#10-2.リアルサイド28―親方の人生論―
「なあハジメちゃん、俺最近思うようになったんだけどさあ」
「あん?」
現場にて。工事も中らまで進んだあたりで、暇を持て余したコースケが話しかけてくる。
丁度今若いのが掘りに入ってるところで、地ならし担当のこいつは退屈なのだ。
こういう時、こいつはよく煙草をふかしていたり若いのの為に飲み物を買いに向かったりしてるんだが、今回は雑談に使うつもりらしい。
「どうかしたの?」
「あの子達ってさ……もしかして、俺に惚れちゃってずっと見てるとかなんじゃ――」
そして雑談だった場合、大体は実に下らない話だったりする。
今回も、とても下らなかった。無視すればよかった。
「コースケ」
「な、なんだよ……」
「それは流石に痛い」
「う、うるせぇなあっ、良いじゃないかよ別に思うくらいなら!! 誰に迷惑掛かる訳でもないんだからよぉ!!」
「聞かされる俺に迷惑だ」
「うわひっでぇ」
作業中だというのも差し引いて、この話題は何の実もない紛う事なき無駄話。
雑談なんてそんなものかもしれないが、それにしたって「可愛い女の子たちが自分に惚れてるかも」なんて考えるのは流石に寒い。
……そしてちょっとだけ、ゲーム内の俺自身を思い出して、「客観視するとこんな感じなんだなあ」と悲しい気持ちにもなっていた。
「だ、だってさあ、理由が思い付かねぇじゃん? 今日も来てるし、なんか俺達の事ばっかじーっと見てるし。特に俺がランマかけてる時はすげぇ凝視してるように見えるし? 『これ俺に惚れてねぇ?』って思っちゃうじゃん?」
「思っちゃわないでくれ。お前思い込み始めると暴走する癖あるんだからさ」
「うぐ……ハジメちゃん、今日は冷たくね?」
「俺はいつだって冷たいぜ」
そう、作業中に下らない事を話す奴にはいつだって冷たいのだ。
そんな事くらいコースケだって解ってるだろうに。
「おらぁコースケ、ハジメちゃんに絡んでる暇があったら皆に飲み物くらい買ってこい!」
「うわ親方出てきやがった。ちくしょー、んじゃ、行ってくるわ」
「俺スポーツドリンクな」
「あいあい」
奥の作業車から親方が出てきたところで、コースケの雑談タイムは終了。
悔しそうに歯を噛みながら親方から財布を預かって、近くのコンビニへと走っていった。
それでも女の子たちの前を通る時はデレっとした顔になっていたので、買いに走るのもそんなに嫌ではないのだろう。
入れ替わりで親方が苦笑いしながらこっちに歩いてくる。
「すまねぇなあ。どうも女の子が見てるってなってから、妙にあの野郎気が軽くなっちまってなあ」
「まあ、解りますけどねえ。他の若いのも皆、そんな感じだし」
「テンションが跳ね上がっちまうのは悪い事じゃないんだがなあ。こういう時は事故が怖い」
「そうなんですよねえ。今のところはまだ何も起きて無いですけど」
「同じところ掘って埋めてしてるだけだから早々問題なんて起きるはずもないんだがな……何も埋まってない場所で良かったぜ」
「違いないっすねえ」
これが新しいところを掘るような工事なら、土中に何が埋まってるか解ったもんじゃないからうっかり中に入った管を壊してしまって……という事はあるにはあるけど、この工事だとそういうのは起きえないから、ある意味気楽というか。
だからこそ作業員達が浮ついたままになってしまってる感があるんだけど、親方もその辺りは結構気にしてるらしい。
「でも、ああいうくらいの女の子を見てると、娘を思い出しちまうなあ」
一時は堀り作業を進める若い連中を眺めていた親方だけど、やがて視線を二人の女の子達に向け……また現場を見た。
「親方って、娘さん居ましたっけ?」
この人はこの人で、息子は居ても娘はいなかったはず。
その息子さんも、事故で亡くして久しいと、以前聞いた気がした。
「……ああ、こっちにはいねぇけどな。ほら、前に一緒に飲った時にも話しただろ? ネトゲの話」
「なるほど、そっちの話でしたか」
腕組みしながら、工事現場の隅々まで目を向け、そしてニカリと笑う。
ちょっと見ると小汚いところもあるけど、人の善さそうなオヤジの顔だった。
そんなおっさん顔から『ネトゲ』という単語が出てくるのは違和感が半端ないが、年齢的には俺と大差ないんだから案外そんなものなのかもしれない。
「もうちょっと上くらいの歳だろうけどな、でも、大体あんな感じなんだ」
「二人いるんですか?」
「いいや、男も女もで十三人さ」
大家族過ぎる。
驚いて顔を見ると、親方は「ちがうちがう」とケラケラ笑いながら手を振った。
「実の娘じゃなくてよ。ギルドって言って、気の合う仲間同士が集まった……会社みたいなもんなんだよな。若いのが多くてさ、どいつもこいつも、俺にとっちゃ娘とか息子とかなんだよ」
「親方……」
