。
冷めた様な視線を送っていたミズーリさんも、俺の言う事に小さく頷き、何を言うのか待っていてくれるらしい。
こちらはすぐに爆発しないだけマシだが、今のところその視線を解いてくれないという事は、恐らく納得いく反論が出来なければそのまま評価駄々下がりになってしまうという事だろう。
焦る。焦るけど、落ち着かないといけない。
こんな時の俺は暴走しやすいらしいから、変に考えまくってしまうらしいから、とにかく俺だけでも落ち着かないといけない。
「……何よ。この期に及んでまだ言い訳するの?」
キスカもご立腹なままだが、一応俺の言う事を聞いてくれるつもりらしい。
ホント、この子もいい子だよなあ。
今回の事だって友達の為に怒ってるんだろうし、俺の話も一応は聞いてくれるし……勘違いしてるけど。
-Tips-
フリージア・ノーブル(店舗)
営業時間(ゲーム時間で):9:00~18:00
リーシアでは珍しい、花をはじめとした植物を扱う専門店。
色とりどりの花や農夫にとって貴重な種や苗を扱う希少な店で、その道のプレイヤーにとっては知る人ぞ知る店となっている。
ただ、一般に『花を買って活ける』という習慣を持たないレゼボア人にとってはあまり必要性の感じない店でもあり、売り上げそのものは今一振るわない事が店主の目下の悩みとなっている。
店主はタウンワーカーの『ミクス』。
開店当初は自力で各地から植物の苗や種を確保していたようだが、近年では冒険職のプレイヤーに依頼して仕入れる事も増えているという。
店の名前も店主の趣味で、フリージアの「可愛らしい」「あどけない」という花言葉を考慮してのものである。