「現実じゃ、コースケや若い連中が子供みたいなもんだけどさ、俺にとっちゃもう、血の繋がった子供ってのは死んだあいつだけだからさ……」
どこか遠い目で現場を見つめる親方の顔は、優しくもあり、寂しそうでもあり。
この人にとっての現場とゲーム世界は、きっと同じようなものなんだろうな、と、なんとなくだけどそんな風に思えた。
俺みたいにゲーム世界と全く違う生き方をしてる人もいれば、この人みたいに、ゲーム世界でも現実と変わらないようにしか生きられない人もいるんだろう。
色んな人が居る。
「その娘の一人がよ、そろそろ結婚するんじゃって感じになってるんだよ。他のギルメンからは『いつ結婚するんだ』ってからかう奴もいるけど、そいつがまた生真面目な奴でさぁ」
「ああ、まあ、結婚となると色々考えちゃいますもんねえ」
「そうなんだよな。結婚なんてしてみないと解らないだろうに、結婚する前からあれやこれや考えちまうんだよ。そんなんで尻ごみしてたらいつまで経っても結婚なんてできねえだろうになあ」
これがコースケ辺りが同じことを言ってたなら『童貞が何言ってやがる』と笑って流していたところだけど、既婚者の親方が言うと重みが全く違う。
やはり、一度結婚してみると、その価値観は随分違ったものになるらしい。
「とはいえ、親の身からすると『好きならさっさと結婚しちまえ』とも言えなくてなあ。いや、結婚に反対してる訳じゃないんだぜ? 実は内緒で、そいつらの結婚式の為に準備とかしてるしさ」
「へえ、ほんと、その子の事大切に思ってるんですね」
「そりゃそうさ! そいつに限らず、皆俺の大事な家族だよ! だから祝う時は皆で祝うし、悲しむ時は皆で泣く。俺が何かやろうって時には、皆してついてきてくれた、そんな奴らだから、さ!」
たかがゲームの話、とは馬鹿にできない熱が、親方の口からほとばしっているように思えた。
本当に大切な存在なのだろう。
そんな人達に囲まれて、この人はきっと、ゲームの中でも幸せなのだ。
「幸せになると良いですね、その子」
「ああ、ほんとだぜ。だけど、相手の男もちょっとひょろい奴だけどさ、そんなに心配もしてねえんだ」
「任せても問題ないって思ってるんですね」
「何度か顔も会わせてるし、悪い奴じゃないって知ってるからな。話してみると結構面白い奴だし、正義感もあるし、腕さえ追いつきゃ立派な男になるさ」
そういうのとくっついてくれるなら心配ねぇや、と、親方は笑いながらにまた腕を組む。
顔が真面目になっていくのが見えて、俺も現場を眺めた。
丁度、若い奴らが掘りを終えて、穴から出てこようとしていたところだ。
こっちの『息子たち』の前では、威厳ある親父を演じたかったのかもしれない。
「おめぇら、掘り終わったらちっと休んどけ! 今コースケが飲み物買ってきてるからよ!」
「あっ、親方ぁ、助かりますっ」
「やったー、一休みだー!」
「へへっ、好きなジュースあるといいなあ」
親方の顔が見えて、一瞬驚いたような顔をしていた作業員達も、休憩の一言で表情を柔らかくして、穴の近くで座り込んでいった。
皆ホッとしたような、気の抜けたような顔になっていたけど、休憩時間くらいはまあ、いいんじゃないかなと思う。
親方も満足そうだ。
前に一緒に飲んだ時も言ってたけど、『あいつらのそういう顔を見るのが好きなんだ』とかなんとか。
見た目通りの、気のいいおっさんだった。
仕事が終わって最後に現場の周りを見渡すと、丁度女の子達が帰る所だった。
黒髪の子がちょっとコホコホとむせていたのが気になるけど、何せ下層は空気が悪い。
喘息や気管の異常が起きる事なんてザラだから、喉や肺を痛めたくなければマスクをつけなくてはいけない。
まあ、お金さえあればいくらでも薬は買えるから、そんなに心配する事もないんだけども。
-Tips-
流動性気管腫瘍(病気)
下層では一般的な呼吸器系の病気の一種。
症状としては、咳や息切れ、喉からの出血などに始まり、悪化していくにつれ喘息や嘔吐、食欲不振、呼吸困難などの症状を引き起こす事もある。
一般に言う『死病』ではないが、死に直結する様々な病気へと進行する事もある為、放置するのは危険であるとされている。
車や工業地帯などからの排気ガスが元で大気が汚染されている下層では、これらの病気の発症リスクが大きく跳ね上がる。
治療そのものは早期の内から薬を服薬する事で完治も可能だが、下層では医療技術も中層までと比べかなり低く抑えられている為、一度症状が進行してしまうと治療が困難になる事もある。
一般に、下層における薬の単価は非常に高額となっており、下層の一般人の間では『これさえ飲めば一瞬で治るが買うのに相当勇気が要る』とされている。
この為ギリギリまで我慢してしまう者も多く、下層での死因の一割程度がこれらの症状が悪化した結果起きる気管爆腫瘍や、転移した結果起きる悪性循環潰瘍膜となっている。




